#24 死の泉開拓 前編
今回、彦星と小子に急展開です。
というか微エロなんてもんじゃねぇ!
「………んぅ」
「ほら、さっさと動かせよ」
「そ、そんな事言われても……ちょっとキツくて…」
「なら……ほら、これでどうだ?動かしやすくなっただろ?」
「あっ……」
トン、トンと小気味良い音がする。一定のリズムを崩し始めると、彦星が手助けをする様に小子を誘導した。
「あっ、ちょっとそこは……」
「なんだよ、ここが弱いのか?分かりやすいよなぁ、小子は」
「あっ、あぁっ!」
一度弱点を突かれた小子は脆くも崩れ去る。辛うじて抵抗出来ても、それは彦星が自分の中に入り込むだけだ。
「ほら、もうすぐだぜ?」
「あっ、あっ、ちょっと、ま、待って……」
「これで……フィニッシュだっ!」
「あぁぁぁっっ!!」
今回も、小子は彦星に主導権を握られたままだった。チェスもどきで。因みにこのゲーム、正式にはデュエスと言うそうだ。
「まだまだ、小子は弱いな」
「……それを楽しそうにぶちのめす彦星さんは絶対サディストですよね」
もう嫌だと、落胆する小子を楽しんでいると部屋の扉がノックされる。開けば、ムスッとした印象を与えるザンキが立っていた。
「お、ザンキ。久々だな」
「……またソレか。ヒコボシ殿も飽きぬ物だ」
『ゲヒャヒャ、まァたアネキが負けたのか』
「うるさいですゲヒャ丸さん!そのうち、ギャフンと言わせるんですからっ!」
闘志を燃やす小子を放っておいて、僕はザンキを部屋に入れる。デュエスを勧めたがそれは断られたので、手短に用件を聞く事にした。
「…まず、ヒコボシ殿が武闘試合以降、名が売れているのを忘れないでもらいたい」
「なんだ、説教する為に来たのか?暇人だろ」
カルキノスでの武闘試合後、僕は一躍時の人となる。何処に行っても騒がれて、次第に気疲れしてギルドの宿に引きこもったりもした。今でも騒がれたりするが、以前程ではないのでもう外出したりユーカリさんから依頼を受けたりしている。
そんな時、僕とは違う意味で有名になったザンキがフラリと僕らの前に現れ「しばらく旅に出て、他の魔王を探してくる。ついでに、今まで吾輩が止めていたヒコボシ殿宛の依頼も受けてくる」と言ったのだ。
僕個人に対する依頼なんてのは初めて聞いたけど、後でユーカリさんに聞けば山ほど届いていたそうだ。
「……吾輩が止めるのをやめれば、ある程度はどうなるか予想がついていたのだ。それを上回られては対処が追いつかない」
「いやぁ、あはは……」
心当たりは腐るほどある。土砂崩れで川が途切れたと聞けば新しく流れを作ったり、雨が降らないと言われれば降らし、難病を抱えた子どもを見れば無償で治療したり。それがこの三ヶ月の間の出来事という事も含めて異世界の常識に当てはめれば、異常なのは僕の方だろう。ザンキとゲヒャ丸には、それを裏から不自然の無いように情報を改ざんしてもらっていたのだ。
『ゲヒャヒャ、まぁいいじゃねぇか相棒。それよか、ヒコボシ宛に依頼だぜぇ?誰からだと思う?』
「またギルド長関連か?もう嫁さんの探し物はしないぞ。パルテノスのスタンプカードが出て家庭内氷河期を迎えるのはもうたくさんだ」
『ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!なんだそれちっげぇよ、聞いて驚けドバッド国王陛下だ』
……シンバさんから?あぁ、準備が出来たのか。
手際よく出かける支度を始め、意気込んだはいいがその為には負け続けなければならない事を思い出し、燃え尽きた小子に声をかけた。
「そうか。行くぞ小子、いつまでいじけてるんだ」
「……むぅ、彦星さんの教え方はスパルタすぎます」
「……やはりヒコボシ殿は大物だった」
『いやいや、馬鹿なだけだと俺様は思うぜ。笑えねぇよ、ゲヒャ』
