#45 嫁取り鬼ごっこ3日目-午後
警戒しつつも、僕と小子は獣王の後ろを付いて歩く。どこに案内するとも聞かされていないので、危うく迷いそうになるが……その目的地が広場なのだと察するに、そう時間はかからなかった。
「…昼間、見ないと思ったらここにいたのか」
「あっ、見て下さい彦星さん。昨日のナントカレンジャーですよ」
小子の見る方向を探すと、悔しそうに睨みつけるジュウセイジャーの姿が。任務失敗でお咎めでも受けたのだろうが、勝利に酔いしれて目的を忘れたジュウセイジャーが悪い。まぁ、そんな欠点も愛すべき個性なんだが。
「……あれ?なぁ獣王、広場を通り過ぎるぞ?目的地じゃないのか?」
「目的地は、我が城の庭だ。何もないが敷地は広くてな、この二日間掛けて武舞台を用意した」
「そりゃまたご苦労様な事で……」
道理でこの二日間、土木系能力者が襲ってこなかったワケだ。唯一、ジュウセイジャーのブラウンが来た程度だが、あれはジュウセイジャーの一員だからノーカン。
「さて、ここだ」
「……おっきぃ…」
「え?小子なんて言ったのもう一回」
「すごく、大きいですね」
「耳が幸せ」
いつか、小子のハレンチボイスを着メロにして聞きたい。なんだか、一定の需要がありそう。
まぁ、それはそれとして。実際の武舞台は本当に大きく、バラエティでよく言う「東京ド○ム何個分です!」の図式に当てはめると、丸々一個分と半分くらいの敷地だった。中には武舞台のほかに観戦できる観客席も設置され、すでにチケットを求めて長蛇の列が出来ていた。
「我は貴様と戦える、民からは観戦料をもらう、民は娯楽を楽しむ、国家潤う、嫁には何も言われぬ、万々歳なのだ」
「ひでぇ国王もいたもんだ」
こんな私利私欲で公私混同な国王は早く痛い目を見ればいいんだ。どこぞの都知事や号泣議員みたく醜態を晒し………うん、無理だ。想像ができない。晩御飯抜きの刑罰が下るのは容易に想像できるのに。
「関係者入り口はこちらだ、付いて来い」
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外は快晴、照りつける太陽は優しく微笑み、最適な気温を提供する。そんな縁の下で緑茶でもすすりながら干し芋を食べたい今日この頃、僕と小子は武舞台の真ん中で獣王と対峙していた。獣人の民衆は沸きに沸き、熱狂を通り越して発狂の勢いを見せる。
「……と、とんでもねぇアウェイ感」
「どこでやっても一緒じゃないんですか?」
「今ばかりは小子の精神が羨ましいよ…」
しばらく歓声が続き、獣王が右手を上げると途端にあたりは静まり返った。
「諸君!今日はこのような催し物を観戦しに来てくれた事を感謝する。本日はお祭りの最終日ともあって来ないのではと考えていたが、杞憂だったようだ。さて、長い前置きを捨てて話すならば、かの人間達が件の人物なのだが、激しい戦闘をくぐり抜け、今もなお逃走中である!そこで我は今日、この時、この場所に人間達を招き、我自ら打ち倒す事を決めた!」
そこでもう一度、観客は沸き立つ。数秒手を振ってから、獣王はもう一度歓声を静める。
「試合はどちらかが降伏、行動不能になるまで続け、審判は無く、命を取らぬ限り煌めき、その他の能力の行使を認めるものとする!」
「は?ちょっとまて、審判は無いってどういう……」
「さぁ、死合おうではないか!」
「そういう事かよっ!」
文脈に若干の違和感を感じつつも、突然飛びかかって来た獣王の切り裂きをバックステップで回避。すぐさま刀を生成してカウンターを仕掛けた。
「甘いわぁっ!」
万年筆製の刀は獣王の握力だけで粒子に帰り、カウンターのカウンターを腕ガードの上に打ち込まれる。
「ぐ、ぅぅぅぅぅぅう!?」
「彦星さんっ!」
吹き飛んだ僕の体を、地面に打ち付ける前に小子が回収。あらぬ方向へと曲がった両腕を治療し、心配そうな目を向けられた。
「…心配するな、魔法の発動が遅れただけだ。それに、獣王の攻撃は一文字じゃあ完全に防ぎきれない」
