#48 襲撃
今回は今まで以上にグダグダ回です。
睡魔と時間には勝てなかったよ……。
武舞台のちょっとした改造工事が終了し、お立ち台と演説台が建設される。その上で、今まさに獣王がお祭りの終了を告げようと、手にカンニングペーパーを持ちながら僕の方をチラリと見た。
「えー、国民の皆さん。ご存知の通り、今回の祭りの勝者はこの人間であり、そしてその結果我が娘は嫁ぎに……」
覇気とかやる気とか一切合切全部抜けた抜け殻の獣王はそこで言葉を止め、突然わなわなと震えだす。
「と…嫁ぎ……嫁ぎに……っ、嫁………嫁がせるかぁぁぁ!!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ!オリヒメは我と一緒にずっと暮らすんだぁ!!「黙ってカンニングペーパー読んでなさいっ!」黙ってちゃ読めないと思うんですがっべほぉ!?」
子どもの駄々みたいに騒ぎ始めた獣王を、女王が飛び蹴りで沈めた。さらに追い討ちとばかりに往復ビンタを食らわせ、やがて獣王の顔が原型をとどめなくなると、その状態でお立ち台に立たせる。
「……………ふみまへんれひは。ほりひたひまひた(すみませんでした。取り乱しました)」
「本当に容赦ないぜ…」
しかもこの光景を『日常』であるとビースティアの国民はそれを納得しているし、事実として憲兵も治癒班も微笑ましく見守っているだけだ。
「では、夫となる者よ、前へ」
呼ばれて、僕はお立ち台に上がる。これと言って着飾ったりはしていないが、特に問題は無いだろう。
「………よろしくないが、次に、妻となる者よ、前へ」
僕とは対照的にドレスアップされ、豪華絢爛とまでは言わないが、それでも純白のドレスはよく似合っており、思わず感想が口を突いて出てきた。ただ一言「綺麗だ……」と。
「あぁ〜我の娘が可愛すぎるんじゃ〜」
「……その気持ちはよく分かるが、ひとまず黙った方がいいぞ。女王様が怒ってらっしゃる」
「う……ご、ゴホン!よろしい、それでは伝統に従い、誓いの言葉を述べさせてもらう。まずは妻となる者よ、貴女は夫となる者を愛し、今日より如何なる時も共にあることを誓いますか?」
「………はい、誓います」
「では夫となる者よ、貴方は妻となる者を愛し、幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死が二人を分かつまで愛し、悲しみ、貞節を守ることを誓いやがれませハゲザル」
「うぉぉい強制力強すぎやしませんかねぇ?」
「誓いやがれませ」
「………はいはい、誓う誓う」
やや強引ではあるが、結婚後の誓いを立て、ドキドキのクライマックスシーンへと突入する。すなわち。
「それでは、双方異論なければ誓いの………く、く、口付け、をッッッッ!」
殺気ダダ漏れですよ獣王さん?そんなに睨みつけなくったって、取って食いやしねっての。
「はいはいはーい、異議ありっ!ありありでぇす!」
キス待ちのリメには悪いが、ここはしっかり意見を通させてもらう。大体が、三十路前のオッサンに十歳くらいの嫁とか変態だろ。まぁそれなりに嬉しいがな?
「ほう!意見があると?言ってみろ」
「あぁ、まず正直に言って年齢が離れすぎている。これじゃあどう見たって僕が変態幼女性愛者だし、なにより僕はもう小子っていう世界一可愛い奥さんがいるんだよ?どう考えても無理があるだろ」
「確かにな!いやぁ、我もそう思っていた所なのだ。と言うわけで今回の婚姻の儀は無かったことに「だが僕はリメの事も好きなんだ」………」
目だけで僕を三回は殺しそうな目を向けているが、仕方ないだろう?こう言わないとオリヒメが暴走しちまうんだぜ?
