#75 閑話
今回が最終話!ご愛読ありがとうございました!
「んっ……はぁ、久しぶりですね」
「あぁ、ここの所忙しかったからな」
突然だが今僕と小子は、学校を離れて休暇を満喫中。なぜそんな事になっているかを簡潔にまとめると、魔法学校創立記念日と祝日と振り返り休日が重なり、日本で言う所のシルバーウィーク状態になったからだ。そこで、地上に用があったというのもあって、久しぶりに小子と出かけようと羽を伸ばしに来ている。
ちなみに、僕がいるこの都市は〈クリオス〉と言って、洋服や魔法道具の生産が盛んな都市だ。
「これが完全プライベートなら良かったんですけど……」
「まだ時間はある。ゆっくり見ていこうぜ」
とはいえ、今日の午後からは予定が入り始める。当てもなく歩けるのは午前中だけだ。
「あっ、見てくださいよ彦星さん!コレ、可愛くないですか?」
「むむむっ!これは機能美に優れてますねぇ……しかも安いっ!」
「へぇ……こういう発想ですか…盲点と言えばそうですけど……使い道が思いつきません」
「こ、これはちょっと大胆なのでは?何ですか、この穴は……」
洋服一つ、魔法道具一つ取っても、小子の反応は新鮮そのもの。子どものようにはしゃぐその姿を見て、僕は「日常」が帰ってきたと改めて思うのだ。
「あの、彦星さん」
「ん?」
「ちょっと試着してきてもいいですか?」
「あー……まぁ、大丈夫だろ。あまり時間は無いぞ」
「はいっ!」
眩しすぎるくらいの笑顔を見せて、小子は店の中へ。僕も色々見て回ろうかと、その場を離れようとするが。
「あれ、どこに行くんですか?」
「え?その辺をぶらつこうかなと」
「……見てくれないんですか?」
……あっそういう。というか、見ても良いのか?感想なんてロクなのは言えないぞ?
「さぁこっちですよ」
「お、おう……」
店に入るなり、小子は片っ端から迷わず服を選んでいく。もうどれを着るか見定めていたらしい。
「覗かないでくださいね」
「そこまで落ちぶれちゃいねぇよ」
「……絶対ですからね?分かってますか?」
「いいから早く着替えろよ。覗いて欲しいのか?」
何着かの服を小脇に抱えて、試着室へ。布の擦れる音が色っぽく聞こえ、覗きたくなる欲求が湧くが理性で押し殺す。
しばらくして新しい服を着た小子が試着室のカーテンを開けた。
「どうです?まずは王道を選んでみました」
「白のワンピースか。清楚なイメージで雰囲気はあるが……控えめな胸囲じゃ無いとマタニティドレスみたいだぞ?それなら……」
店内を物色し、淡い桃色のベルトを探して渡す。
「これで腹部を縛って、ゆったり着てみろ。だいぶ、印象が変わる」
「……やっぱり彦星さんの意見は参考になりますね。じゃあ次はどうですか?」
またしばらくして、今度は少しワイルド系になった。ジーンズ風スカートにロングシャツ、黒のスウェットで脚のラインを細く見せたコーディネートだ。
「……その組み合わせならスカートじゃなくショートパンツだろ。ちょっと待ってろ」
そう言ってまた店内を見て回り、ダメージジーンズ風のショートパンツを持ってくる。
「黒のスウェットに合わせるならこのダメージショートパンツ、スカートに合わせるなら皮ジャケットだな。でも両方ともパンク過ぎて、小子とは合わない気がする」
「むぅ……やはりそうですか。私もちょっと無理があるかなと思ってまして」
その後も小子の服選びに付き合って、気がつけば予定時刻から少し遅れてしまった。
「急ごう、かなり時間が押している」
「す、すみません……」
「謝ることじゃ無い。僕も少し熱中しすぎた」
そう、ガラにもなく小子のファッションショーに口出しをし過ぎたのだ。決して、小子に見惚れていたわけではない。決して。
「…………」
「あれ、どうしました?」
「いや、何でもない。先に行っててくれ、すぐに追いつく」
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十二時間時計が無いこの世界で、それでも時間を気にしていたのは、相手側にヒマがないという事実のほかにない。
「やあヒコボシさん、お久しぶりです」
「こちらこそ、いつも書面でしか会話出来ずに申し訳ない」
