#35 IFストーリー:七夕
七夕という事で、勢いとネタと思いつきで書いた。
アタシは勉強がキライだ。こんなの、将来なんの役に立つと思う?
「なーなー優彦センセ」
「……」
「なーってばー」
「………」
「センセー!」
「えっ、あっ、はい?」
課題を与えてよこしたこの家庭教師は、もっか携帯小説の執筆にお熱と来やがる。なんだっけ?イセカイテンセイでオレツエエな小説だったかな?ちっとはアタシを見ろってんだ。
「どうしたよ、桂学生」
「その呼び方やめねぇ?トリハダなんですけどぉ?」
「……かたや桂一族の血縁者がこんな女子高生なんて、誰が信じるよ?」
「なんか言ったかよ」
「なーんにも?」
桂小子。そのご先祖には桂小太郎という、江戸から明治初期にかけて活躍した偉人が存在する。まぁ、正確には親戚という事なのだが。けれど、その影響力は多少なりとも現代に受け継がれていて、裏の政界には顔が効き、財力も……云々。あまり公言すると社会的に殺されそうだから黙ろう。
で、その末裔たる彼女……桂小子はエリートだ。学園ではいつもトップ、まとめ役として日々精進している。
「……まぁ、ワーストワンの、スケバン総長だがな」
「ブツブツ言ってんじゃねぇよ、犯すぞゴルァ」
「おーこわ」
「で?この問題がわかんねーんだけど?」
「あぁ、これは……」
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六月末。
「は?星?なんで?」
「いや、もうすぐ七夕だろ?卒業出来ますようにって短冊をだな……」
「へ、そんなガキみたいな事するかよ、恥ずかしい…」
「夢みたっていいじゃん?宝くじ買うよりよっぽど有意義だね」
「それは思うわ」
日々勉強を頑張り、赤点まみれだった桂学生は、なんとかギリギリ卒業出来るかどうかのラインまで這い上がった。それはひとえに、夢を現実的に追う為だ。
「K大、そろそろ模試の結果が出るんじゃないのか?」
「……まぁ、な」
「まだ余裕があるからな、なんとでもなる。正直に言ってみな?」
桂学生は国語の問題から目をそらして……ボソボソと結果を報告する。
「……D判定」
「大丈夫、まだまだ間に合う。滑り止めも一切合切捨てて、ただ数をこなすんだ」
「…おぅ」
彼女には、夢があった。幼少の頃からの夢が。父と母はその夢を応援しようとはせず、そして否定もしなかった。
彼女には、兄がいた。なんでも出来る、優秀な兄が。彼女の父と母は、その兄の教育に心血を注いだのだ。
僕より優秀な家庭教師を複数人付け、妹には、そのオマケと言わんばかりに。
「……けどよ、オヤジが許すか?そんな夜に出かける…なんて」
「はぁ?今まで散々抜け出してた桂学生が言う?」
「……るせーよ」
彼女の夢は、編集者だ。あの、作家を追い立てて締め切りを急かす、編集者。なんでそんなのになりたいのかは、教えてくれなかったけど。
「ともかく、当日迎えに来るから、外で待ってろ」
「…勝手だよなぁ、センセーもさぁ?」
「ふははは、毎日が楽しくて仕方ねーぜ!」
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そうして迎えた、七夕の日。
アタシは堂々と、玄関から外に出た。家族と話す事も無いし、話すような事も無い。誰もアタシを見てないから。そう、思っていた。
「………小子」
「……なんだよ」
玄関から顔を出したオカンは、なんて言葉をかけていいのか迷った挙句、たっぷり数十秒の間を空け。
「……………気を、つけてね」
「………うん」
その時少しだけ、アタシは家族と向き合った。
適当にぶらつくこと数分、背後から単車のエンジン音が近づいてきた。センセーの単車だ。
「よう、待たせたか?」
「っせーよ。んで?どこまで行くんだ?」
「すぐそこまで。乗れよ、メットはシートの下な」
後ろに乗り、落ちないようにセンセーの腰に手を回す。しっかりホールドすると、単車は走り出した。
「なーなーセンセー!」
「んんー?」
エンジンの音に負けないよう、アタシは大声を張り上げる。ずっと聞きたかった事があるからだ。
「センセーは、なんでセンセーやってんだー?」
「はー?金稼ぎに決まってんだろー!」
「他にももっと色々あるだろー?」
「別に理由なんかねーよ!やりやすかっただけだ!」
「あんなに教えるの下手くそなのにー?」
センセーの教え方は褒められたものじゃない。部屋に押しかけて、問題集を延々と解かせて、こっちがわかんねー事聞いたら「僕にもわかんねーや。調べるから待ってろ」なんて言う始末。
「うるせー!」
赤信号で、単車は止まる。センセーは後ろを振り返って、メットの上から頭を撫でた。
「僕にとって先生ってのは、生徒と一緒に悩んで考えて答えを探して無茶苦茶やる人だ。今の僕みたいにな」
「なんやそれ。アホとちゃうか?」
「あぁ、アホだろうな。けど、楽しいだろ?」
信号が変わって、単車はまた走り出す。楽しいかなんて、考えた事もなかった。家に居場所なんか無くて、ただその日限りで生きて、似たような奴等と徒党を組んで……。それで?
