#34 出会い
「ふんぬっ……ぐぐ…っ!」
梯子の一番上に立ち、小子は最上段の書物に手を伸ばす。だがあと数センチで届かない。せめて、その潰れた二つの果実がなければ、届いたかもしれないが。
「っ………はぁ…アレは諦めましょう」
一度下に降りて、小子は足元の本を担ぐ。五冊ほど担ぐと、その上に自分の胸を置いた。どこか読めそうな席を探し、本棚から抜き取った神話関連の本を開く。
「……………」
彦星さんの言う通り、神話関連の本を読んでますけど……何が目的なんでしょうか。
「………どれも同じような事を書いてますね…」
ちゃちなおとぎ話と、分厚い歴史書の中身が同じなら、何冊も読む必要はありません。そもそも、こんな事は女神の書に記載されているはずなんです。
「……女神の書に書かれている事を、わざわざ探しに行かせた…?なぜ?……彦星さんに限って、そんな凡ミスをするとは…?」
何か意味があるはずです。あの時彦星さんは何と言ってましたっけ…?
『図書館を探して神話に関連する本を探しておいてくれ』
……そう、そうです。彦星さんに言われたのは『神話に関連する本を探しておく』事で、決して『神話を調べろ』とは言ってませんでした。つまり。
「……神話そのものではなく、神話関連の本。それも、本を置いている場所に、意味がある…!」
大急ぎで持っていた本を片付け、関連した本を探す。神話そのものでは無いので、必然的にその本は儀式や術式を記載した本という事になる。
「えぇと……術式、儀式…そうそう、煌めきなんかも関連ですかね…」
本を探し、あちらこちらを歩き回る。段々と薄暗く怪しい場所に足を踏み入れている事にも気付かずに。
「……あ、これなんかも関連ですかね?古い本ですけど…星環術?どこかで聞いたような………」
「星環術…星の巡りを一つの輪に取り入れ、現世に根元させる最強の法陣術。小さな村や集落には、雨乞いと豊作を願う祭りとして、簡単な星環術が伝承されている」
………っ!?!?!?
「ヒェッ……!」
突然、耳元で囁かれれば、誰だって驚きますよね!?
小子は驚き、本棚に衝突。何冊か雪崩れるように落ちてきたけれど、それらで怪我をする事は無かった。
後ろを振り返るが誰もおらず、驚きの次は恐怖で頭が真っ白になる。
「だ、だ、誰ですか!?」
「…………誰でも…いい…」
「ど、どこにいるんですか!憲兵を呼びますよ!?」
「……………た、助けて…」
「…助ける?」
後ろは本棚、右は無人左も無人。上にもいません。一体どこから声が……。
「………下だ…あほぉ……」
見ると、暗くてよく分かりませんでしたが……小さな、鳥?いいえ、これは……。
「……こ、コウモリさん?」
横たわるコウモリさんは、今にも飢え死にしそうなほどに衰弱されてます。その上に本が散らばって泣きっ面に蜂です。
「……マジで死ぬ…」
ひとまず上の本を退け、コウモリさんを拾い上げる。
「……死にかけてるのには私も原因があるみたいですし、何かできる事はありますか?」
「…何でもいいのか?」
「できる範囲で」
「なら血と星力をくれ!腹が減って死にそうなんじゃ!」
………………………はい?
「…チ?チってあの体を流れる血液ですか?」
「そうじゃ!嫌なら体液でもいい!汗でも、小水でも!」
「もっとダメです!何だってそんな物が必要なんですか!」
「妾たちヴァンプ族は固形物を好まなぬ!液体の、栄養のある物がいいんじゃ!水でもいいがミネラルが無いと死んでしまう!」
「解説どうもありがとうございます!それにしたって汗はともかく、しょ、しょ……小水はダメでしょう!?」
「えぇい!つべこべ言わんと寄越せ!」
「あっ、ちょっと!」
有無を言わさず、コウモリは小子の首元に噛み付いた。頸動脈に小さな牙が刺さると、そこから血と、何故か魔力がグングン吸い取られていく。
「……むむっ!こ、こへはっ!はんほひうはんひなひほへいひょく!(むむっ!こ、これはっ!何という甘美な血と星力!」
「んっ………あぁっ…!」
「ほ、ほまはん!ひはひふひはほ、こほはんほふは!(と、止まらん!久しぶりだぞ、この感触は!)」
「……ぁっ……んっ…!…ゃあっ…」
「……んん?あひはかはっは…?ひは、こへはひかひ…(んん?味が変わった…?いや、これはしかし…)」
「はっ……ぁ…ぁはっ…んっ……」
なおもチューチュー吸われ続け、思わず、小子はその場に崩れ落ちる。もう、体は汗だくで、脳の中心から快楽物質が全身に行き渡り、下腹内部がむず痒く、下りていた。
「ふぅ……美味かったぞ、お主。まぁ死にはせんから安心すると良い。しかし本当に濃厚で甘く、くどく無いサッパリした血と星力だった…満足、満足じゃ」
「はぁ…………はぁ…………」
少なくとも、今の小子には思考するだけの余裕が無く、「いきなり何知るんですか!」と怒る気力もなければ、「な、何が起きたのでしょう?」と聞く体力も無かった。
「ところでの、お主」
「………は、はひぃ?」
「何故、人間がこんな所におるんじゃ?」
瞬間、先ほどとは違う理由で小子は思考を止める。もしかして、いやもしかしなくても、大変な事になります!
