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#22 閉幕

二ヶ月お待たせしました!


オチが着かないって大変だね!


「うわぁぁぁぁぁん!!ユーカワさぁぁぁぁぁぁん!」

「ちょ、ナオちゃん!?い、痛てててっ!」

「無事でっ!無事で良かったですうぅぅぅぅっ、ぐすっ」


 治療院に戻った僕に抱きついてきたナオちゃんを引き剥がす。そうしないと、受けた打撲痕とか傷とかが悪化しそうな気もしたからね。


「……彦星さぁん?鼻の下伸びてますよぉ?」

「…伸びてないし。なんで僕が伸ばさなきゃいけないんだよ」

「……ユーカワさん?」


 ふと、ナオが不思議そうな目線を彦星に向ける。なんだか変なものを見るようだ。


「……本当にユーカワさんですか?ちょっと丸くなってません?」

「そうか?なぁ小子、僕って変か?」

「そうですね………………そうですね」

「長考して出た答えが肯定かよ!嫁ならもっと旦那を持ち上げようよ、な?」

「そのあと叩き落とすなら一考の価値ありですよ?」

「ひっでぇ!」

「…………むぅ」


 その場で痴話喧嘩を始める二人を見て、ナオはぷっくりと不機嫌な顔をする。ちょっと…かなり微笑ましいですハイ。


「…とりあえず、治療します。こっちに来てくださいユーカワさん」

「お?おぅ……」

「いいえ、結構です。私が治しますから」

「ん?小子がしてくれるのか?」

「素人が手を出さないでください。ユーカワさんの体は少し特殊なんです」

「そんなこと知ってます。一体何度彦星さんの体に触れてると思ってるんですか?」


 なんだか変な空気になりつつある。こういう空気をなんて言うんだっけな。


「修羅場か?ヒコボシ」

「そう、それだ!ってなんだヴォリスか」

「なんだとはなんだ、心友に向かって」

「………心の友になったぞ。いつからだちくしょう」

「まぁ良いじゃねぇかよ、ヒコボシ。そんな事より良い知らせがあるぜ?」

「そんなこと……」


 ヴォリスは、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべている。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「やっほーヒコボシ君にショウコちゃん、おっひさー」

「えっと…ユーカリさん?なんでここにいるんですか?」

「んん?まぁ良いじゃんそんな事はさぁ」


 ヴォリスに連れられ、案内された治療室で待っていたのはシエン・ユーカリだった。なんだか少しやつれたようで、元気が無い感じだ。


「で、どうしたんですか?ユカさん」

「実はユカちゃん、マキちゃんと一緒にタウロスに行ってきたんだけどね?」

「……」


 少し嫌な顔をした彦星を、ユーカリは見逃さないが……申し訳なさそうな顔をするでもなく、むしろ更にニヤけた顔をする。


「色々事情があってマキちゃんはまだタウロスにいるんだけど、ヒコボシ君。とりあえず、おめでとう」

「なんの話ですかね?」

「ヒコボシ君のあんな事やこんな事を説明して、その間の魔王討伐の功績もあって……無事、ヒコボシ君は自由の身となりましたぁ!ぱちぱちぱち」


 ユーカリさんの拍手に合わせて、後ろで話を聞いていたヴォリスも拍手を送る。しかし、当の本人は首を傾げたままだし、小子はなんの話か理解していないようで。


「…あれ?ヒコボシ君?」

「……あぁ、すいません」

「うんうん、わかるよ。突然すぎて実感がわかないんだよね?ユカちゃんも淡い一夏の思い出に……」

「あ、そういうの結構なんで。それと、実感がわかないとかそういうのじゃなくて、ですね……」

「ん?」


 ……せっかく、マキさんとユーカリさんが頑張ってくれて申し訳ないのだが、武闘試合の優勝を条件に、僕はタウロスと『なんでも言う事を一つ聞きます』契約を結んでいる。で、僕はその武闘試合に優勝したわけで……つまり、ユーカリさんの話は今更かよって事だ。


「あの、ユカさん。彦星さんはタウロスと個人契約で解放される事になってるんです」

「おい小子!?それは言うなって……というか、僕そんな話を小子にしたか?」

「変態貴族から聞きました」


 あの野郎、余計な事を……後でシメちゃる。あ、今地下牢だっけ?じゃあここから『ぷぎゃー』の念を送っておこう。


「えっ、うそ、そうなの?じゃあユカちゃんとマキちゃんの努力は?」

「はい、骨折り損のくたびれもうけですね」


 一気に肩の力が抜けたユーカリさんは、そのまま床に卒倒した。ついでに気を失い、そのまましばらく目覚める事はない。


「…そもそも彦星さんを心配するのがおかしいんです。こっちが無駄に労力を使うと何もしないくせに、放置すればしれっと仕事をするんです。心配するだけ無駄ってやつですよ本当に……」

「それを本人の前で聞こえるように愚痴る小子まじぱねぇ」


 エセ貴族から解放された小子は、毒を吐くようになっていました、と。恐ろしい子。

 とまぁ、そんな茶番もこの辺までにするとして、本来の目的である治療を開始する。もちろん、治療を施すのは……


「「私です」」

「まだ決着ついてなかったの?」

「いえ、そうではなく……」

「私が彦星さんの上半身を、ナオさんが下半身を治療するという事で、折り合いをつけました」

「なんでそんな面倒な方向に!?しかも上下で分けるってどうなの!?普通は左右じゃね?」

「それだと、体の魔力の流れに誤差が生じます。ユーカワさんの体がパックリ割れてしまいますよ?過度な薬は毒にもなりかねませんからね」


 流石現役医学生、説得力が違いますな。

 ……じゃ、ねぇ!やっぱおかしい!しかもそれやっちゃうと、どうしても薄い本が厚くなる!


