#21 魔王
「また来たの?」
「……たまたまだ、クソ紙」
「毎回思うんだけど、微妙にニュアンス違うくね?」
「気のせいだ」
ここは、神の寝床。チャンネル数分のモニターと、それを見ながら欠伸をする紙の住処だ。
「ま、別にいいけど。それより、怯え疲れて寝いるってどうよ?子どもなの?」
「そうだな、地球誕生46億年前から存在する紙からすればな」
「こりゃ一本取られた。んで?聞きたいことでも?」
「聞きたい事ってか……文句だな。このクソ紙め、万年筆の使い方と同じ様に『刷り込み』やがったな!思わずブルッちまったじゃねぇか!」
「世界救う人に情報無しじゃ可哀想かなって………でも…………に……」
「あ?なんだよちゃんと話せよ」
「誰…が、万年………遠ざ……………」
「おい、クソ紙?」
駄目だ、紙の声が曇って聞こえない。
そのまま、僕の意識はそこから引き剥がされる様に…………。
………………。
…………………………………。
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「………ヒコボシ?おいヒコボシ!」
「そっとしてあげて下さい。肉体的にも精神的にも、疲れているのでしょう」
「あ?んだよ、だらしねぇ……気合いでなんとかしろや」
彦星を起こそうとするヴォリスを制し、ナオはヒコボシに毛布を被せて刺さったら危ないと万年筆を枕元から遠ざけた。
「………すー…」
「…ふふ」
寝息を立てる彦星を見て、思わずナオは笑みをこぼした。
「なんだ、どうしたナオさん……このやろう」
ナオの視線の先を見つめ、ヴォリスは愕然とする。
「…俺、こんな奴に負けたんだよなぁ………」
「そんなに落胆する事無いのでは?」
「男と男の間には言い表せられない何かがあるんだよ!」
黙っていれば、整った顔立ちで両性に良い印象を与える彦星は、今その時だけは口元から涎を垂らして眠りこけている。
若干、目元が腫れているのは気づかれなかったが。
「なんか可愛いですね、ユーカワさんは」
「あぁ?やめとけ、こいつ既婚者だ。都市によっちゃ一夫多妻制とか認められてるけどよ、やめといた方がいいぜ?」
「わかってます、でもなんだか……ふふ」
歳は少しユーカワさんの方が上、起きていれば口悪く、ちょっと短気みたいですけど……そこには譲れない芯があって、でも黙って寝ていれば口元から涎を垂らす様な幼さも感じられる。
母性をくすぐられるとか、ギャップ萌えという言葉が存在しない世界で、ナオは無自覚に、ヒコボシ・ユーカワという人物に惹かれていた。
「…俺も、あんな風になれば人生勝ち組に……」
そんな献身的に扱われる彦星を見て、指をくわえながら羨ましそうに眺めるヴォリスだが。ヴォリス・ヴァレンタインが寝ながら涎を垂らした所で、酔いつぶれた汚いオッサンの出来上がりである。やはり女性にウケがいいのは異世界でもイケメンに限るのだ。
そのやり取りの数時間後、ヒコボシは眠りから覚める事になる。
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「………あ、ふ…」
なんだか心地いい目覚めだ。柔らかいベッドに暖かい毛布。思えばここ数日、硬くて冷たい床で寝ていたっけな…なんでだっけ…………ぁ。
そこまで思い出し、次には怒りと怯えが心を支配する。
「……あんにゃろぉ…お?」
怒りのあまり、強く拳を握るのだが。左手に柔らかな感触を感じて、視線を向ければ。
「……すー…」
「………おぉう」
ナオちゃんが、彦星の手にその華奢で細い指を絡ませている。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
「心配してくれたのか……」
「………」
起こさぬ様に、彦星はそっと手を離す。
そのままそっとナオちゃんをベッドに横たわせ、彦星は万年筆と刀を持って部屋を出た。
「……腹減ったな」
完全に時刻は午後から午前に変わり、もう間もなく日が登ろうとしている。廊下から覗く窓には、青白く発光する闘技場が見えた。
「……あれが、結界…あの中に黒鬼がいるのか」
暫定的に魔王と言われる黒鬼は、今もなお闘技場で暴れているのだろう。耳をすませば、あの忌まわしき咆哮が聞こえる。
