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#39 鬼ごっこ前夜

「はぁ……大きいです…」

「え?黒くて硬くて大きいって?」

「ちょっと黙っててもらえませんかねぇ?」


 使者に連れられて来た王城は、どことなく日本の城に似ていた。イマニティアでみたシンバ国王の城を例えるなら、某ネズミーランドの大きなお城。対してビースティアの王城を例えるなら、某時代劇村のお城が近い。


「開門!開門!使者と客人をお連れした!開門!」


 木枠の城門が軋みながら開けられ、めいっぱい開かれるまで待つ。色々と作法があるのだが、さすがに全部覚えてはいないし、そもそもこの国の人では無い僕たちは、忠実に礼儀作法に従う義理が無いのだから。


「では、ここからは私がお連れする。護衛、ご苦労だった」

「「はっ」」


 カメレオンの獣人はそう言われると、景色に溶け込むようにして消えた。もう気配も姿も見る事が出来ない。


「着いてこい」


 城の中に通され、僕たちはひとつのふすま(・・・)の前で止めさせられた。


「少し手続きを済ませて来る。鈴が鳴ったら入って良しの合図なので、少し扉を開けて一拍待ち、それから全てを開けるように。扉は左から右に引けば開く」

「わかった」


 つまり日本の作法と変わらないのか。いやね、僕もそれほど詳しいわけじゃないんだけど。一時期に時代物を書くときに調べた程度だし、アテにはしない方がいいかもしれない。それから数分で、ちりりんと音が聞こえた。


「いいか、小子。今から何があっても驚かず、冷静に対処しろよ?」

「え?待ってくださいどういう……」

「失礼いたします!」


 言われた通りの作法に則り、ふすまを開け……刹那。


「死ねぇええええええ!!!」

「死ぬかぁあああああ!!!」


 巨大な握りこぶしが超スピードで迫り来る。その攻撃を紙一重でかわし、振り向きざまに刀で一閃。天井に浅い切り傷を作りつつ、その身を魔力の膜でガチガチに固めた。


打打打打打打打打打打(だだだだだだだだだだ)ァァ!!!」

「借りるぞ小子ッ!」

「へっ?あ、はいっ!」


 僕の煌めきを発動させ、小子の煌めきと結ぶ。糸を線にして〈無の煌めき〉をその身に発動させた。


「こン……の、やろっ!」


 刀に魔力を纏わせ、四方八方から飛んで来るこぶしを切り裂く。〈無の煌めき〉の効果を受けた刀は、こぶしに触れるとその攻撃を無力化してくれた。


「っしゃ!読み通りっ!」


 無限に湧きそうなこぶしを全て消し去り、ひとまずホッと一息つく。


「……第一関門、突破」

「五色隊、法撃準備!」


 その安心もつかの間、上に並んだ大人数の獣人達が、それぞれ手をこちらに突き出した。


「ーーーー()ぇぇぇ!!」

「させるかぁぁぁぁ!!!」


 獣人より早く、残った魔素を吸い尽くして僕の星域支配下にする。おかげで獣人の煌めきはほとんど不発に終わり、数発飛んで来た色の煌めきを刀で切り払った。


「ハンッ、星域に頼ってるからそんな事になるんだよ!」

「彦星さん!後ろです!」

「はーいよっとぉ!」


 星域の中で宙を舞い、打ちもらした法撃をムーンサルトの動きで切り払う。


「これで全部か!?」

「…みたいですね。何だったんですか、今のは」

「まぁ、洗礼みたいな物かな。ちなみに今ので第二関門突破な」

「………まだあるんですか」


 不意打ちの第一関門、畳み掛ける第二関門、そして最後の関門は。


「くっ……ならば仕方ない…総員、剣を構えよ!」

「これが最終関門。大量の剣士相手は、小子の方が得意だろ?」

「突撃ぃぃぃ!!」


 目測五十人くらいはいるであろう、人間よりも数倍高い身体能力を持つ獣人剣士が、それぞれの雄叫びを上げながら一斉に襲いかかって来る。その攻撃手段や手法、技量などは統一性が無いため、並みの人間ならばひとたまりも無かった。


