#38 使者
ちょっと短いかも。
異世界日記、其の二。ビースティア王国の出来事と補足。
イマニティアの奴隷競りで、ビースティア王女の〈オリヒメ〉を購入する。オリヒメに名前を聞くと〈リメ〉と答えた。オリヒメの奴隷解放と記憶改竄を行い、出身であるビースティアへと送る事にした。ユーカリさんにその折を話すと『犯罪者』として指名手配され、色々と罪を着せられてイマニティアには現在帰ることが出来ない。その後、小子とオリヒメを【空間】に押し込み、僕も自分に【変装】を施して脱国する。
ビースティアに向かう途中、死の泉近くに作った〈塩湖村〉と呼ばれ始めた集落に立ち寄り、僕の『イシケー』をエイビルに預け、次いでに追ってくるであろう悪友……もとい〈ヴォリス・ヴァレンタイン〉に言伝を残して北上した。
森から草原、岩山へと草木が少なくなり始める頃に【空間】より小子とオリヒメを出す。最初は疑われたが、程なくして本人と認められる。小子にビースティアの位置を確認し、徒歩に嫌気がさしたので紆余曲折して〈ベロ〉ことケルベロスを異界より召喚。牽引車ならぬ犬引車を創造し、その他諸々手を加えて快適な逃亡劇を図った。
襲いくる原生生物を倒し、ビースティアへの道程をショートカットしながら歩みを進めると、ビースティアからの迎えがやって来る。が、オリヒメの心情を優先させ、最後まで一緒に僕たちといることを選択した。
…………ここで、僕は前世界の記憶を一部取り戻す。
取り戻した瞬間は獣人に対する恨みでオリヒメを殺しかけたが、小子の言葉でなんとか持ち直し、前世界の記憶を頼りに『俺』は根回しを始めた。一歩間違えれば即死、もしくはその先での死を知っている俺は細心の注意を払って入国。小子を師匠……キスブラッドに会わせるために図書館へ行かせ、安全に生き抜くためオリヒメを一人で王城に向かわせる。ベロはどの世界にも存在しなかった可能性だったため、ひとまず異界へと送り返す。
俺は『僕』に戻る前に元王宮占師の占いババアのもとへ行き、僕に俺を引き継がせた。
……このババアがとんでもない性欲の塊で、前王に手を出さなければ今も王宮占師だったかもしれない。ともかく、腕は確からしいので、俺は任せたのだろうけど、僕はもう関わりたくないですハイ。
そして引き継いだ記憶は全てではなく、ある程度の重要情報だけだった。
これから起こる出来事、生きる為の選択、その為に習得すべき技と技術、倒すべき相手。およそここから先起こる全てを引き継いだが、実は僕はその通りに動く気は無く、あくまでも参考にして『俺』ではなく『僕』が選択するようにした。数百、数千、数万回の前世界の記憶を、知識を、蓄積を全て捨てて、誰も泣かない世界にする。そう、決めて。
引き継いだ未来の記憶。
ハッピーエンドを目指す上で、最も過酷かつ困難なのはビースティアでの出来事。そのため、ビースティアを切り抜けるための記憶は一番鮮明に、それ以外は薄く記憶の片隅に置いておく形で処理されている。思い出しすぎると、僕の自我が崩壊するらしい。
その全てを語ると『バタフライエフェクト』により未来が予期せぬ方向へと進むので、今は語らず、事が起きるまでは記憶の通りに動く事にする。
世界を戻す方法。
僕が小子の〈・・・・〉に〈・・・・・〉で〈・・・〉を〈・・・・〉して〈・・・・・〉と、世界は巻き戻りやり直す事が可能になる。
コレが読めないのは、まだその域に達していないからだ。
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彦星の日記から目をそらし、小子は目頭を押さえる。しばらく揉みほぐすと、大きなため息を吐いた。
「つまり、何ですか?彦星さんは未来に起こる事を知ってるって言うんですか?」
「そうだな」
「………その記憶っていうのは何の事なんですか?」
「いや、だから書いたろ?前世界の僕が残した知識だって」
「そないな事聞いとるんちゃいます。この日記が黒歴史ノートやあらへんのやったら、逆らって生き残るんが愚策にしか見えへんのやわぁ」
「………記憶を頼りに最善を尽くすと、世界が真っ黒に染まって僕と小子だけが生き残り、新たなアダムとイヴとして新世界の神になるんですけど、それでもいいのか?」
「全然ハッピーエンドじゃない!?」
「だからこそ、逆らってハッピーエンド目指してんだろうが」
「……出来るんですか?」
「どうだろうな。日記には書かなかったが、僕は前世界のどの僕とも違う世界を作っているらしい。可能性の話だが、僕はそれに賭けたい」
呆れた小子は無謀な賭けをする彦星に何かを言いかけては飲み込み、また口を開いては何も発言せず閉じる。という行動を数度繰り返し。
「……わかりました。もう未来について聞く事はしません。というか、知ったら怖くて何もできなくなりそうです」
「その方がいい」
……小子でも怖い事を平然として受け止める彦星から、絶対にやり遂げるという「すごみ」を感じて。同時にどこか知らない場所へ行きそうな気がした。
「…で?その最初の出来事と言うのが……」
「そう、この前言った嫁取り鬼ごっこ」
「その嫁取り鬼ごっこに参加するとして、何が必要なんですか?」
「煌めきと星域。だから急いで習得をしようと焦ってたんだ」
「………ちなみに、その嫁取り鬼ごっこはいつ、始まるんです?」
「今日の夕方に呼び出されて、夜から告知。明日の朝から三日は逃げ続ける」
「それをなぜ当日の昼過ぎに言いますかねぇ!?」
そう小子は『宙を舞う彦星』に吠える。自身の星域の中を胡座と腕組でくるくる回りながら、その叫びで耳をふさいだ。
「しかも自分だけ星域の扱いに慣れて……っ!」
「まぁ、前世界の僕も使ってたからね。頭は覚えてるから、あとは体と脳のズレを直すだけだったし」
「……そもそも星域とか煌めきとか意味がわからないんですよ。こっちは魔法だ呪文だと覚えるのが精一杯なのに……!」
………んん?もしかして、小子はまだ気付いてないのか?あれだけ、僕より純粋な魔法は得意な場面を見せ付けて?