「まぁ、獣人に化けるあたり只者ではあるまい。妾を助けた事から考えても、獣人狩りとも思えん。何か事情があるのじゃろう?」
「…………」
「答えたく無い、か?なら、無理に言わんでもええが」
「…あなたに、コウモリさんに合わせたい人がいます。私の判断では、どうにもならないので」
このコウモリさんを連れ帰って、彦星さんと相談しましょう。人間だと分かっても騒ぐそぶりが無いですし、少なくとも今すぐどうだこうだとは、ならないでしょうし。
「ふむ、お主の頭じゃな?よかろう。会ってやる。それからの、お主……」
コウモリさんの体が一瞬のうちに肥大化して、姿形が人型へと変化する。
「妾は〈キスブラッド・C・ホログラム〉じゃ。お主の名は何と申す?」
「……ぁ、私は、小子、です…」
化けていた、とか…そんな次元の話では無いです。
口を開けて呆けつつも、聞かれた事にはしっかりと答える。八重歯が見えるその美女は、ニッコリと笑ってみせた。
「ショウコ、妾はお主の事を気に入っておる。むろん、非常食としてもじゃが、それ以上に良き人格者として、な」
「……私と一緒に来てください、ホログラムさん」
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「…まだ帰ってませんか……」
「何じゃ、ショウコの頭はおらんのか?」
「はい、すみませんがこの部屋で待っていてもらえますか?」
宿の場所は事前に聞いていたので、部屋の中にホログラムさんを通す。彦星さんがいてくれれば、良かったのですが……。
「お、ショウコ!デュエスじゃ!一局どうじゃ?」
「…遠慮しておきます」
デュエスには、良い思い出なんて無いですからね。負けて脱がされ、負けて触られ、負けて放置、負けて飽きる。本当に、本当になんなんですかこのゲームはっ!
「……っ!」
「…どうしました?」
突然身構えたホログラムさんは、窓の外を見て…耳を塞いだ。
「ショウコも、塞いだ方がいいぞ?ま、我慢はできるじゃろうがな」
「え?」
ーーーーーーーシュバゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?!?」
「おぉ、うるさいのう」
な、なんの音ですか!?雷ですか!?風切音にしては大きすぎますっ!
「なんですか今のはぁっ!?」
「知らぬ。じゃが、ショウコと似たような星力じゃったの」
…私と、似たような……?…………………あっ!
それから小一時間ほど。あまりにも退屈でしたので、嫌々ホログラムさんとデュエスに興じていますと。
「ふぅ……あれ?帰ってたのか」
「…ひぃ〜こぉ〜ぼぉ〜しぃ〜さぁぁぁん?」
「えっ何?っていうかその美女はどなた?」
「そんな事は、今はどうだって良いんです!なんですか、あの馬鹿でかい音と衝撃はっ!」
「………な、なんの事かなぁ?」
…あ、首の後ろを撫でましたね?つまりは犯人なんですねっ!
「トボけたって無駄ですっ!また厄介ごとを引き起こすつもりですかっ!」
「…す、すまん」
「………えっ」
「ん?」
「彦星さんが……謝罪を学習しました…」
「僕をなんだと思ってんですかねぇ!?」
「ワガママ言いたい放題の納期守らない作者」
「反論出来ねぇ……っ!」
んん?……ちょっと丸くなりました?聞き分けが良くなってるような……。
「……むに」
「ほひ、はにひへんろ?(おい、何してんの?)」
「あぁ、本物ですね。誰かの変装かと思いました」
「はんはんひひゅんがらほひゅぎる(判断基準が謎すぎる」
頬を引っ張ってみましたけど、しっかりとした人の皮でした。…あと異様に柔らかくてとても良かったです。
「……いちゃいちゃしておる所、悪いんだがの…妾もおるんじゃぞ?」
「べ、別にいちゃいちゃなんか!」
「良いじゃん。僕はもうちょっと小子と戯れたいんだけどな…」
「……あ、あとで…」
「言質、いただきましたっ!」
「…………はぁ…口から砂糖が出そうじゃ」
「んで?そこな美人さんはどちら様?」
あ、この聞き方は察している聞き方ですね。お知り合い……ってわけでも無さそうですけど。私が図書館に行っている間に、何か進展があったんでしょうか。
「…この方はホログラムさんで……フルネームは…ええと」
「キスブラッド・C・ホログラム、じゃ。ショウコを人族、お主らの言う所の『人間』だと見抜いたら、ショウコの頭に…否、夫と呼ぶべきか?其方に会わせると言うのでな、着いて来たのじゃ」
「へぇ、それじゃあ僕はキスブラッドさんを待たせてたって事か。それはお待たせして申し訳ない」
あ、やっぱり。つまりは私を図書館に行かせたのも、ホログラムさんに会わせるため。人間だと見抜かれて、この宿まで連れて来るのが目的だったんですね。
「……あまり驚かんのじゃの」
「まぁ、小子が人間だと隠し通せるなんて思ってないし。叩けばホコリが出るどころか、一緒に宝石まで吐き出すような人間なんだぜ?遅かれ早かれこうなると思ってただけだよ」
…また嘘、ですね。首の後ろを撫でました。けれど全部が嘘というわけでも無さそうです。本当の事を黙っているだけのような…?
