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#60 とある体育の授業風景

 今日はあと……体育か。こっちはまだ、魔法理論より楽だな。


「よーし、じゃあ先ずはいつもの準備運動からな」

『はい!』


 僕の合図と同時に、生徒は列を成して校庭の内周を二周する。その後、ストレッチと称して『ラジオ体操』をさせた後、腹筋と腕立と背筋を二十回。ここまでさせて、準備運動は終了だ。慣れてくれば、十分くらいで終わる。


「よし、今日は対人組手だ。各々『嫌いな奴』と組め」


 好きな奴と組ませて、ぬるい出来になったら目も当てられない。これは命を守る体術だ、恨み妬みがこもっている方がいい。


「では、互いに礼!開始!」


 授業では、攻者と守者に分かれて組手を行う。今のところ教えたのは上半身の攻防のみなので、それだけを使用させている。

 とはいえ完全に素人の、武術の型なんてテレビで見たことがある程度の、そんな知識しかないし、基本的には僕が実際に敵と戦って得た防御術が主体だ。


「あの、先生……」

「ん?どうした」

「余ったんですけど…」


 余った?変だな、このクラスは偶数だから余ることはないんだが……。

 出席簿を確認すると、今日に限って一名病欠している子がいた。偶数から一名休むのだから、奇数になって当然だ。


「そうか、じゃあ先生と組むか」

「よろしくお願いします!」


 先ずは、互いに礼。ぐっと腰を落とし、左の掌を生徒に向ける。相手は子どもだ、手加減してやらねぇと……。


「……っふ!」

「…っ」


 右手の突きを放つが、教えた通り左手で軌道をそらされた。


「……受け止めてはならない、受け流せ」


 ぶつぶつ復唱していると思ったら、こいつ……僕の教えたやり方をつぶやいてやがる。……っと、こちらも防御しないとな。


「……せいっ!」

「…っ」

「……逸らされたら、エネルギーを移動…っ!」

「くっ…!」


 こ、このやろう、忠実に僕の戦闘技術を真似てやがる。教えられてすぐに習得できるわけねぇのに……っ!


「……移動、移動、移動、移動…」

「ちょ、まっ、くそっ……!」


 右の突きを逸らし、左手からのアッパーを避け、逸らしたはずの右手がアッパーのエネルギー移動で体を回転させ裏拳になり、それを下へ払うと今度は左手の唐竹が迫る。流しきれずに後方へ飛びのくと、僕の動きに合わせて飛び上がり右手でもう一度唐竹割りを……。


「さ、せる、かぁっ!」


 両足を地に付け、思いっきり大地を掴み、地を蹴る瞬発力を拳に移動させる。踏み込みの瞬間に全てを背中へと置き去りにし、土踏まずから足、ふくらはぎ、太もも、腰、腹、胸、右腕、右手の順で螺旋状にエネルギーを移動、集束。溜めに溜めたエネルギーは行き場を失い圧倒的なパワーを生み出す。もちろん、これを行うには魔力の操作と肉体の鍛練が必要不可欠だが、うっかり生徒相手に本気を出してしまった。この一点に限り、僕は教師失格なんだろう。


「……やば」

「……受け止めてはならない、受け流せ」


 だが、この一撃すらも、この生徒は受け流してみせた。


「…………」

「…………」


 そこで両者は動きを止め、僕はその一瞬のうちに手のエネルギーを移動させて大地に返した。持ったままいると腕が耐えられずに粉砕されるからな、相手に移せなかったエネルギーは大地に逃がさないといけない。おかげで、逃した足から下に轟音が響く事になるが、大した問題ではないだろう。


「……そこまで。礼」

「ありがとうございました……はぁぁぁぁ……」


 ぺたり、と生徒は腰を抜かし、どっと汗を吹き出させる。もし、足技の使用を許可していたら、僕が技量で負けていたかもしれないな。


「ずりいよ、先生。最後のアレ、何?」

「あー……まぁ、その、ちょこぉっと身体強化魔法を……な?」

『いやいやいや!身体強化とかそんなレベルじゃねーよ!!』


 うっ……他の生徒にも見られてたか……くそ、こりゃあ説明が終わるまで納得してくれないよなぁ…。


「…本当はもうちょっと後に教えるつもりだったんだがなぁ……よし、全員集合!」


 生徒を整列させ、その場に座らせる。少し早いが、使用を制限させれば特に問題はないだろう。


「これはある意味、危険な技術だ。最悪身を滅ぼし兼ねない……が、用法容量を守ればそこまで危ない技術じゃない。本格的な授業は後ほど行うと前置きして、説明してやろう。とりあえず……誰か、身体強化魔法が使えるやついるか?」


 そう聞くと、数人が手をあげる。どいつもこいつも目の奥をギラギラさせて知りたがっているようで。僕は出席簿と照らし合わせながら、それぞれ生徒の名前を呼んだ。


「じゃあボルツと……あとパール」


 僕は手を挙げた男子生徒を一人、手を挙げなかった女子生徒を一人選び、前に立たせる。


「これから二人には勝負してもらう。まずは、何も使わず組手、開始」


 両者は一瞬驚いた顔をしたが、一先ず指示には従っていつもの組手を始めた。


「そのまま聞け。あと五発打ち込んだらボルツは身体強化を発動させろ」


 そう言った後、ボルツは一気に攻撃速度を上げる。パールは逸らす防御で手一杯だ。


「パール、足に魔力を集めて地を掴め。踏み込みと同時に移動エネルギーを手に乗せ、流れるように打ち込む」


 この学校の生徒は元々、ある一定以上の才能か教育を受けていた。魔法理論は散々だったが、体術や剣術といった武術は殆ど基礎をしっかりと習得している。だから僕は、その基礎の維持と技術の指導に力を入れているわけで。


「おらぁぁっ!」

「えっえっ、えっと、足に魔力、掴んで、あぁもうっ!えいっ!」


 ボルツの身体強化された拳と、パールの拳がぶつかった、刹那。ボルツは回転しながら吹き飛ばされる。このまま飛んでいけば学校の外まで飛びそうだったので、久々の『反転』『減速』『着地』を使ったのは言うまでもない。


「……え、えぇぇ…」

「とまぁ、この技術を最終的には覚えてもらう。このクラスで一番、力の移動に長けたパールであの成果だ。身体強化と合わせて使ったり出来るから、武術の基本の仕上げとしてやるつもりでいる」


 ちなみに、ボルツを指したのはこのクラス内で特に自分の才能に自惚れていたからで、うっかり生徒相手に使った時から決めていた。これで、少しは真面目に鍛練を積むだろう……積んでほしい…いや、積め。


「…っと、もうそろそろ授業が終わるな。最後に注意事項だが、この技術を僕の監視の外で使用する事を禁止する。失敗すれば肉体が爆散しかねないから、くれぐれも気をつけろ。次回の授業からは少しづつこの技術を教える」


 そこまで言ったところで、授業終了のチャイムが鳴った。明日から大変だが、なんとかなる事を祈っておこう。

ご愛読ありがとうございます。


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