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#70 暴食の使徒

 二年生の中でも特に、魔法に長けたラピスとラズリ。彦星も注意を促した二人を相手に、フラウとフェリオは運悪く出くわしていた。


「これって奇襲だったのかな、ラピスちゃん?」

「これって奇襲だったんだよ、ラズリちゃん」


 旧校舎で班長を探している途中、フラウは東階段から西階段へ。フェリオは東階段から西階段に向かい移動中、中央階段からラピスとラズリが降りてきており、互いに虚を突かれる事となったのだ。


「ちょっとフラウ!私が炎を使っているんだから氷なんて撃たないでよ」

「フェリオこそ!ボクが氷魔法の使い手なのは知っているでしょう!せめて風にして下さい!」

「なんで私がアンタに合わせなきゃいけないの!?」

「どうして協力出来ないんですか!?」


 ただ一つ難点を挙げるならば、この二人はとにかく仲が悪い。得意な系統も火と水、炎と氷。フェリオは感覚で動く天才肌に対してフラウは緻密な計画と作戦を立てる秀才肌。両者ともにクラスを引っ張る中心人物でありながら、常に一触即発の空気を漂わせていた。

 入学当時はクラス中が怯えていたが、今となっては『本日も平和なり』となっており、その辺りは彦星のあずかり知らぬところとなる。


「仲がいいのかな、二人とも」

「仲がいいんだよ、二人とも」

『良くないっ!』


 その関係性をラピスとラズリにも見抜かれたが、認めようとしない二人は互いを指差して悪口を言い合った。


「誰がこんな脳筋ちんちくりんと!」

「誰がこんな陰湿ネクラオタクと!」

「なんですって!?」「なんだと!?」


 ……もう夫婦喧嘩は犬も食わないってね。そう思ったラピスとラズリは揃って同じ魔法を放つ。


『どどーん』

「きゃ……っ!」

「っ!このっ!」


 無詠唱、のつもりなのだろうが、やはり一年間詠唱を続けていたクセは直らなかったらしい。二人の杖から高濃度の雷魔法が放たれ、対してフラウは土魔法を応用した避雷針を出現させた。

 雷魔法はその性質上、どうしても近くの伝導性が高い物体に引き寄せられるという特性がある。そのため、雷魔法の操作は術者の腕の見せ所として定番の魔法なのだ……発動後も魔力を消費するという燃費の悪さに目をつむれば。


「失敗したね、ラピスちゃん」

「失敗したよ、ラズリちゃん」

『もう一度、どどーん』


 再びフラウは土魔法を発動させ、分厚い壁を形成する。打ち出された雷魔法には形成された土壁を貫通する威力が無かったようだ。


『どーん、どーん、どどーん』

「ただでさえ燃費の悪い雷魔法を連発だって!?どんな魔力量しているんだ!」


 このまま防御に徹していても、いずれジリ貧になっておしまいだ。そもそも、彼女たちは分断して対処するように先生に言われていたじゃないか。


「フェリオ!何か策はないか!?」

「あ、あるわけないでしょ!?そんなの考えるのはフラウの得意分野じゃない!」

「今は土壁の発動で頭が手一杯なんだ!お前しか、頼れないんだよ!」

「っ……!い、いいわ…頼らせてあげる。そのまま防御の手、緩めるんじゃないわよ」


 頼りにしていると言われて照れているのか、フェリオは少し赤くなりながらも周囲の状況を把握する。


「相性悪いね、ラピスちゃん」

「相性悪いよ、ラズリちゃん」

『どーん、どどーん、ばっしゃーん』

「……ばっしゃ…!?」


 双子の『どーん』は雷魔法。なら『ばっしゃーん』は?


「まずいっ!」


 土と水は相性が良すぎる。このまま放っておけば、ボクの魔法を取り込んで濁流に変わりかねない。そうなったらもう、狭い廊下じゃあ避ける手段なんて残されていない。すぐにでも、土魔法の解除を……っ!