「で?お主らはどうするんじゃ?妾を口封じに殺すか?」
「いや、そんな事はしない。そんな事はしないが……キスブラッド、あんたと取り引きがしたい」
「ほう?妾と?面白い事を言う男じゃの」
「こちらが出すのは『アンタの追ってるヴァンプ族の居場所』だ」
刹那、けらけらと笑っていたホログラムさんは真顔になって殺気を飛ばし、かろうじて視認出来る速さで彦星さんの胸倉を掴むと、後ろの壁に叩きつけた。
「どこでそれを知った?」
「美人さんに迫られるのも悪く無いな。けど…小子には、勝てねぇな」
「はぐらかすな、人間。妾の質問に、正直に答えろ。でなければ吸い殺す」
「……一種の占いだよ。僕は専門家じゃ無いけど、ある程度先に起こる事を知っている。その情報に考察を加えれば、予測は簡単に出来る」
「今すぐ言え」
「さぁ……どうかな?言っただろう、取り引きだと。キスブラッド、アンタは欲しい情報をタダで聞こうとしてんのか?」
「貴様…ッ!」
「吸い殺す、なんて脅しても無駄だ。僕の言ったことが本当かなんて確かめようが無いし、もしかしたら嘘を吐くかもね」
「フン、妾に嘘が通じるとでも思ったか?生憎、妾に嘘や隠し事は一切出来ない。特に、貴様ら人間にはなっ!」
…ッ!へ、部屋の空気が嫌な感じに変化しました…ッ!これは…憎悪ですか?
「さぁ吐け!」
「断る。いくらキスブラッドの煌めきが優秀でも、星域の支配下に属さなければ、発動はしない。そうだろ?」
目に見えるほどに、彦星さんの体を魔力が覆っています。どこでそんな事を覚えたんでしょうか…。
「…妾の星域を、弾く……じゃと?」
「もう一度言う…取り引きだ、キスブラッド。こちらの出す品は『とあるヴァンプ族の居場所』だ。求めるのは『僕と小子に煌めきを与える』事」
「…なん、じゃと?煌めきを与える?正気か?」
「あぁ。しかも煌めきを与えたら、後はこっちで全部済ませる。星域に関しては……分かるだろ?」
な、なんの話をしているのでしょう……。今すぐこの場から逃げたいのですけど、だからと言って彦星さんを置いて逃げるわけには……!
「……いいじゃろう」
「助かる」
「勘違いするでない!貴様の話を信じるわけでも、貴様を助けるわけでもない。妾はの…」
キスブラッドは星域を解き、息苦しく精神をすり減らした小子を見る。
「…無防備で、妾の星域に入りながら、それでも逃げずに貴様を救おうとしたショウコを、救ってやりたいと思ったからじゃ」
「………そっか」
「それからの、煌めきは適合性が厳しいのじゃ。人間が習得出来るかは貴様の、ショウコの素質に依存する」
「あぁ、分かってる」
「あと、星域も妾が教える。異論は認めん」
「いいのか?」
「うむ。妾が煌めきを与えたと知られ、中途半端に星域を教えないなど……一族の恥じゃ」
結局、彦星と小子は、キスブラッドに星の煌めきを教わる事となる。そして、この出会いが全ての終わりに続いているなど、彦星以外には知り得ない事だったのだ。……詰まる所。
「だ、誰か私に分かるように説明して下さいっ!」
ご愛読ありがとうございます。
……煌めきの解説や星域、その他もろもろは詳しい説明をどこかで入れます。
それまでは少しづつ解説セリフと独白を混ぜておきますね。
…彦星のノートに、また色々付け加えられます。




