#73 決着
彦星さんが時間を巻き戻す時は、魔王の因子と万年筆を使うそうですが。私の場合は彦星さんからもらった『彦星さんの一部』に付属していた(と思われる)煌めきと私の煌めきを使います。
彦星さんは過去の事象を『書き』換え、私は現在と自身を『結』び付けて『無』かった事にするようです。
「……まぁつまり〈結の煌めき〉劣化版が扱えるようになっただけ、なんですけどね」
きっと私が結べるのは、自分の出した魔法と私自身のみ。それもごく狭い範囲での行使に限ります。でも。
「う、動けない……んだナ」
「重力魔法に煌めきを結びつけるくらいは造作もありません」
煌めきの範囲は狭くても、魔法はその限りではありません。魔弾や遠距離発動式魔法とは相性が良くありませんが、範囲指定魔法なら距離は関係ありませんね。
「……でも、負けないんだナ。体が重いって事は上から下へのエネルギーが…」
「あぁ、そうでしたね。では重力も光も音も無い場所に閉じ込めましょうか」
即座に、デブの体は黒い球体に包まれる。重さは無く、光は届かず、魔素も魔法も通じない、エネルギーとは完全に隔離された空間に。
「無の煌めきを結びつけた魔力障壁で空気の振動と流動を遮断。外殻の屈折率を調整して暗闇へ。あとは無重力空間に放り出せば方向感覚を失い、一週間くらい放置すれば心を壊せます」
とはいえ、そこまで拷問じみた事はしません。私は鬼教官でも軍人でも殺し屋でもないので。
「……はぁ…腑に落ちません」
結局私は、私一人の力で事を成す事が出来ませんでした。いつか彦星さんが、人は一人では何も出来ないと言っていましたけれど、短期間に二度も自覚することになるとは完全にしてやられました。
戻ったら何かしらの形で報復してやらないと、ちょっと不公平だと思いません?
「…それで、完全に無力化したわけですけど……どうやって外に出ましょうか」
入る時は間違って転移の魔法と転送の魔法が発動しました。肉体と魂を分けて、魂だけで合同授業を行なっていたのですが……私の場合、戻るべき肉体も戻すべき魂も、全てこちらに来てしまいました。何か一つでも、あちらの世界に私の痕跡があれば良かったのですが。
「……ひとまず、この空間に出口がないか探ってみましょう」
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濁った目をした少年は、今日も都市〈オピウコス〉の路地を徘徊する。目的もなく彷徨っているのでは無く、食べる物を探して動くのだ。
「…………捕まえた」
今日はアタリだ。仕掛けておいた罠に、ネズミがかかっている。あとは誰かの食事を奪えば、俺の腹は少し満たされる。
「……チッ」
大通りは相変わらず吐き気がしやがる。少ない資源を独占し、貴族様は毎日のように宴会だ。悪人を取り締まる憲兵は買収され、無法都市と化している。だからこそ。
「あっこのクソガキ!」
通行人の食料を奪ったって、相手が貴族様じゃなきゃ、罪には問われない。
「…戦利品は……っと」
中身の残った水袋、食べかけの黒パン、干し肉が数枚。さっき獲ったネズミと合わせれば、これだけで一月は食い繋げられる。……きゅるきゅると鳴る腹を考慮しなければ。
「あぁ……腹減ったなぁ…」
これが、少年の一日だ。否、この都市に住む人々にとっては、これこそが日常であり、常識なのだ。
今日の分の食事を済ませて、少年は自分のナワバリに戻る。動けば動くほど、体力は奪われて腹が減るのも早くなる。だから食料を調達出来た日や十分に食べる物がある時は、無駄に動き回らず寝ている方が効率的だ。
「……ん?」
俺の寝床に誰か寝ていやがる。どこの馬の骨だ?