「…間に合わ……」

「こっちよ!」


 土壁が決壊するより速く、フラウはフェリオの脇に首根っこを抱えられて近くの教室へと非難する。間一髪、濁流には呑まれずに済んだ。


「ふう、危なかったわね」

「……おい」

「何よ」

「…そろそろ離してくれ」

「…………あっ!ごめん!」


 脇に抱えていたフラウを解放し、フェリオはふと思い出したように赤面する。


「…………汗臭くなかったかな…」

「何か言ったか?」

「何でもないわよ!」

「そうか。しかしまぁ助かった。死ぬかと思ったがな」

「そうね、あのまま呑まれていたら確実に転移していたでしょうね」

「……いや、お前の胸が固くて頭蓋骨が割れるかと思ってなっぐふぉふぅ!?」


 何気ない貧乳発言が、フェリオを傷つけた。その代償にフラウは容赦のない腹パンをもらう事になる。


「サイッテー!!」

「い、意味がわからない……」

「…あつあつだね、ラピスちゃん」

「…あつあつだよ、ラズリちゃん」


 ちょうどその光景をラピスとラズリは目撃することになるのだが。正直に言って痴話喧嘩にしか見えなかった。


「…で?何か策は思い付いたのか?」

「当たり前でしょ。私を誰だと思っていて?」


 フェリオはフラウにそっと耳打ちをする。


「……そんな事で良いのか?」

「良いのよ」

「…どうなっても知らないぞ」

「作戦会議は終わったかな、ラピスちゃん」

「作戦会議は終わったかも、ラズリちゃん」

『どどーん』

「…っ、この!」


 とどめとばかりに、ラピスとラズリは揃って雷魔法を放つ。フラウは咄嗟に、氷の障壁でそれを防いだ。


「おい、本当にいいんだな!」

「うん、やって!」

「逃がさないよ、ラピスちゃん」

「追いかけるよ、ラズリちゃん」


 炎で氷を溶かし、逃げた二人を追いかける。逃げながら、フラウは足止めの氷魔法をとにかく連発し続けた。


「……当たらないよ、ラピスちゃん」

「……当たらないね、ラズリちゃん」


 教室から端へと走り切り、階段を曲がろうとした刹那。唯一の出口は塞がれる。


「くそ、もう少しなのに……っ!」

「…充分よ、フラウ。むしろ都合が良いわ」

「何かするつもりなのかな、ラピスちゃん」

「何かするつもりなんだよ、ラズリちゃん」

『ばりあー』


 そう言う二人の息はとうに白くなっていた。フェリオの言う通り、準備が整った合図だ。


「いくよ、フラウ!」

「ああ!《アブソリュート・ゼロ》ッ!」


 フラウは右手に絶対零度を。フェリオは左手に灼熱を。その両手を寸分の違いもなく重ね合わせると。


「「吹き飛べっ!」」


 散々冷やされた空気が瞬間的に熱され、膨張する。その膨張率はおよそ、千倍以上。壁際に避難したフェリオとフラウは全身に強い衝撃波が当たる程度だったが、ラピスとラズリはその限りではない。東階段から西階段までおよそ一五〇メートル。ほとんど端から端までの距離を、それこそ瞬間秒速何キロという速度で吹き飛ばされるのだから、無事な訳がない。

 その衝撃波に、ラピスとラズリを包む魔障壁は耐えきれなかった。ピシピシとヒビが入り、今にも破れそうだ。


「……負けちゃったね、ラピスちゃん」

「……負けちゃったよ、ラズリちゃん」

「もっと強くなりたいね、ラピスちゃん」

「もっと強くなりたいよ、ラズリちゃん」


 ラピスとラズリは手を取り合って、互いの体を引き寄せる。まるで一つの生命体のように。


『負けるときも一緒、だよ』


 魔障壁が破れ、衝撃波がラピスとラズリを襲う。それらが収まる頃には、得点以外綺麗さっぱり、何も残らなかった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「腹、減ったんだナ」


 どこかの都市の、協会の扉を、ふらふらとしたその男はゆっくりと開ける。司祭や神父は幾多様々な人を救うため、そのような怪しい男が入ってきてもとがめはしない。


「どうかしたのかい?」

「……腹、減ったんだナ」

「そうか。では奥に食堂がある。少ないが食べていきなさい。その後で、君の事情を…」

「必要、無いんだナ」


 男が神父の頭に触れ、勢いよく神父の『何か』をずるりと引き抜く。両手で引き抜いた何かを押し固めて押し固めて、一口大まで押し固めたら、今度はそれをゴクリと飲み込んだ。


