#23 閑話というかオマケ
武闘試合のオマケです。
今のところ明かせる情報をくっちゃべるだけですね。
武闘試合後、彦星がレオンに帰る直前の話。
「えっ、ユーカワさんもう帰るんですか?」
「あぁ、単純に疲れたからってのもあるけど……僕の拠点はレオンだからな」
「……そう、ですか…」
荷造りをしながら、呼び止められた僕はナオちゃんにそう言った。
「じゃあ、ユーカワさんはレオンから動かないんですね?」
「ん、まぁ……そうなるかな?拠点はレオン固定で、色々回って依頼をこなす感じで」
「わかりました。では、私もそろそろ行きますね」
ナオは彦星を見送り、数日後には研修を終えて魔法学校へと戻る。
「おはよ、ナオちん。研修どうだった?武闘試合の会場だったんでしょう?」
「あ、おはようメアリー。すっごく忙しかったよ」
「イケメン先生とかいた?こっちはもう全員、顔面偏差値低すぎって感じ」
翌日、教室で友達と話す事と言えばもっぱら研修の事だ。理想と現実を直視して、治療師になるのかを考え直したり、決意を新たにしたり……学校側の狙いはそこにあるのだろうけど、当の生徒達の認識は薄く、研修後の話題の中心は、学生にありがちな恋の話になる。
「イケメンはいなかったよ。皆、おじいちゃんだったし」
「わかるわぁ……いい先生なんだけどね。ま、それで私は悟ったワケよ」
「何を?」
「実際、患者の方がイケメン率高かった。だからね、狙いの患者を治療しながら落とす事にした」
「あぁ…………」
そう言われて、ふとユーカワさんの事を思い出してみる。触れられそうで、すごく遠い人。弱くて、ちっぽけで、誰かと一緒にいないと潰れてしまう人。その隣に自分がいてあげたかったけど、そこにはもう誰かがいて。
「んふふふ…ナオちん、恋する乙女の顔ですなぁ」
「…ふぇ!?」
「ナオちんは可愛いから、すぐにでも勝てるよ。頑張ってね」
「いや、違うし!恋とかそんなんじゃないし!勝つって何を言ってんですか!?」
「あはははっ!わかりやすいなぁ。ほら先生来たから静かにね」
「んむっ……ぐぬぅ…!」
その日の授業は全然頭に入らず、ナオは自分の気持ちを確かめるために、彦星ともう一度会う決意を固めだのだった。
▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎
ガタゴトと揺れる馬車は、何日もかけて各都市をぐるりと一周する事になっている。もうタウロス、レオンは回り終わって、人数も少し減った。
「……イマイチ実感が無いな」
「みんな、そんなもんだよ」
ずっと着けていたチョーカーが無くなり、嬉しいはずなのに物足りない気がして、首元をそっとなでる。一番長く着けていた者は、そこだけ色白く残っていて違和感があった。
「本当、ダンナには世話になったよな」
「あぁ、見ず知らずの俺たちを助けるなんて……物好きだよ」
揺れが収まり、馬車のホロが開けられる。次の都市のジュゴスに着いたのだろう。
「じゃあな、お前ら。次に会うときは嫁自慢でも聞かせてやんよ」
「いらねぇよ。はよ行けや」
他の全員に見送られ、エイビルは一人ジュゴスの門をくぐった。
「おぉ、こりゃあ……何年も見ないうちにすっかり変わっちまってんなぁ…」
行き交う人々、昔より綺麗になった街並み、進んだ魔法技術。所々、見慣れない公共魔法具が設置され、エイビルは時間に取り残されたような感覚を覚える。
途端に、不安を感じたエイビルの足は、迷わず自分の家に向いた。街並みは変わっても、道はそう変わらない。所々立ち止まったりしながらも、変わらない自分の家を見つけられた。
「…あぁ、よかった。帰ってきたんだ……」
帰ろうと、足を止めたエイビルの視界に、自分が世界一美人だと思う人物が映り込む。何年たっても変わらない、自分の嫁の、フィリアの顔だ。思わずほくそ笑み、脅かしてやろうと隙を窺っていると。
「………………」
