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#37 煌めきと星域

 ビースティアに到着した、その日の夜。宿屋の屋上を少し借り受けて、僕は巨大な魔法陣の中に座らされていた。


「ふむ、今宵は新月じゃの。星がよく見えるわい」

「見えてると、何かあるのか?」

「見てるという事は、向こうもこちらを見ているという事じゃの。ほれ、良く言わんか?『こちらが深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』なんての」

「は、ははは……」


 その台詞は僕の世界の言葉なんだがな。一体、どこでそんな台詞を聞いたのやら。


「…さて、魔法陣は書き終わったぞ。星降ろしの儀をするかの」

「お願いします」


 ホログラムは魔法陣に力を注ぎ、言葉を紡ぐ。その言葉が理解できるのは、翻訳のおかげだろうか。


「ーー〈天多に煌めく星よ 天空に輝きし(せい)なる者よ かの者に祝福を かの一族に恵みを与え給え〉」


 その祝詞を、僕はただ聞いていた。なんとなく「あぁ、確かに星が綺麗だな」なんて思っていた気もする。ただ、ホログラムが祝詞を言い終わった瞬間、脳天に凄まじい衝撃が響く。


「……は?」


 見られていた。其処彼処(そこかしこ)に目、目、目、目。若い男、年老いた女、貫禄ある爺、幼い少女。大食、節制、肉欲、純潔、貪欲、救恤(きゅうじゅつ )、激情、慈悲、堕落、勤勉、羨望、忍耐、高慢、謙譲。星の数だけの目が、色々な目が、様々な目が、僕を見透かす。


【ーーーーーーー】


「どうしたのじゃ、ヒコボシ」

「……え?」

「青い顔をしておったぞ?星力酔いかの?」


 慌てて周りを見回すが、そこには光を失った魔法陣と、首をかしげる小子、それから儀式が終わったと告げる師匠だけ。


「……おい、ホロウ」

「………なぜ貴様がその呼び名を知っておるのじゃ」

「御託はいい。あの目は何だ、あの視線は何だ、あの世界は何だ!」

「何を言っておるのだ。世界?妾が言霊を唱え終えてから幾らも時は経っておらんぞ?突然苦しみ倒れたのは貴様じゃろう」

「ホロウが呪文を終えてから「ホロウと呼ぶな、師匠と呼べ」……師匠が星降ろしを終えた直後、僕は頭に衝撃が走って…いや、響いたってのが一番近いな……とにかく、殴られた感じがした後、真っ暗な世界に放り出されて、たくさんの目に晒されたんだ」

「解説どうもありがとう、じゃがそれは星の意思と言うての?よほど適正に恵まれておらんと会えんのじゃ」

「……じゃあ悪意は無いんだな?」

「あるわけ無かろう!むしろ喜ぶべき事なのじゃぞ!」


 そうは言われても痛かったし。あと無駄に怖いし。ホラー系は苦手じゃ無いけど、ノミの心臓たる僕をもう少し気遣ってくれてもいいんじゃ無いかな?


「それで、貴様はどんな煌めきを得たのじゃ?」

「えぇっと……?どうやって確かめるんだ?」

「心臓の隣に、何か塊を感じるじゃろう?そこに貴様の言う魔力を当てれば良い」


 言われてみれば、確かに何か違和感がある。その位置に魔力を少しづつ注ぐと、ある量を注いだ瞬間、世界に点が現れる。注いだ位置からは、細い糸も。


「……なんか、点と糸が見えるんだけど?」

「それが貴様の煌めきじゃろう。他には何が見えるのじゃ?」


 周りに点が見える以外、特に変わった事は無く……いや、自分の体の点が赤く光るのを見る。その赤い点の一つを取り出すと、万年筆のペン先が光っていた。


「……このペン先の点が赤いかな。あと、身につけてる物も赤い」

「ふむ……おそらく貴様の星域の中にある点が、赤く光ると見て良いじゃろう。して、煌めきから糸が出とるんじゃろ?その赤い点と結びついたりはせんのか?」

「やってみる」


 僕は糸を伸ば……は出来そうになかったので、十センチくらいに伸びた糸と赤い点のペン先を無理矢理触れさせる。触れた二つは自然に結合し、ペン先に合わせて糸も伸びたり縮んだりを繰り返した。