「はぁ……わかりましたよ。【無重力(ロストグラビティ)】」


 小子が唱えるのと同時に、重力解放を一段階上げる。そろそろ、重力を五十倍から増やす必要があるかもしれないな。


「な、何が起こっておるのだ!?」

「まぁ、簡単な話だ。この部屋一帯の重力を消した。動くものは動き続け、止まるものは止まり続ける。無重力で足を踏み込めば回りながら上昇するし、羽のある鳥は平行感覚を失ってまともに飛ぶことも出来ない。わかるか?」

「…意味がわからん。それに、そんな危険な場所で何故貴様らは動けるのだ」

「僕は元々、五十倍重力の中にいる。詠唱者だって、その場から動かなきゃ不自由しない」

「……呆れた奴らだ」


 突然奇襲を仕掛けるお前が言うなと思うが。そこはそれ、もうすぐ騒ぎを聞きつけてやって来るあの人に任せて……。


「この騒ぎは何事ですか!」


 ほら来た、実質この王城のトップが。愛娘のオリヒメも引き連れて。


「旦那様!」

「おぉ、リメ。話はついたのか?」

「……ごめんなさい、です。リメ、とと様とお話しできなかったです…」

「大丈夫。リメは上出来だよ」


 僕はリメの頭を撫で、小子は叫びながら入ってきた〈女王〉と挨拶を交わしている。それが終わると、今度は僕に向き直って頭を下げた。


「…まずは、お待ちしておりました。この度は娘を救っていただき、本当にありがとうございます。つかぬ事をお聞きしますが、夫が何か致しませんでしたでしょうか?」

「夫?……あぁ、王様か。あのね「おぉいそこの人間…さん。早くパーティーの話をしようじゃないか、ん?」……」


 人が話している途中にかぶせるのは、イケナイコトだと思うなぁ僕は。というか、黙ってて下さいオーラがひしひしと伝わって来るんですがねぇ?


「…大丈夫、任せなよ獣王様」

「お、お主……いい奴「王様からグーパン飛んできて五色隊から法撃浴びせられて大人数の剣士達に八裂きにされましたァ!」うわぁあばかやろぉぉおおお!!!!しかも微妙に盛ってんじゃねぇえええええ!!!!」


 やったぜ。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「本当に、うちの夫がすみません」

「いやいや、僕は全然。怪我は無かったし攻撃も当たらなかったし、小子も無事だし問題無しですよ」

「あら、仲の良い夫婦なのですね」


 あはは、うふふ。


「あ、あのぉ……この人は大丈夫なんでしょうか…?」

「ふぁい、ふひまへんへひは」


 小子の言うこの人、とは獣王その人であり、大丈夫かと聞いたのは見る影無くボッコボコのケチョンケチョンにされていたからだ。僕も小子も、周りにいた(五色隊や剣士の皆様)人達も、ドン引きするくらいの【お仕置き】が執行され、王様の威厳も何も地の底へと転がり落ちていった。