何事もなかったように出発する彦星に「……王族と知り合いの時点でとんでもないのは当たり前か」とつぶやいたのは、言うまでも無い。
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シンバさんからの依頼という事で、まず城のある都市ジュゴスに行かなければならない。外壁東側、門のある所へ行くと、懐かしいというか思わず「おっ」と声を出しそうなものがいた。
「よぉ、一角馬。覚えて……ねぇよなぁ…当たり前だよなぁ」
「えっ、あっちょっと、くすぐったいですよ、ふふふ」
「………小子はわかりやすいから納得してやる」
こちらには見向きもせず、小子にほおずりする一角馬にちょっと妬きつつ、笑顔で執事らしいお辞儀をする御者に視線を移した。
「お待ちしておりました、ヒコボシ様」
「……えっと…城からの使者って事でいいのか?」
「はい。陛下より迎えを出すよう、仰せつかって参上いたしました」
「そうか。って事は、ジュゴスまで送ってくれるって事なのか」
「その通りでございます」
仰々しく馬車の扉を開けられ、僕と小子は中に乗せられる。そのまま数時間ドナドナされれば、ジュゴスの城まで一直線だ。
「久々だけど、改めて見るとデカイ城だよな」
「……どこに行こうとしているんですか」
「いやいや、こういう城は庭から王女様の部屋に繋がってるだろ?前は確かめられなかったからこの機会にと思って」
「寝言は寝て言ってください。どこの三角勇者ですか」
「安心しろって、冗談だから。それに風をおこすタクトは持ってないし、時間を操るオカリナも持ってないしな」
ファンタジーだからね、仕方ないねとニヤつきながら小子をイジる。会話の切れ目を見つけた執事に「………そろそろいいですかな?」と声をかけられるまで続けた。
「よく来たな、選ばれし冒険者よ」
「実はちょっと流行ってるとか?というか痛いだけですよね。本題に入ってください」
「………ヒコボシ殿、奥方は少し口が悪くなられたのでは?」
「あきれて口調が変わってるぜ。悪くなったのは僕も驚いてる」
シンバ国王は何度か咳払いをして、真面目な顔をする。小子の言う通り、本題に入るのだろう。
「ヒコボシ殿を読んだのは他でもない。泉の極秘計画に関することなのだ」
「だと思ったよ。いつからだ?」
「今からだ」
「………」
おおっと気を確かにしろ星川優彦童貞二九歳。あぁそうだよ童貞だよ文句あるか。国王から無理な難題を突きつけられたが大丈夫、なんとかなるから安心しろって童貞だよ文句あるか。
「ま、まぁ、ほとんど急な話だからな、むしろ何年も先送りにされるよりはマシって事だ。送迎はしてくれるんだろ?」
「それは、もちろん」
「なら……」
だが、シンバ国王は手を挙げて僕の発言を一度止めた。まだ話は続きがあるそうで。
「働く従業員、宿舎、機材、その他諸々の準備もヒコボシ殿に頼む」
「ざっっっっっっけんな!!!」
心の叫びを噛み砕いて、噛み砕いて、噛み砕いてなお、僕の口からはその言葉を吐いた。ざっっっっっっけんな!!!と。心が叫びたがっていたんだ。
「…いや、怒鳴って悪かった。シンバ国王の事だから何か理由があるんだよな?」
「………ヒコボシ殿が全てを計画し、準備した方が、作業は滞りなく進める事が出来るだろう」
「……それが、表向きの理由か」
「…うむ。実際は、得体の知れない計画に、得体の知れない冒険者を携えた時点で、元老院から協力出来ないとの返事が出た。ヒコボシ殿は知っていると思うが、未だ国家権力の半分を握る元老院に断られては……予算を捻り出すのが精一杯なのだ」
うん、まぁ知らなかったけどね。元老院とか国の権力の縦社会とか、マジで知らなかったけどね。知る気も無いけどね。知ってるフリをしておこうか。