「あ、いや、それならもう自分で治すから。大丈夫だから。お二方のお手を煩わせられないから」

「いえいえ、そう遠慮なさらず」

「そうです、彦星さんは黙って私たちに体を預ければいいんです」

「いやいや、本当に大丈夫だから!そういうのは心だけでいいから!ほら、それに二名ほど見てる人もいるから!」


 そのうち一人は意識が無いが、残る一人(ヴォリス)を指差して言う。その意図を汲むように、ヴォリスはため息を吐いた。


「じゃ、頑張れよヒコボシ」

「いやいやいや!なんで部屋を出ようとしてんの!?邪魔とかそんなんじゃ無いからな!?」

「まぁまて、落ち着けヒコボシ。ちょっと目を閉じて深呼吸してみろ」


 言われた通り、目を閉じて深呼吸をする。そうすると、心拍数は落ち着いて頭は冷静を取り戻し、同時に扉の開閉する音が聞こえた。目を開ければ、ヴォリスはそこにいない。


「ヴォリスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッッッッッ!!!!」

「さぁ、邪魔者はいなくなりましたよ?」

「やめてっ!言い方が狙ってる!」

「大人しくしてください、手元が狂ってしまいます」

「あっ、ちょ、そんなトコ触らないで、ひゃん!」


 細くて華奢な美少女達の指が、彦星のあんなトコロやこんなトコロを撫で回し………


「アッーーーーーー!」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 しばらく、後。

 そろそろ頃合いかと思い、ついでにもう一人の客を連れてヴォリスが治療室の一室を訪れると。


「……こ、こりゃあひでぇ」


 気絶したユーカリはともかく、小子とナオは肌がテカり、彦星に至っては絞られたようにげんなりとしている。


「うっ、うぅ……全身犯された…もうオムコにいけない…」

「……なんか、悪かったヒコボシ。すげぇ激しかったんだな」

「…ヴォリス……まじゆるすまじ」

「まぁ俺が怒鳴られるのは後にして、ヒコボシ。お客だ」

「どこの誰だ。この悲しみを癒せるのはちっちゃかわいい小動物くらいだぞ」

「ちっちゃかわいくないし、しょうどうぶつでもないけど、ちょっといいか?」


 そう彦星に声をかけたのは、馴染みのある話し方をする声だった。


「……リンか」

「からだはどう?」

「すこぶる快調だよ。精神的には死にかけてるし、タンパク質も足りてないけどな」


 ほとんど自虐的に言ったつもりだったが、リンはそれを聞いて顔をしかめる。


「……じゃああさって…いや、しあさってにもういちどくる。それまでに、からだとこころをばんぜんにしておいて。たぶん、それがげんかいだから」

「え?あ、おぅ……」


 それだけ言うと、リンは治療室を後にする。ヴォリスも「…まじで悪かった。ゆっくり休めよ」と言って、ユーカリさんを小脇に抱えつつ退室する。


「…なんだか変な事になりましたね、ナオちゃん」

「…そうですね。私たち別に、普通の事しただけなんですけどね、ショウコちゃん」

「なんで仲良くなってんの?さっきまで敵対して無かった?」

「昨日の敵は今日の友です、彦星さん」


 今日の敵が今日の友になっているんですがそれは。まぁそれについては何も言わないとして。


「ではユーカワさん、私もこれで」

「お?おう?もう治療は全部終わったのか?」

「ええ、身体的治療は」

「……?」

「ユーカワさん、気付いているかはわかりませんが、ユーカワさんの精神もズタボロです。そうやって自我を保っていられるのが不思議なほどに」


 驚き、思わず小子の顔色を伺う。どうやら本当の事らしく、小子は苦笑いを浮かべた。


「…そういうわけで、ユーカワさんはゆっくり休んでくださいね。勇者様のおっしゃった三日という日数を、有効に使ってください」

「…アッハイ」


 ………と、いうわけで。それから三日は完全に寝たきり生活となる。小子にベッドへと寝かせられ、食事から何まで全部してもらい……まぁ、介護だな。まだジジイじゃねぇぞ、僕は。

 一日目。


「はいはい、おじいちゃんご飯ですよー」

「おじいちゃんじゃねっての!あとこのロープ解け!それと万年筆と刀返して!」

「ダメです。一秒もじっとしない彦星さんは、こうしないとダメなんです」


 まず僕がされたのは、ロープでベッドに縛られた事だ。いやまぁ、食事は小子が食べさせてくれるし、トイレ等の排泄行為は小子が同行する。ただし、首元にロープを引っ掛けて。この辺は作家時代の締切直前で経験済みだったので抵抗は無かった。

 二日目。


「……順調ですね。ショウコちゃん、このままお願いします」

「任せて、ナオちゃん」

「任せないで欲しかったと思う、今日このごろ。みつを」

「バカな事言ってないで寝て下さい、彦星さん」


 相変わらずベッドに縛られたまま、今日はナオちゃんのメディカルチェックを受けた。と言っても、見るのは僕の魔力の流れだそうで、精神が完璧に安定していると体を巡る魔力は心臓の鼓動と同じ速度で流れ、逆に不安定だと不規則な流れ方をするらしい。

 三日目。


「今日で最終日だなヒコボシ。気分はどうだ?」

「……今にも死にそうだ」


 見舞いに来たヴォリスに対し、そう答える。もちろん、精神は順調に回復へと進み、体力も万全以上だ。それなのに、死にそうだと言うのは。


「ま、そうだろうな。ヒコボシが丸三日も起きてて、部屋から出ちゃいけねぇなんて暇すぎるわな」

「わかってんじゃねぇかよ」

「……そんな心友に、俺からプレゼントだ」

「えっ……いらないです」

「なんっでだよ!」

「野郎からもらうプレゼントとか気持ち悪いだろ。誰得だ」

「そんなんじゃねぇ!俺だって気持ち悪いわ!プレゼントってのは……コレよ」


 どこから取り出したのか、ヴォリスは四角い卓を出す。そこには、見た事のあるような碁盤の目が彫られている。


「さぁ、始めようぜ?力で勝てない俺は、頭で勝つ事にした!」

「……ふっ、コテンパンにしてやんよ。ルール知らんけどな!」


 上半身のロープをヴォリスに解いてもらい、ルール説明を受けた。ぶっちゃけ、チェスだ。ただし、取った駒のうちポーンのみ自軍の兵士として扱える。不思議な事に、取ったポーンは自分の軍に加えると、色を変えた。


「なんで勝てねぇ!」

「ヴォリスが脳筋なんだよ。ほれ、チェックメイト」

「んがぁ!また負けたっ!こうなったら……」


 ヴォリスが、卓の横に付いている小さいボタンをカチリと押す。幾つかの種類があるようだ。


「ハハハハ!これぞ、このゲームの真骨頂!プレイヤーの声に反応して動き、駒そのものに感情を持たせた国取り合戦!勝負だっ!」

「……悲しいな、ヴォリスは」

「そう言っていられるのも、今のうちだっ!」


 最初は、余裕で勝てると踏んでいたのだが、これが難しい。駒に感情が現れたせいで、性格が現れたのだ。とあるポーンを動かそうとすると、通常より一手分大きく出る勇敢なポーンもいれば、全く敵を倒せない、臆病なナイトがいたりと……実に僕向きのゲームだった。