「リンが到着するまでに、僕がなんとかしないと……」
トウガキ・リンの所持する耐魔の剣。それを使えば、あの黒鬼でさえスッパリと切り刻めるだろうが……ダメだ。
あの黒鬼の中にはザンキがいる。外殻となる黒い部分は濃密な魔力そのもの……つまり鎧を着ている様な状態だ。
「……ザンキを外殻から引っ張り出して…一発ぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ」
ザンキは試合を放棄し、ただ感情の流れるままに腕輪を使った。彦星は別に、魔法道具を使った事に怒っているのではない。
「勝てねぇかもって思った時点でなんで諦めるんだよ…相手が敵わないからって全部投げ出すなんてのは……大馬鹿野郎だっ」
静かな怒りを胸に納め、握った手を闘技場に向けた。
「再戦だ、ザンキ……てめぇをぶん殴る」
そう、決意を新たにした。
「…………にしても腹減ったな。食堂どっちだっけ」
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病院の食堂で、ヴォリスは朝食を貪っていた。
「……やっぱ病院食って外のより不味いな」
現代世界では、徐々に美味しい病院食が広まりつつあるが、こと異世界では発展しにくいようで。
「水が一番美味いってどうよ……」
食べ物より水をオカズにする朝食は、腹の中が水で満たされてあまり食べられなかった。
「……そういやヒコボシは、大丈夫なのか?ナオさんの話だと疲れて寝ちまったらしいけど」
昨晩、献身的介抱を受けたヒコボシはそのまま寝てしまい、ヴォリスもまた自分の病室に戻された。ナオだけ、見舞い人としての認可を受けて、泊まり込む事になっている。
「……ちくしょう、羨まけしからん」
ヴォリスは一人、密室の病室で行われる熱い夜を妄想し、男泣きした。この言葉が異世界にあるなら、きっと使っていたヴォリスだろう……リア充爆発しろ、と。
「お?ヴォリスじゃねぇか。早いな」
「…………ヒコボシ、か……熱い夜はどうだったよ、ええ?」
「なんの話だ」
そのまま、ヒコボシは自分の朝食を持ってヴォリスの前に座る。
「なぁヴォリス…ちょい聞きたいんだけど」
「女に嫌われる方法か?」
「……なんのために聞くんだそんな事。違えよ、聞きたいのはリンの……勇者の居場所と、到着するまでの日数を教えてくれ」
「なんでそんな事……まぁいいか。どう説明するか……」
しばし考えを巡らせた後、ヴォリスは手元のパンに手を伸ばし、真ん中をくり抜いた。
「さてヒコボシの坊ちゃん。各都市がどんな風に配置されてるか、知ってるか?」
「知らん」
「……だと思ったよ」
そう言いながら、輪になったパンを細かく……十二個に分ける。それを円を描くように、テーブルの上へ並べた。
「都市の数は全部で十二都市あって、それがこんな感じで並んでる。都市名は……今回の話にはあんまり関わってねぇから、省くぞ」
「おう」
「例えばこのパンを…そうだな、都市レオンとしよう」
ヴォリスから一番近いパンを指差し、それに暫定的に名前をつける。
「レオンの出入口は東門と西門の二ヶ所、西門から出てたどり着く一番近い都市はタウロス、反対側にはジュゴスがある」
「それはわかる。東に泉で、西に森だろ?」
「そうだ。ま、これくらいは知ってるよな」
ヴォリスはレオンのパンを置き、二つ隣の…タウロスの隣を手に持つ。
「で、これがカルキノス。今俺たちがいる都市だな」
「うん」
「で……だ。今勇者がいるのはここ」
カルキノスのパンを置き、さらにその二つ隣……レオン、タウロス、カルキノスと来て二つ隣のパンを手に取った。
「都市〈パルテノス〉だ。なんていうかまぁ、この都市は男の夢みたいなトコだよ」
「んん?どういう意味だそりゃ」
ちょいちょいと、ヴォリスは耳を貸す仕草をする。顔を近づけ、その話を聞いた。
「……風俗街だ」
「……………………………ぉぅ」
思わず、思考停止になりかけた彦星は、すんでのところでその意味を飲み込んだ。
「……なんでリンはそんな所に」
「なんでも、そこに魔王らしき人物がいるとかで調査してるんだとよ。まぁデマだったんだけどな」