首の後ろを撫でつつ、僕はため息を一つ、吐いた。
「…はぁ、分かったよ。その条件で引き受ける。その代わり、幾つかの条件を元老院からもぎ取って来てくれ。計画に光明が見える前に組まないと、多分もぎ取れないから早めに頼むぞ」
「任せてくれ」
そうして、僕は条件を一つ一つ丁寧に教える。一字一句合わなければ裏を突かれるので、その辺の念も押しておいた。
まず、如何なる結果になろうとも、この計画における全権は、責任も含めてヒコボシ・ユーカワのみに与えられる。
食料、給与に関して、支払い元は全て国が負担する。
人材の育成、確保、派遣は全権者が行い、急務を要する時は確保に関してのみ、国家の介入を許可する。
「んじゃ、行くか」
「では、失礼します」
王室を出て、いつか来たみたいに馬車へ乗り込んだ。以前は、ここでシンバ国王に呼び止められたっけな。
「おーい、待ってくれ、ちょっと!おーい!」
「なんという既視感!」
「もしかして私たち、時間をループしてます?」
驚くなかれ、ループはしてませんでした。だがやはり次に来るセリフは決まっていて。
「ぜぇ、はぁ、ふぅ……行ったかと思ったよ」
とんでもねぇ、待ってたんだ……と心で言いつつ、仰々しくかつあからさまにため息を吐いた。
「……今度はなんだよ」
「先程の条件で引き受けると言ったが、従業員に関してこちらからも条件を出させて欲しい」
「……なんだ」
「今回の計画を秘密に出来る人間を頼む」
あぁ、情報漏洩を防ぎたいのか。まぁ、それなら大丈夫だろ。万年筆を使えば縛る事も出来るし……気は進まないけどな。
「了解だ、任されろ」
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死の泉に近づくにつれ、段々と風景は寂しくなっていった。時折吹く風に潮が乗り、地面に白い塩膜を張っている。
御者は怖がって近づかなかったので、途中から歩いたが……浜は一部が溶け、泥と化している。離れた位置には固い岩塩が剥き出しになった自然の堤防、その下は乾いた泥が広がっている。
「間違いなく、現代で言うところの死海ですね」
「あぁ、文字どおり生き物はこれっぽっちも住んで無いけどな」
事実の確認が済むと、一度馬車に戻る。御者に言伝を頼んで、今日はひとまず野宿をする事にした。
「街道沿いに拠点が欲しいからな。どの辺が良い?」
「へ?」
「へ?じゃねぇよ。しばらくはここに住むんだから、家はいるだろ。ジュゴスとレオンに程近いし、ここは生物が生息できる環境じゃ無いから、モンスターもほとんど来ない」
そう言いながら、僕は利点を指折り数えていく。つまりはそろそろ自分の家を持っても良いんじゃ無いかなって事なのだ。
「……え?……はぁ…んん?」
「一時的な物だろうけどさ、毎日あんな狭い宿舎じゃあ僕も小子も狭っくるしいだろ?それに、いつまでも宿舎に世話にはなれないからな」
「…………あの、彦星さん」
「なんだ?」
「それ、つまり、一つ屋根の下で私と暮らすって事なんですよね?」
「……そのつもりで言っているんだけどな。あ、もしかしてまた一言足りないか?」
「……なんでも無いです」
なんで小子は耳まで真っ赤にしてんですかね。作業拠点なだけで、本拠地はレオンにするつもりでいるし、本拠地が出来たなら……その……一線を越えるのも良いかもな…って何を考えてんだ僕は。
「…そういえば、御者の方に何を言っていたんです?」
「早速、従業員の確保だ。秘密保持が出来る奴とか言ってたから、あいつらをスカウトしようかなって」
「……あいつら?」
「あぁ、エイビル達だ」
それを聞いて、小子は合点がいったような顔をする。確かに彦星と同じ牢におり、同じ罪状で、同じように釈放されたとなれば、信頼性は極めて高い。人数は数十人規模と聞いているので……直接的に関わったのは数名だが……働き手にはほぼ、不自由する事は無いだろう。