…その笑顔は、もう自分に向けられなかった。エイビルが立つべき場所に、他の誰かがいる。本当なら怒り狂い、並んで歩く男の顔を殴り飛ばすはずなのに。
エイビルの胸には、すとんと、何か腑に落ちる物があった。
「……そう、か。まぁ、そうだよなぁ…」
全身を包んでいた何かから解放され、エイビルの肩は軽くなる。同時に、安堵感が心を満たす。ほぅ、と息を吐き、幸せそうに笑うフィリアから目をそらすと、エイビルは迷い無くギルドホールに向かった。
「……お前が、幸せなら…それでいい」
帰る場所が無いのだから、自分で確保しなければならない。その為に、まずは依頼を受け、その金で宿を借りる。幸い、エイビルは引退したとはいえ元冒険者だ。体力や筋力は落ちたが物を見る目利きは健在で、薬草と毒草の違いはわかるのだ。
「……………ごめんな」
その一言は、今は誰の耳にも届かない。
▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎
現貴族〈ディートリッヒ・オットー・ヴェン〉通称、オットー。両親はすでに他界し、跡取りは無し。妻はいるが子宝に恵まれていない。家名を維持するための収入は商いで得ており……そして、オットーは実に運の無い男だった。
つい先日まで、オットーは一人の市民であり、その名すら奪われていたのだ。
「……あの野郎…マジで息の根を止めてやろうかっ」
ここ数年の記憶が無く、途切れる前後の記憶は執務室でとある男との面会を最後に、教会の懺悔室が新しい記憶として頭に残っていた。
「ねぇ、オットー……あまり根を詰めない方が…」
「わかっているとも、クラリッサ。もう終わるから、先におやすみ」
最愛の妻を寝室に向かわせ、自分は執務机に向かった。あの野郎と罵った、ヘルフリード……それすらも偽名だったエセ貴族は、オットーが貯めた貯蓄で遊び呆け、本業をおろそかにしていた。お得意様や取引先は半分ほど手を引き、収入は激減している。
それでも采配を狂わせず、立ち直せれば……新しい回復の糸口は、自然と見つかる。
「…書類も全然やってない、無駄に金銭を浪費しただけ、ベテランの家政婦は知らない間に解雇されている………むちゃくちゃだ、こんなのっ!」
頭を抱えながら、オットーは寝る間を惜しんで処理を行う。何一つ進んでいない事が、下手にいじられるよりはマシだと思う事にした。
「あー……これは、もう無理。こっちは今なら出来そうだな…何だこれ、パルテノスに対する多額の投資…いらないっ!」
時間が経ちすぎて、流れた仕事。逆に今の貴族勢力図ならできる仕事。ヘルフリードが使い込んでいた金銭の回収。後回しにしても問題の無い仕事。
どんどん仕分けをし、一つ一つ消化していく。気がついた頃には、朝日は昇って一睡もしていなかった事になる。
「………オットー…」
「あぁ、クラリッサ。おはよう…よく眠れたかい?」
「……あなた、まさか一睡もしていないのではなくて?」
「…そんなこと無いさ。君の寝ている間に眠って、起きる前に起きただけだよ」
そう言いながらも、オットーの手は止まらない。羽ペンにインクを付けて、執務をこなし続けた。
「…よくわかりました、オットー。ちょっとこちらに来て下さる?」
「悪いけど、今は手が離せないんだ」
「来なさい、オットー」
殺気のこもった声で言われ、オットーは反射的に動きを止めた。渋々といった感じで、クラリッサの後ろを歩く。
自分の家なのに、今から処刑されそうな気分になりつつも、連れられたのは他でも無い寝室だった。
「…クラリッサ、これは一体どういう……」
全部を言うより早く、オットーは腕を引かれてベッドに放り出される。受け身を取った直後、無言のクラリッサに四肢を押さえつけられた。
「……本当は、こういうのは殿方が行うべきなのでしょうけど」
「クラリッサ?」
意を固めたような顔をすると、クラリッサは寝巻き……薄いレース状のネグリジェを脱ぎ始めた。