「調査という建前で勇者は賢者になったのか……」
「可能性は、ある」
「……ま、くだらねぇ話は置いといて、と。そのパルテノスからカルキノスまでどれ位だ?」
「ギルドからの情報によれば、勇者は徒歩で向かったらしい。都市間は約徒歩一日、そう考えると…逆算して、最悪二日はかかる」
パンとパンをなぞるように、ヴォリスは指で追った。
「なんで都市間なんて通るんだよ。真ん中を突っ切れば良いじゃねぇか」
「ばかやろ、都市の中心は『冥府の穴』って呼ばれてんだぜ?強烈凶悪のモンスターが連日お祭り騒ぎだ。通れやしねぇよ」
つまり、安全な街道を通るしか無い……と。世界的に有名な勇者が、一人で調査とも思えない……リンなら一人でやりそうだが……付き添いがいると仮定するなら、中心を突っ切る可能性は低い。
「……ありがとな、ヴォリス。助かった」
「お?おぅ」
彦星は朝食を終え、ついでにヴォリスのパンを一つ拝借して。食べた物を消化しながら、闘技場に向かった。
……その、少し後。
「ヴォリスさん!ユーカワさんは!?」
「お、ナオちゃん。ヒコボシの野郎なら飯食って外に……」
「………っ!絶対安静なのにぃ!」
起きたナオが、ヒコボシを追って出て行った。
「……………………………………ちっ」
取り残されたヴォリスは、舌打ちをするが……聞くものはいない。
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「はい下がって、危ないからね」
闘技場に結界を張る魔法使い達を守るように、憲兵は野次馬を制する。時折聞こえる恐怖の咆哮には、少し慣れ始めている。
「……今だっ…」
その憲兵の隙を突き、結界内に突貫するが。
「…うぁ!?」
「こら君!入っちゃダメだって!」
張られた結界は、内からも外からも侵入を許す事なく、青白く発光している。
そんな様子を、彦星は遠目から見ていた。
……あの憲兵は新人か?それとも慣れていないのか…ザル警備だぜ?
万年筆で“透”を体に付与し、そっと結界に近づく。すかさず、弾く結界に“穴”を開け、侵入した。
「……透『解除』」
透明だった姿を現し、更衣室へ。そこには、未使用の転移服が置かれていた。
「死なない為の保険だ。借りるぞ」
誰もいない場所で、律儀にもそう言った。転移服を着て、軽装備を整える。覚えのある廊下を通って、彦星は予選前と同じ位置に立った。その隣は、誰もいない。
「……再戦だ、ザンキ」
そして今は届かないその言葉を、紡いだ。
壇上に上がり、重力を半分解放する。万年筆は胸にしまい、刀の鞘に手を置いた。
「やぁ肉棒くん、また会ったね」
「…エセ貴族」
黒鬼と、小子を盾にする形で。エセ貴族は粘っこい笑みを浮かべる。
「さて肉棒くん、一つ訪ねたいのだけど。君の目当てはそこの魔王かな?それともマダムかな?」
エセ貴族が、小子の胸板に手を伸ばす。が、小子自身がそれをはねのけた。
まだ、洗脳はされていないようだ。
「……両方だって言ったら?」
「………ふふふ、欲張りさんな肉棒だねぇ!大した色欲魔だよまったく!」
「……そうか」
「っ!……ふふ、ふふふふふ…決めた、決めたぞ……今日の演目は決まった!」
何がおかしいのか、エセ貴族の笑い声は止まらない。ようやく収まり、大きく息を吐いて………彦星をまっすぐ見た。
「…君の手足を縛り、その肉棒を切り落として……あぁ、ついでに骨も折ろう。完全に身動きが取れなくなったら…私とマダムの姦通式をとり行う。君は指を咥える事も出来ず、命乞いをする事も許されず…ただ、目の前の光景に絶望するんだ。マダムは抵抗しつつも、君の命を守ろうとして私の言いなりになり、それでも体は正直な反応を見せるのさ。そして最後には君を見放して…そうなったら、君を肉塊に変えるのもいいかもしれないね。ふふ、最高の演目じゃあないか!今からでも興奮してイキそうだ!」
恍惚とした表情で、エセ貴族は空を見上げる。しばらくして、エセ貴族は再び前を見据えると。
「『殺れ』」
「グォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!」
「っ!」
黒鬼が断頭剣を振りかざして襲ってきた。