「なんで!?さっきまで木偶の坊だったナイトが前線で暴れてんの!?」

「バカめ、そいつは陽動だ」

「お、おい!クイーンはそんな動き方しねぇだろ!」

「おてんばなんだよ、うちのクイーンは」

「ビショップてめぇ!なんで敵のビショップと見つめ合ってんだ!」

「ハハ、そいつらは悲恋男色だからな。仕方ないね」


 うん、ごめん。超楽しい。ゲームをリセットする毎に、性格は変化する。それによって、戦略は毎度毎度変わるのだ。

 そうして、ヴォリスとの楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 約束の日。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「……遅いっ!」

「きっと事情があるんですよ」

「もうあと二時間で日付変わるんじゃないかな?僕ら以外の異世界人は寝静まってますぜ?」

「……きっと事情があるんですよ」


 ヴォリスと有意義な卓上ゲームをした翌日。日が昇り、いつもの格好に戻って病室でリンを待つこと丸一日…待ち人来ず。

 おかげで彦星はベッドへ横になり、小子は同じくベッドに腰掛け女神の書を熟読している。


「それにしても、アレですね。前は二徹三徹余裕だったのに、今はもう眠くて仕方ありません。ふぁ…」

「多分それが、一番健康的な生活法だと思うよ」


 小子は眠るまいと背筋を伸ばし、彦星もまた暇を潰せる何かを探している。チェスもどきは日中にしすぎて飽きたし、リンが来たら起こせと言って昼寝をしたので眠くもない。

 なので自然と彦星の目線は、背筋を伸ばすと同時に胸を張る小子へと移る。


「………」

「……なんですか?」

「…最近の小子ってさ……でかくなったか?」

「えっ……」


 とっさに嬉しそうな表情を浮かべる小子だが、彦星の目線が頭上ではなく胸部に向けられているため目から光を消した。


「…また…栄養が胸に……」

「いや、見間違いかもしれない。小子のアンダーが大体六十だから、もしかしたらそっちが増えたのかもな」

「……あれ?」

「なんなら、揉んで測ってやろうか?ミリ単位はわからんが、センチで変わってたら分かるぞ、僕は」

「……んん?」

「とりあえず、揉んでからにしよう。GカップがFに下がってるかもな」

「……あ、はい…んん?」


 何か考えながらでも、小子は彦星の手つきを跳ね除けない。彦星も、羞恥心など忘れて好奇心の向くままにサイズを測る。


「……八十六…いや、七か?」

「…んっ」

「やっぱりデカくなってるな……食生活の問題か?脂肪を摂りすぎたかな」

「……ぁ…っ」

「……なんだ?ちょっと大きく…」

「………っ!」

「八十七……八十八…八十九…っ!?」


 そこで、彦星の羞恥心(スカウター)は爆発した。今まで気にもしていなかった小子に惚れ、数日前には大胆な告白までした。その相手に、今まで通りの心持ちで対応出来るはずもない。


「………っ」

「…………おい、小子……まさか」

「……あ、の…彦星…さん」


 頬を染め、息を荒立てる小子から……彦星は目を逸らした。


「……悪かった、小子。サイズはまぁ…ちょい大きくなってたよ」

「………っ…こっちを見て下さい」

「…小子?何してんだ」


 いたたまれなくなって、目を逸らすと同時に手も離してしまっている。その彦星の手を、小子はもう一度自分の胸に当てがった。


「……今なら、その…良いですよ」

「……………っ…反則だろっ…」


 誘惑に負け、彦星は小子の胸を後ろから揉みしだく。柔らかなソレは、たとえ脂肪の塊だと知っていてもマシュマロの様な感覚に見舞われる。


「……ぁっ」

「…やべぇ……すっげぇ柔らかい」

「ぁ、ちょ……そこは…っ」

「なんだよ、誘っておいて拒絶か?」

「そんな…っ……こと…」


 目の前で、ふわりと揺れる髪に顔を埋め、深く深呼吸する。嗅ぎ慣れたはずの小子が、鼻腔をくすぐり肺を満たし脳をドーパミンで溢れさせる。


「…小子、シャンプー変えた?」

「………マキさんの、です」

「そか、良い匂いしてるよ」

「…っ!」


 彦星の言葉、彦星の呼吸、彦星の体温、彦星の手。その全てに、小子の体は正直な反応を示す。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 下から突き上げる切なさと、その後に訪れる脱力感に襲われ、小子は力なく後ろの彦星にもたれかかった。


「……小子」

「彦星……さん」


 もうろうとした小子を見下ろし、彦星は軽く覚悟を決めた。ゆっくり、その小さな唇に引き寄せられ、以前はソレを勝負に勝つ為に使ってしまったが……今は、本来の意味で使う事になる。互いの呼吸が感じられる距離にまで近づき、あぁ、接触してしまえば僕はもう止まらないだろうなと、そんな予想を立ててみる。

 小子もまた、その後に待ち受ける行為に挑むためにも、そっと目を閉じ、受け入れを表明し………………。


「わるいひこぼし、おくれた」

「「わっひょい!!!!」」


 唐突に開かれた部屋の扉、そこから現れる勇者リン。そして彦星は小子から跳びのき壁に激突、小子は早技の様に乱れた服装を正す。


「……お?とりこみちゅうだった?」

「…いや、大丈夫……何もなかったよ」

「そう?じゃあいいかな。それで、たいちょうはどう?」

「すこぶる元気だ。昼寝もしたから、おめめぱっちり死角なしだぜ」

「じゃあ、いこうか。しょうこおねえちゃんは、ここにいてね」

「あ、はい」


 彦星も装備を整え、リンの後ろをついて行く。行き先は多分、予想が当たっていれば……あそこだろうな。

 部屋を出る瞬間、小子は彦星にふとした疑問を投げかける。


「そういえば、どうして彦星さんは私の体のサイズを知ってたんですか?」

「…………」

「………彦星さん?なんで目線を逸らすんですか?」

「ささ、行こうぜリン。大遅刻なんだろ?」

「お?おう」

「……まさか、測りました?」

「………」

「測ったんですね、そうなんですね、最低ですねっ!」

「その最低に全部委ねようとした小子まじかわいかった」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!」


 思い出し、悶絶する小子を放置して、僕とリンは目的地へと向かった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「で、リン。僕の予想を言ってもいいか?」

「いいよ」

「ぶっちゃけザンキの所だろ?あいつを助ける。違うか?」

「……ひこぼしは、なんでもおみとおしなんだな」


 ピタリと、リンは治療室の前で足を止める。部屋の名札には小さく〈ザンキ・タウロス〉と書かれていた。


「…ひとつ、ちゅういしておくよひこぼし……なにをみても、おどろかないでね」

「お?おう」


 そう、一言注意を置いて。リンは部屋の扉に手をかける。その向こうで、待っていたのは。


『ゲヒャヒャヒャヒャ!勇者の次はテメェか、ヒコボシぃ!』

「……なんだこいつ」

「これが、ざんきをおこせないげんいんだよ」


 今もなお、ザンキはベッドで眠ったまま。だが黒く侵食された左腕は自我を持ち、蛇の様に威嚇している。


『おっと、それ以上俺様に近づくんじゃあねぇぜ?まだ死にたくねぇからな。俺様は腕から進入してこいつの心を引き剥がした。本当なら、そこに俺様が居座る予定だったんだがよお』