「……ちょっと待ってくれ。やろうとしていること、その意図もわかった。でもね、今は気分じゃないんだよ。やらなきゃならない事が山積みで、時間が惜しい。全部が終わったら、すぐにでも相手を……」
「ねぇ、オットー」
体はしっかり反応しつつも逃げる理由を並べ立てるオットーの口に、クラリッサは自分の細い人差し指を立てた。
「今は私たち二人だけだよ?崩しても、いいんじゃ無い?貴族らしい言い回しだと、伝わらないと思うよ?」
彼らが言葉を崩すのは、愚痴を言い合う時だ。互いを理解し、本音を言うのは、幼い頃からの約束でもある。
「………俺が間抜けなばっかりに、色んな奴に迷惑をかけた」
「間が悪かっただけよ」
「おまけに、自分がどんな風に過ごしてきたか覚えてないときた。無責任すぎる」
「それを取り戻そうとしているでしょう?十分よ」
「………何より、ヘルフリードにクラリッサを一瞬でも取られたのが一番嫌だ」
「………」
ひゅ、と息を飲むと、クラリッサは耳まで真っ赤に染めた。その隙をついて体を抱え、ぐるりと反転する。押さえつけられていたのが、押さえつける側になった。
状況の理解に追いついていないのか、萎縮して声は上ずっている。
「あ、あのー…さっき乗り気じゃ無いみたいな発言をしてませんでした?」
「気が変わった。それに、ここまで襲っておいて、何も無いんじゃあ……ちょっと無責任だろ?」
「いや、あの、それは…ほら、執務が大変で息抜きが必要だと思ったからであって、むしろ私的には元気にしてくれていればそれでいいわけで……」
「なぁ、クラリッサ」
恥ずかしくなって逃げる理由を並べ立てるクラリッサの口に、オットーは自分の人差し指を立てた。
「世界で一番、君を愛してる」
二人はそのまま溶け合うように重なり、その後寝室から出てくるのは数時間後になる。
▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎
「あー……燃え尽きたわ」
「知らないですよ。仕事してください。どうして私だけが働かされてるんですか。労働基準法にのっとって休みをください」
「うん、小子には感謝してるよ。でもな、僕が外に出ると囲まれるんだ……見知らぬ美女に囲まれるのは悪く無いけど、やっぱり嫌だろ?」
「…ん、まぁ、そうですね……それでもなびきそうに無いのが、彦星さんなんですけど」
ギルド宿舎の一室で、ぐでぇっとダラける彦星は、今日も働かずに怠惰を貪った。
「……こんなにグダグダしてたら、そのうち怠惰の使いが来そうだな」
「怠惰?どうしてですか?どこからそんな言葉が出て来たんです?」
「……は?どこって…いやいや、え?」
まるで意味がわからないように、彦星は驚きの声を上げる。そして、本当に小子が理解していない事に頭を抱えたくなった。
「……エセ貴族が使ってた魔王の力、なんて呼んでたか覚えてるか?」
「たしか、兎の力だったような」
「そうだ。ザンキが猿の力で、他にも数人の力の持ち主がいる」
わかりやすいように説明しようと、紙と羽ペンを取り出す。話しながら書いていき、同時に自分の頭でも整理していった。
「ザンキは六人目だって言われてた。つまり、この時点で最低でも五人の持ち主がいるわけだ」
「そうですね。でも、ここから更に深読みするのは……」
「よく考えてみろ。六人目、と言ったんだ。全部受け渡したなら、そう言うはずだろ?って事は、あと一人は確実に増える」
それに、何十年くらい前だったか忘れたが、力の持ち主が一人潰されている。今回のように、生かさず殺さず捕らえたり、力そのものが意思を持ったりするのは……分け与えている奴にとっても、予想外だろう。
………いや、まて。奴からすればエセ貴族は兎も角、ゲヒャ丸に関しては回収が容易のはずだ。力の大元は回収済みだとしても、一部はこちらの手にあるのだから、すぐにでも取り戻したいはず。それをしないのは……なぜだ?
