#66 Aクラスの奮闘 その2
むーんむむむ……
「メレア、ブレウノームは見つかった?」
「……まだ」
本校舎の屋上、さらにその上の給水塔の上から、メレアは身体強化とキスモの付与魔法を使って遠くを観察していた。キスモは魔法の威力を増大させる付与を得意としてはいるが、身体能力を向上させる付与も多少扱える。そのため、今回のようにメレアの目を『遠視』状態にさせたのだ。また、身体強化と合わせると威力が倍増するというのも付け加えておく。
「……あのバカ、無駄にしぶといからいきなり転移したとかではないと思うけど…」
「…クラス一の戦闘狂だしねぇ……」
ブレウノームは彦星のクラスでもとりわけ異質な男子生徒だ。剣士でありながら魔力の扱いに長け、彦星ほどでは無いものの斬撃を飛ばすことが出来る。また、簡単な魔法であるならば短縮詠唱で発動出来る器用さを持ち合わせており、非常にオールマイティかつ優秀な生徒なのだ……その、血湧き肉躍る強さこそ正義という歪んだ性格を除けば。
「…でもまぁ、先生にボコられて言う事聞くようになったし、アタシから見れば野良犬が飼い犬になった程度の認識だがなぁ、ケケケっ!」
「……何も面白く無いよ…はぁ…」
「ところでキスモ、さっきから何作ってんの?」
メレアに付与魔法を使った後は、魔法を発動させるまで特に何かする事は無いはず。にも関わらず、キスモは魔法で細い木材を生成し、なにやら懸命に削ったり小脇に抱えたりを繰り返していたのだ。
「うん……ちょっとね…ほら、撃つ度に付与するのって大変だし面倒じゃない?だから超遠距離法撃専用の杖を作ろうかなって」
「はぁー、前から変わってるとは思ってたが、意外と便利なコト考えるんだなぁ」
「ん、意外は余計……よし、後は物体付与魔法に魔力受付の中和と魔抜きを…」
指先で杖に呪文を書き、なぞるように添付。この方式は彦星が万年筆の原理を流用した方式であり、従来の魔法陣を使うやり方より手間も少なく早いのが特徴的だ。ただし、文字に魔力を注ぎ続けないと発動しないので扱うには一定以上の魔力操作能力が必要になる。
「ほい、持ってみて」
「おお……おおお…おおおおお!良いじゃんこれ!カッコイイ!」
長さは約一四〇センチ。両手で構え、顎を杖の頭に乗せ、遠方の的を狙撃する。先は出来るだけ細く、持ち手は平たく長く、立った姿勢の時は脇に挟んで使用できるようになっていた。
「すげえ!すっげぇえええ!」
「…ちょっと微調整がいる」
キスモはメレアの体格に合わせて持ち手を滑らかにしたりと微調整を数回行い、ようやく杖は完成した。
「計算上、一〇〇キロ先の的も撃ち抜ける。射出される魔力を圧縮、撃ち出しと同時に軽追尾機能と弾道調整を付与するようにしてある。急ごしらえだから属性を撃つのには向いてない。ごめん」
「いやいやいや!十分すぎるって!でもどうやったの?物体一つには一つしか付与出来ないんだろ?」
「付与する数だけ、パーツに分けた。結構複雑」
「……っ、ありがとう、一生大切にするよ!」
「んむー……抱きつかないで、苦しい」
百合の塔を建設しつつ、メレアは再びブレウノームの捜索を開始する。しかし依然として見つからず、その間に杖を置くスタンドや遠方を見る為の覗き穴型魔道具など、小道具が増えて行った。
「……おっ」
「見つかった?」
「…いや、アレはニ班の連中だ。驚いたな、もう三人揃ってやがる」
「……早い」
未だ乱戦の続く校庭に向かう三人を確認。縮地と流動術を上手く使い、撹乱と得点を上手く両立させていた。
そのすぐ後、突然本校舎の一角から轟音が響く。幸い、給水塔から反対側だったので音に驚いた程度で済んだが。
「……び、びっくりした…」
「うう……耳が、耳がぁ…」
さらに間隔を開けず、今度は旧校舎の方で魔力砲撃を視認。
「な、なんなんだよ…次から次へと…」
本校舎の方は角度的に見えないが、旧校舎の方は一部だけ見える。強化された目をよく凝らして、状況を確認した。
「……あ、ブレウノーム」
「いたの?」
「…あぁ、さっきの太い魔力砲もブレウノームの魔法だ……っと、こっちに気づいたぞ」
「待って、旧校舎とかなり離れてるよね?分かるの?」
「……ものすっごい笑顔で敵の手足切り落としながらこっちに手を振ってる」
「うわ関わりたく無い」
「なにする気だアイツ…突然旧校舎の屋上に上って……助走、からのジャンプでこっち来たァァァ!?」
距離で言うならばおよそ一〇〇メートルはある幅を、ブレウノームはわずか一メートルほどの助走と跳躍で本校舎の給水塔に着地。
「おまたせ諸君!」
「「普通に怖いわっ!!」」
「いやぁ、見つけるのに苦労したぞ?何しろ向かう所全てが敵なのだからな!斬り伏せてやったわ、がはははは!」
ダメだコイツ、話を全く聞いてない!本当に脳まで筋肉なんじゃないのか!?