「……僕がお前と本体を切り離したから、そこまでの力が出せなかったんだな?」

『そうだぜ。おかげで、この野郎は心を閉ざした木偶人形。俺様はなんとか生きるために、残った力で腕だけを侵食したって所だ。今俺様が離れれば、俺様も死んでこの野郎も心が死ぬって寸法よ。面白えバランスだろ?ゲヒャヒャヒャ!』


 なるほど、そういう事ならリンも手出しは出来ない。耐魔の剣で殺ってしまえば、それと同時にザンキが死ぬ事になる。つまり、最善策はザンキの心を呼び戻して切り離した魔王の断片を消す事か。


「…なら、ちょっと失礼して。“(ストップ)”」

『が!?』


 上機嫌で油断した魔王の断片を止め、動きを封じる。


「心を呼び戻すなら、直接呼びかけた方がいいだろ?リン」

「あ、うん、そうだね。でも、のまれることもあるらしいから、きをつけてね」

『……て、めぇ…ら…』


 ギギギっと無理矢理口を動かし、魔王の断片は彦星を睨みつける。

 そんな断片を無視し、彦星は続けて文字を書き足して行く。


「“心” “(リンク)” “(ゲート)”」


 断片は『心を閉ざした木偶人形』と言った。なら、まだザンキの心は体のどこかに存在する。それを足掛かりに、引き戻そうという事だ。


「お邪魔します」

『…やめ、ろ……』

「お前の意見は聞かないし通らないよ」

『うる、せぇ……俺様()(なか)に、入って、来るんじゃ……ねぇっっ!』


 開かれた(ゲート)へ手を触れると、彦星の意識は途切れる。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「……よし、成功だな」


 ………何が?


「あとはあいつを連れ戻して……」


 ………『あいつ』って?


「どっちにいるんだ?」


 ………そもそも、ここは何処だ?


「……あれ、なんで僕はここに来たんだっけ」


 ………何を探す?何を見つける?何を起こす?何を………


「………………僕は、誰だっけ」


 わからない、わからない、わからない。何も、わからない。暗い、怖い、暑い、寒い、うるさい、聞こえない、何も、感じない。何も、何も………。


「……………………………ぁ」


 ………温かい。手に、何かを感じる。誰かが、僕の手を握っている。すごく、安心する、温かさだ。


「…………そう、だ…僕は『優川彦星』だ。本名、星川優彦。職業は作家、異世界に召喚されるとかいうレア体験中の二九才だ」


 途端に、思考はクリアになる。先程まで宙に浮いていた感覚だったものが地に足をつけ、空気を感じ、音が聞こえる。


「…さて、と。ザンキを連れ戻すか」


 暗闇の彼方に見える光に向かい、彦星は足を動かした。歩く速度が遅いにもかかわらず、光の点はどんどん大きくなっていき……世界が、開けた。


「………!?…わ!?」


 いきなり、彦星は土の上に放り出される。ずしゃり、と独特の音を立てて両肘と顎で三点倒立をした。


「…ってぇ……ここは?」


 起き上がって辺りを見たところ、何処かの施設の中庭らしい。二メートル程の壁で囲まれた施設は、まるで刑務所か監獄だ。


「…四肢は、動く。さっきみたいな迷想もない。魔法も……使えないか」


 やはりここは、ザンキの心の中なのだろう。外との断絶具合を考えれば、呑まれれば戻る事は出来ない。

 魔法が使えない以上、自分の足でザンキを探さなければならない。とりあえず、塀の中にある施設を探索する。


「見事にがらんどうだな。誰もいやしない」


 予想通り、施設の正体は監獄だった。入った事のあるような牢屋に拷問部屋、監修室、処刑室などなどエトセトラ、エトセトラ……見ていて吐気がする。

 自分の足音が響く中、遠くの方で鎖の擦れる音が聞こえる。


「誰かいるのか?」


 音に導かれて、彦星は牢屋の一つを訪れる。そこには、鎖で繋がれた男がいた。髪は白く、ヒゲもかなり伸びている。その手足に鍛え抜かれた面影を持ち、シワひとつない若さを保っていなければ、老人と間違えていただろう。


「………ぇ…ぁ」

「おいオッサン、大丈夫か?」

「………ぁ…ぅ」

「この刑務所、他に囚人はいないのか?いるなら、話を聞きたいんだが」

「………ぇ…ぅ」

「…なんか、ゲームのNPCと話してる気分になるな」


 何を聞いても呻くしか出来ない白髪の男は、何を答えるわけでもない。ただ、何かをつぶやいているだけだ。


「…しかし、このオッサン………どこかで見た顔だよなぁ…誰だっけ」


 外からオッサンを見つめて記憶を漁っていると、牢の扉がひとりでに開いた。ぎょっとしながら見つめていると、自分以外の足音が聞こえてオッサンの力なく項垂れた手足が操人形のように持ち上げられ、引きずられるようにオッサンは移動を開始する。


「ちょ、ちょ、待て待て。どこに行くんだオッサン」

「ぁ………ぇ…ぁ」

「…………」


 近くでオッサンの呻きを聞いて、僕は動きを止めてしまった。そして、黙ってオッサンについて行く……行き先は、多分、ザンキの所だ。


「……何故ここにいる、ヒコボシ」

「ようやく見つけたぞ、ザンキ」


 オッサンは、公開処刑台に連れて行かれた。そこに、ザンキがやって来たのだ。


「まぁ、何故お前が我の世界にいるかはどうでも良いのだ。我は、我のしがらみを断ち切って……前に進む」

「………」

「……止めぬのか?」

「別に、止めやしない。ザンキがそのオッサンを断頭して、解放される先に何があろうが……その道をお前が選ぶなら、止めやしない」

「そうか」


 それだけ言って、ザンキは黒い断頭剣をオッサンの首元に当てる。


「…止めやしないが………幾つか言わせてもらうぞ、ザンキ」

「……」

「沈黙は肯定ってな……わかってるとは思うが、そのオッサンを断頭すれば元の世界には戻れない」

「知っている」

「そうすると、ザンキは僕の強さに恐れをなして逃げたって事だ。自分の世界にひきこもるんだ、当たり前だよなぁ?」

「………」

「それに、ザンキの言動と顔を見て理解した。そのオッサン、親父さんか親戚の人だろう?少なくともザンキの血縁関係者だ、合ってるか?」

「そうだ」

「ザンキがオッサンに何の恨みがあるかは知らないが、その言葉には耳を貸した方が良いぞ」

「フン、この悪人の何を聞けというのだ。悪は、悪の言葉しか話さん……聞くだけ時間の無駄だ」

「……ザンキの言う悪が何かはわからないけどな…死んだら、何も言わないんだぜ?全員が全員善人ってわけじゃないんだ、最後くらい聞いてやれ」

「………フン」


 どんな人間であろうと、悪い事はする。魔が差したり、そそのかされたり、なすりつけられたり……けれど、それは人間が弱い生き物だからだ。強い生き物にすり寄っていなければ、生きていけないからだ。そうでなければ、煮え湯を飲まされる事もあるし、正義感で潰れる事もある。その全てを、悪だと断定するのは簡単だし、罰する事も容易い。でも。