「……なぁ、桂学生!」
「…あぁん?」
「今までとか思い出してんなら、ンなもん切り捨てろ!無下に扱えとかそんなんじゃ無くて、前を見ろって話だ!」
続けざまに、センセーはどこぞの宗教教典みたいなセリフを言う。
「未来の桂学生が笑ってるか、ンなもん神様にもわかんねー!なら、今笑っておけば、未来の桂学生もきっと笑ってるから!」
「どこの宗教教典だっ!」
「僕の最近読み進めてる小説のセリフだ!」
「ひでぇセリフだな!明日の事は明日やれって言ってるもんじゃねーか!」
「そのとーり!しかしこう聞く事もできる!」
再び信号で止まり、センセーはこちらを振り向いた。
「明日の事は明日やれ、今日できる事は今日やれ。後先考えて慎重にしても、失敗するときは失敗するし、何もない時は何もない」
「…ひでえ教典だな」
「まぁ、何が言いたいかってーと……」
青信号で、単車は走り出す。アタシに行き先も告げず。
「楽しいか、桂学生!」
「楽しいに決まってんだろ、センセー!」
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「着いたぞ」
「…ここは?」
「一昔前に流行った天文台だ。潰れちゃいないが、手入れする人は朝にしか来ないし、静かでいい」
事前に準備していたのか、ここで星を見ろと言わんばかりにレジャーシートが敷かれている。
「お、いい具合に月が隠れたな。見て見ろよ桂学生」
「…………きれい」
頭上に煌めく満点の星空。天文台に選ばれる地形なだけあって空気の透明度は高く、家で見るよりきれいだった。
「そっちが本性か」
「……え?」
「口調、変わってるぞ」
「………ちげーし」
シートに腰を下ろし、天の川を見上げる。ふと思い出して、ある星を探した。
「…何を探してるんだ?」
「織姫と彦星。天の川にあるんだろ?」
「あぁ、それか…そうだな……」
センセーはアタシの隣に座り、正座を指差す。
「あの十字になってる正座が白鳥座。で、その明るいのがデネブだ。あとは分かるか?」
「夏の大三角……アレがデネブなら、アルタイルとベガは…あれか?」
「正解だ。どっちが織姫で彦星かは……忘れちまった」
「肝心な部分で役にたたねーな、センセー」
アルタイルとベガを見て、思った事を口にする。
「……あんまり明るくねーんだな」
「まぁ、星の明るさなんてのはそんなもんだ。LEDみたいにビカビカ光らねーし、そもそもあの光はほとんど自前じゃねーしな」
「…ってーと?」
「アルタイルは自前らしいが、他は誰かに光を貰って写してる。一人じゃ発光もできやしないんだと」
まるでアタシだと思った。一人じゃ何もできない、出来損ない。
「……さ、風邪引く前にやる事済まそうぜ?」
「やる事?」
「ふははは、やる事って言やあ……やる事だよ」
身震いして、アタシは自分の体を抱きしめた。このセンセー、まさか最初からコレが狙いで……?
「さぁ覚悟しやがれ?なぁに安心しろ、ここは静かで誰も来ないし、恥ずかしがる必要は無いんだぜぇ?」
「…………ひぅ」
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天文台の中で、やはり事前に準備したのか、笹が飾ってあった。ご丁寧に飾り付けまで済ませて。
「はぁ……」
「なんだよ、ため息なんか吐いて」
「………なんでもない…ねーよ」
そりゃ、ね?やるとも言ってねーよ?ましてや恥かしいとも言ったとも。あぁ認める、認めてやんよ。けどなぁ……。
「願い事、何にしよかなぁ……童心に帰ってみるのもいいな」
「はぁ………」
短冊を渡されて、アタシは強制的に願い事を書かされていた。憂鬱だ。ひどく憂鬱だ。何が悲しくて星に願いを込めなきゃいけないんだ。
「よっし!あとはコレを高い位置に……」
センセーは書けたのか、笹の高い位置に飾ろうと脚立を用意している。もう覚悟を決めて、書くしかないらしい。
「……なぁ、センセー。願い事はなんて書いたんだ?」
「ん?異世界転生」
「……は?」
「まだあるぞ?大金持ちに、美人の嫁さん、英雄に神様」
「…頭沸いてんのか」
「夢を見る事の何がいけない?夢は到底叶わないのが当たり前で、努力すれば叶うのが当たり前だ」
「…少なくとも、努力で神様にはなれないだろう」
「仕方ねーなー、じゃあ現実的な夢を……」
欲張って大量の願い事を書くと、ろくな事にならないって聞く。やっぱセンセーってアホなんだろうか。
「作家!これが僕の夢だ」
「……へぇ、意外だな。アタシはてっきり教師目指してんのかと」
「ンなわけねーだろ。おもっくそ下手くそって言ってたじゃねーか」
「教師って書いたら、バカにするつもりだった」
「ひでぇ!」
「……けどまぁ、作家志望ってんなら…そのうち、巡り会うかもな」
書き終えた短冊を、自分の身長の届く高さに結ぶ。
「……ひっくい夢だなぁ」
「るせぇ!」
「で?なんて書いたんだ?」
「編集者。誰にも理解されなかった、センセーだけが理解してくれた、アタシの夢」
そう聞いて、センセーは結んだ短冊を解き、上の方に結びなおしてくれた。
「いいか、桂学生。それは夢なんて呼ばねー」
短冊の裏に、センセーはボールペンで何かを書いた。
「これは自分で勝ち取る目標だ。いつまでも夢見てんじゃねーなんて大人は言うが、僕みたいな大人でも夢は見るもんだ」
「……」
「だから僕はこの短冊にこう書く……『叶えたろby星川優彦』ってな!」
ご愛読ありがとうございます。
その願い、叶えたろby神




