#44 嫁取り鬼ごっこ3日目-午前
今日から通常回
明日は明日の風が吹くとはよく言ったもので、昨日までの喧騒は何処へやら。優雅に朝食を食べ終わって数時間経つと言うのに、腕章を装着した獣人には全く遭遇しない。それどころか、不参加の獣人から「おうニイチャン、頑張って逃げ切れよ!」とか「あらおはよう、もうすぐ決着ね」など応援してもらう始末。それに対して僕は会釈くらいしか出来ず、対応は全て小子に任せっきりだった。
「ここまで襲われないとなりますと、気を張っているのが馬鹿らしくなって来ますね」
「まぁな。どのみち鬼ごっこも今日までだし、油断しないに越したことはないが……リフレッシュしてもいいかもしれない」
幸い獣人には受け入れられ始め、最初は怖がられていた様子も今では柔らかくなっている。
「……昨日、ジュウセイジャーに負けたのが一番良かったかな」
「と、言いますと?」
「ビースティアの希望とも言える彼らに敗北することによって、恐怖の対象が絶対的じゃ無くなったんだ。未知は怖いが既知は安心出来るだろ?」
「ま、まぁそうですけど……でも、やっぱりそれって事実とはあまり関係が無いと言いますか、私たちの実力とは関係が無いわけでして…」
「とどのつまり心の問題なんだな、これが」
「そう言うものですかね……」
……どうも小子の様子がおかしい。無気力というか、なにか溜め込んでいるのか?やっぱり少し、気分を変える必要があるな。
「…なぁ小子、ちょっとビースティアをブラつかないか?」
「……へ?」
「いや、小子の言った通り狙われていないだろ?思えばビースティアに来て観光とか何もしてないから、行きたいな……なんて。ほ、ほら、地理的不利を打破するための手段?みたいな…あはは」
段々と恥ずかしくなって尻すぼみになりはしているが、つまりデートのお誘いだ。実際、彦星が行きたいというのも嘘では無いが。
「良いですよ?殺伐としているのも疲れて来ましたし。彦星さんはビースティアのどこに何があるのか知っているんですよね?」
「そ、そうか。じゃあどんな所に行きたい?」
「そうですね……彦星さんの行きたい所でいいんじゃ無いでしょうか」
そ、それはかなりハードル高くないっすかねぇ?男のセンスが問われる答えじゃないっすか。
「………よし、行くか」
「はい、行きましょう」
まぁ、嫌われるってことは無いんだ……無いよな?ちょっと心配だけど…行けばなんとかなるかな。
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「へぇ、こんな所があったんですね」
「まぁな。通称『屋台通り』って言うんだが、小物売りから占い屋。定番の食べ物屋台まであるぞ」
今日はお祭りなのもあってか、いつもより店舗数が多い。歩行者天国と化した京都の祇園祭くらいの人が、あちこちを行き来しているの。
「…お腹すいて来ましたね」
「何か食べるか?お金ならあるぞ」
「じゃあ、あのたこ焼きのような焼き物で」
のれんを読むと『オクト包み』と書いてある。実際は獣人語で書いてあるんだが、翻訳しているから読めて仕方がない。他にも色々と同じ屋台があるが、少しづつ違うらしく、この屋台はたっぷりの紅生姜モドキを一緒に包むそうだ。
「「いただきます」」
二人で同じ物を買い、揃ってオクト包みを口へ入れる。カリカリの生地が口の中でほろほろと崩れ、トロトロの中身が踊り出す。紅生姜モドキの酸味とオクトの食感がたまらなくクセになり、酸味の強い紅生姜モドキがシャキシャキと音を立て、自然と二つ目、三つ目のオクト包みを放り込む。
「………酸っぱ!な、なんだこれ酸っぱ!紅生姜効きすぎ!」
「そうですか?美味しいですよ?」
「いや、美味しいけど…まとめて食べるのには少し抵抗が………」
僕が口をすぼめている横で、小子は何でもないようにどんどん口の中へオクト包みを放り込む。ものの数分で、小子は手元のオクト包みを全て食べ終わってしまった。
「……食べるか?」
「いいんですか?いただきます」
あまりに食べっぷりが良いので僕のオクト包みも差し出す。それすらも、数分で食べ終わってしまった。
「…あ、冷やしパインみたいな屋台があるぞ。アレも行ってみるか?」
「アイスナップル……ですかね?読み方がイマイチ不安ですけど、見た目は変わらないですね。すいません、三本ください」
さ、三本……かなり食べるなぁ。あ、隣の冷やしオレンジもいいんじゃ無いか?僕はこれにしよう。
「んぐんぐ……やっぱり屋台の物って美味しいですね。特別な何かなんて無いのに」
「プラシーボ効果じゃ無いかな。ほら、お祭りの雰囲気が味覚に変化をもたらしたとか」
「そんな事があるんですか?」
「知らない。適当に言ってみただけ」
「ふふふ、何ですかもう」
うん、屋台巡りしてよかったな。小子が笑ってくれたし、僕も良い気分転換になった。
「…ところで、その冷やしオレンジは食べないんですか?」
「え?ああコレ?実はさ、ハズレを当てちゃって……たまにある酸っぱいだけの甘く無いヤツだったんだよ。さすがに食べられなくて、どうしようかなって」
「いただいてもいいですか?」
「………本当に酸っぱいだけだぜ?」
「構いませんよ。あーん」
く、食わせろと申されますか。まぁいいんですけどね?見た目幼女に棒状の食べ物を突っこむのは、いささか具合が悪いんじゃないかなって……ね?