「最後に言い残す事はあるか」

「……ぇ……ぁ…」

「聞こえぬぞ」

「いや、聞こえてる。お前はちゃんと聞いてるよ……ザンキ」

「………ぇ…ぁ……ぉ…ぁ…」


 ルールに従わない者を悪とする者もいる。あいつが悪だと言うやつもいる。そして……これが悪だと、決めつけるやつもいる。


「…聞こえている、だと?お前には悪の言葉が分かるのか?それとも、お前も悪なのか?」

「いや……悪と決めつけて聞いていないんだ、ザンキは」

「なにを、言って……」

「いいか、ザンキ。現実から目を背けるなとは言わない。真実がどんな物かなんて、神様しか知らないし、そもそもザンキの見たものが真実だとは限らない。物の見方なんて人それぞれだと僕は思うし、ある意味それは多感的に捉えられる絶好の機会だと思う」

「……」

「目を閉じ、耳を塞ぎ、息を潜め、ぬるい湯に浸かって流されるのも悪くない。実際僕はそうして生きてきた。でもな、ザンキ」


 一呼吸置き、僕はザンキの目をまっすぐと見る。目の前のザンキはゆるゆると頭を振り、その先を聞きたくなさそうな顔をした。

 ………それでも、聞かなければならない。


「……流されながらでも、せめて、自分の目の前の事くらいは、ちゃんと見ようぜ」

「……やめろ」


 ザンキを前にし、今も呻くオッサンの声を、ザンキは耳を塞いで拒絶する。しかしここは、ザンキの心の中だ。塞いだところで、一度意識してしまったものからは逃げられない。


「……ぉ………めん、な…」

「やめろ!」

「…めんな…ザンキ、ごめんな……」

「やめろっていってるだろ!」


 気づけば、ザンキの体は小さな子どもになっている。断頭剣も、身の丈にあった大きさに縮んでいた。


「おとうさんは……おまえは、そんなこといわない!」

「…本当に、すまなかった」

「おとうさんは、つよいんだ!いつもただしいんだ!セイギなんだ!まけたおまえは…ただしくない!」


 幼き日のザンキにとって、父親は絶対的だったのだろう。それが、今こうして罪人としてザンキの目の前にいる……憶測でしかないが、ザンキの言う『正義』が揺らぐ何かがあったのだろう。


「……ザンキ」

「うるさい!」


 …ザンキは耳を塞ぎ続ける。それが、とても虚しく、無意味だとしても。

 傍観者に徹しようかと思ったが、このままじゃ埒があかない。()るか。


「お前、いつまでそうやって頑なになるつもりだ?」

「……」

「聞こえないふりをしたって、話が進まない。ここはお前の世界だ、お前が一番望むモノを与える世界だ。本当はもう、わかってるんだろ?」

「………だまれよ」

「ザンキの過去がどうとか、オッサンの思いがどうとか僕にはどうでもいい。でも、謝ってるんだから、許すか許さないかくらいは言えるだろ」

「だまれよ!なにもしらないくせに!」

「あぁ知らねぇよ!僕はお前じゃないし、知りたくもないね!」

「だ、だったら…」

「僕は分かんねぇし、知らねぇし、理解もしたくねぇ!けどそのオッサンはどうだよ?分かろうとしてる、知ろうとしてる、理解しようとしてる。なら、話してやるのが一番いいだろ!黙って突き放したって、分かるように人間出来てねぇんだよ!」

「そ、そんなこと……」

「無いってか?話しても伝わらねぇってか?だとしたらお前の聞いた言葉はなんだ?オッサンが呻いてたのは、お前が理解しようとしなかったからだろ?心構え一つで結果は変わるんだよ!ダメ元で突っ走りやがれってんだ、ザンキ!」


 ビシリ、と世界に亀裂が走る。ザンキがオッサンの言葉を聞いた時から、予想はしていた事だ。間も無くこの世界は崩壊する。


「…ぼく、は…我、は………」

「ザンキ…」


 ザンキの体が大人になったり、子どもに戻ったり……ひどく不安定だ。今まで心の支えにしていた根底が崩れ始めて、明確な形を保てずにいるのだろうか。


「…我は、父上が嫌いだ」

「ぼくのおとうさんは、つよくて、かっこよくて、いつもただしかった」

「罪を止められなかった父上は、弱かった」

「ぼくは、おとうさんみたいになりたかった」

「我は、父上のようにはならないと誓った」

「……でも、おとうさんはまけた」

「……今なら分かる。負けると分かっていた事が」


 世界の壁が崩れ落ち、気がつけばザンキと僕とオッサンの足場しか、残っていない。


「まけたから、よわい」

「弱いと、思っていた」

「ぼくは、つよくなりたい」

「強さとは、なんだ」

「つよいから、ただしいのか」

「正しかったから、強いのか」


 過去の自分と、今の自分を行ったり来たりしながら、ザンキは自分なりに考え、答えを見出そうとする。

 ……否、と。ザンキの体が二つに分かれ、子どもと大人に分裂する。


「本当に強い者などいないのだ。皆、何か弱さを抱えて生きている。不安定で、未完成で、それでも正しくあろうとする」

「おとうさんがただしかったのは、どうしてだろう」

「父上は正しくなどない。そうあろうとした」

「おとうさんがつよかったのは、どうしてだろう」

「父上は強くない。そうあろうとした」

「おとうさんがかっこよかったのは、どうしてだろう」

「父上はかっこよくない。そうあろうと……否、我の前でカッコつけたかっただけなのだ」


 父親とはそういうもので、そうあろうとするもので、そうだとは限らない。

 ……もう、僕の足場が片足分しか残っていない。そろそろ退場だろう。少々懸念要素はあるが、ここまで来ればザンキはもう大丈夫だ。自分で戻れる。

 そう判断して、彦星は足場が消えるより早く奈落に飛び降りた。


「………父上、我は…父上の事を…」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「………がっふぉっ!」


 なんだ!?最初の呼吸が溺れたみたいに苦しいっ!水も無いのに!