「ええ、その大馬鹿者はそれくらいしないと反省しないんです。再三、武力行使はダメですと言って来ましたが、言う事を聞かなかった本人が悪いんです」


 お、恐ろしいぜ……!やはり嫁を怒らせると地獄を見るな。僕もそろそろ気をつけよう。


「で、本題だったよな。届いた書状だと感謝の意を表してくれるらしいが?そこの獣王が。もしかして、さっきのがそうなのか?」

「とんでもありません。もちろん、それ相応の対応……夕食のパーティーにご招待いたします。その時に、謝礼金も」


 まぁ、それが妥当かな。謝礼金には、リメが奴隷だった事の口止め料も含まれているだろうし、くれるって言うなら貰って損はしまい。


「……ところで、あなたの名前はヒコボシ・ユーカワ…で、お間違いないですか?」

「ん?あぁ、確かに僕はヒコボシ・ユーカワだが………いや、真名は別にあるか」


 小子が驚いた顔でこちらを見る。そりゃそうだろう、異世界に来て一度も本当の名前を名乗ってないのだから。

 でもな?この名前はいずれバレるし、そもそもこの女王様には隠し事が出来ないんだよなぁ。


「本当は優彦。星川優彦(ユーヒコ・ホシカワ)だ」

「…やはり、そうでしたか。これでハッキリいたしました」

「……あぁ」

「貴方には、何があっても娘を娶っていただきます。ビースティアのさらなる発展と、世界の為に」


 ………まぁ、そうなるわな。で、その決定事項を聞かされた本人は。


「………」


 ア然とするしか無くて。で、その決定事項を見た親は。


「お前みたいな奴に娘を嫁にやらん!帰れ!!」


 と、まるでお決まりのように反応する。もうね、何百回とこの光景を見たか。流石にね、飽きるってもんですよ。ところがね?問題はこの後でして。つまり返答次第で僕の命に関わってくるんですよね。読者の皆様なら次の選択肢のうち、どれを選びますかね?


 一つ「うるせぇ!リメはもう僕の嫁だッ!」濃厚なキスをズキュウウウウンッ!!

 二つ「いやいや滅相もございませんよ。僕の嫁は小子一人で十分です」

 三つ「ならばどちらの愛が上か、僕と勝負だ!」


 では、一つずつ引き起こる分岐した世界を見てみましょうか。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 選択肢、一。


「うるせぇ!リメはもう僕の嫁だッ!」


 ズキュウウウウンッ!と濃厚なキスをリメと交わす。いきなりの事にリメは顔を真っ赤にして固まり、僕は追撃のキスをしようとした時だった。


「よくも、よくも娘の純潔を奪ったなッ!このハゲザルがぁああああああああ!!!」


 次の瞬間には、僕は巨大なこぶしで叩き潰されて、死んだ。条件を満たし、世界は書き変わる。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 選択肢、二。


「いやいや、滅相もございませんよ。僕の嫁は小子一人で十分です」


 刹那、とある人物より黒々しい何かが覗く。それは憎悪、人物は他でもないオリヒメだ。


「……だめです、だめなのです、リメは、旦那様と結ばれるです、そもそもこんな事になったのはリメが自分に正直にならなかったからです」


 何かの咎めが外れたのか、オリヒメはふらりと剣士の一人に近づくと、その帯刀した剣を引き抜く。


「……あの、姫様?」

「うるせぇです」


 獣人としてのポテンシャルを発揮し、引き抜いた剣で持ち主の剣士を切り裂く。悲鳴をあげる間も無く首と胴体が分かれた。

 そこからは血みどろの、虐殺が始まる。どういう訳かオリヒメは多少の傷では止まらず、かと言って致命傷を与える訳にもいかず。結局、僕が殺される事で自体は終息を迎えた。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 選択肢、三。


 まぁ、そろそろ正解が分かったかと思うんだけど。


「ならばどちらの愛が上か、僕と勝負だッ!」


 散々、嫁取り鬼ごっこの宣伝をしていたからね。そう仕向けて当然だろ?


「……ほぉ…父親より貴様が上と?片腹痛いわ」

「愛の力の前では全てが等しく些細な問題である。そうだろ?」

「ふん、バカバカしい」

「逃げるのか?」

()かせ!……いいだろう、望み通り勝負してやる。ルールと内容はこちらで決めさせて貰うが、もちろん異論は無いな?」

「…あぁ」


 どのみち勝負の内容は知ってる。伝統と格式ある嫁取り鬼ごっこを、本来とは少し違う形で行い、国ぐるみでオリヒメを逃すという内容だ。


「……よし。では『鬼ごっこ』を致そう。逃げるのはユーヒコ、貴様だ」

「ああ、わかっ……ん?」

「鬼はビースティアに在住する獣人達。期間は三日。理解したか?」

「………確認したい。逃げるのは僕で間違い無いな?」

「うむ」

「何をもって敗北とする?」

「捕まったらに決まっているだろう」

「…よし、ならばルールに訂正だ。一つ、殺害しない限りあらゆる魔法、煌めき、星域の使用を許可。一つ、救護所を作って怪我人を治療する。一つ、捕まえた僕を特定の位置に運ぶまで勝負は決しない。一つ、逃げるのは僕と小子の二人。以上だ」