「だから、ひとつ提案だ。オリヒメが相応の年齢になるまで結婚せず、今回は『婚約』という形で締めさせて欲しい。僕から破棄する事は無いし、オリヒメが何十年経っても僕の事を好いているなら……その時は結婚しよう」
提案を獣王ではなく、オリヒメに語りかける。最初はひどく悲しそうな顔をしていたが、やがて話の意味を汲み取ってもらえたのかコクリと頷いた。
「……仕方ない、です。今は耐えて待つです」
「ありがとう」
お礼に僕はオリヒメの額にそっと口付けをする。
「では話はまとまったな!今回の婚姻の儀は無かった事とし、代わりに婚約の儀を執り行おう。なぁに、一時の恋心など十年もすれば良き思い出よフハハハハ!」
獣王は結婚の話が流れたのをいい事に、さっさと婚約の儀の準備に取り掛かった。とはいえ精々祝辞を用意する程度なのだから、ものの五分程で終了し。
「それでは婚約の儀を執り行う。双方異論なければ互いの言葉で誓いを……」
再び誓いの言葉を聞き出そうとする獣王の言葉を遮るように、その猫獣人は『空から』武舞台に降り立ち、ズカズカとお立ち台に近づいて来た。途中、兵士が捕らえようと動くが、まるで知っていたかのようにスルリと包囲網を抜けてこちらに来る。
「……何者だ?」
「何者でもええやろ。問題はそこじゃなくて、その誓いに異論を唱えに来た」
空から降って来た、というだけでヤバいやつなのだが、それを物ともせずに言い放つ。獣王は冷や汗を流しながら、耳を傾けた。
「…申してみろ」
「その男と姫様が婚約される…つか、結婚すると色々、後々、不都合なんだよ。と言うか生きていられると不都合なんだよ。だからさぁ」
ゆらり、と猫獣人の姿がブレ、次の瞬間には殺意を向けられていた。咄嗟に全身を魔力で固め、かろうじて首が飛ぶのを防ぐ。
「死んでくれよ、ヒコボシ」
「こ、このっ…!」
捕まえてやろうと手を伸ばしたが、見すかすようにその手を避けた。一瞬で危険獣人の認定を受けた猫獣人は武装した兵士に追われ、武舞台を走り回る。
「あーあー、もう下手くそよねぇ。さっさと殺せばいいのに」
突然、隣のオリヒメから『オリヒメとは違う声』が聞こえ、ゆっくり振り向く頃には全く別人の、狐獣人が微笑んでいた。これには実父の獣王も少し取り乱して。
「き、貴様っ!……本物のオリヒメをどうしたっ!」
「安心しなさい。私達はあの姫様とヒコボシの結婚がダメで、姫様自身にはこちらも用事があるの。殺してないし、今はゆっくり自分の部屋で寝ているわ」
敵の言葉を信じると言うのも厳しいが、嘘を吐いている雰囲気は無い。少なくとも現時点での安全は保証されていると考えよう。
「……で?狐のアンタは僕に何の用だ?連れの方は今にも捕まりそうだぞ」
「構わないわよ。むしろ捕まえて欲しいくらい。そんな事より獣王さん、国民の皆さんは如何するおつもりで?」
「フン、ヤワな民では無いのでな。ほれ、事態を察した者から徐々に逃げておる。何も心配する事は無かろう?」
余裕を取り戻して来たのか、獣王は少し笑いながら答えた。僕も頭の整理を済ませて、次の手を考える。
「そう。ならもう彼に来てもらってもパニックにはならないわね」
「……彼?」
……刹那、凄まじい魔力を帯びながら、その獣人は武舞台に降臨する。全身から黒いオーラを放ち、黒いマントをなびかせ、その口元からは見覚えのある牙が覗き、顔を見た瞬間、僕は未来の記憶のとある人物を思い出していた。
「彼の名は〈ブラッドレイ・リュー・シャルルカン〉よ。人呼んで同族殺しのシャロ。私の未来の旦那様」
「……最後のは余計だ、コン」
「あぁっ!会話してしまったっ!もうコレは嫁に来いって事ねっ!」
「言ってない」