「げっほ、うぇ、あーびっくりした」


 すぐに、彦星の肺は空気で満たされる。何が何だかよくわからないが、治療院の一室だという事を理解すれば、無事に現実へと帰ってこれたのだろう。


「ふぅ……ん?どうしたんだよ、そんな変なものを見る目をして」


 落ち着いて、辺りを見渡してみれば……リン、ヴォリス、ナオちゃん、小子、ユーカリさんがたじろいだ様に距離を取っている。


「……おい、ヒコボシ。お前は本当にヒコボシか?」

「は?なんでだよ。僕が彦星じゃあなけりゃ誰なんだって話だ。というか、ヴォリス?なんで剣を構えてんの?あぶねぇだろ」

「…………お前が本物だっていう、証拠は?」


 本当にどうしたんだろうか。その言い方だと、僕の偽物が出たみたいな言い方じゃないか?


「証拠っていうか……なるかは知らんが、小子のスリーサイズが上から……」

「わあああああああああああ!!!!ストップです!本物です!」

「おいおいショウコちゃん?それだけで信じろって言われても信憑性ないぜ?当てずっぽうかもしれないし…」

「他にもあるぞ?ヴォリスはどうすれば彼女とデキるか、いもしないのに毎晩自家発電してるし、リンはカッコイイ必殺技名を黒い本に書き残してるだろ?ナオちゃんはこっそり治療院の裏で猫にエサをやってるだろ?あとは……何かあったっけ?」


 黒い笑みを浮かべ、彦星は全員がひた隠しにしようとしている事を暴露する。


「やめてえええええ!!!」

「分かった!信じる!信じるから!それ以上言うなっ!」

「こんなことするひこぼしがにせものとかありえないっ!」


 そうして、興奮の熱が少し下がった所で話を聞く。主に、僕を偽物と疑った原因だ。

 それによると、僕の心臓はザンキの心に入って数分で止まったらしい。リンが大慌てでナオちゃんと小子を呼び、部屋に戻してあの手この手で蘇生を試みる。が、僕が目を覚ます事はなく、悲しみに打ちひしがれていたそうだ。


「なるほど、死んだと思った人間が息を吹き返したら、そりゃあ僕自身かどうか疑うよな」

「………まぁ、あんなに黒い笑みを浮かべられるのはヒコボシしかいないけどな」

「んん?満面の笑みだったろ?」

「どこがだよ!」


 しかしまぁ、あの時小子に助けられたのは事実だって事だ。後で何かお礼を言っておこうかな。


「で?どうだったんだひこぼし」

「…あん?」

「あのひと、たすかりそう?」

「……あぁ、ザンキの事か。そろそろ目覚めると思うぞ?僕の予想じゃあまずザンキの悲鳴が聞こえるかな」


 そう言うが早いか、ザンキの部屋から悲鳴が聞こえる。

 なんだなんだと、ぞろぞろと出歩いて様子を見ると。


『ゲヒャヒャヒャヒャ!どうやら俺様をブッコロせなかったみてぇだなぁ!』

「離れろというのだ!腕が話すなど気色悪い!」

『ゲヒャヒャ!それが出来りゃあ苦労しねぇよぉ!』


 目覚めたザンキが、自分の左腕と格闘していた。いやもう、比喩表現とかではなく。


「お、丁度良い所へ来たな。どうにかしてくれ」

「えっごめん無理」

「顔がにやけてますよ、彦星さん」


 これがニヤけずにいられるか。楽しいだろ?


「じゃあ、そのひともおきたし、まおうのかけらはおれがやるよ」

「まぁ待てリン。ザンキの目覚め方によっちゃ、あの腕が必要なものになる」


 ニヤける顔を正し、僕はザンキをまっすぐと見る。


「さて、ザンキ?どうやって戻って来た?まさかとは思うが……持ってた断頭剣で鎖を斬ったりしてないよな?」

「なぜ分かったのだ?まさしくその通りだ」


 はぁ、とため息をついた。一番最悪のパターンだったからだ。くるりと後ろを振り返り、目線で「どいてひこぼし、そいつころせない」と訴えるリンを見る。


「悪い、リン。この左腕はそのまま残してくれ」

「なんで!?」

「この馬鹿は自分で鍵を作ればいいものを、心の鎖を力任せにブチ切るとかいう芸当をしたが故に、自分の心に自分で負荷をかけて半分壊したんだよなぁっ!あぁもう言ってて腹が立ってくる!」


 あの時、オッサンの首を刎ねれば全壊。鎖を強引に解けば半壊。自分の過去に自分で折り合いをつけ、鍵で開ければ無傷。そういう結果になるのは目に見えていた。

 そして、余計な物(魔王の欠片)が加算されている今。満たされていない器を満たすために、溢れている物を付け足すのは、自然の摂理だろう。


「……えっと?つまり?」

「喋る腕は健在、ザンキは意識を取り戻す、よっぽどの事が無い限りは一生このまま、だな」

「ぬぅぅぅっ!それは嫌だっ!」

「やかましいっ!ザンキのミスだろうが、つべこべ言ってんじゃねぇよ!」

『ゲヒャヒャヒャ!全くその通りだぜ、相棒!』

「……はぁ、まぁそのていどまでよわったまおうなら、こゆびでもかてるからね。そのひとにへんなことしたら、こんどこそほんとうにけすから」

『ゲヒャヒャ!おっかねぇ!タスケテェ、ヒコボシサマァ』

「…もう黙ってくれ、我は何も考えたく無いのだ」


 腕は笑い、一人は怒り、一人は泣き、五人は呆れて物を言うことは無い。ただただ、地獄絵図が繰り広げられているだけだった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 同日、日が頭上に達するころ。騒動の後、数時間の仮眠を取った彦星は、おはようの時間を寝て過ごした。

 そして今は療養も兼ねて治療院で生活している。あと数日はこのままだろうと小子が目論見を立て「入院費は高いですからね。稼いできます」と、今朝置手紙を書いてギルドに行った。


「…寝てても腹は減る、と」


 鳴り響くお腹を押さえながら、彦星は一人食堂に向かう。未だ味の改善がされない病院食を食べていると。


「ひこぼしひこぼしひこぼしひこぼしひこぼしひこぼしひこぼしひこぼしひこぼしひこぼしひこぼしひこぼし!!!!」

「やめろ、僕がゲシュタルト崩壊する」

「たいへんたいへんたいへんたいへんたいへんたいへんたいへんたいへんたいへんたいへんたい!」

「お約束の崩壊ありがとう。で?どうした、リン」


 慌てた様子で、リンが駆け寄ってくる。周りの視線は有名人に向けられる物と、親しげに話す僕に向けられる物の二つだが、もう慣れてしまったので気にすることも無い。


「……なにがたいへんなんだっけ」

「知らん。そんなに重要じゃ無いならそんな事忘れて、武闘試合優勝者発表がいつなのか教えてくれ」

「そうだ!ぶとうしあい!おれもきになってきいてきたんだった!」

「おぅ、それは好都合だったな。いつなんだ?」

「しあいのやりなおしだってさ」


 …………あーはん?わっつ?わんもありぴーとあふたーみー?