「それから、エイビル達を迎え入れる施設の準備、更にはここら一帯の開拓の申請だな。許可が下りるのは確定だろうが、資材が無けりゃ開拓も無理だ。って事で、とりあえずは今日泊まる家の準備だな」
「……潮風が吹き付けない位置で、街道に近い場所でお願いします」
というわけで、大体の場所を決める。そこに万年筆で大きく枠組みを書き、その中に“家”と書けば、即席ハウスの出来上がりだ。
「……なんですか、コレ」
「家だな」
最初に出来た家は、なんというか……某ギャグ漫画に出て来そうな、五歳児の住んでいそうな、ローンが三五年残ってそうな家だった。
「色んな所から誹謗中傷受けそうなので、もう少しレトロな感じにして下さい」
「はぁ?めんどくせぇよ」
「お願いします」
「……へいへい」
家を“壊”し、もう一度枠組みを書く。今度はもっとレトロな家を想像して、文字を書いた。
「……なんでこんな事になるんですか」
「知らね」
そして出来上がったのは難民が救済されそうな、ウサギがトレードマークの喫茶店だった。これは僕でも分かる、取り壊そう。
三度目の正直とばかりに建てたのは、これまた方々からお叱りを受けそうなキノコ屋根の家。これもダメだと取り壊し、幾度目かの建て替えの後。
「これなら大丈夫だろ」
「…まぁ、普通ですね」
街道沿いにポツンと建てられた、死の泉を一望できるコテージだ。木造の、夏は涼しく冬は暖かいを叶えるコテージだ。
「明日から確実に忙しくなる。もう日も落ち始めてるから、早く晩飯にしよう」
「そうですね。キッチンはどこでしょう?」
その言葉に、彦星は明後日の方を見る。そして何を思ったか、万年筆で“窯”と書いた。
「…まさか」
「内装は無いそうですってな。いやホントまじでごめん」
外観だけ立派な『ハリボテコテージ』は寝泊まるだけの仮拠点となり、その日の晩飯は文字どおりの外食となった。
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「……ふぅ、こんなものか」
ジュゴスより徒歩で十分ほどの地点。
都市レオンよりはヒュドロコオスに近い方で、そこら一帯は爽やかな草原が広がっている。魔物も、殆どゴブリンしか出ない様な場所で、主に薬草や毒草が群生している場所でもあった。
バックパックの様な背負袋を担ぎ、のんびりと都市までの道程を歩く。そろそろ門兵に顔を覚え始められるほどに通った壁門を抜け、まっすぐギルドへ。
「あ、エイビルさん。今日も早いですね」
「まぁね。体力もないから、毎日ヘトヘトだけど」
三ヶ月もすれば、流石に顔は覚えてもらえた。毎日のように日銭を稼ぎ、宿舎を出て借家に住む生活を送り、独り身にはなったがそれなりに楽しい人生を送っている。昨日も、今日も、明日も明後日も……変わらない日々を過ごすとそう、思っていたんだ今この瞬間までは。
「…貴方がエイビル、で間違い無いのか?」
日銭を稼ぎ終わり、安いツマミと酒で一杯やろうと思っていたのに、借家の前で茶色の鎧を身につけた二人の憲兵に呼び止められた。
「えぇ、私がエイビルです。どういったご用件でしょうか」
「一緒に来てもらおう。拒否権はない」
途端に、タウロスでの日々を思い出す。またあの時に逆戻りなのかと。だが、それもまたいいのかもしれないと……自然に、両手を差し出した。
「…すまない、その手はなんだ」
「また何か罪を犯したのでしょう?ですから貴方たち憲兵がここまで……」
少し驚いた様な顔を見せ、憲兵はふと自分の言った言葉を思い出す。
「……少し言い方がぞんざいだったな。国王令により、貴方達を連れて行かねばならん。一緒に来るものがいるならば、連れてきても構わん」