バカみたいな会話をしているが、その間仕掛ける隙が無い程、シャロは意識をこちらに向けている。全力を出せば隙くらいは作れるだろうが、そこから先が全く見えて来ない。それ程までに、こいつは強いのだ。
「………タマ、コン、構えろ。奴らが追い付く」
「あぁ」「えぇ」
シャロは視線を上げ、空の一点に意識を向ける。その瞬間、太陽に照らされて何かが光り、光ったそれが縦回転する大剣だと認識するのに、時間はかからなかった。………同時に、聞き覚えのある声も。
「助けに来たぜヒコボシィィ!!!」
「な、ヴォリス!?」
「ちょいやっさァ!」
縦回転の大剣は目の前のブラッドレイに直撃する。だがその一撃を片手で止めると、ヴォリスの体を大剣ごと放り投げた。
「ぐ、うぉ!?」
「危ねぇ!」
彦星はとっさに重力を解放し、吹き飛ぶヴォリスの後ろに回る。万年筆で『減速』と書き、なんとか叩きつけられる事だけは防いだ。
「助かったぜヒコボシ、流石は俺の心友だな」
「お、お前……なんで来たんだよ」
「何が?」
「変なもん渡されただろ?鳴ったら逃げろって聞いただろ?お前くらい賢かったら『この先、ヤバい。引き返せ』って意図くらい伝わるだろ!?」
「……あぁそうだな」
「じゃあ、なんで……っ!」
「友達を助けるのに、理由がいるかよ」
その言葉は友達のいない彦星には理解し難く、同時に、熱いものが目頭を付いて流れ出てくる。
「何泣いてんだよ、普通だろ」
「う、うるせぇっ!そもそも、なんだってこんなに早くビースティアに来たんだよ!徒歩とか馬じゃもっと後になるだろうが」
「あーそれな?今も空の上を飛んでるんだが小竜を拾ってな?空の上をビューンとくらぁひとっ飛びよ。あ、もちろん正式な入国手続きはしたぜ?」
「……………はぁぁぁぁ…」
察した。全部察した。とどのつまりザンキだ。根回しを怠らないザンキだ。世界を飛び回って来ると言いながら、本当に『世界』を『(ゲヒャ丸で)飛び回って』いやがった。
「そうそう、途中で拾い物をしてな。もう来るぜ」
ヴォリスがそう言うと四足歩行の響きが聞こえ、観客席から白い虎が駆け下りて来る。よく見ればその背中に小子も乗っており、更に僕の知らない獣人がいるが、とにかく最早主戦力大集合と言っても過言では無かった。
「さぁ、そこの獣王さんを入れて三対六だぜ?俺らとやりあうってのか?」
「もちろんだ。だが、こう人が多くては叶わんのでな。少し『書き換えさせて』もらう」
▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎
気がつくと、僕は獣王と一緒に森の中に移動していた。なぜ、移動かと言えば、足元には僕が切り飛ばした大量の木が転がっており、それは現在地が例の森の中だと確信したからだ。
「他の人間もこの森に飛ばした。誰が誰と戦うかは知らんが、精々生きている事を祈っておくが良い」
「……話が見えない。突然現れて何を言いだすかと思えば、あんたと戦えだ?寝言は寝て言え」
「本当は知っているのだろう?私が誰で、何故ここにいるのか。ヒコボシ、お前は私と戦わねばならぬ、そうだろう?その為に『嘘の場所』をホロウに教えて、探させている……違うか?」
「………」
……どうやら、本当にこいつは本物らしい。僕は彼らが来る事を知っていたし、獣人を一人も殺すことが無いのも知っている。だが、僕の知る未来ではもっと後の時間に襲撃して来るので、少し戸惑ってしまったのだ。
「ふむ、戦士の顔だ。天の使いがどんな戦いをするのか楽しみだ」
「ほざけっ!」
そう言って僕は、本物の刀を抜刀する。
ご愛読ありがとうございます。
20171001→本編加筆修正