「なぁ小子、いい事教えてやろうか?」
「いりません」
「知ったら、星域が上手く扱えるようになるのに?」
「………なんですか?」
「あのな……『星の恵み』と『魔素』は同一個体なんだぜ?」
「………へ?」
星の恵みと魔素が同一個体。その意味を噛み砕き、噛み砕き、粉末にまでして飲み込み、考える。
魔素とは?……体内に取り入れ、魔法の素になる物質。星の恵みとは?……地上に留まった星の力で、煌めきを行使する素になる物質。……んん?
「…え?あれ?じゃあ、私がマトモに星域を扱えないのって……?」
「単純に想像力が足りないだけだな」
…な、なんじゃそらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「…な、なんじゃそらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その後、小子は星域を完璧なまでに使いこなし、夕方までに完成させたのだった。
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「なん……じゃと?」
「悪いが本当の事だ」
記憶通りなら、あと数分で王城より使者が来る。その前に、僕は契約を……キスブラッドとの取引にピリオドを打った。
「あんたの追ってる〈ブラッドレイ・リュー・シャルルカン〉は今、ビースティアにいる。だが、明日から始まる祭りで僕の命を狙って来る」
ブラッドレイ・リュー・シャルルカン。
ビースティア史に残る最も新しき悲劇として名を残していた。奴は自分と同じヴァンプ族の屍を手土産に魔王の手先となり、世界を飛び回っている。
「…何故、貴様の命を狙う?」
「さぁな。だが出現する座標、時刻はわかる……言いたい事は、伝わったか?」
「…待ち伏せ、じゃな?」
「そうだ。場所は王城広場、祭り最終日の終了の鐘が鳴ると同時だ」
「…感謝する。妾が絶対に、仕留めてみせる…!」
意気込んでいるところ悪いが、仕留めるのは僕らしい。ブラッドレイの力は、僕が引き継がないと意味がないからな。
……世界をやり直す力は、闇に染まってでも手に入れなければならない。だろ?
「……彦星さん、お客さんです」
「来たか……今行く」
部屋の扉の前で、その使者は硬い表情を浮かべ、手に持った書状の端をいじる。
「貴殿がヒコボシか?」
「あぁそうだ。僕があんたらの姫様を救った」
「国王様より書状を預かっている。心して聞かれよーーー『我、獣の王なり。我が娘を人の身にありながら護衛致してくれた事、感謝する。ひいては件の意を表したいゆえ、王城まで来られたし』」
「……まこと、光栄にございます」
膝をつき、形だけでも敬意を表す。この国は人間をよく思っていないため、少しでも不服を買えばその場で切り捨てられても文句が言えないのだ。
「しかし、その為には物騒な物をしまっていただきたい」
「何のことだ」
「部屋の外で二人、抜刀されている方が隠れていらっしゃいます。我らは逃げも隠れも致しませんので」
「………おい」
隠れていた獣人は、その保護色を解除して姿を見せる。赤と青の肌をしたギョロ目が特徴の…。
「試す事をして悪かった。この程度を見抜けなければ切って捨てろとの命だったのだ」
「カクレ族のギロ」
「同じく、ジロ」
まぁ、未来を知ってたからな。彼らはカメレオンの双子の獣人だそうだ。
「僕は彦星。ヒコボシ・ユーカワだ。ところで、姫様の護衛には彼女も手伝ってもらったんだが、感謝の意を表すってなら彼女にもその資格があると思うんだが?」
「…彼女は?」
「小子。ショウコ・ユーカワ。早い話が僕の奥さん。馴れ初めとか聞く?」
「遠慮しておこう。だが貴殿の言い分も筋が通っている…いいだろう、着いてこい」
黙って事が済むのを待っていた小子に合図を送り、僕たちは使者の後を追う。これから始まるコトを思えば、この流れに逆らうべきでは無いのだから。
ご愛読ありがとうございます。
次々回くらいから鬼ごっこ予定してます。




