#56 学校へ行こう!
新章開始っ!
「いやぁ、ダンナが戻ってきてくれて本当に助かったぜ!」
「黙って手を動かせエイビル。失った信用を取り戻すには、とにかく作って売って身を粉にして働くしか無いんだからな」
塩湖村の自宅で、僕は執務と実務の両方を同時に行なっていた。とはいえ、実務に関しては作業の繰り返しなので【蝙蝠の力】で過程をすっ飛ばすわけだが……執務の場合は重要書類の山が溜まっているので、一つ一つ記憶する必要がある。というわけで、僕は社畜もびっくりな業務をこなし続けていた。
「お茶です、彦星さん」
「あぁ、ありがとう。そこに置いておいてくれ」
「……また、朝ごはん食べてないんですね」
「………すまん」
デスクの上に置かれた朝食はとっくに冷め切っており、ふわふわに焼き上げられていたオムレツも空気が抜けてしんなりしている。ここの所、まともな食事を取った記憶が無い。
「……大丈夫です。今度は食べやすいものを用意してきますね」
「…本当に、すまん」
指名手配をされ、それをシンバ国王に取り消してもらうに当たって『外交問題に関する極秘任務』という嘘を用意してもらった。その嘘を本当にするため、あちこち走り回り、副職の塩湖村の経営も回し、とにかく暇がなくて時間が無い。それを理解しているからこそ、小子も何も言わずにいるのだと思う。
それから、何時間かして。ようやく落ち着けるくらいになってから、僕は全身の緊張を解いた。そのおかげか、お腹はついに限界を知らせる音を鳴らし、同時に小子が食事を置いていったのを思い出す。もう冷めきっているとは思いつつも、ふと置かれた食事を目にして。
「…………これは、これは…そうか、そういう……」
食事を済ませ、空いた皿を持っていこうと席を立つ。部屋の扉を開ければ「ひゃっ!」と驚く小子がいて、その手には新しい食事があった。
「あぁ、びっくりした……」
「悪い悪い、手が空いてな。サンドイッチ、食べさせてもらった」
「あ、そうですか。どうでした?美味しかったですか?」
「すごく美味しかった。……片手でも食べられるように、してくれたんだろ?」
「えっ……あ、はい」
部屋にあったサンドイッチは、片手で持てる大きさにカットされ、こぼれやすいソースも使われていなかった。冷めても美味しいものを考えてくれたのだろう。
「……あっ、これ、次の食事です。こっちのお皿は片付けておきますね」
「ありがとう。また、作ってくれ」
「はい、わかりました……あ、それと、国王陛下から手紙が来てました」
「手紙?……そうか、わかった」
小子は手紙と新しい食事を手渡し、空になった皿を受け取った。部屋の扉を閉め、キッチンへと足を運ぶ。
「……前、よーし。後ろ、よーし」
廊下に誰もいないのを確認し、ポーカーフェイスを解く。
「……えへ、えへへ、えっへへへへ」
耳まで赤く染め、彦星の言葉を思い出し、にやにや笑いながら頭をがんがんと壁に打ち付けた。たった一言、その一言で、全てが報われるというのは、きっと自分が単純なのだと思う。
「えへへへへ、嬉しいっ」
ありがとう、ありがとうって言われた。また作ってほしい、とも。それだけで、小子は小躍りするほど、嬉しかったのだ。
……たとえ、手紙の内容が彦星を嫌そうな顔に変えていたとしても。
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ここは都市〈ジュゴス〉のギルドホール。そのマスタールームはかつて無いほど緊張した空気が流れていた。
「いやね、こう見えて僕は忙しい身の上なんですよ。だからさ、こんな手紙一つで召集されたって引き継ぎやらなんやら忙しくって面倒くさい」
「本音が漏れとる。というか、私、国王……」
「知らんがな」
「……のうギルドマスター、おかしいの、私?」
「いえ、この馬鹿です」
蔑んだ目で人を馬鹿呼ばわりとはいい度胸してやがるぜ。よしちょっと表出ろや。
「仕方ない、こうなったら無罪放免は無かった事に……」
「喜んで馳せ参じさせていただきました!」
うわーいやったぁ!国王様に呼ばれたぜふっふぅー!
「……やはり馬鹿かと」
「…同感じゃ」
「世界一の馬鹿を見るために呼んだの?早く用件を済ませないと小子が緊張感で死んでしまうんですが」
「それを増し増しにさせてるのは彦星さんなんですけどねっ!」
ジュゴスのマスタールームにシンバ国王、ギルドマスター、市長、彦星、小子が集まっており、冷や汗を流しているのは市長と小子くらいで、後の三人は緊張などしていなかった。
「まぁ、冗談はさておき。用件を済ませてしまおうか。市長、持って来なさい」
「は、はいっ!こちらです!」
ジュゴスの市長はトレイに乗った二枚のカードを僕と小子の前に差し出す。
「……なんだこれ、金ピカのカード?」
「これはな、ヒコボシ殿とショウコ殿のギルドカードなのだ。今は二人とも、Bランクじゃろ?つまりランクアップじゃな」
「…………ん?」
話が見えない。一体どういう事だってばよ?なぜに僕と小子がランクアップになるってんだ?