「さぁ、マダム。私たちは後ろの席で観戦しようか」
「………」
「まてこの、っちぃ!」
「グルァ!」
初撃をすんでの所で反らし、続く二撃三撃は目で追いながら弾く。次いで、反撃に出た。
「るぁあ!」
「ガッ!」
振り抜かれた刀は、黒鬼の腕へと吸い込まれ……左腕を、切り落とした。
「ガッアァァ!」
「ちっくしょうがっ!腕しびれてんじゃねぇかよ!」
思った以上に硬い腕は、刀の性能によって切られた。力を込めた彦星の腕は、無理な使い方をして筋肉が痙攣している。
「グルァァ………」
「……まじかよ、冗談じゃねぇ」
切り落とした黒鬼の腕は、形を変えてスライムのように動き出す。そのまま、本体の切り口へ戻ると……再び、左腕の形を成した。
「水分足りてないスライムかよテメェは。硬えし切りにくいしたまったもんじゃねぇな」
「グォォォォォッッッ!!!」
黒鬼は再び恐怖の咆哮を上げ、彦星を威圧する。しかし、それで気圧されるほど彦星は敏感ではない。
「……まずは、ザンキみ引っ張り出さねぇとな」
黒鬼が咆哮を上げる間に、万年筆で“速”と“攻”を書く。彦星の黒歴史【速攻術】シリーズだ。
「……【速攻術・刺式】」
馬鹿正直に突っ込む黒鬼に対し、彦星は神速の刺突を繰り出す。そのまま刀はまっすぐと伸び……
「………ッ!!」
「戻るのに時間かかるだろ、これなら」
黒鬼の頭を、木端微塵に吹き飛ばす。
黒鬼はよろめき、膝を壇上に落とした。腕一本で、修復に数秒かかっているのだから、統率する頭を吹き飛ばせば一分くらい時間を稼げるだろう。
「さて、宝探しの時間だ…死んでなきゃいいけど」
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どこからか、泣き声が聞こえる。
「………ここは…」
少年は、雪の降る中……血塗れの大人を揺さぶり続ける。大人はその血塗れの手を伸ばし、少年の頬を優しく撫でた。
力尽き、その後大人はピクリとも動かない。少年はいっそう大きな声を上げて泣き続ける。
「………あれは、我…なのか?」
少年はしばらくして、憲兵に捕まった。あの大人を……父親を殺した犯人として指名手配されたからだ。少年は無実を主張し続けるが、誰一人としてその言葉を信じない。
「……無駄だ、お前は世の中に消される」
父親を殺した本当の犯人は、社会的地位のある貴族だった。黒い金の流れを父親に捕まれ、その口封じの為に殺されたのだ。
ーーどうしてぼくをしんじないの?
「信じれば真犯人が捕まるからだ」
ーーどうしてぼくがつかまるの?
「お前が捕まれば貴族の隠し事が明るみになるからだ」
ーーどうしてほんとうのことをだれもしらないの?
「真実を知るとロクなことがないからだ」
ーーどうしておとうさんはころされたの?
「それは……」
あぁ、憎い。世界が憎い。どうして、裁かれる人間が裁かれず、死ぬべきではない人間が死ぬのだろうか。どうして誰も、不思議に思わないのだろうか。正義を貫いた父親は、なぜ死に、どうして悪が生き抜くのだ。わからない、正直な父親がなぜ死んだのか。
…あぁそうか、大人になるってこういう事なんだ。世界は貴族を正義とし、父親を悪とした。大人の貴族が正義で、子どもの父親が悪。正直者が馬鹿を見る世界で、子どもは絶対に大人には勝てない。
「それなら、我は……」
ーーぼくは……
「裁くべき人間を裁き」
ーーさばくべからざるにんげんをさばく。
「力には、力を」
ーーツミには、ツミを。
「ーー裁きには、裁きを持って返す。だってそれが、ぼくの……我の目指す正義だからだ」
ザンキと、少年の声色が重なる。ザンキは、自分の過去を見つめているのだ。
あぁ、憎い。世界が憎い。正義が憎い。子どもが憎い。全てが、憎い。我より強い正義が……憎い。
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「こん、のぉ!」
硬い黒鬼の体を切り刻み、ザンキの肉体を引っ張りだす。しかし意識は無く、その左腕は黒く変色しており、口からは黒鬼のスライムじみた魔力が進入を始めている。
「引っこ抜け……ねぇ!…なら」
刀を抜き、ザンキの口元に当てる。ゆっくりとそれを落とし……魔力の流れを断った。