その真意がわからず、エイビルは首を傾げたまま馬車の荷台に乗せられる。すると、ほんの三ヶ月前に別れを惜しんだ面々が、気まずそうな表情を浮かべていたのだ。
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「おっすエイビル、久々」
「……ダンナぁ」
「うぇ!?なんで泣いてんの!?」
とっさに僕は、連れて来た憲兵に問題があるのかと睨んだが、必死で首を横に振るのだから、見当違いなのだろう。
「フィリアが!他の野郎とっ!」
「まて落ち着け、まずフィリアって誰だ」
訳を聞こうとする…が、それは止められた。馬車の中で延々と聞かされたのだろう。
ともかく、どうして連れて来られたのか把握していない彼らに、説明をしてやらないとな。
「あー、ごほん。今回呼んだのは他でもない……という、堅苦しい挨拶は抜きにして」
くるりと後ろの泉を指差して言う。
「ぶっちゃけた話、あの泉から僕たちが捕まった原因の元が取れる。んで、それはタウロスの連中が使ってる物とは違う物なんだけど……それを世界に広めようって話だ」
ザワリと、動揺の声が上がった。まぁ、いきなりそんな話を聞かされれば疑ったり驚いたりするのは当然だし、よくある「知ったものには死を」なんてのも常識な異世界ではほとんど強制に近い。
「知ったからと言ってどうこうするとは言わない。口外しない条件でこのまま帰っても僕は構わないし、誰も残らないってんなら、僕一人でもやる気の私事だ。それをふまえた上で、頼む。手伝ってくれないか?」
聞く者によってはあつかましい事この上ない。半ば強制的に連れて来られただろう彼らだが、それも承知で僕は頭を下げた。
国が計画を立てた以上、それ相応の威厳と強制力は見せる必要があったし、憲兵を使っている以上、連行出来ないという事実を作る事は都市の治安維持にも関わる。
「………なぁ、ヒコボシのダンナ。ここで手伝って俺たちに得はあるのか?」
「ある。これは国からの依頼だから、給金が出るし、住んでいる都市では長期出張扱いになる。午後には家を建てる角材と食料が届くから衣食住の心配はないし、この国家計画が成功すればうまい飯が食える」
淡々と、だが目に見えるメリットを述べる。副産物はそれ以外にもあるが、とりあえずは目先の利益が無ければやる気も続かない。
「……はぁ。ま、ダンナが頭下げてるから俺は別にいいけど。それであのクソッタレの国王に良いように使われるってのが気にくわない奴もいるだろうな」
本当ならその場で斬首されるんだろうが、シンバ国王はその辺はよく分かって事前に厳戒令を出しているのだろう。憲兵は嫌な顔をするだけで何も言わなかった。
「だから一つ俺たちから提案だ。一人につき何でも一つだけ、願いを叶えるってのはどうだ?」
「…僕にその権限は無い。無いけど……後で必ず言っておく」
そうして、ひとまずは人材の確保に成功したのだった。
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「で、ダンナ。さっきは何も考えずに気にしちゃいなかったんだけどよ」
「んん?」
「あの家、どうやって建てたんだ?」
「そりゃあ、僕の魔法でパパッと」
着々と進む開拓作業を手伝いながら、僕は自分の三倍はある角材を軽々と持ち上げた。
「………やっぱりダンナは規格外だよ」
「んな事ねぇよ、十分規格サイズだっての。あのコテージだって、一日一回は魔力を注がないと溶けて消えるんだぜ?」
「その魔力を注いでるの、私だけなんですけどね。ほらほら、野郎どもは口より手を動かす!」
「おっかねぇなぁ小子は」
