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#30 入国

前話の通りです。

 ビースティア王国の子ども達に、大人になったらなりたい職業を聞いたランキングがある。なに、不思議な事じゃない……僕らの世界にも、男子なら宇宙飛行士とかサッカー選手に野球選手、最近じゃあユーチューバーもランキング入りしてるし、女子なら保育士や看護婦なんてのもある。

 それと同じように、この異世界でもなりたい職業、就きたい職業のランキングががある。男子はやはり憲兵や兵士など、派手で目立つ職業を選び、女子は治癒師や花嫁さんなどメルヘンに走る傾向があるらしいが。そんなランキングでも男女共にダントツ一位が『占い師』なのだ。


「……リメの国のお話に、絶対出てくるです。未来を教え、導き、時に国すら救ってみせる偉大な占い師なのです。でもちゃんとした占い師になるには【占の煌めき】が必要で、他にも資格が必要だったり、占い師になれても実力がないとご飯食べられないです。かなりシビアなのです」

「うん、よくわからん単語が結構あるな。へいSyouko、この世界における占い師と煌めきとは!」

「人を人工知能みたいに言わないでください!まったくもう……」


 とか言いながら女神の書を開いて検索する小子は本当に出来た子ですね。さすが僕の嫁、さすよめ!

 え?そんな巫山戯ていて方向音痴のテメェが目的の龍の岩を見落とさないかって?

 はっはっは、もう僕達はその龍の岩にたどり着いて、件の洞窟を進んでいる最中なんだな。足元は整備され、等間隔に並ぶオレンジ色の光源。出口まであとどれくらいかを示す立て看板もあって、迷いようがないがな!

 ………テンションがおかしい?別に普通ダヨ?暗い所が苦手とかそんなんじゃないから。全然平気だしッヒャあい!雫が!背中に!


「何一人でビクビクしてるんですか」

「ななな何でもないヨー!」

「…そうですか。はぁ、それでですね、結果が出ましたよ。煌めきとは身体的に特化した種に限り発現する特異能力。中でも変異能力は強力な能力である。通常、特異能力は五大元素を色で表し、火、水、風、土、雷を赤、青、緑、茶、黄で記す。変異能力とは上記された五大元素に縛られない特異能力を指し、……すみません、ちょっと読めません……による……ここもですね……の一部を永久的に使用出来る限定的な力…です」


 そこまで一気に読んだ小子は、ほう、と一息つく。


「読めないってなんだ」

「見た事がない文字なので、発音出来ないんです。彦星さんに翻訳してもらってますけど、万能ってわけでも無いみたいで」

「そうか……んで、続きは?まだあるんだろ?」

「はい、次に占い師ですけど、人間側ですとインチキめいた宗教団体の認識みたいですね。ですけど、獣人側になりますと上は王宮占師、アマチュアに至るまで明確な実績があるようです。家柄によっては花嫁修行に簡単な占い技術が組まれるそうです」

「なんだそれ、王宮で占い師を囲うって、もうそれ公務員じゃねぇか」

「だからリメは言ったです。かなりシビアなのです」

「……ちなみに、関連項目で星域っていうのもありますが…」

「おう、読んでくれ」

「体外の魔素を自分の魔力と同調させた範囲を星域と呼び、星域には煌めきを描写したり相手の煌めきを封じたり、また煌めきを破壊する事も可能。ただし、煌めきを破壊された生物は今後一切の魔法関連を使用出来ない。……って、怖いですね」

「…ま、まぁ、リメの言う占い師ってのはよく分かった。それで、その話とリメの家出とどう関係するんだ?」


 やはり話したく無いのか、忘れて欲しかったのか。リメは僕から目をそらし、嫌な顔をしながら話す。


「……実は、リメはお姫様なのです」

「うん、知ってる」

「他のお家の人は知らないけど、お姫様には産まれた時からお婿さんが決められてるです」

「…まぁ、そうだな。許嫁とかお決まりだし」

「リメのお婿さんは、王宮占師が決めるです。決めるというか決まってる未来を教えてくれるですけど。五才になるとお婿さんを教えてくれるです。リメはその人と結婚するのに全然嫌な感じがしなかったです。でも……」