「………」

「どうじゃ?」

「…うん、繋がったんだけどね……なぁ、小子。ちょっと立ってくれるか?」

「へ?あ、はい」


 繋げた瞬間に感じた、とある違和感。僕は万年筆をしまい、立たせた小子に向かって『風』のイメージをぶつける。


 ……………………ふわり。


「み、みえ……みえ……!…よっしゃああああああああああああ!!」

「きゃあああああああああああああああああああああああ!?!?」


 スカートがめくれ、その下の薄桃色をした下着が晒される。


「せいっ!せいっ!せいっ!!」

「ちょっと!やめ!やめっ!彦星さんっ!」


 どうやら万年筆と繋げていると、一文字までなら想像するだけで発動するらしい。その最初の一回目が『スカートめくり』というのも、バカバカしい事この上ないのだが。

 男のロマンの前じゃ、何を言おうと些細な事だ。


「ふぅ……いやぁ、良いものを見せてもらった。福眼福眼」

「何をやっとるんじゃ貴様は……」


 それはそれとして、一文字がノーアクションで発動するのはかなり強い。この煌めきを使いこなせれば、お腹の重力制御にも干渉できるわけだし……煌めきに早く慣れないとな。


「じゃあ師匠、次は小子にも星降ろしの儀式をしてやってくれ」

「全く、とことん嫁には甘いの」

「うう……甘くないですよぅ…いい年したおじさんが嫁のスカートめくりなんて……あとまた意味の分からない言葉が…」

「う、うるさいなぁっ!童心に帰っても良いだろう。あと、そのうちまとめて詳しく説明してやるよ……星降ろしってのは煌めきを持たない生物に煌めきを与える術だ。今は『そういうもの』として受け入れとけ」


 頭の処理が追いつかない小子を無理矢理魔法陣の中に入れ、再び祝詞を唱える。魔法陣の光が完全に消失すると、何事もなかったかのように立ち上がった。


「……ふふふふ…彦星さん、もう一度私に魔法をかけてみてください」

「え?何?痴女?」

「違いますっ!いいから、ほら早く!」

「お?おう……そいやっさ!」


 万年筆に糸を繋いだ状態で風を当てる。しかしそれでスカートがめくれる事なく、発動する事もなかった。


「どうです?凄くないですか?私に魔法の類は一切無効になりましたっ!」

「ほほう、差し当たって言うならば【無の煌めき】なのか?切り替えは出来るんだろ?じゃなきゃ僕の付与も全部無くなっちまうからな」

「それもそうですね。練習あるのみ、ですっ!」


 新しい力に少しはしゃいでいると、拍手の音が師匠から聞こえて、自然と僕たちは盛り上がるのを抑える。


「盛り上がっとる所に水を差して悪いんじゃがの、早速星域の修行に移らせてもらう。時間が、無いのじゃろ?」

「っ……あぁ、あと三日…いや、二日しかない」

「ふむ……ならば荒いがある程度扱えるようにまでしてやろう。お主ら、星力を身にまとう事は出来るのかの?」

「僕は昨日見せた通り出来る」

「えぇっと……こう、ですか?」


 小子はいとも容易く……僕は習得に半日かかった。本当はそれも早すぎるんだけど……魔力で体を包む。僕より安定させて、呼吸するように。


「ふん、ヒコボシよりショウコの方が天才的じゃの。貴様などとは比べ物にならぬわ」

「い、今は関係ないだろ。早くしてくれ」


 このやろう、馬鹿にしやがって……いいもん、僕は特殊より物理に特化した物理アタッカーだし。ポケ◯ンで言えばエースアタッカーと害悪だし。戦うステージが違うんだよ。え?僕の言ってる事が理解できない?ポケ◯ンレート実況プレイ動画でも見てろ。