「…ふぅ、これでどうにかなると、いいんだが」
体内に残った魔力は、取り出しようがない。ならば、これ以上注がれるのを断とうという事だ。
ザンキを肉体の核としていたのだろう。黒鬼は、人型の形を留められなくなり…液体のようにのたうち回る。まるで、新しい核……依り代を求めているように。
すると、パチパチと拍手の音が聞こえる。
「すごいすごい、流石はマダムを虜にする肉棒君だね。でもさぁ……」
観戦に浸っていたエセ貴族が、壇上に上がってくる。額に青筋を浮かべ、見るからに不機嫌そうだ。
「……なんでその剣で真っ二つにしないのさ!!中の核を殺ればすぐにでも殺せたのになぁ!!!」
「……その核に、ちょっと用事があったんだ。死なれたら困るんでな」
首の後ろを撫で、エセ貴族を見据える。
「はは、じゃあ何さ。肉棒君は世界の平和より、お友達の命を優先するのかい?」
「そうだな。人一人救えないで世界が救えるとも思えないぞ」
「……っ!この…偽善者め!」
エセ貴族は、今にもブチギレそうな表情を浮かべ、彦星を睨みつける。
「どっちが偽善者だ。僕がザンキに手をかけ、それを元に精神的に追い詰めようとしてたんだろ?」
「………」
「言ったよな、お前。僕を絶望の底に叩き落として、小子の姦通式を挙げるってな」
「……バレてたのか」
いつの間にか、エセ貴族の表情からは激怒の色が消えている。欠片も、思っていなかったかのように。
「んん、でもまぁ……肉棒君には感謝しなきゃね。だってさぁ…」
今もなお、依り代を探して不規則に動く魔力の塊に触れる。と、エセ貴族にまとわりつくように、その体を覆った。
「はは、ははは、あははははは!これが、猿の力!私の兎の力とは全く違う!『私の贄となれ!猿の力!』」
そう唱えると、全身を覆う勢いだった魔力が、ピタリと。首元で止まる。
「……合成写真かよ、アンバランスな体しやがって」
恍惚とした表情を浮かべる優男の首から下には、筋骨隆々…鍛えに鍛えに鍛え抜かれた武人の体があった。
「ん、ん〜?完全な力には少し足りない……あぁ、肉棒君に切られた分か。まぁ無くてもいいけどね」
エセ貴族はそれよりも、と後ろで不機嫌そうに試合を見る小子を見つめる。
「見ていてくれマダム!私の方がそこの肉棒よりも強くて魅力的だって見せてあげるからね!」
「…………」
「恥ずかしいのかなぁ!声援を送ってくれてもいいんだよぉ!」
正直、ここまでくると気持ち悪いとさえ思う。その一方的な愛情表現が、重すぎて。
「……そろそろいいか?待つのも飽きたんだけど」
「…いいねいいね、その減らず口。いつまで叩けるかなっ!」
壇上の石を踏み砕き、その手を固く握る。気がつけば、エセ貴族は目の前で拳を振りかぶっている。
「くひひっ!」
「……っ!」
咄嗟に刀で反らそうとしだが、エセ貴族はそれを想定したようにアッパーを繰り出す。彦星の体は、反らした反動で上空に吹き飛ばされた。
「…あのやろっ…!笑ってやがる」
軽く十メートルは打ち上げられ、次第に落下速度を上げていく。このままだと地面に激突するので、何か書いて防ごうとするが。
「『動くな!ヒコボシ!』」
「なっ…!」
硬直したように、彦星の体はピクリとも動かない。地面スレスレ、激突する寸前にエセ貴族のストレートが彦星を襲う。
「ひひっははは!!素晴らしい力だ!やはり分散した不完全な力では無く!完成された力の方がよほど圧倒的だっ!」
「……なに、を…」
彦星の体は観客席の一部にめり込んでいる。だが、彦星自身の体には殴られた箇所を除いて大した傷は見当たらない。
壁に激突する寸前、体が自由を取り戻したので咄嗟に“防”と書いていたのだ。壁と書かなかったのは画数の問題だが、どうやらかなり優秀な文字らしい。
「ん、ん、んん〜?なんで動けてるの?せっかく、潰れたトムトになるかと思ったのになぁ」
「知るか。お前が考えろ」
「……まぁいいや。どうやって解いたのかは知らないけどさ、つまり私がジャガマッシュに調理すればいいだけの話だよね!」
またもエセ貴族が目の前に迫り、今度は両の平手で潰しにかかる。しかし、書いた文字の効果はまだ健在していた。
直径一メートルの球体が彦星の体を守り、代わりにエセ貴族の手の平に風穴を開ける。