「…足りないんだナ」


 息絶えた神父の体を放り投げ、近くで祈りを捧げていた老人からも何かを引き抜き、同じように固めて食べる。抜かれた老人は力なく倒れ、神父と同じように事切れた。


「……全然、足りないんだナ」

「き、キャァァァァァ!!」

「うるさいんだナ」


 その瞬間を見られたのだろう、近くの神官巫女は悲鳴をあげるが、程なくしてその声はぷつりと途切れる。


「音が伝わるのも一つのエネルギーなんだナ。おデ、賢いんだナ」


 男は巫女の何かを引きずり出し、固めて食べる。祈る人、神官、神官巫女。およそ協会にいた生き物という生き物は全て、男に何かを抜かれて息絶えていた。


「……まだ腹、減ってるんだナ」


 しかしまだ満腹にならない男は自分の鼻をフガフガさせて、次の獲物を探す。その敏感な鼻は、わずかな香りを捉えた。


「…こっちからいい匂いがするんだナ」


 匂いをたどって協会の神像の裏へ。床にへばりつき、匂いがそこから漂っている事を突き止める。男は転移魔法陣を起動させ、その先へと足を踏み出した。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


『さぁ間も無く授業開始です!あなた達の奮闘は飛行型監視魔道具で各界の重鎮様方にお届けされます!有能ならヘッドハンティングがあるかも!?気を引き締めてまいりましょう!』


 授業開始のチャイムが鳴り、合同授業が始まりました。打ち合わせ通り、私は意識を失った生徒たちを一人づつ教室まで運びます。


「よいしょっと」


 流れるような手つきで無重力(ゼログラビティ)を発動させて、私一人で一度に五人運びます。


「ショウコ先生は器用ですね。無詠唱ですか?」

「ええ。慣れれば簡単ですよ?でも、見たところ、あなたも詠唱してないのでは?」

「私はまだ短縮詠唱が関の山ですね。やってみたいんですけど……どうも、クセが治らなくて…」


 彦星さんの広めた無詠唱の魔法、徐々に浸透してきていますね。一部の頭の固い人には真っ向から反対されているようですけど。それも時間の問題なのでしょうか。

 そう考えながらも、生徒の移動は無事に終了。この後は自分の雑務をこなしながら合同授業の監視、ほかの先生と交代で地下一階の魔法陣を点検です。


「よう小子。何か手伝う事はあるか?」

「あ、彦星さん。手伝う事ですか?先ほど生徒の移動は終わりましたし……では、起きた生徒の対応をお願いしてもいいですか?」

「可愛い嫁のお願いなら」

「っ……もうっ!」


 可愛い、可愛いですって!久しぶりに話している気がして、ちょっと浮かれているみたいです。でもよく考えたら先生の宿舎は男性女性で分かれていますし、お互い授業もあって忙しいですし中々顔を合わせる事が無かったような気がします。


「ええっと、彦星さんに生徒はお願いしたので……そうそう、この前の小テストの採点をしないと…」


 二年Bクラスは明日返却予定ですからね。今日のうちにまとめておかないと大変です。

 小子は職員室に入り、自分のデスクで採点を始める。これが意外と難しく、全て手書きである上に悪筆なものも混ざっており、解読が困難になるのだ。


「あぁ……パソコンが欲しい…」


 そんな時の強い味方は異世界に存在しないので自力で頑張るしか無い。回復科は生徒が増えて負担が大きくなっています。対処する魔法はないのが、悲しいところです。


「ふぅ……一休みしよう…」


 半分ほど終えたところで区切りをつけ、給湯室からコーヒーを持ってくる。もちろん、砂糖とミルクは必須だ。

 戻って一息ついていると、小子に魔法陣点検の番が回ってくる。


「ショウコ先生、次お願いします」

「あ、ハーイ」


 職員室から地下一階の間に、私の部屋があります。どうせなら残った採点は自室でしましょう。

 そう思って未採点のテストを抱えて移動していると、モードレッド先生に声をかけられました。


「あぁショウコ先生、ちょうどいい所へ。少しよろしいですか?」

「はい、なんですか?」

「……尋ねたいのですが、あなたは無詠唱魔法をどう思われます?」


 ……これは、彦星さんの事を聞いているのでしょうか。それとも技術の話ですかね?