「煌めき等の使用には賛成だが、それ以外は却下する。こちらにメリットが無い」

「殺傷能力が無いだけで怪我をする獣人は出るだろう?彼らを処置する場所は必要なはずだ。僕が捕まったら負け、というのは些か曖昧が過ぎる。煌めきを許可するなら、完全な無力化も可能だろう。僕と小子は人間だ。別行動を取り、小子に変な探りを入れられて殺されでもしたら目も当てられない」

「……………いいだろう、交渉成立だ。しかし、それだと根回しと下準備がかなり必要になるため、開始は明日の朝とする」

「構わねぇよ」

「私が構います」


 まとまりかけた話に水を差したのは、他ならぬ小子だった。何か、不満があるらしい。


「自分の身は自分で守れますし、その鬼ごっこに私が参加する意味がわかりません」

「そうか……よし、じゃあ小子には特設ステージでチアリーディングしてもらおうかな。いいだろ、獣王」

「……なぜ我に許可を「あの大きなお胸がユサユサ揺れるんですがねぇ」全力で建ててやろう!」

「すみませんやっぱり参加で」

「「チッ」」


 その後、僕と獣王はルールの綿密なすり合わせを行い、さながら盟約に誓うがごとく、睨みながらも握手を交わした。


「ところで獣王、あんた名前は?」

「我は獣の王、名を〈アズマ・アマノ〉という」

「そうか、よろしく頼むぜお義父さん」

「貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いは無いわッ!」


 ちなみに、人妻に欲情しかけた獣王は後で嫁にボコボコのケチョンケチョンのギッタンギッタンにされたそうな。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 鬼ごっこの準備に忙しく働く人達をよそに、僕と小子はオリヒメを護衛した『感謝の意』としてパーティーに呼ばれた。明日には敵となるだろう他の獣人達も、今この時だけは飲み仲間となる。ささやかながら、それなりに楽しんだ僕達は、酔いも回って客室で一晩泊まる事となった。










































































































































































































































 その日の夜、僕は夢を見た。

 音は、聞こえない。臭いも、無い。しかし目は良く見えて……いや、眺めているのが正しい表現だ。


「………………」


 足元に転がるのは、アイツの体。腕を引き抜かれ、足を切りとばし、肺に穴を開け、ハラワタをぶち撒けている、アイツ。

 そんな様子を見下ろし、僕は冷たくなった小子のもとに戻る。


「…………」


 何を言ったかは、わからない。覚えてもいない。けれど、僕は小子の女神の書を拾って読み始めた。


「……」


 最後のページまで読み切ると、僕は一番最後の空白に、とある一文を付け足す。


【ーーーーーーーーーーーーーーーーーー】


 瞬間、周りの空間が消し飛び、僕はディスプレイが乱雑に陳列された場所に飛ばされた。用意されたソファーに腰掛け、チャンネルをいじくり、最良の結果を求め始める。何年、何十年、何百年掛かろうと。僕はアイツの言った最後の言葉に、捕らわれたのだった。


【私は神だ。倒すべきは神のフリをした魔王なのだ。その為の、七人の戦士だったのだ】

通常の嫁取り鬼ごっことは。

一人の女性に対し、複数人の夫候補が存在する時に行われる儀式。

女性が逃げ、男性が鬼。最初に捕まえた男性が、女性の夫となる権利を得る。


次回、嫁取り鬼ごっこ開始です!


ご愛読ありがとうございます。

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