#67 Aクラスの奮闘 その3
合同授業が始まって、もうすぐ三十分ほど経つ。そうなってくると、最初の校庭の乱戦は鳴りを潜め、一年生同士の得点の奪い合いが収まり、隠れていた二年生が動き始めたり、バラバラになっていた班とクラスが一つに纏まり始める。
こうなると、仲間内で情報交換が決まって行われるのだ。
「……うん、ほぼ全員揃ったわね。誰か転移した人はいる?安全地帯の場所を聞きたいのだけど」
Aクラスの生徒たちも、教室の一つに対物対魔遮音結界を施し、情報交換を行なっているその中で、仮のまとめ役として、フェリオがその場の進行を務めていた。彼女の質問で、数人が手を上げる。
「私、一度転移しました」
「話してくれる?」
「ええっと……」
六班のロウエナは、負けた時の状況を事細かに説明した。運悪く、二年生の剣士に負けた事から始まり、目覚めた教室の事、その場に寝かされていたAクラスの面々、先生から受けた説明、戻ってきた位置に至るまで、全て。
「……ふぅん…転移では無く、ここは限りなく現実に近い仮想世界…」
「転移した場所と戻った場所の関連性は思いつきません」
「わかったわ、ありがとう。他に転移した人の話も聞きたいわ」
その後も転移したクラスメイトに聞いてみるが、やはり同じような結論しか出なかった。
「……わかった。いいえ、再転移する場所はわからないのが、わかった。この話は保留にしましょう。次にどこで誰を倒して、どの班に負けたのか、その敗因を聞かせてちょうだい。他にも情報はなるべく共有しましょう。今の得点も把握しておきたいわ」
これに関しては、ほぼ全員が報告を始める。基本的には倒した話だが、中には三年生と遭遇して逃げた話もある。
それらを元に、フェリオは敵の位置を把握する地図を黒板に描き始めた。
「……話を聞く限りですと、二年生は旧校舎に多く集まっていますわね。三年生は学生寮かしら。クラスが別でも今は戦闘が行われていない…意図が読めませんわ……」
「二年は隊長狙い、三年は大量得点を狙って一時的同盟状態にあるのんじゃね?」
フェリオが悩んでいると、横からソフィードが考察を話した。そう言われて見ると、たしかに辻褄は合う。
得点の無い生徒をいくら倒しても、こちらが体力を消耗するだけ。それどころか、敵に情報を与えて再転移による体力の完全回復もさせる事になりかねない。
さらにその二年生を、終盤になってから狩り始める三年生は、今はまだ硬直状態にある二年生の精神が確実に磨り減るのを待っている状態だ。
「……私たち一年生は、もしかして眼中に無いのかしら…?……だとすると…」
先生は言った。油断しなければ必ず勝てると。ならばそれは、活路は自ら見出せと言う事。きっとこの授業は、自分に足りない何かを、自らの手で掴み取る為のものなのだと思う。
ならばそこに、その先に、私たちの勝機がある。
「良いことを考えたわ。みんな、ちょっと試して欲しいことが、あるのだけれど……」
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旧校舎一階、玄関口付近。
「ふぁ……」
退屈すぎて思わず欠伸が出てしまった。校庭の喧騒が聞こえなくなった事を考えると、一年生はもう同士討ちが一通り終わったと見て間違いないだろう。
となれば、生き残った高得点の塊が隠れやすそうな屋内に入ってくる。そこを、二年生の自分たちが美味しくいただくと言う事だ。
「……おっ、コカトリスが羽を抜いて来た。アレは一年だな?さて何点貯まってるか」
その次の瞬間には、ひっくり返った世界と、別れた自分の下半身を見つめている。
「…………は?」
痛みを感じることすら無く、その二年生は即転移。しかし二年生を屠った一年生は旧校舎に入る事なく、その時を待つ。
……やがて一年生が次々と旧校舎の前に集まり、その数は二十人になった。
「…こんなもんか?リーダー」
「やめてよね。まとめ役だったのはさっきまでだから」
「発案者だろ?良いじゃん別に」
「……まぁ、いいわ…それじゃあみんな、準備はいい?」
『おう!』
一度、深く深呼吸すると、彼女は大声で叫ぶ。
「私たちは一年Aクラス!これより、二年全クラス殲滅作戦を開始する!総員!」
『『『殴り込みじゃああああああああ!!!』』』
雄叫びと共に、Aクラスの生徒は旧校舎に突入する。だが、無策というわけでは無い。
「「「魔法障壁、展開!」」」
生徒全員が旧校舎に入ると、まず建物全体を三重の魔法障壁で包み込む。これで、外からも中からも干渉されることは無くなり、中に存在する全ての人間が缶詰された。
「遊撃隊、右舷左舷へ!補佐班は徹底的に支援しろ!」
「ご武運を!」
二十人中、半分が正面玄関から右と左に分かれる。旧校舎の構造は三階建で、階段が左端と右端に存在する。下から教室ごとに奇襲を仕掛け、獲物を逃さないように上へと押し上げるのだ。
「な、なんだお前ら……っ!?」
「くそ、一年のくせに!」
向かってくる者、逃げる者を斬り伏せ、法撃し、着々と人数を減らして行く。一階の掃討が終了すると、階段から牽制の魔法を放ちつつ、陣形を整えた。
「どう?得点は取れた?」
「ダメ。やっぱり下にいるのは弱い人達だけだと思う」
「なら、思った通り隊長格は上か」
「大変だよ!もう何人かが玄関口まで戻って来てる!」
「早すぎだろくそっ!挟まれたら終わりだ、先生の言ってた生徒に気をつけつつ、出来るところまで攻めるぞ!でないと負け確だ!」