せっかちな小子に押されて、僕は大人しく家の骨組みを組み立てていく。コテージのように魔法を使えば一発なのだが、結局それは魔力で固めているため、初級魔法で組んだ土壁など物理的に『残る』ならともかく、そうで無い限りは定期的な魔力供給が必要になる。一戸作っただけで多大な魔力を消費、維持にもバカみたいに必要とならば、コストを考えて建造した方が現実的だ。
「よいせっと、あぁ…腰が痛え……」
「お?なんだよダンナ、魔法以外はポンコツか?」
「なんだと?よっしゃ漢の本気見せちゃるわい!どっせい『アンロック』全開!」
残像を残して角材を運び、目にも止まらぬ速さで骨組みを組む。魔法で地形変更をしつつ水と火で焼き固め、壁を作った。屋根は潮風を考慮して作り、その他不便の無いよう間取りを取った。そして。
「もうまじむりぽぉ……」
「彦星さぁん?寝てる暇なんか無いですよぉ?」
「彦星さんはね、もう体力が底をついたんですよ。これは小子の献身的介抱が必要ですね」
「寝言は寝て言ってください。そんな戯言を言う元気があるなら十分です」
「えぇ……」
「………………今晩相手しますから」
やったぜ言質獲得ぅ!もう元気百倍アンパンだよ!まぁ、相手って言ってもデュエスなんだけどね。
日も暮れかけ、小子や仲間の奥様ご家族が食料を調理して持って来た。なんの事はない普段の料理ではあったが、屋外で調理したためか少しだけ美味しかったのを覚えている。気分的なものではあると思うが。
「……あっ…と小子さん?何してんですか?」
その日のうちに終わらせたかった作業も済み、シンバ国王の粋な計らいで簡単な家具も届けられたのでハリボテコテージが立派なコテージに変わった今日この日。
「………相手をするって、約束しましたから」
自室で疲れを癒しつつ、のんびりとデュエスの準備をしようとしたその時。ノックと共に恥ずかしげに顔を覗かせる小子は。
「……相手って…まじかよ」
白い肌着のみの格好で、どうやら風呂上がりらしく、ほのかに髪が濡れていた。耳まで赤いのは、湯上りなのかそれとも。
ゆっくりと部屋に入り、目線を交わさず小子は扉を閉めた。
「……………あの、彦星…さん」
「うん」
「……………どう、ですかね」
「うん」
「……………変じゃ、無いですか?」
「全然」
こういう時は片方はどっしりと構えて待つものだと何かで読んだ気がするし何より目のやり場に困るというか反応に困るというかそもそもどうして今までそんな展開にならなかったのか不思議だしなんで今こんな展開になっているのか僕が一番聞きたいしいやいや今までもこんな展開にはなったけどお約束の様に邪魔が入ったからきっと今回もエイビルが酒樽でも転がしてやってくるのがお約束と言いますかもうこの手の流れには呑まれませんよ天下の優川彦星あっ違う星川優彦はそんな手には乗らないのだ。
「…………今日は皆さん疲れてますから、邪魔も入らないですよ」
「あぁぁぁぁぁぁぁ小子ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ひっぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
理性の堤防が決壊しました。
父さん母さん。僕、星川優彦は魔法使いになったけど童貞三十年にはなりませんでした。今夜、卒業します。
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「おうダンナ。今日はずいぶんと落ち着いてんじゃねぇか?」
「あぁ……人は何故産まれ、何処へ行くのか…その答えにたどり着けそうな程に感覚を研ぎ澄ませていたからな」
「ははは、なんだそれ」
ちなみに、小子はコテージのベッドでお留守番をしている。昨晩はどうも激し過ぎたらしく、起こしても起きなかったためだ。昼頃には出てくるんじゃ無いだろうか?