「……彦星さん?どうしました?」
「…あ?あぁ、悪い。それで……あと一人増えるなら、最低でも七人は持ち主が現れる。ここからは完全に僕の推察なんだが、七人の持ち主…兎、猿と呼ばれた力…その特性……それを考えると、ほら、わかっただろ?」
「すみません、よくわかりません」
おうマジか。やっぱりネタを求める作者と編集者じゃ、分かり合えないこともあるのかな。
残りの力と呼ばれるであろう動物を、僕は紙に書き出した。
「今判明しているのは兎と猿。持ち主が七人で、それぞれ動物の力が与えられるなら……こう、だろうな」
兎、猿、と続けて、虎、狐、牛、猫、蝙蝠を書き足した。
もちろん、動物の種類に関しては他の種類があてがわれる可能性もあるが……大事なのは、その動物を使役する力そのものだ。
「兎から順に『色欲』『憤怒』『暴食』『強欲』『怠惰』『嫉妬』『傲慢』だ。合っている確証も、証拠も無いが…僕は、そう思ってる」
「……やっぱり全然わかりません。でも、そういう事なのだと、そのまま飲み込む事にします」
「それが一番正しいと思うよ、僕は」
そう言って、書き記した紙は丸めて燃やした。誰かに見られたら大騒ぎになりそうだからだ。
……それに、いくつか腑に落ちない部分もある。異世界に持ち込まれた僕たちの世界の知識、発想、力、道具。もしかすると、あの分け与えている奴は僕たちの世界から来た人間かもしれない。あるいは、紙様も……もう少し、情報が必要かもしれない。
「さて、彦星さん」
「ん?」
「彦星さんが憶測だけで話す人でも無い事を私は知っていますし、今の話にはそれなりの根拠があって言っているのも、なんとなくわかります」
「うん、ありがと」
「それで、ですね」
ぴっ、と人差し指を立てて可愛らしい笑みを作り、そのまま表情を崩さずに言った。
「彦星さんはいつ、働くんですか?」
…………あるぇー?おっかしぃなぁー?話題のすり替えには成功したはずなんだが。
「………な、なんの事かなぁ…」
「忘れたんですか?どうして私だけが働いているんですか?彦星さんも働きましょう?ね?」
あ、これは怒ってらっしゃいますわぁ。笑いながら怒ってらっしゃいますわぁ。
ありていに言って、怖い。
「いや、あのね?さっきも言ったけど、やっぱり僕が美女に囲まれるのは嫌だろ?」
「嫌ですけど、働かないよりマシです」
「……ん、でもね、なんかこう…モチベーションが上がらないんすわ」
「知りません」
「やっぱさ、作家ってモチベーション下がるといい物も書けないだろ?僕的には一番大事なんだよな、ウン」
「…………」
ふぅ、と小子は一度表情を解いて息を吐き、再び笑みを作る。同時に、僕は蛇に睨まれたカエルの気分になった。
「働け」
ぞわぞわっと尾骨から突き上げる迫力に冷や汗を垂らしながらも、何としてでも働きたく無い僕は、その言葉を自然と口から出した。
「喜んでやらせていただきますっ!」
大急ぎで準備を済ませ、一目散に部屋を飛び出す。いやもう本当、死んだと思うくらいにバシバシ殺気を飛ばすんだもの。逃げるのが一番だよな?
「私も一緒に行きますよ?何を一人で行こうとしているんですか?行くと見せかけてサボるのは目に見えてますよ?」
「なぜバレてる!?」
「バレないと思ってる方がおかしいんですよ。何年見てきたと思ってるんですか」
そのまま襟首をつままれ、僕は久しぶりに労働する事になった。
▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎
想いを告げる者、絶望に打ちひしがれる者、新たな始まりを始める者。
彼らを襲う世界の終焉はゆっくりと、しかし確実に近づいて来ている。
神の創りし世界に救いをもたらすのは……英雄か、勇者か、その地に住まう人々か。
「いやもう本当、早く元凶叩いてくんね?神様だって気長に待つのは嫌いなんだわ」
「知らないですよ、そんなの。あなたが選んだ選択を信じなさい」
「いやぁ、俺ってば運だけは悪いから。数打たなきゃなぁ……」
その行く末は、神のみぞ……いや、神すら知らない。
ご愛読ありがとうございます。