 文法があってるかどうかは知らないけど、要約すると。


「……なんだって?」

「しあいのやりなおしだってさ」

「なんでや!決着ならついたやろ!」

「ん?なんでいま、たいがのまね?」

「……なんでも無い。それで?やりなおしって、どういう事だ」


 聞けばその理不尽さが少しでも和らぐかと思った。でも、違うんだよなぁ……世の中はもっと理不尽だった。


「まおうのしゅつげんで、しあいそのものがながれたと…そう、みんながにんしきしているんだ。ざんきがまおうってことも、しられてないみたい」

「……で、決着が着いてないから再戦しろと?もうギルドに、決着なら着いたってリンが説得してくれよ。ある程度なら、顔が効くだろ?」

「……ギルドは、おかねになるからさいせんさせようっていってる」


 つまりは、自分の懐を満たす為に戦りあえと。まぁそれだけが理由じゃあ無いだろうが、クズばっかだな。


「……はぁ、まぁいいよ。それで?再戦はいつの予定なんだ?」

「きょうのごご、ひるごはんのあとだってさ」

「ほぼ今からじゃねぇか!」


 流石は金の亡者!汚い!実に汚い!決定事項をリンに言わせる事で拒否権を排除させ、更には僕の自由権利を先送りにするというタウロスの思惑も見える!

 大慌てで不味い食事を口にかきこみ、咀嚼もままならないまま水でおし流す。刀と万年筆を持って闘技場に向かえば、あれよあれよと言うまに防具やら転移服やらを着せられた。


『さあさあさあ皆々様、お待たせ致しました決勝戦でございます!ちょこっとしたハプニングはございましたが…今ッ!この時ッ!待ちに待った決着の時が迎えられます!現在皆様は幾度となく行われた武闘試合の中で、最も歴史的瞬間に居合わせているのです!』


 ………うわぁ、期待値高え…そんなに歓声上げられても、歴史的瞬間は無理だろ。毎年言ってる常套文句かも知れないし。

 喝采を浴び、彦星は壇上に登らされた。


「……来たか」

『ゲヒャヒャ!決着つけようぜェ!』


 先に待っていたのだろう、ザンキは壇上で仁王立で待ち構えている。左腕は、相変わらずだ。


「そんな腕で大丈夫か?」

「大丈夫なわけなかろう。大問題だ」

『ゲヒャ、辛辣だぜぇ?相棒。俺様はこんな姿だが、それなりに戦えんだぜぇ?』


 ちょっと負けフラグを立たせようかと思ったが失敗した。まぁ気分の問題だから関係無いけどね。

 出場者が出揃った事で、実況が試合開始を告げた。


「開幕全開!『アンロック』!」

「ぬ!」


 重力を全開にし、短期決戦を求める。体力は万全の状態だから、二、三十分で倒れるだろうな。動けないザンキに向けて、右脇腹からの一閃。


「やったか!?」


 斬りこむ寸前、自分が強く踏み込んだ足で土煙がまき立つ中。確かに何かに当たった音と、振り抜いた感覚に思わず口を突いて出たが。


『ゲヒャヒャヒャヒャ!驚いたなぁ、相棒!』

「……不本意だがな」


 晴れた視界の先にザンキの姿はなく、声が上から聞こえてくる。見れば、左腕が羽根のように変形し、ばさりと宙を舞っていた。


「ずりぃ!」

「貴様には言われたく無い」


 上空で断頭剣を構え、魔力を込めていく。左腕が使えないから安定性には欠けるが……そんな事を彷彿とさせない威力が込められていった。


「ヒコボシ……貴様が短期決戦を望むなら、我も短期決戦を求めよう」

「……は?」

「賢い貴様ならわかるだろう?このまま剣を振り下ろせば、どうなるか」


 言われて、狙いが僕ではなく壇上だと気づく。武闘試合のルールで、場外負けがあるが…その有効範囲は、どこまでだ?


「貴様が我より強いなら、止めてみろ!もう何も疑わぬ、何も迷わぬ!ただ真っ直ぐ、我は我の信じる道を選ぶのだ!」


 飛べる相手と、飛べない自分。どちらが先に落ちるかは一目瞭然だ。勝つためには、ザンキの全力剣撃を止めなければならない。


『手ェ貸すぜ、相棒ーー我に宿りし火の悪魔よ、我に宿りし風の悪魔よ、我に宿りし土の悪魔よ、我が眷属となりて我が主に契約の下力を貸し与えたまえ』


 ただ純粋に、自分の全てをその一太刀に乱雑に込めた力が、左腕から紡がれる呪文で目的を持った力になる。


「…ゲヒャ丸、其方………」

『ゲヒャヒャ、そいつぁ俺様の名前か?ひでぇセンスだなぁおい』


 ヒコボシには、ヒコボシを支える誰かがいた。誰かがいたから、きっと今あの場に立っているのだろう。

 我には、我を支える誰かがいなかった。誰もいなかったから、あの時に我は立てなかったのだ。


「……借りるぞ、ゲヒャ丸。其方の術!」

『ゲヒャヒャヒャヒャ!存分に使えぁ!相棒!』


 赤黒く熱せられた岩盤でコートされた断頭剣を、雄叫びを上げて振り下ろす。

 彦星が避けたとしても、狙いは壇上なのだから意味が無い。何としても、断頭剣を正面から弾き返さなければならないのだ。


「……んなの無理だろっ!」


 轟音と大量の土煙を巻き上げ、断頭剣は壇上に叩きつけられる。バキリと音がして、剣は刃半ばで折れた。


『ゲヒャヒャ、まぁそうなるよなぁ!』

「っ!……てめぇ」


 対処法が思い付かず、彦星は力の限り飛び上がった。地上数百メートルは飛び上がっただろうか。


「…ゲヒャ丸、初めから狙っていたのか?」

『ゲヒャ、あたぼーよ。相棒も、そのうちあの剣を手放すつもりだったんだろ?丁度いいじゃねぇか』


 落下を続ける彦星に合わせて、ザンキも羽ばたくのを止める。


「…なぁ、ヒコボシ。我は先の一刀に全てを賭けた……もう、戦い続ける余力は残っておらん」

『相棒が負けねぇように、俺様は最後まで争わせてもらうぜ?ヒコボシにとって最大の愚策を引き出させたんだ、十分だろぉ?ゲヒャ、ゲヒャヒャ!』

「本当、マジで最悪の組み合わせだよなぁ、お前らよぉ!」


 そう言って、彦星は下を見た。振り下ろされた断頭剣で、壇上だけでなく元の地面まで抉れている。赤黒く熱せられた岩盤が直接触れたからか、覗かせる地面もまた、赤黒く熱せられている。