「さて、と。住処は出来たし食料も足りている。今日から本格的に作業に取り掛かるぞ!」
おぉっ!と掛け声を合わせ、送られた大鍋に泉の水を組み入れた。
組み入れ作業は転移装置と呼ばれる物を使用している。青い結晶体を泉の底に沈め、もう片方の青い結晶体から水を出す装置だ。送信と受信は一方通行の様で、受信側は受け入れる水の量を調節する蛇口がくっついている。送れる物も小さくて軽いものしか運べないため、都市部の水の組み入れにはほぼ備え付けられているそうだ。
「んで、鍋を火にかけてひたすら沸騰ささる。白い粉が出てきてもひたすら沸騰させて水分を飛ばす。ある程度とろみが出たら鍋の中身をこして平たい鉄板で焼く。固まらない様に混ぜながら焼ききれば、欲しがってる物が出来るって寸法だ」
そうは言っても中々想像出来ないのか、大半は首を傾げている。逆に料理をよくする奥様方の方が、理解度が高い様にも見えた。
「ま、やってみるのが一番早いかな」
時間短縮の為に少しお手本と荒技を使う。万年筆で炎と書き、少量の水を加熱。速攻で塩化し始めた水をろ過して水分と分離。炒飯よろしくフライパンで焼けば、小指の爪先ほどの塩が完成した。
「これを大量生産するんだ。誰か試しに舐めてみるか?」
「いや、流石にその勇気は無いぜダンナ……」
「そりゃそうか。まぁとにかく、作るのはこの白い粉だ。道具はどんどん運ばれてくるから早く作業に取り掛かろうぜ」
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それから時間が経つのはほとんど一瞬の様だった。何度日没と日の出を繰り返したかはもう数えてないが、着々と塩は集まっている。そして、貯めた塩が十キロを超えた時点で、シンバ国王に見せびらか………報告に向かった。
「どうよ、これが一番最初の納品だ。大切に使ってくれよな!」
「いや、これは研究資料として頂こう。生産の技術と速度は順調かね?」
「モチのロンよ。慣れ始めてスムーズに作業は進んでるし、最初の雇用条件を除けば最初みたいなギクシャクした雰囲気も無くなった。泉の精霊にはまだ会ってないから何とも言えないが、邪魔するってんなら僕がどうにかする」
「そうか。では、今後成果が見込まれるのであれば、彼等の待遇を向上させよう。その時に望みも聞かねば……その為には、研究結果で元老院に認めさせねばならんがな」
「大丈夫だろ。利益しか無いし」
それもそうか、と王室に納得の空気が流れた。シンバ国王はそこで一度話を切り、雑談の態勢に入る。緊張感がすっぽ抜けた感じだ。
「……ところでヒコボシ殿、どうも奥方との距離が縮まったような気がするのだが?」
「あ、うん、まぁね」
「…その、私と彦星さんとで……その…」
あの夜をふと思い出し、僕と小子は顔を背ける。するとニヤついた笑みを浮かべ、シンバ国王は掘り下げようとして来た。
「ほうほう、ついに迎えたか。しかし相性が悪いと無駄に時間を浪費するだけらしいが、実際はどうだったのだ?」
くっそシンバ国王め、完全に楽しんでやがるっ!思春期真っ盛りの中坊かよ!まさかコレが原因で愚王とか呼ばれてんじゃ無いだろうな!
「…………とても暖かくて、優しくて、ずっと繋がっていたい気分でした」
「それは、それは……良い相手を見つけたな、ヒコボシ殿」
「うっせぇ黙れよこんちくしょう。小子も生々しく語んな!行くぞ!」
顔から火が出る思いをしつつ、同じく悦に入る小子を引きずって王室を退室した。
ご愛読ありがとうございます。
反省はしている、後悔はしていない。
やりすぎると運営様に消されるからね、人気無いけどね、末長く爆発しろ。