そう、この授業。仮に一年生同士で得点を奪い合ったとしても、最初の持ち点が一点である限り、二年生は二倍、三年生は三倍の大差で負ける計算になる。勝つためには、上級生の持ち点を奪う必要があり、簡単だからと同学年と争っていてはならないのだ。
「もう二階の連中に奇襲は効かない!各自、全力で行け!」
『うおおおおおお!!!』
再び雄叫びをあげ、左右の階段から挟むように上の階を目指す。
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さて、こちらは突入した二十人の生徒とは別に動くAクラスの生徒たち。その全員が額当てを巻き、本校舎の屋上から様子を見守っていた。
「……一階の掃討は終わったみたいですね」
「裸眼でよく見えるなぁ……」
「いえいえそれほどでも」
アイリ、ルキ、ローラン、シュンレイ、ケイデン、ロウエナ、ジュジュ、ガーロン、メレア、ルーフィアの十人は班長であるゆえに、殲滅作戦には組み込まれない。この作戦の意図に反するからだ。
「中はどうなってんだ?アタシには遠くて見れねーぜ?」
「今二階の教室を端から潰し始めてますよ。そろそろこちらの数字も変動してくるとありがたいんですがね……」
他の生徒には見えない景色が、ケイデンにはいとも容易く見る事が出来る。彼は剣の才能も魔法の才能も無かったが、魔力の圧縮にはクラスの中でも一番強く秀でていた。己の眼球に大量の魔力を集中させる事により視力の超強化に成功。支援無しでも十キロ先を見通し、ミクロン単位の物体まで見る事を可能とした。
同じように動体視力も常人のそれをはるかに凌駕しており、敵の攻撃を完全に見切った上でカウンターを仕掛ける事に戦法を置いている。
「……あ」
「どうした?」
「…三人、やられた」
「……って事は、ついに出たのか。誰だ?」
「ええっと……多分、アレキ」
「アレキって……あ、近距離か」
「サーベル、ムニラ、ソフィード……相手が悪すぎる」
アレキは縮地と流動術を利用して切り掛かり、その圧倒的なスピードで瞬く間に三人の腹部を真っ二つにした。三人とも速度に多少の難があり、追いつく事が出来なかったのだろう。
「どう?全然勝てそうにない?」
「いや……ブレウノームが善戦してる?…やっぱあいつ頭おかしいわ。戦いながら爆笑してる。マジやばくね?」
目の良いケイデンでかろうじて視認できる速度の剣戟を、ブレウノームは防ぎ続けている。心なしか、少しづつブレウノームが押されているようにも見えた。
「誰か援護法撃やらない?」
「どいて。アタシがやる」
アイリは特製の杖を構えて、アレキの頭を狙う。射ち出した魔弾は人間の視認速度をはるかに凌駕し、容易くアレキの頭蓋を撃ち抜いた。
「……五点、獲得」
「おめでと、ちなみにブレウノームがめっちゃ悔しがってる」
「はぁ!?次は助けてやねぇ」
口ではそう言うが、仲間想いのアイリの事だ。なにかと理由をつけてきっと助けるのだろう。近寄り難い彼女が好かれているのは、そういう所を知っているからなのだ。
「はぁ……じゃ、アタシ達は自分の仕事をしますかね」
「そうだね。じゃあみんな、準備は良い?」
得点を取られては元も子もないため、班長は別の場所に避難している。が、何もせずじっとするほど、無駄な事は考えていない。
『連結法撃!』
『連結流動術!』
ルキ、ケイデン、ガーロンは踏み込みのエネルギーをバトンリレーのように一点まで収束させ放出。アイリ、ローラン、シュンレイ、ロウエナ、ジュジュ、メレア、ルーフィアは互いの魔力を同調させて放出。
異なる二つの力は共に旧校舎の正面玄関前を直撃し、溜まった二年生を再び転移させた。
「これで良し」
「じゃあ早く移動して……」
撃ったら移動。彦星の指示を忠実に守ろうとしたが、時すでに遅い。なぜならばすでに、援護射撃を一度行ったからだ。
……移動する意味を、彦星が教え忘れた事の他にない。
「見つけたぞ、くそガキども……っ!」
「ア、アレキ先輩!?なんでここが!?」
「あっ……あぁ…だから先生は撃ったら逃げろって……」
「お前ら全員、コマギレにしてやる!」
彦星が警戒するだけあって、その縮地速度は目で追えるはずがない。その結果、いとも容易くこの場の全員が斬り伏せられ、転移させられるのだろうが……。
「……なっ」
「あ、危なかった……」
アレキが最初に狙ったのはケイデンだったのだ。唯一ケイデンには、アレキの速度が視認できる事を、アレキ自身はまだ知らない。
「ボクが食い止めます!皆さんは先に逃げてください!」
「わ、わかった!」
「行かせるかよっ!」
アレキは縮地で先回りしようと動くが、その行く手をケイデンは見事に防いだ。
「ほう、俺より速いってのか」
「いいえ、ボクは先輩の初速に遠く及びません。けれど、ボクにはこの目があります」
なりふり構っていられないケイデンは目の魔力圧縮を最大限に。その影響は眼球にとどまらず、視神経を伝って脳にまで達した。そしてたった今、ケイデンは獲得したのだ。伝説にもなった『未来視』を。
「速度で勝てなければ、先回りすれば良いんです。先輩の剣はもう、ボクに当たりません」
「……言うじゃねぇか。だったら、テメェからコマギレにしてやるよ」
「…お手柔らかに、お願いします」
アレキは好敵手を見つけたようにニヤリと笑い、全力の一撃を打ち込むのだった。
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もうすぐバレンタインですね……チラッチラ
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