「っ…まず、地面に触れなきゃいいんだ。考えろ………考えろっ!」


 飛べる相手、飛べない僕。魔力を使い果たした相手、有り余っている僕。どうにかするならば、魔法で何とかしないといけない。


「……そうだ、熱!飛べないなら、飛べる方法を作ればいい!」


 万年筆で“袋”と書きながら、頭ではパラシュートのような形状を想像する。具現化された布袋を手に取り、落下速度を緩める。


「時間稼ぎにもならねぇっ!次は上昇だ!」


 下は熱岩石、欲しいのは上昇気流。なら、答えはこいつだっ!


「頼むぜ、成功してくれ……“水”っ!」


 石が赤いって事は、温度は千度を超えているはず。そこに水を一気に注げば、簡単に水蒸気になる。水が気化する時、その体積は一二四〇倍に増えたはずだ。そして、穴ぼこの中で増えた水蒸気は唯一の出口である上へと向かって放出される。


「んぶっ!」

「なぬっ!」

『ゲヒャ!?』


 突然、下から吹き上げる突風に驚きながらもザンキは宙に浮き続けていた。それを追い越し、僕の体は更に上空へ押し出されていく。完全にザンキの姿を捉えると、持っていた袋から手を離した。


「……ぅぉぉぉおおおっ!!お前も落ちやがれっ!!」

「っ!」


 落下速度を上げて、ザンキの頭を左手で押さえる。自分の勝利を左腕のゲヒャ丸に託しているので、自分自身への攻撃にはどうしたって対応が遅れる。


「“復”!“柔”!」


 抉れた地面を復元し、ついでに叩きつけても無傷になるよう柔らかくしておく。僕とザンキは錐揉みしながら、復元されたばかりの柔らかい地面に叩きつけられた。

 ……そして、ザンキは場外判定を受けて敗北したのだ。


「……今度こそ、終わった」

「………」

『ゲヒャ?どうしたんだよ相棒』


 湧き立つ歓声の中で、ザンキは少し放心したような顔をする。ゆっくり、自分を心配する左腕を見やり、次に右手に握られたままの断頭剣、最後に彦星の顔を見た後、緊張が解けたように笑い始めた。


「…くく……くははは!ひひひははははは!」

「……ぼ、僕はそんなに強く叩きつけてないぞ」


 打ち所でも悪かったのだろうか。ザンキは、らしくない笑い声を上げる。


「ひひひ……いやいや、頭は冴えてる。我はとても満足したのだ」

「…意味がわからん」


 頭を殴られて空を仰ぐザンキは、高笑いをしながら折れた断頭剣を太陽にかざした。


「……気に入ったぞ、ヒコボシ。我は……いや、吾輩(わがはい)はヒコボシに着き従おう。その方が都市の犬より何百倍も面白そうだ」

『ゲヒャヒャヒャ!そいつぁいいや!』

「何も良くねぇよ!」


 なんだよ付き従うって。すげぇ面倒な未来しか想像できない。バカかこいつら。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 結局のところ、決勝戦はあっけなく幕を閉じた。僕もザンキも、目立った傷も無いが一応は治療を受け、主にザンキが一人で歩けるようになるまで数時間待った後から表彰式となる。

 贈られる言葉は毎年同じようなものなのか、特に感動したとか手に汗握る試合だとかを棒読みで言われただけだった。読み上げたのは、カルキノスのギルド長で背後で不機嫌そうに拍手をするのがタウロスの関係者だとすぐにわかる。


「……それでは、優勝したユーカワ・ヒコボシに、優勝者権限の行使を許可する。各十二都市が全力で、其方の望みを叶えよう」


 やっとだ……ここまで、長かった。何日も眠ったり、手足を折られたり、他人の精神に呑まれそうになったり。あぁ、魔王モドキとも戦ったな。


「僕の願いは一つだ」


 なんでこんな武闘試合の優勝にこだわったのか。そんなの最初から決まってるだろ?


「タウロス地下極秘牢に捕らえられた、僕と同じ罪で投獄されている囚人の全員解放を求める」

「なんだとっ!?」


 一番に声を上げたのは、他ならないタウロスの関係者だった。元々決めていた僕自身の釈放に加え、その他の囚人については何も考えてなかったのだろう。ありえない者を見る目が突き刺さる。


「どうせ、僕が優勝するわけないとか考えてたんだろ?仮に釈放されても、秘密裏に処理すれば不穏分子は無くなるもんな。だから、僕が優勝したら釈放する、とかいう話が出たんだ。違うか?」

「ぐっ……」

「まぁ、どのみち時間の問題だと思うけど、あいつらを釈放するのが早まったと思っとけ」


 悔しそうに顔を歪めるタウロス側と、勝ち誇ったように黒い笑みを浮かべる両者を見て「お前達は何の話をしているのだ?」と聞かれたが、口をつぐんだ。


「……話の流れがよく分からんが、両者の間で通じているのならそれで良い」


 くるりと背を向け、ギルド長は観客席を向く。


「それでは!只今を持ちまして第五〇八回武闘試合を終了とさせていただきます!選手退場には、今一度盛大な拍手でお見送り下さいませ!」


 優勝者一名に拍手が贈られ、僕はゆっくり手を振りながら壇上を降りたのだった。

 その後はカルキノスの牢屋から荷物をまとめ、エイビルや他の囚人に事の顛末を語り、各自釈放の手続きがされたのち自分の故郷へと帰っていく。涙ながらにお礼の言葉や握手を交わし、僕も小子と一緒に馬車に乗せられる。


「……あぁ、そうだ小子」

「どうしました?」

「ありがとう」

「………ほぇ?なんでお礼されてるんですか?私」


 全く心当たりがないふうに問いただされるが…説明する気も、もう一度言う気もない。僕はそのまま規則的な振動と疲れでうたた寝をしてしまい、気が付いた時には見慣れた森を背後に、懐かしいレオンに帰ってきていた。

ご愛読ありがとうございます。

伏線やらいっぱい貼っておきながらまだ回収しきってません。

次章に続きます。

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