「えっ……じゃあ、どうするんですか?」
「今から本気出す」
腰の刀に手を当て、鍵を解除。鞘からゆっくりと引き抜き、最新の注意を払って構えた。
「僕が矛になる。そう言ったのは覚えてるか?」
「……プロポーズの、ですよね?」
「あぁ。あとは………頼んだぞ」
「………………はい」
構えたまま徐々に歩く速度を上げ、走り出し、全速力で獣王の元へ。
「フン、最初のあの時の方が速いぞ?手を抜いているのか?」
「………バァカ、最初から手の内全部見せるかよ」
攻撃射程距離に入った瞬間、僕は重力を全て解放する。一倍速の世界に対応した獣王の動きは止まって見え、代わりに僕の刀は容易く振り抜かれる。振り抜きかけた左腕をスッパリと切り上げ、即座に万年筆で『止血』させた。その後、重力を元に戻す。
「ぐああぁぁぁっ!?」
獣王に激痛が走り、左腕は高く空を舞う。落ちた腕からは赤い鮮血がドクドクと漏れ出し、やがて青白く変化した。
「傷口は止血した。死にはしない、降伏するなら今だぞ?」
「………くく、くくくく」
「何がおかしい」
「くくく……いや、久しいのだよ。貴様のような強者は、なぁ!」
刹那、大地が揺れたかと思うと嫌な空間に迷い込んだ……ような気がした。だがこの感覚には覚えがあり、つい先日も受けた事がある。
「…せ、星域……!」
「ほう、その言葉を知っているか。ならば、星域が人間に使えぬのが良く分かっておるだろう!」
「………」
使えるが……今は無理だ。主導権を獣王が握っていて、隙が無さすぎる。どこか綻びがあれば、そこから強引に奪えるんだが…無ければ、作るしかないか。
「そして、この力は一度見ているだろう?さぁ……もっと我を楽しませろ!」
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「ふは、ふははは!この獣王、容赦せんッ!容赦せんぞォッ!」
「ちっ……こんにゃろ!」
刀を超音波振動化させたおかげで、小子の【無の煌めき】を使わずとも獣王の拳を全て切り裂く事が出来ている。代わりに、小子には僕が傷ついたら治療を延々と施してもらっているんだが。
「むぅ、全て防がれてしまったではないか」
「……はぁ…はぁ………あ、当たり前だろ…あんなもん当たったら即、粉微塵だ」
「よく分かっているじゃないか」
「コロシアイ禁止じゃ無かった?」
「殺試合だからセーフ」
「アウトだろっ!」
そんな会話をしつつも、上下左右前後から不規則にラッシュを叩き込まれ、僕はほとんど身動きが取れずにいた。小子は獣王の拳に対してのみ無力化出来るだろうが、そんな事をした所で獣王自身の殴り合いには勝てない。とはいえ、このままだとジリ貧になるだけだ。
「……ぐ、くっそがぁぁぁぁっ!」
刀を逆手に持ち、横薙ぎ。その勢いで高速回転を加えると、僕は地中を掘り進んで戦線を離脱。
「そんな事も出来るのか!ますます楽しくなってきたぞっ!」
掘った穴に具現化した拳を詰め込み、獣王は彦星の後を追う。その数秒後、彦星は獣王の背後へと飛び出した。
「くたばれ、獣王っ!」
どこから出したのか、巨大な岩石をぶん投げる。追ってきた拳はもうバラバラに切り裂かれており、残る一つも足場としてその機能を果たしていた。
「まだまだ甘いッ!」
獣王の右腕が煌めきで覆われると、およそ本人の力以上を発揮させ、襲ってきた岩石を粉砕した。
「はぁ…はぁ……つ、強い…」
「ふふふ、貴様もな。だが、まだまだ本気では無いのだ!」
「………ふ、ふふ」
「何が可笑しい?」
「ふふ……いや、順調だと思ってな。獣王、あんたの思い込みが無ければ僕は…とっくに降伏宣言していただろうよ」
「……なんだと?」
「ここからだ、獣王。いいか、ここから………僕の圧勝が始まる…っ!」
え?3日目終わったのに話が終わってないって?やだなぁ、お祭りなんだから当然、アレがあるでしょう?
ご愛読ありがとうございます。