挨拶を交わしながら差し出された手を握り、握手を交わす。相対する彼は〈ディートリッヒ・テスカトール・ディオ〉という、オットーと同じ称号を持ち、塩湖村……いまや塩湖都市となりつつあるあの場所から、トラと各都市を回っていた頃に知り合った商人貴族だ。
「今日はトラ君はいないのかい?」
「はい、彼は今ビースティアで修行中です」
「あぁ、件の開国した帝国かな?ヒコボシさんが中心になって動いたんだって?」
「ええまぁ」
「聞いたよ、今は教師をやってるってね。ヒコボシさんにはピッタリだ」
「さすがテスカトールさん、耳が早い。あ、そうだコレ……つまらないものですが」
空間から綺麗に包装された包みを渡す。中身は塩湖村で作っている菓子で、完熟したバナナやリンゴなどの果実と合わせた甘しょっぱいマフィンだ。
「あぁっ!すまないね、お茶も出さずに。まぁ募る話は後にして、早速本題に入ろうか」
テスカトールさんは僕たちを席に案内すると、付き人に軽く目配せをする。その合図を待っていたかのようにメイド達が次々と入室し、てきぱきと話し合いの場を整え始めた。
「実はね、近々新作の発表会が開催されるんだ」
「発表会……新しい服の、ですか?」
「うん。それで、ちょっとした事情でね、負けられないんだよ。もちろん、元から負ける気なんてこれっぽっちも無いんだけど、相手が卑劣な手を平気で使う奴でさ、盤上を期したいんだよ」
「……つまり、悪い癖が出たんですね?」
「恥ずかしながら」
好感が持てるテスカトールさんには悪い癖が一つある。とにかく喧嘩っ早いのだ。昔はよく殴り合いに発展して、大して強くもないのに真っ向から勝負しに行ったりしたらしい。大人になって、随分と丸くなったらしいが、それでも挑発には弱かった。
「でもねヒコボシさん!この相手というのが、とにかくひどい奴でさあ!」
話に火を付けたテスカトールさんは相手の悪口を話し続ける。十分も話せば、なんとなく相手の事は分かって来るものだ。
「……で、その時言ってやったのは…」
「テスカトールさん、そろそろ話を戻しましょうか」
「え?……あ、そうだね。うん、ごめん」
ごほん、と咳払いを一つ挟んで話を切り替える。なんとなく、頼まれごとの内容には予想がつくけれど。
「ヒコボシさん、君の発想力を売ってくれ」
「……だと思いました。モデルは先ほどのメイド達ですよね?」
「流石だ、見る目がある」
そりゃあ、全員見目麗しいんですもの。うっかり見過ぎて小子に二の腕をつねられるくらいには。
「僕もそんな事だろうと、午前中に店を見回っておきました。相手はオドロンガ商会ですよね?」
「そうだよ。言っていたかな?」
「いいえ。『今の』テスカトールさんに喧嘩をふっかける商会なんて、オドロンガ商会以外にいませんから」
僕は空間から一冊のノートのような本を取り出し、テスカトールさんに手渡した。中には僕の知る服のデザイン案が一部載せられている。その全てが異世界からの流用という事を伏せて。
「……これは?」
「今度の発表会に向けての、新しいデザイン案です。まずは一部差し上げますよ」
「…『差し上げる』とはひどいね。裏があるでしょう?」
「もちろんです。ですがその一冊は日頃の感謝を込めて、本当に差し上げます。問題は次です」
再び空間から本を五冊取り出し、並べて見せる。商人にとって、タダより高いものはないのだ。
「ここからは商談です。以前より打診させていただいている、塩湖村からの件。アレの承諾が欲しい」
「む……あの事か…まぁ、ヒコボシさんから奴さんに言うより、ウチから言う方が首を縦に振りそうだが…」
あの事、というのは新しい塩を生産する施設の打診だ。場所は都市〈イクテュエス〉の南端。十二都市中、唯一本物の海と面した都市だ。昔ながらの伝統を重んじる頭の固い……頑固な……義理堅い人たちで、僕とは少々馬が合わない人たちなのだ。
「……話を通してみるのはやってみよう。けれど承諾が出るかはわからないよ?」
「それを承諾させるんです」
「無茶言うなぁ……」
「けれど無理ではない」
「無謀ですけれどね…はぁ、わかりました!なんとしてでもいい返事を貰って来ましょう!」
「交渉成立です」
もう一度硬く握手を交わす。あとは発表会に向けての打ち合わせだけだ。
