#50 森の中の戦い
「…ぐっ!」
まともに攻撃を受けた彦星は軽々と吹き飛び、意識をほんの一瞬だけ手放す。覚醒し、体重移動で体制を整えると、刀を地に突き立てて減速を図る。
「……っ、はぁ、危ねぇ、死んだかと思った」
「情けないぞ、それでも我に勝った男か!」
獣王は全身に鎧を装着し、ついでに空中へ二つの拳を生成すると、馬鹿正直に真正面から殴り掛かる。
「打打打打打打打打打打ァッ!」
「ぬるい。当たるわけないだろう」
ブラッドレイがそう呟くと刹那、ブラッドレイの立ち位置が動き、気付いた時には獣王の後方に立っている。
「はぁっ!」
続けて、無手のままブラッドレイが平手を打ち付けると、何か衝撃が放たれたように吹き飛ばされて行った。
「これだよ、意味がわからねえのは……転移でも高速移動でもなく『そこにいたという事実』を捻じ曲げる……摂理に反する行為だ」
いつか、紙が言っていた。『たかが人間一人に俺の作った世界を書き換えられてたまるか』と。
言い換えれば摂理はそんなに簡単に弄れないという事。けれど、摂理に反さず、かつ、神と同等の行為を行う事は可能だ。例えば『一方的に空間へと穴を開け、異世界と異世界を開通させなければ摂理に反さない』とか。
そういう灰色の、グレーゾーンを探して利用する僕より、もう真っ黒なアウトコースまっしぐらなブラッドレイは頭がどうかしているとしか思えない。
「いやほんと、何が代償なのか教えてほしいね」
「何の話だ?」
「悪いなシャロ、こっちの話だ」
「……その名で呼ぶな」
地を蹴り、ブラッドレイはその右手を彦星の腹部に命中させようと肉薄する。その動きに対応しながら、彦星は次の機会を伺った。
「………ここっ!」
「ぬ……っ!」
刀を切り上げ、カウンターを仕掛ける。だが切り裂いたのはローブの端のみ……いや、本当の狙いはその先にあった。
「打ッシャァァアアア!!」
「なっ…!」
着地地点で待ち構えていた獣王の渾身の一撃により、ブラッドレイは背中を強く打ち付ける。本人は一体何が起こったのかわからず、それでも隙は見せまいと転げ回りながら体制を立て直し、両者を睨みつけた。
「気づかねえか?お前、もう獣王の星域に入ってんだぜ?」
「馬鹿な……他人の星域には違和感があるはず…」
「我も驚いているのだがな、自分の星域の中に我と同じ星力が感じられるのだ」
「まぁ、全部僕の煌めきだからね。気を付けた方がいいぞ、自分自身と戦うって事には」
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「だぁもう、チョロチョロ動くなっ!」
「そうもいかん。ワイはか弱いからな、そんな鈍器が当たったら死んでまう」
「ダメです、速度低下の付与も効きません!」
ヴォリスの剣速は、およそレイピアと同じくらいの速度で振り回されているのだが、対するタマと名乗った獣人は目をつむったまま、その太刀筋を避け続けている。
「寝ぼけてんのか?なら、ワイから行くぜ?」
タマが平手を打ち出すと、そこから空気の塊のような物が射出される。ひとたび当たると槌で強打されたような衝撃が発生し、受け流しに成功しても吹き飛ばされ、失敗すれば腰の骨が砕け散りと、下手をすれば冒険者としての価値を永遠に失う事になるわけだ。
「ショウコちゃん、魔法は当たってんだよな?」
「…そのはずです。全て滞りなく発動を確認しました」
「無駄だよ、ワイにはそんな物効かない」
このタマという獣人は全てを知っているかのように動き、攻撃を打ち出してくる。それも、紙一重で避ける事の出来る攻撃ばかり。
「…っ、馬鹿にしてんのか?見下してんのか?なんでさっさと決着を付けねえ!」
「え?そりゃあ、殺す気が無いからね。食べもしない、やる気もない、仕事でもない。なのに、殺す意味なんてないだろ?」
「……じゃあそこをどけ。俺はヒコボシを助けなきゃなんねぇ」
「それはダメ。シャロに止められてんの」
「どうしても、ですか…?」
精一杯の上目遣いをする小子に、タマは数秒悩んだが、やがて首を横に振った。
「ダメだね。行かせないよ」