 リメはそこで一度言葉を切って、整理する。嫌な事を思い出すのは、誰だって嫌だ。


「……とと様はリメが嫌いなのです。部屋に閉じ込めて、外から鍵をかけて、誰かとお話しする事もさせないで…ご飯を届けてくれるかか様とお話しするのが一番楽しかったです」

「……親の心子知らず、か」

「シッ!」


 要するに、リメは父親に愛されてる事に気付かず、父親も愛し方を間違え、母親はどう接して良いかわからなかった……って事なのかな。


「それで、リメは黙って城を抜け出したんだな。どうやって出たんだ?鍵はかかってるんだろ?」

「かか様がご飯を届けてくれる時に、扉の後ろに隠れたです」

「どこの世界もアホなのか…っ!」


 最強の隠れ場所だよ、扉の後ろ!誰も彼も調べない鉄壁だな!


「……そう言えば、リメの婚約者ってどんな奴なんだ?」

「顔は知らないです」

「え?でも教えてもらうって……」

「教えてもらえるのは、種族と名前だけなのです。リメのお婿さんは『人間』の『ユーヒコ・ホシカワ』という人間さんなのです」


 瞬間、僕は背筋が凍った。頭に引っかかっていた点が一つに結ばれた感覚と、これから起こる出来事。それらを頭で理解したからだ。それと同時に『もう一人の僕』が訴える。『ここが、分岐ルートだ』と。


「どうしました?」

「……いや、なんでも無いよ。それより小子、リメ……僕はビースティアに入ったら、獣人に化けて街の探索をするよ。小子も獣人に化けさせるから、図書館を探して神話に関連する本を探しておいてくれ」

「え?……あ、はい、わかりました…?」

「それからリメ。リメは一人でお城に帰るんだ。それで、家を出てから帰るまでを、ゆっくり時間をかけて獣王に説明するんだ。全部終わったら、僕たちを探してくれ。どこかの宿に泊まっているから」

「むぅ……リメ、それを拒否するです。とと様はリメの話なんて聞かないです」

「それでも、だよ。どうしてもダメだったら、獣王に『あの人に会った』って言えば、言わなくても根掘り葉掘り聞かれる。大丈夫、リメなら出来る」

「………わかったのです…リメ、頑張るです」


 僕は柔らかく笑って、リメを撫でる。撫でる度に獣耳がぴこぴこ動くのも、しばらくお預けだ。


「…さぁ、もうすぐ出口だ。小子、かけるよ」


 小子には『獣化』、僕には『獣耳』を付与して、洞窟を抜ける。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「……じゃあ、ここからは別行動だったな。とりあえず夕方には門の前に集合で」

「わかりました。それでは行ってきます」

「……」

「大丈夫だリメ、ここにリメを嫌いな奴はいないよ」

「……はいです」


 洞窟から出て徒歩数分、ベロを異世界に返した後、ビースティアには簡単に入国出来た。イマニティアの門兵みたいに兵士が立ってはいたが、そもそも人口の少ない……女神の書調べ……獣人は善悪問わず入国可能らしい。まぁ、ビースティアの憲兵は魔物も逃げ出す戦闘狂らしいから、治安が悪くなる事はほとんど無いみたいだが。

 リメが重い足取りで憲兵さんに声をかけ、そのまま丁重に連れて行かれるのを確認した後。僕は小子と別れて街の中を歩いた。


「まずは……うん、この国のお金がいるな」


 路地に入って冒険者っぽい装備を付ける。胸当てとか小手を付けるだけで、それらしく見えるから不思議だ。道具は道中のゴブリンから奪った物で、所々傷ついていて味がでている。