「して、拙者は何をすればよいのだ?」
「……はぁ…アタシが上からバカスカ打つから、位置バレして迫ってきた敵を切ればいい。でもなるべくバレたくないから、隠密行動でよろしく」
「うむ、任されよ!」
……大丈夫かなぁ…。
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さて、こちらは彦星側。巨大なディスプレイというか、魔法で映し出された合同授業の様子が見れる魔法道具の設置された教室。
「ヒコボシ先生は、今年はどこのクラスが優勝を飾ると考えていますかな?」
「そりゃもちろん、うちのクラスですね」
「はっはっは、ご冗談を」
冗談なんて言ってないんだがな。にしても、この設備は本当によく出来てる。まるで、僕の前に異世界から誰かやって来たような技術と発想だ。
ちらりと校庭に目を向ければ、そこには眠ったままの全生徒が担架に乗せられてクラス毎に運ばれている様子が見て取れる。転移魔法なんてのは元々無く、生徒全員に対して強力な催眠と幻術魔法を発動させ、現実とは違う仮想現実の世界で争っているのだ。
「どこのフルダイブ・デスゲームですか……っと」
「何か言いましたかな?」
「いえ、何も」
仮想現実で死ぬと現実世界で目覚め、先生から簡単な説明を受けた後、再び授業に戻る。つまり、この授業を勝ち抜くには一度死ぬ必要があるという事。無意識下で持つ、命を狩るという行為に対するブレーキを、離す必要があるからだ。とはいえ、臨死体験なら既に僕がさせているので、Aクラスの生徒は死ぬ必要が無いんだがな。
「…モードレッド先生は、どこのクラスを応援しているんです?」
「応援?ふふふ、応援などしませんよ。私は確信しているのです。必ず我がクラスが優勝するとね!」
そういや、モードレッド先生も担任だったな。確か、二年のCクラスだっけ?
「確信、ですか……」
「もちろんです!ヒコボシ先生には悪いですが、今日この日のために、我がクラスには早く、美しく、正しい詠唱のみを完璧に叩き込みましたからな!」
あ、勝ったわ。魔力操作の授業もしないとは思わなかった。多分、Cクラスは最下位だな可哀想に。……まぁ、切り札が無ければの話だが。
「では、僕は少し出ます。下の先生方を手伝わないと」
「見ないのですか?」
「ええ、見なくとも結果は予想とほぼ同じでしょうから」
「……そうですか」
僕が教室を出る時、モードレッド先生は酷く残念な顔をしていた。だが僕には分かる。それは共に生徒の勇姿を応援しようとする仲間意識でも友の友情を育むものでも何でもない。
ただ、弱者の悲痛に歪む顔を見れなかった事への、悲壮感だ。
「……虫唾が走る」
いつまでも、そうやって傲り高ぶればいい。成長を止めた強者は、いつか弱者に淘汰される。そうなって初めて、自分の弱さを痛感するんだな。
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