#49 猫の使者、狐の使者
ちょろっとだけ戦闘シーン。勝てる気がしねぇ……。
「ひゃっ!?」
どさり、と私は地面を突然失って、尻餅を付きました。先ほどまで変身したトラくんの背中に乗っていたのだけれど、あの強いローブの人と彦星さんが二言三言話した直後に、景色と意識が途切れてしまったのです。
「……いたた…ここは?」
周囲は木々に囲まれ、遠くには越えてきた山もありますね。と言う事は、ここはビースティア近くの森の中…と言う事でしょうか。
「…………なあ、ショウコちゃん」
「へ?……」
聞いた事のある声がどこからか……そうです、この声はヴォリスさんです。しかし姿が見えません。
「ショウコちゃん、そろそろ降りてくれ。このままだと男冥利につきるが、人妻に手を出すほど落ちぶれちゃあいないんでな」
降りる?降りる……つまり私が何らかの形でヴォリスさんの上に…?
そう考えていると、内股の辺りで何かが動く気配を感じ、嫌な予感がしながらもそっと……ローブの裾をたくし上げました。
「………よっす、久しぶり?」
ばっちり目の合った私は微笑んでから服を戻し、ゆっくりと立ち上がります。後ろを見れば仰向けに倒れているヴォリスさんの胴体が当然のようにありまして、しかし大人の私はそれくらいで動揺したりしません。大人、なので。
「……見かけによらず黒とは、気合入ってんな」
「ヴォリスさん、あなたは何も見なかった。違いますか?」
「ん?いや、バッチリ黒のレース生地が眼前に「ヴォリスさん、あなたは何も見なかった」……いや、だから黒の「何も見なかった、いいですね?」…あっはい」
服についた砂埃をはらい、女神の書を構えます。ヴォリスさんも、立ち上がって真面目な顔で大剣を持ちました。目の前で気だるそうに呆けている、猫獣人さんに。
「んで?ナニモンだてめえは」
「あなたは誰で何者ですか、とこちらの彼が」
獣人語の話せないヴォリスさんに代わりに代弁しました。警戒心むき出しです。
「あー……まぁ、本当に何者でもないんだが…名前か?」
「そうですね、襲って来たからには相手が誰かくらいは知りたいですよ」
猫獣人さんは頭頂部を掻くと、ため息を吐きます。ダルそうにしていますけど、今にも横になって休みたいのは私の方なんですからね?
「……ワイの名前はタマ。それ以上でもそれ以下でもなく、明確な意思と意志を持って、ブラッドレイ・リュー・シャルルカンと共に旅をしている」
「その、タマ……さん?貴方の目的は何ですか?お金とかでしたら私、びた一文出しませんけど」
「目的もクソもねえよ。シャロに言われた通りの事をする、それだけ、だっ!」
そう言い終わらない内にタマさんは星力を練り上げ、一瞬で全身にめぐらせます。地を蹴り、私が瞬きする間に、目の前まで迫って来ました。ですが。
「当たりません!」
覚えたての星域でタマさんの動きは完璧に読めてます。多対一で回復役を潰すのは定石ですからね。狙っている方向が分かれば星域に入ってからでも認知は可能です。
「そして私の星域に入りましたね?当たって下さい、全属性魔法弾!」
星域の中でなら体内で魔法を組み立てるのと同じように発動出来ます。私は彦星さんみたいに器用ではないので、実戦中に事前に決めた手順で魔法を行使する事は出来ませんので、威力度外視、詠唱破棄で魔力の塊を打ち出す事にしています。大切なのは『こんな感じの技をこの方向にあれくらいで行う』という明確な意思なのですから。
「当たらねーんだな、これが」
「えっ、うそ…っ!」
タマさんは私の星域にいながらも、的確に陽動、本命、不意打ちの魔法弾を紙一重で避け続け、有に五十発分の攻撃を全て避ける。
「そんな……」
「あ、心配しなくても嬢ちゃんの攻撃は結構、痛かったぜ?二回とも使っちまったしな。それに……」
タマさんが言い終わらない内に、魔法弾で立ち込めた土煙の中から、目で追うのがやっとの速度で大剣がタマさんの後方で横薙ぎで振るわれます。そのまま当たれば上と下の分離イリュージョンになるのでしょうが、タマさんはその大剣を真剣白刃取りしました。
「何だと…!」
「こっからはワイも初見になる」
「…こ、ンの!」