「ではお主ら、その状態を維持しておくのじゃ。今から妾が無理矢理、星域を広げる」

「え?待ってください、どういう…」


 師匠は魔力を纏った僕たちの背中に触れると、そこから大量の魔素が注ぎ込まれる。まるで風船に空気を入れるがごとく膨らみ、その半径が十メートルになるとピタリと止まった。


「あまり広げると情報量を頭が処理しきれんからの。ひとまずこの大きさを維持できれば、星域の支配は完了するじゃろうて。それにの……」

「うぅ………き、きもちわるいです…」

「やりすぎると星域酔いするのじゃ。覚えるのには手っ取り早いんじゃが、吐くやつもいての…余程の事でないとこの方法は試さんのじゃ」


 僕の隣でゲロインになりそうな小子は、集中が切れたのか星域が小さくしぼんでいく。ある程度しぼむと楽になったのか、およそ半径三メートルで維持を開始する。


「貴様は酔わんのか?」

「全然酔わないな。まだ魔素を取り込めそうだ」

「ふむ……それは体質なのか、煌めきなのか…しかし、星域が大きければ出来る事も増えるじゃろう。どれ、潰すつもりで注いでやろうかの」


 師匠は僕の背中にもう一度触れると、魔素を注ぎ続けた。半径十メートルの星域はどんどん広がり、二十メートル……三十メートル……四十メートル………。


「ど、どこまで広がるんじゃ貴様は」

「さぁ?まだ全然酔わないし、情報量って言っても『点がいっぱい増えたな』くらいだし、まだ行けるぜ?」


 内から押し広げられる感覚に慣れ始め、僕は外の……風船で言う所のゴムを捉え、自力で広げる。空気を入れて膨らませるというより、外から引っ張って空気を吸い込むって事だ。


「お、おい貴様…」

「まだ、まだだ。もっと…!」


 半径はもう千メートルを越えた。二キロ、三キロ、四キロと来て……五キロ地点で、ピタリと止まる。


「………あれ?」

「………阿呆が。そんな勢いで恵みを吸ったら、恵みの供給が間に合わんで当然じゃ。それだけ支配しておって限界に至らんのは異常じゃが、少しは自重せい」


 んーと?つまりは僕がここら一帯の魔素を吸い上げたと?まぁ半径五キロ支配して全然酔わないのも異常で、まさにその通りなんだがな?問題は、僕の隣で維持を頑張る小子にあって。


「……ダメです、これ以上伸びません」

「…この巨大な星域の中で自分の星域を保つことの方が異常なんじゃがな。お主ら夫婦揃って異常じゃぞ」

「まぁ、僕の星域も今は距離を伸ばす意味で支配してるし。この星域を支配したまま、他者の干渉を拒絶するなら……」


 五キロまで伸ばした星域を縮小させ、濃度を圧縮する。千メートルになった所で、ようやく限界に至った。


「どうだ?師匠の星域は発動するか?」

「………無理じゃ。貴様の星域が濃すぎて星域どころか煌めきも発動せん。差し当たり『絶対星域』じゃの」

「うわぁ……ネーミングセンスが痛いわぁ……」

「う、うるさいのじゃ!」


 ……まぁ、それでもやっぱり僕の星域の中で星域を発動させ続ける小子には、勝てるイメージがわかないんだけどね。


「……お主ら本当に、デタラメな矛と盾じゃのぅ…」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 ………翌朝。