「……おい」
「…………」
返事がない。ただの屍のようだと思ったが、俺と同じように腹を空かせて倒れているだけらしい。
「…………ほらよ」
「……良いのか?」
「食ったら出て行け。そして二度とここへ来るな」
「…ありがとう」
名前も知らないそいつは水と黒パンと干し肉を全て平らげ、満足気にため息をつく。
「助かったよ、少年」
「そうか」
「お礼……と言っては何だけど、良いものをあげよう」
へぇ、金でもくれるのか?たまには人助けも良いな。
そいつは俺の頭に手を当てて、一言二言呟くと何かを流し込んだ。
「これはエネルギーと呼ばれる物を食らう能力だ。これがあれば、もう飢えることはないだろう」
そりゃいいや。腹が減らないってのは、幸せな事だからなぁ。
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小子があの空間に迷い込んでから、もうすぐ二時間が経過する。僕は時々魔力稼働式テレビで中の様子を見つつ、小子の痕跡を探していた。
「……まず、小子はどこから入ったんだ?」
その疑問はすぐに解決する。点検に行った小子が中々戻ってこないので、次に点検に行く予定だった先生が地下の魔法陣を見に行ったそうだ。すると魔法陣の上に小さな魔法陣が描かれており、よく見ると奇跡に近い状態で繋がっていたそうだ。
そこで、奇跡に近い状態で繋がってしまった魔法陣を解析したところ、本来なら魂と肉体を分離させて特殊な空間に魂だけを送るはずが、肉体も一緒に送られる魔法陣となっていたらしい。
「つまりこちら側に戻って来るには、魂も肉体も含めて引っ張れるほどに強い痕跡が必要って事だ」
それ故に、たとえ僕が小子の部屋から痕跡を探していたとしても、何かしら罪に問われる事は無いワケでして。とにかく小子の部屋から小子の私物を一切合切全て持ち出した。
「あとは、あの魔法陣を反転させて……と」
転送の魔法陣が機能したのなら、召喚の魔法陣だって発動するはずだ。最後に、持ち出した小子の私物を魔法陣の周囲に並べ、準備完了。
「一つ一つの痕跡が弱くても、集めれば大きな力になる。そこに、風水と縁起物で効果を倍増させれば……」
失敗は許されない。煌めきも、因子も、万年筆も全部使って、例え右手と左足が鋼の機構鎧になったとしても、僕は小子を取り戻す。
「アイツのいない世界に、これっぽっちも未練はねーからな。返してもらうぜ、世界サマよぉ」
完成した魔法陣に魔力を注ぐ。一気に流し込んではダメだ。魔法陣が崩壊する。ゆっくり、少しずつ、小子の事を考えながら。
やがて魔力で満たされた魔法陣は淡い光を放ち、その効果を発揮する。
「……来い…っ!戻って、来い!」
淡い光が強い光となり、眩しくて目も開けていられなくなる。僕は目を細めながら、魔法陣の上からは視線を外さなかった。
「……天使だ」
「えっ?あれっ?ここは……?」
光が消えると、魔法陣の上には呼び戻しに成功した小子の姿が。本人も何が起こったのか少し困惑していたが、やがて僕と目を合わせて完全に理解したようだ。
「彦星さんが戻してくれたんですか?ありがとうございます」
「…………」
「あの、彦星さん?」
「……ハッ!天使か女神かと見惚れてた!」
「はいはい、お世辞なら後で聞きますから。ひとまず憲兵さんを呼んでもらえますか?」
そう言って、小子は部屋を出ようとヒタヒタ歩き出す。
「あっ、おい!」
「それから、彦星さんにはあとでお仕置きです」
「それはそれでご褒美だから慎んで受けるが、今は黙ってこっちに戻って来い」
だが僕の制止を聞かずに、小子は部屋の扉を開けて出てしまった。慌てて散乱した小子の私物を一部ひっつかみ、後を追いかけるが……。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「遅かったか……」
何を隠そう、いや、隠すものなど何も無い。そう、何も無いのだ物理的に。とどのつまり全裸で召喚された小子は服を着ない状態で部屋を出たことになる。僕はある意味見慣れているので平気だったのだ。
「…………空が青いなぁ」
現実逃避しても状況は変わらない。まぁ、服はとりあえず届けてやるか。
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