「はっきり言って、ヒコボシ……貴方の行いはもうBランクのソレに合わない。偉業を成し遂げ過ぎているのだ」
……思い返せば、なるほど。塩に外交、タウロスの問題に魔王討伐もしたような気がする。あ、魔王は七分の一か。
「…………ははぁ…それで…」
「それにしては、大掛かり過ぎませんか?他に何かあるのでしょうか」
「流石はショウコ殿、鋭い。その通り、ヒコボシ殿とショウコ殿にはAランクに昇格すると同時に、仕事を一つ頼みたいのだ」
嫌な予感がする。絶対にコレ、面倒なやつだ。しかも選択肢は無し、強制の辞令みたいなタイプ。
「二人の魔法の才能を活かして、教師をやってほしい!」
「「……き、教師ぃ!?」」
教師って言えば、先生だろ?魔法の先生って事は魔法学園とかそんな所か?ますますやりたくねぇ!帰って寝たい!単純に疲れた!
「楽しそうですね!やらせていただきます!私、学校の先生って一度やりたかったんです!」
「そうか、ショウコ殿はやってくれるか。ではよろしく頼むとしよう」
「あ、すいません拒否権は?」
「タウロスの地下に戻りたいなら」
「卑怯な……っ!」
やっぱりこの国王ダメだ。人間がダメだ。こいつ人じゃねぇ、人でなしだ。
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「教師の仕事の説明は学校でいたします。まずは、この魔法陣にお乗りください」
金ピカのギルドカードを受け取り、やる気に満ちた小子と鬱寸前の彦星は市長にギルドホールのとある一室の魔法陣に案内される。後で知る事だが、生徒用の出入り口は教会の神像の前に転移魔法陣として全都市に設置されているそうだ。
「では、飛ばします。あちらの方に話は通ってますので、指示はそちらで聞いてください」
市長はそれだけ言うと、魔法陣に魔力を流す。足元が光り輝いたかと思うと、次の瞬間には似たような魔法陣の上に立ったまま、部屋の内装がガラリと変わっていた。
「……転移成功か?」
「多分、成功だと思います。魔素の質と濃度が少し変わりましたから」
「……お、おう。僕には全然分からんがな…とりあえず、部屋を出るか」
長年使われているであろう年季の入った扉を開けて、廊下に出る。人の気配は無いが、どこか懐かしい雰囲気が漂っていた。
「……人がいるって話だったがな」
「全然、いませんね」
そうお互いに言いつつも、やはり十年以上離れていた『学校』という環境に心なしかワクワクしている。人を探すふりをして、学校探検を始めるほどには。
「いやしかし、本当にいないな。休みか?」
「だとしても管理人さんか事務員さんはいるでしょう。ここまで静かって事は流石に無いかと……」
そんな事を話しながら廊下の角を曲がろうとした時、小さな悲鳴とともに彦星の体へ誰かがぶつかった。
「ご、ごめんなさい急いでて!」
「いや、こっちこそ前を見ていなかった。すまないな、立てるか?」
「あ、ありがとうございま……」
彦星の手を取ろうとしたその子……いや、女子生徒は固まった。突然現れた、不審者に怯えて。
「だ、誰ですかあなた!この学校の人じゃ無いですよね!どこから入って来たんですか!」
「えっ?いや普通に魔法陣で……」
「嘘です!魔法陣での転移にはAランク以上の資格を持ち、かつ学校側か市長側からの特別な許可が無いと使用できません!あなたの様なもやしヒョロ男がそんな許可、ましてやAランクなわけないでしょう!」
ひでぇ勘違い娘だな。後ろの小子が必死に笑いを堪えて…あるぇぇえ?笑う所ですかここぉ?
「ふんっ!ですけどお生憎様、この学校には、あなたみたいなもやしヒョロ男が一万人いたって勝てない様な人材がゴロゴロいるのよ!さっさとお縄につけば痛い目を見なくて済むわよ?」
「いやつかないし、というか不審者じゃないし。嘘も吐いてないし、それよりキミ、急いでいたんじゃないのか?」
その言葉ではっとしたのか、女子生徒は窓の外を覗く。僕もつられて見れば、そこには綺麗に並んだ生徒たちの姿が見えた。
「やばいっ!こんな事してる場合じゃ無かった!全校集会に遅れる!」
廊下を走り、女子生徒は大急ぎで階段を駆け下り……また戻ってきた。
「見逃すわけじゃないから。今はあなたの相手より全校集会だから。じゃ」
それだけ言って、再び階段を駆け下りる。律儀というか、なんというか……まぁ、揉め事に発展しなくて良かった。
「…………ひ、彦星、さん」
「ん?どうした、小子」
「…………」
全校集会の様子を見ていた小子は、外を指差して呆気にとられている。僕もその指の先を見つめて、絶句した。
「……も、もしかして…」
「…こ、この学校……」
指差した先には、何も無い。そう、何も無い。あるはずの地面も、こんな建物より大きな山も、かといって海の様に広い水辺も。そして小子の言っていた『魔素の質と濃度』の変化。それらによって導き出される解は。
「「……と、飛んでるぅぅぅ!?」」
ここは〈王立魔法学校〉……通称〈空島〉である。
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