「……ほ、ほら、あーん」
「…んぐっ!…けほ、けほけほ」
「あ、悪い、ちょっと入れすぎた」
「うぅ……本当ですよ、びっくりしました。もっとゆっくり入れて下さい」
「よ、よし……あーん」
「…ぺろ、じゅるる」
ほーらみたことか!限りなくアウトに近いセーフだよ!もはやアウトと言っても過言ではないよ!あぁもう、憲兵さんに睨まれちゃってるよ!
「んっ、ろうひたんれふか?(どうしたんですか?)」
「……いや、別に」
「べふにっへころははいれひょう?はお、はかいれふよ?(別にって事は無いでしょう?顔、赤いですよ?)」
なおもペロリストと化する小子を見てると、僕のボクが元気ハツラツオロナミンCな事に……おかげで前屈みの姿勢を余儀なくされたわけで。やっぱり僕はロリコンなんだろうか?いやいや、これは嫁に対する自然な旦那の反応だ。そう思いたい。というか理性が決壊しそうだから食べさせるのやめよう。
「ぷぁ、くひのらかかひうへいっはいれふ(口の中果汁でいっぱいです)…ごくん……ふう、ちょっと苦いですね。喉にも絡んで来ますし、彦星さんがハズレと言う意味がよく分かり…本当にどうしたんですか?お腹でも痛いんですか?」
「…………な、何でもないよ」
首を傾げてますけどね、小子さんや。あんたエロすぎだよっ!もう勘弁してください、死にそうです、マックスパワーです。
「と、ところで小子。前から酸っぱい食べ物は好きだっけ?その冷やしオレンジもかなり酸味が強いだろ」
「最近、無性に酸っぱい物が食べたくなってきまして。あまり食べると……その、重くなりそうなので控えてたんです。突然吐き気に襲われたり、全身がだるくなったり…体調不良で機嫌が悪くなってましたら、謝ります」
「……いや、別に怒ってはいないから。我慢が悪いとは言わないけど、ほどほどにね」
その後も屋台を巡り、食べたり飲んだり遊んだりして時間を潰した。お昼も過ぎ去って、いよいよ鬼ごっこのタイムリミットが近づいてくる。
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「おい、ニンゲン。まだ捕まって無かったのかにゃ?」
「うっわぁびっくりしたぁ!?」
「にゃはは、面白いヤツだにゃ」
突然後ろから話しかけられ、思わず僕は小子の後ろに隠れた。普通は逆だろって?細かい事は気にするな。
「……何の用だよ。腕章は…外したみたいだが」
「さっきまで着けてたにゃ。でも、面倒になって返したにゃ。これなら着けっぱなしがよかったかにゃあ?」
「いや、外してくれ」
「あの、何かご用ですか?」
雑談が長くなると見越した小子が、本題へと話を振る。ラストスパートをかける獣人が増えてきたからだ。
「そうにゃ、実は耳寄りな情報を持ってきたのにゃ」
「耳寄りな情報?なんだそれ」
「…………」
「…なんだよ」
「お腹すいたにゃ」
「この、クソ猫……はぁ、何がいいんだ」
「さすがにゃ。じゃあペタ焼きがいいにゃ。ゲソ玉がいいにゃ」
ペタ焼きとは、お好み焼きに近い食べ物で、お好み焼きよりは薄く硬い。腹持ちは良く、トッピングに肉、イカ、ミックス、モダンを選べる。この食べ物の発明者は絶対僕と同じ世界の出身だな。異世界から来たヤツって結構いるみたいだし。
「はぁ……金だけ渡してやるから後で買ってこい。で?耳寄りな情報は?」
「おみゃーを獣王が血眼で探してるにゃ。他の獣人も見つけたら獣王に報告する気でいるにゃよ」
「………厄介な事になってんなぁ…」
「ちなみに、猫さんは報告するんですか?」
「しないにゃ。単純に面倒臭いにゃ」
うん、やっぱり猫獣人はこうでなくては。不干渉を貫いてくれる方が、やりやすくてありがたい。
「情報助かった。なら、今すぐにでもここを離れて隠れ「ガハハハハ!見つけたぞユーヒコォ!!」……」
「………遅かったのにゃ」
「遅かったですね………」
今一番会いたくない獣人第一位に遭遇してしまいました。この人、王様なんだよね?白昼堂々街中にいて良いものなの?
「我に付いて来い。こんな所で暴れたら怒られるでな」
「誰に、とは聞かないでやるよ。尻に敷かれてるんだな」
「……うるさいのだ」
そう言って獣王は踵を返したわけだが。まぁ、罠の可能性もあるけれど……戦闘狂たる獣王を信じて、付いて行くのも悪くないな。いざとなったら転移で逃げてやろう。
「行くぞ、小子」
「あ、はい。では猫さん、またどこかで」
「またなのにゃー」
ご愛読ありがとうございます。




