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#82 モードレッドの実力

 まどろむ意識の中、モードレッドはぼんやりと新しい記憶を漁る。

 ……私は一体…?そうだ、変な奴に声をかけられて…牛がどうとか…とにかく起きて現状を……あぁ、しかし面倒くさい……。


「………………ぁー」

「いやいや、起きろよ」


 ずびしっと、彦星の痛烈な手刀を受けてモードレッドは飛び起きる。だがすぐに面倒くさくなり始めた。


「……おいコラ神様よぉ?能力の反動はいつまで続くんだ?」

「本人に馴染まないと、ずっとこのままさ。でもこの程度なら、能力を行使すれば緩和できると思うよ」


 聞きなれぬ声に重いまぶたを開けて、その声の主を見る。その主は紛れも無い、変なものを渡して消えた不審者だった。


「……ここは…?」

「お?ようやく起きる気になったか。ここは学校の校庭、流石に神様を生徒たちに見せるわけにはならねぇからな」

「……っ!い、今何時だ!?」

「あー気にすんな。ハゲ……校長先生には、過労で倒れたって言ってある」

「そ、そうか……って納得するわけないだろう!今すぐにでも戻って始末書を……書き…」


 その時初めて、モードレッドは自身の置かれた状況を把握する。見知った彦星と小子の他に、指名手配として顔を晒された四人の重犯罪者達。そして、魔王と認識せざるを得ない人物が一人。己の生死与奪を掌握された感覚。まともな精神であれば、発狂必至の絶望的状況だった。


「改めまして、モードレッド。魔王です」

「……私は、死ぬのでしょうか」

「いやいや、殺さねぇよ。ワイらは仲間、狂った世界を正す神の使徒」

「何が使徒よ。自分の望む世界に浸りたいだけでしょ」

「……黙ってろよコン。ワイは世界を正して、全てのハーフが安心して暮らせる土地を作る。その為の準備なのさ。お前こそ、自分のためだろ?」

「私はお姉さまの為に働く下僕なの。もはや自分がどうとか、そういう下等な考えじゃないわ」

「なんだと!?」「何よ!!」


 狐と猫の獣人は突然喧嘩を始める。私は起こった事象を整理するのに精一杯で、喧嘩の結末は視覚の外に消え去った。


「そう深刻に考えるなよ。まだ何も起きやしないって」

「……まだ、なのだろう?一体何を企んでいるのだ。世界を正すと言ったな、国家の転覆か?」

「いや、そんな小さい規模じゃない。世界そのものだ」

「……?意味がわからん。詳しく話せ」


 彦星はモードレッドに全てを話した。常識的に考えれば突拍子も無い話なのだろうが、それでも黙って聞いていた。


「……成る程、大体の事情は分かった」

「信じるのか?」

「……信じる、と言うのとは少し違う。少なくとも嘘はついていないと思った」


 右の人差し指でこめかみをノックし、鋭い眼光を彦星に向ける。


「もう何十年も教師をやっていると、そいつが嘘をついているかいないか、わかるようになる。特にユーヒコ先生……首の後ろを撫でるクセがあるだろう?」

「……そうだったっけ?…そういえば、誰かにそう言われた事があるような…」


 確かアレはエイビルに言われたんだっけ?聞いた当初は直そうとしたような気がするが、そのうち気にしなくなったんだろうなぁ……。


「まぁいいや。それで、もちろん協力してくれるよな?」

「断る」

「そうか協力してくれるか。いやぁこれで安心して作戦を……なんだって?」

「断る、と言ったんだ」

「………………まじで?」


 えっ……とぉ?世界が大変な事になる異常性は伝わった…よな?その為に何をするか……も、言った、ウン。それを成せるのは七人の神徒と異世界転移者である僕と小子くらいしかいない……のも伝えた。


「あぁ、勘違いするなよ?話は聞いていたし、大体の事情は分かったと言っただろう?単純に、勝てる見込みがあるのかどうか、それから『使徒になりたて』の私より弱くては、話にならんだろう」

「ほう……」

「へぇ……」

「ふぅん…」

「…言ったナ?」

「ほっほぉぉう?」


 ……あーあ、言っちまいやがりましたね。僕はそれなりに非戦闘思考だけど、他の戦闘狂はもうダメだ。タマもコンもデーブもザンキも、殺気を露わにしてやる気に満ち満ちている。