「……なら、本当にやるしかねぇな」
「それも無理だろうね。現に、君の剣は当たりさえしないんだから」
「…それは、どうかな?」
再びヴォリスは高速で剣を振り回し、タマに接近する。しかしそれが当たる事はなく、やはり避け続けられる。
「だから無駄だって……」
「まだまだァァァ!うおぉおおおお!!!」
ヴォリスは大剣を振り回し、振り回し、振り回し続ける。振り回し続けながら一歩ずつ一歩ずつ前進し、もはや剣を当てる気などない距離まで詰め寄り、腕で抱き寄せられるほど近づいても、まだ進むのをやめない。
「うおぉおおおお!!!」
「だ、から…っ!無理だって!」
「おおおお!!!!」
「ぐ………っ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
「ち、近い………っ!」
思わず、タマは一歩後退する。それでもヴォリスは振り回すのと近づくのをやめず、腕や腰や腹の筋肉達が乳酸を分解出来ずに溜め込みを始めても、まだ進むのをやめなかった。
「…い、いい加減、しつこいっ!」
「おおおおおおおお!!そ、こ、だぁあああああ!!!」
たまらず反撃を打ちだそうと手を出したタマの足元を崩し、振り抜いた速度のまま大剣の腹で切り上げる。今までカスリもしなかった攻撃が、一度ならず二度も命中したのだ。
「す、すごい……いったいどうやって…」
「はぁ……はぁ……なに、簡単な事だ。あの野郎、動かない時と動く時があってな…原理はわからんが、どうもそこに秘密があるらしい」
空高く打ち出されたタマは、猫本来の身軽さで無事に着地する。しかし、その顔からは怒りと鼻血の跡が見えていた。
「な、何をしたテメエッ!」
「何もしてねぇよ、ワンパターンな攻撃の隙を作った…そんだけだ」
「……あんな、あんな方法でワイは…許さねえ、許さねえぞこの脳筋野郎がッ!」
うん、どうやら本気にさせたらしい。まぁ、のらりくらりと命のやり取りをされるよりかマシだがな。
「…引き続き能力低下魔法の付与、頼んだぜショウコちゃん」
「は、はいっ!」
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「クソがっ、こうなったら奥の手や!完全獣化!」
タイガが魔力を注ぐと、その体は肥大化を始め、やがて身長はコンと名乗った獣人をはるかに超える。
「GAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
『何がなんでも通してもらうで!』
巨体から振り下ろされる一撃は簡単に血を砕き、追い打ちとばかりに繰り出される乱撃は手加減の様子が全く無い。
「あらあら、そんな事も出来るのね。じゃあ私も真似させてもらうわ」
『やってみやがれ。俺でも習得するのに何十日もかかったんや、ぽっと出の真似女にやられて……』
「完全獣化」
同じく肥大化したコンは、すぐにタイガと同じ大きさにまでになり、完全獣化を果たすと、肉体はしばらく静止したのち、言葉を紡ぎ始める。
「あらあら、かなり単純な能力ね。これならちょっと力を入れるだけでいくらでも強化出来るじゃない」
『その姿で理性保っとるやと…?ンなアホな』
「アホじゃ無いわよ?使い方の問題じゃ無いかしら」
『…それにしたって、扱えてるとは言わへんやろっ!』
体に慣れていないコンとの距離を詰め、丸太のような腕を振り下ろす。だがそれが当たる事は無く、ただ空を切って木々を薙ぎ倒す程度に収まった。
「あらあら、私はここよ?よぉく狙わないと当たらないわよ?」
『こ、この野郎……っ!』
「野郎じゃ無いわ?お、ね、え、さ、ん」
『どうでもええわっ!』
再び振り下ろされる腕を、コンは受け止めようと体をひねって下から腕を突き上げる。それを見越したようにタイガは『わざと外し』て地を打ち、その勢いのまま縦回転、かかと落としを決めた。
「がは…っ!」
『どうやっ!これがオリジナルの使い方や!』
「や、やるわね……でも、私も負けられないから」
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