大剣を掴まれたヴォリスは、その大剣を軸に回し蹴りを繰り出す。普通に考えればそんな事する前に大剣が地に落ちるのだろうが、タマの手とは全く違う別の物で固定されているようで、いとも容易く体重を乗せられた。
「甘いな」
蹴りが当たる寸前、タマは大剣を手放し、迫るヴォリスを掌の押し出し……つまりは破掌で吹き飛ばしました。
「ぐっ!?」
数メートル吹き飛ばされながら、ヴォリスさんは空中で立て直し、なんとか踏ん張ります。
「……っ、くそ、飛ばされてばっかだぜ」
「へぇ、ちょっとは見所あるんじゃない?………あぁそうだ、そういえばワイの肩書が一つあった」
すぅ……ふぅ……と、気合を込める深呼吸をして、タマさんは武術の構えを取りました。
「第四神使、猫の使者。ワイの名前はタマ。お手柔らかに頼むぞ」
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「あぁんもう、イキナリ変えるから驚いたじゃないのっ!責任とって私と結婚うへへへへへじゅるり」
ど、どないなっとんねん。さっきまで俺はヴォリス兄貴に教えられた武舞台の闘技場におった……と思うたら森の中におった。何を言うとるのかわからへんと思うけど、俺も何が何やらわからへん。確かなのは、目の前にぶーぶー怒る狐のねーちゃんと、人に戻った俺と、隣で座り込んどるレオナの存在だけや。
「……あの山肌はガケ山か?とするとシャフモンがあっちやから、ここは修行しとった森で合っとるんか?」
「うん、タイガくんの読みで間違いないと思う」
「ねーねー、人の前でイチャイチャしないでくれる?うっかり殺しそうになるじゃない」
狐のねーちゃんは言うが早いか、全速力で肉薄し、俺とレオナを二手に別れさせて引き剥がす。
「私なんて自分の想いを伝えても無視だよ?ヒドイよね?だからね、私は羨ましい人を見てると、殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてたまらないの。あぁでも安心してね?シャロくんの言い付けで殺しちゃいけない事になってるから。大丈夫、ちょっと手足が無くなるだけだから。痛くしないからね?全然痛くないからね?」
「怖いわっ!聞いてるだけでめっちゃ痛そうやっちゅうねん!とにかく、俺らはビースティアに戻らせてもらうさかいな」
「それはダメなのよぉ」
突然後ろから声がしたかと思うたら、肩の上に狐のねーちゃんの顔が『生えて』おって。
「………っ!」
払いのけようと思いっきり殴ったら、激痛と共にねーちゃんの首が吹き飛んだ。
「痛い?痛いの?そんなわけないでしょ?痛いはずがないのよ」
「このアマ……っ!」
もう手加減とか無しや。ねーちゃんは殺さへん言うてたし、ヒコボシのトコに行くのも止めよった。よーするにこのねーちゃんは足止めっちゅう事や。ほんなら、鍛え抜いた【獣の煌めき】で突破や。
「ガアアアアアアアアアアアッッ!!!」
いきなり完全獣化なんかしてられへんしな、擬獣化でなんとかするしかないわ。修行でかなり自由に動かせるようになっとるし、ちょい小突いて切り抜けるしかあらへん。
「フシュー……にゃにがにゃんでも通してもらうで、にぇーちゃん」
タイガは深く地を蹴り、狐の獣人に迫る。女体に傷を付けるのは忍びないと思いながらも、爪が当たらないように肉球で張り倒すしか無い。微動だにしない狐の獣人に振りかぶった右フックが命中し………。
「……擬獣化」
命中、しない。それは、その腕は紛れもなく、獰猛な獣の腕で、人に近かった狐の獣人は、獣に近い、タイガの外見を成していて。
「そういえば貴方、咆哮を使ったようだけど、咆哮というのはこうするのよ」
ーーーGAAAAAAAAAAA!!!!!
その一鳴きだけでタイガは硬直し、レオナは耳をふさぐ。全身はぶるぶると身震いを繰り返し、目の前の獣人が圧倒的強者であると本能が警報を鳴らしていた。
「…そういえば名乗ってなかったわね。私は第二神使、狐の使者。名前はコンよ、よろしくね?」
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作者「モチベーションがSAN値!ピンチ!」