「何の用だ、にいちゃん」

「これ、崖から落ちてきたんだけど売れる?」


 今度は堂々と『空間』から狼の毛皮の一部を取り出した。つまり僕は今露店で素材を売り歩いているって所だ。


「へぇ、『収の煌めき』か?珍しいな」

「戦闘じゃ何の役にも立たないけどな。で、どうだ?」

「ふん……うん、これはちょっと珍しいな…よし、一つ二百M(ミドル)で取り引きだ」


 僕はちらりと店頭に並ぶ毛皮の値段を見てから、ほんの一瞬だけ考える。


「冗談じゃねぇ。そこに並んでる毛皮の半分も無いなんておかしいだろ。他の店でももう少し良い値を付けるぜ?五百」

「あのなぁ、にいちゃんの持ってきた毛皮は崖の上の人間領にしかいない個体なんだぜ?それをこんな露店で売ってたら密漁で捕まっちまう。二百二十」

「知るかよ。じゃあ何だ、オッサンは見た事もない毛皮に適当な値段付けるってのか?もう少し相場を見てこい。四百八十」

「馬鹿にしてんじゃねぇ、相場くらい知ってらぁ。難癖付けてるのはにいちゃんの方だぜ?二百五十」

「そう言いながら必死に買い叩こうとしてるオッサンは何がしたいんだよ。密漁が怖いなら降りれば良いだろ?僕は他の露店に行くのだって出来るんだぜ?四百五十」

「加工すりゃ足がつかないんだよ。ちょっと上等な布になるだけだからな。二百七十」

「上等な布、な。つまりこの並んでる毛皮より良いって事だ。それを半分以下で買おうなんて虫が良すぎるだろ?四百三十」

「…………っあぁもう!俺の負けだ!ただし三百!これ以上は無理だ、勘弁してくれ!」

「売った!じゃあよろしく!」


 再び空間から『二十個』の毛皮を取り出して、店主のオッサンに差し出した。


「………っ!」

「単価三百Mな?びた一文マケないぜ?」

「………ちっ、わかったよ…」


 実際はもっとあるけど、今は必要分だけ売りさばく。もちろん、僕はふっかけたりしてないよ?だってこの毛皮、市場の相場は『六百M』だもの。

 ともかく、毛皮を売って合計六千Mを手に入れると、僕は再び街中を歩く。ふらふら歩く僕は、気が付いたら怪しい館の前で足を止めていた。


「……占いの、館…」


 デカデカと掲げられた水晶玉のハリボテに、大きく一文字書かれたそれは、きっと『占』とでも書かれているのだろう。

 館の扉をくぐり、その中に一歩足を踏み入れた途端、僕の意識は明確な覚醒へと向かう。


「…………ん?」


 …僕は、一体、何を……?

 いや、記憶喪失とかじゃなくて。あの洞窟を出る直前あたりからぼんやりとしか思い出せない。

 ……そう、たしか、リメを一人でお城に向かわせて…小子には図書館で神話の本を探してもらってる…んだよな?で、僕はここで何を……?


「…狼の毛皮を売ってそれなりの代金をもらったのは思い出したぞ?でもなんでこんな所に……」


 そもそも僕は占いを信じて……いや、日々の目安程度くらいにしか信じてない。朝のニュースでやってる誕生月占いの注意書きを実行する程度だ。

 けれど、今は違う。僕はここで占わなければならない。何故かわからないけど、漠然とそう思うんだ。


「お困りのようですじゃな」

「うわっほぉい!?」


 背後から獣耳の生えた婆さんに話しかけられて、僕は思わず奇声を上げた。


「ふぇっふぇっふぇっ、そないに驚かんでもええじゃろう?ところで、お主なぁ」


 ずいっと顔を覗き込み、獣耳婆さんは僕の目を見る。


「お主、この世界は何周目じゃ?」

「………」


 は?わっつ?この獣耳婆さん何を言ってんですかね?


「しらばっくれるのも無理はないわい。人生を繰り返すなぞ、狂人のすることじゃからなぁ」

「心読まないでくれませんかねぇ?」

「……なんじゃ、演技ではないのか?とすると記憶を消したのかのぅ…ちょっと待っとれ、呼び出してやるわい」

「えっちょっ何すんだやめ、うわァァァァァァ!!!」


 獣耳婆さんの唇が、僕の純潔を破壊した。

まだ続きます。

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