「…どう、とは?」

「私は、詠唱を歴史ある文化や伝統と同じだと考えています。しかし無詠唱の魔法は自由度が高く、およそ美しくありません。けれど、その威力や戦術的価値は詠唱魔法をはるかに凌駕すると……思うのです」


 実際そうですけどね。でも、私は詠唱も無詠唱もどちらも良いと思います。無詠唱は高い技術が無ければ出来ませんが、詠唱は極端に言うと子どもでも簡単に使えてしまう、便利さがあります。


「どう……でしょうね。その人それぞれだと思いますよ。私は彦星さんに合わせているだけです」

「……ショウコ先生、なぜ貴女のように可憐な女性が下衆なあの男と共にいるのです?」


 彦星さんが下衆ですか。言い得て妙ですね。


「別に彦星さんは下衆じゃないですよ。ちょっと頭のネジが全部飛んでいっただけの人です。人が丹精込めたチョコを本人の目の前で『不味い』と言い放ったかと思えばホワイトデーのお返しは何も無いですし、デリカシーは無くて鈍感の極みです」


 嫌な事を思い出してしまいました。今度彦星さんを殴っておきましょう。


「でも彦星さんは誰よりも優しくて勇敢で、誰かの事を第一に考えられる人です。そんな彦星さんだからこそ、私は好きになったんです」


 ……言ってて恥ずかしくなってきました。しかも後ろに彦星さんがいます。いつからいるんでしょうか?…こうなったら悶絶させてあげましょう。


「ですから申し訳ありませんけど、私は彦星さんと別れるつもりはありませんし離婚もしません。モードレッド先生が私の能力を買っていらっしゃるのは知っていますが、私は私のためだけに、私の幸福のためだけに使います」

「……やはり私には理解できないよ。彼は異端だ。魔法書に選ばれた貴女なら、わかってくれると思ったのですがね」


 異端、ですか……まぁそうでしょうね。私も彦星さんも、この世界の人では無いのですから。


「……さて、と。私もお仕事しましょう」


 テストを自室に起き、そのまま地下一階へ。薄暗い部屋が校庭分の広さだけ吹き抜けており、その足元には淡く光る魔法陣が描かれています。教師全員に配られる魔法陣の写しと照らし合わせながら、ほつれている箇所を探すのです。


「……おや、誰かいますね。私と入れ違いになったのでしょうか?…すみませーん!今から私が点検しますので、その場所を退いてくれませんかー!」


 ……けれど返事はありません。それどころか、どうやら教師でも無いようです。


「…侵入者?」


 遠目でよくわかりませんが、太った男の人のようですね。近くまで行って注意してみます。


「あの、すみません」

「なんなんだナ?」

「ここは危ないので、部屋から出てもらえますか?」

「おデは腹が減ったんだナ」

「お腹ですか?それなら、外に学食がありますよ」

「必要無いんだナ」


 太った男の人は私の頭に手を置いて、ずるりと私の魔力を引っ張り出しました。途端に私は全力で走ったような倦怠感に襲われて、その場に崩れ落ちてしまいます。


「……美味いんだナ!!しかも死んで無いんだナ!もっともっと食べるんだナ!」


 何かまずい気がします。私は魔力障壁で全身を覆い、太った男の人が触れるのを防ごうとしました。でも男の人は魔力障壁を掴むと、その部分からばりぼりと食べ始めます。


「これも美味いんだナ!全部食べるんだナ!!」

「な……にを…………」


 ダメです。このままでは死んでしまいます。もし次に私の体から魔力が引き抜かれたら、確実に意識を失ってしまいます。

 でも、もう残りの魔力も少ないですし、今この場で魔素を取り込めば、足元の魔法陣は強制停止してしまいます。


「……だったら…!」


 私は星の恵みを意識して、煌めきを発動させました。もしも私の魔力を引き抜くのが魔法の類いならば、煌めきで防げるはずです。


「……あレ?抜けないんだナ」

「……ビンゴ…っ!その、まま…」


 星域を使って女神の書を開き、転移魔法のページを開きます。


「ーー〈転移〉!」


 私と、私に触れていた男の人は揃って魔法陣の書かれた部屋から脱出しました。転移先は校舎の屋上です。

 この世界の人たちは魔力と魂が同化しています。ここで逃してしまえば、確実に死人が出てしまいます。だったら、魔力が無くても生きていける異世界人の私が、なんとかするしかありません。


「……私が、やらなきゃ…!」


 今回は彦星さんの協力を望めませんね。

ご愛読ありがとうございます。


面白ければレビュー、ブクマ、感想、評価、よろしくお願いします。

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