「なぁ先生、あんた名前は?」

「私か?私はモードレッドという」

「モードレッド先生、私たちと勝負致しません?」

「勝負?」

「だナ。腕に自信があるならおデも学んでみたいんだナ」

「学ぶ、というなら構わないが……」

「よしよし、ならとっとと戦おうか、さぁやろう直ぐやろうソコでやろう。良いよなヒコボシ」

「……ダメって言っても、やるんだろ?待ってろ、今遮音結界と対物結界を張るから。小子が」

「えっ私ですか!?」


 他に誰がするというのか。一瞬驚いたように嫌な表情を浮かべた小子だが、ぶつぶつ文句を言いつつも直径百メートル程の結界を張り巡らせるのだった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 先ずは一回戦目。モードレッド先生対タマの試合だ。


「いいか?ルールはどちらかが戦闘不能になるか戦意を失うまで続ける。殺しはダメだが、死んだと僕が判断したら強制終了。制限時間は無し……で、問題ないな?」

「あぁ」

「構わん」

「じゃあ、部外者は外で見ててやるから存分にどうぞ」


 そう言って僕は小子の作った土椅子に腰掛ける。神様も少しワクワクして観戦する気らしい。


「始めッ!」


 僕の合図で、二人は見合ったまま構えを取った。早速、タマは両足を地に付けてセーブポイントの作成をしているらしい。それに対してモードレッドは詠唱を始める。


「ーー【火、水、土、風、雷、飛べ】」


 流石は詠唱魔法を極めただけの事はある。超短縮詠唱と超高速詠唱の併用は相当の訓練が必要だ。


「全然、遅いし少ないな。嫁さんの魔弾の方がヤバかった」


 飛んでくる属性魔弾を避け、時には弾き飛ばす。ゆっくりとセーブポイントを作成しながら、タマは前進を始めた。


「遅い、遅いぞ。そんな欠伸の出るような速さじゃあワイを仕留めるなんて事は……っ!」


 突然、放たれ続けた魔弾が衝突しあい、タマの目の前に濃霧が広がる。水の魔弾と火の魔弾が合わさり、一瞬にしてタマの視界を奪ったのだ。


「め、目くらまし……ぃ!?」


 未来を経験したタマは急いでバク転。仰け反った瞬間、顔のあった位置に向けて何かが飛んで来たのだ。


「っ、あぁ!?ま、待てって……!」


 バク転、横回避、側転、前方宙返り、ムーンサルト。新体操選手顔負けの回避行動をとり続け、タマは寸での所で飛んでくる何かを避ける。その全てが濃霧の中での出来事であり、未来は見えても視界の見えていないタマには不利としか言いようがなかった。


「こ、ンのぉ!」


 飛んでくる何かを、負傷覚悟で避けて濃霧の外へ。そこで初めて、飛んで来ていたのは鋭く尖った氷柱であると認識できた。更には、何本も襲って来ていたのではなく、全て同じ一本であるということも確認する。


「放った氷柱を操っていたのか!」

「魔法として発現しても、結局は魔力の塊だからな。造作も無い」


 全ては、最初からブラフだった。法撃で目と意識を魔弾に向けさせ、発現した魔法同士を使って合成魔法にさせる。すると濃霧も魔力の塊であるため、その中に存在する全ての動きを把握し、霧散しないよう霧を維持しつつ氷柱を射出。もし、タマが霧の外に出なければいずれ氷柱がタマの頭、もしくは心臓を貫いていただろう。


「けど、タネが割れれば怖くねぇ……!?」


 見えた視界で氷柱を捉え、はたき落とそうと地に力を込めた瞬間、その足場は脆くも崩れ去る。


「落とし穴だよ、古典的なね」

「ま、まじか……」


 穴の底にはイマニティア語で『針』と記載され、頭上には氷柱が浮いている。濃霧も、氷柱も、全てはこの一撃の為の布石。底で手を付き落ちきってしまったタマの場合、これが本当の殺し合いならば死んでいただろう。


「……まいった」


 かくして、初戦はモードレッドの勝利で終わったのだった。

ご愛読ありがとうございます。

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