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「良かったんですか?」
「何が?」
陽も落ちて空が茜色に染まる頃。もう少し遅くなるだろうとは思っていたのだが、意外と早く打ち合わせは終わってしまった。時間が余ったので、また小子と街中をぶらついている。
「いえ、あのノートの中身って新しい服のデザイン集ですよね?それも私たちの世界の……。いつか案が尽きるのでは?」
「あぁ、その事か。あのノートの中身は新作デザインだけじゃないよ」
新しいデザインの服と言うのは、実のところ数枚しか記載されていない。六冊のノートの約九割は、僕が思いついた着こなし術の落書きと服の組み合わせ集。
「テスカトールさんは、アレで凄い才能の持ち主なんだ。こと服に関しては、僕が出る幕の無いくらい」
「それなのに、彦星さんに助けを求めるんですか?」
「助けか……どうだろ。意外と助けになってないのかもしれない。でも、テスカトールさん曰く、僕のアイデアは今までの常識を覆す爆弾のようなものらしい。使い方一つで便利な道具から危ない危険物にまでなるらしいぞ」
「……その意見には賛同してしまいます。危なっかしい所は多々ありますから」
「うわひどい。もうちょっとオブラートに包んでくれてもいいじゃん?」
「諸刃の剣」
「ダイレクトアタック!」
「……ふふっ」
「…はははっ」
互いに笑い合い、また歩き出す。目的もなく、おしゃべりにオチなんてなく、ただ平和なだけの時間が過ぎていった。気づけば街中を離れ、辺り一面を見渡せる高台まで登って都市を見下ろしていた。太陽はもうすぐ地平線に沈み始める時間となり、現代日本のようなネオンが光る事もなく、今日だった一日は昨日に変わる。そんな様子を設置されたベンチに腰掛けて、なんとなく眺めていた。
「……もうすぐ日が暮れますね」
「……ああ」
「…明日も仕事です」
「……そうだな」
「帰らないんですか?」
「帰りたいのか?」
「彦星さんが帰らないのでしたら」
「…そうか」
いよいよ沈む太陽を眺めながら、僕はポケットの中に手を入れる。中に入っている小さな小箱を手探りで開けて中身を確認すると、また閉じた。中々、勇気が出てこないのだ。
「何か隠してますよね?」
「……え?」
「早くしないと、教会が閉まってしまいますよ?」
「…………別に隠してなんか」
首の後ろを撫でつつ、上手い言い訳を考え始めて……やめた。このままズルズルと先延ばしにするのは良くない。
「なぁ小子、渡したいものがある」
「はい、何ですか?」
「……本当はもっと前に渡すべきだったんだが、色々あってタイミングが無かった事を今謝る」
ポケットの中身を取り出して、小子の目の前で開けてみせた。中には小さな指輪が入っていて、リングの上には小さな宝石が光っている。
「…………」
「結婚する前の婚約指輪も、結婚した後の結婚指輪も送れていなかったし、こんな変なタイミングではあるけど、受け取って欲しい」
「…………」
彦星はそっと小子の左手をとり、その薬指に指輪をはめた。
「…あぁ良かった。サイズはピッタリだ」
「……」
小子は一言も発さないまま、付けられた指輪に目線を向ける。
「その宝石は〈ライフガーネット〉と言って、確率で装着者が死んだ時に砕けて命の代わりになるそうだ。付けておけば付けておいただけ確率が上がるから、ずっと外さないで欲しい」
「……彦星さん」
やっと言葉を放った小子は、自分の左手を大事に握りしめて彦星の顔を見上げた。
「一生大事にします。死んでも手放しません」
「いや、あの、死なれると困るんですけど……」
「じゃあ絶対に死にません」
「う、うん」
なんだか小子を直視出来なくて、最大にまで紅く染まった夕日に目線を向ける。その少し後、肩に体重が優しく乗った。
「……早く帰らないとだな」
「そうですね」
「…明日も仕事だな」
「……はい」
「帰らないの?」
「もう少しこのままで」
「っ……」
小子の顔が不思議と顔が赤く見えるのは夕日の光なのか、そうでないのか。僕にはついぞ分からなかった。
嘘です!まだまだ続かせていただきます!
ご愛読ありがとうございます!
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