 昨晩の数時間で星域の基礎は一通り扱えるようにはなった。師匠曰く、あとは慣れと応用らしい。

 で、次に必要なのは自分の煌めきを扱う事だった。


『煌めきは五色でない限り、ほとんど唯一無二じゃ。同じ煌めきを持っていても、その扱い方は千差万別。まずは自分の煌めきがどういう物かを理解するのじゃ』


 と、昨晩言い残して今は僕たちの宿で眠っている。基本的にヴァンプ族は夜行性らしい。他にも動物変身とか吸血とか星力吸収とか……種族人口の少ない希少な古代種なのだそうだ。


「……小子はいいよなぁ」

「何がです?」

「え?だって【無の煌めき】だろ?降ろされた星に魔力を注ぐだけで魔法的、魔力的干渉を受けない、無効化する煌めき。理解しやすいじゃないか」

「そんな事ないですよ?無効に出来るのは自分に降りかかる魔法だけですし、既に術中にはまっていると発動しても効果はありません。他にも色々と制限があるみたいですし、ホログラムさん曰く星域外で扱えて初めて一人前らしいですよ?」


 星域外……つまり、煌めきを体内で動かす状態から体外で動かす状態か。まぁ、星域内は自分の一部って話だし、それはきっと魔法を外に打ち出すのと似ているんだろうな。


「……煌めきを外に出すのは簡単なんだが…僕の煌めきを外に出して何が出来るっていうんだ?」


 彦星が知らずに爆弾発言をしているが、これは別に不思議な話ではない。そもそも人間の魔法というのが『煌めきを外に打ち出す技術』の延長線上にあり、その長い時間的経緯で『煌めきと星域という二つの異なる力』が廃れてしまっただけなのだから。


「……ちょっと手伝いましょうか?」

「手伝う?」

「はい。彦星さんが煌めきを発動させると、点が見えるんですよね?私にも点は見えますか?」

「ちょっと待て……あぁ、少ないがあるぞ」

「じゃあ、繋げて下さい。ほらほら遠慮せずに、ずにゅっと」

「…なんかもう開き直ってない?大丈夫?」


 精神的に病み始めた小子を心配しつつ、煌めきの糸を点に向かって放つ。繋がった点と糸が何か起こるでもなく、数秒の間僕たちの中に沈黙が流れた。


「どうですか?」

「何も起きない……いや、ちょっと待てよ?」


 ゆるゆるだった糸を回収しようと戻した所、糸が張った状態の時に何かが出来そうな気がして。その出来そうな事に自分の魔力を注ぐと……。


「……あ」

「な、なんですか?」

「…わかったかもしれない……いや、確証が無いな…小子、何か魔法を撃ってくれ」

「え?突然どうしたんですか?マゾに目覚めたんですか?」

「…痴女って言って悪かったから、その不名誉な誤解を広めないでくれ」

「わかりました」


 いたずらっぽい笑顔を浮かべて、小子は無詠唱の【石飛礫(ストーンバレット)】を打ちかます。一つじゃなくて、沢山。

 恨みこもってんなぁ……。


「ふぅ……どうです?」

「…やっぱりな。繋げたのは小子の煌めきだったらしい。繋げた煌めきの使い方を知っていて、僕の煌めきの糸で繋がっていれば、その煌めきを僕の体で発動出来るみたいだ」

「ふむ、ふむ……あれ?なんだかそれってズルく無いですか?」

「いや、今はたまたま小子の煌めきを知っていたから発動しただけで、やっぱり理解してないと無理だ。それに、見えてないだろうけど煌めきの糸が張った状態じゃ無いと発動しない。なんと言うか僕の煌めきは【(むすび)の煌めき】かな。制限もあるだろうが……ひとまず、時間の許す限り煌めきの練習だな」


 そうして、僕たちはその日まで煌めきの習得に時間をかける事になった。


「………ところで、彦星さん。明々後日(しあさって)に何が始まるんですか?」

「第一次嫁取り鬼ごっこだ」

「………………え?」

そろそろフルバトルシーンに突入させたい(願望)。

ご愛読ありがとうございます。

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