「……なぁんだこれ。生意気にも防御結界かい?」
「………」
「答えたくないってか。じゃあ、さっさと『解除しろ、ヒコボシ』」
防の結界が見えるわけではない、が。彦星の防衛本能が囁いていたのだ。死に対する絶対的恐怖を。
「潰れろぉ!」
「っ……!」
まだ万年筆を握りしめていた彦星は、ゆっくりと流れる時間の中で画数の少ない文字を書く。
すると、彦星の目の前にいたエセ貴族は姿を消し、対してエセ貴族の眼前にいた彦星も姿を消した。振り下ろした拳は、そのまま観客席の一部を砕き抜く。
「どこに消えた!あの肉棒め!」
彦星は気付かれる前に、エセ貴族から距離を置く。書いた文字は“交”だ。要するに、エセ貴族の場所と彦星の場所を交換したのだ。
そしてある程度離れれば、彦星は強化された動体視力で動きを捉える事が出来る。ただし、体はその反応についていけず、ギリギリ刀で反らす程度しか反応出来ない。
「……だからこそ、書くのは“速”でいい。問題はあの洗脳効果のある声だけだ」
「そぉこぉかぁぁぁぁ!!!!!!」
徐々ではあるが、エセ貴族の人格が崩壊している。やはり人の身で二つの力を受け止めるのは難しかったようだ。おそらく、不完全な力だからこそ受け止められ、エセ貴族の肉体や精神と共に成長していたのだろうが……それを無理矢理二つも受け入れれば、自然と器は壊れていく。
「……ふ、ふふ」
「なぁにが可笑しいのかなぁ?」
「いや、僕がお前に勝つ方法が全然無くてな。たまらなくなって笑っちまった」
「……じゃあそのまま死ねよぉ!!」
「……っ」
目前で振りかぶられる拳を、今度はしっかり受け止める。刀を使わずに、その腕で。
「ぉおっるぁぁ!」
「なっ…!」
そのまま、エセ貴族の体を浮かして一本背負い。背中から打ち付けられたエセ貴族は肺の中を盛大に吐き出す。
「…正直、僕は後悔してる。ザンキを引っ張り出して、目覚めさせて、一発ぶん殴るつもりが……こんなギリギリの勝負になるなんて、考えて無かった」
「………」
「善戦してるつもりもないけど、苦戦のつもりもない。お前が一人で、良かったよ」
「……へぇええ?そんな事言っちゃう?だったらさぁ…」
飛び起き、エセ貴族は彦星から素早く距離を取った。
「兎の力、見せてあげるよ……『誰にも負けず、彼にも負けず、罪にも、多夫の欲にも負けぬ、強大な力を持ち、欲深く、決して呑まれず、いつも静かに嗤っている。そういう人が、私だ』」
エセ貴族は、紡ぐ。言葉を、紡ぐ。呪文を、紡ぐ。自分の言葉で、自分を語る。語り、騙り、談る。その度に力は馴染み、筋肉の様な黒い魔力は鎧に変化する。いくらか圧縮もされ、見た目もスマートになった。
「………さぁ、て…どうなるかなぁ?」
「…こりゃ本格的にヤバイかもな」
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「なんだって!?まおうがカルキノスに!?」
「は、はい!ギルドより急ぎ知らせろと……!」
四時間前のパルテノスにて。現勇者の〈トウガキ・リン〉は魔王の調査に赴いていた。付き添いはおらず、道すがら同い年の女性に声をかけられまくったが、全く興味が湧かなかったというのも付け加えておく。
「たしか、カルキノスではぶとうしあいをしてたよな?おれがいくまで、それでもたせろ!」
「そ、それが……」
ギルドの連絡係は、申し訳なさそうに出し渋る。
「…せ、選手は皆転移服にて治療院送りに……一部、捕らわれの身となった選手はいますが…」
「くそっ!」
ちなみに、パルテノスに魔王が潜伏していると言ったのはエセ貴族であり、それは勇者のリンを遠ざける為なのだが……見事に、それは成功したと言っていい。
「状況は今も動いております。この情報も鳥便ですので…」
「あぁもう!なんでこんなにたくさんまおうがでるんだよ!」
魔王は一人じゃ無いのかと、愚痴を零したくなるリンだが、それでもやらねばならない。
「なんだっけ?カルキノスでまちがいない?」
「はい、そうです!」
「ギルドには、パルテノスにまおうはいなかったっていっといて!」
「へ?」
言うが早いか、リンは壁伝いに屋根の上へ。そのまま、今度は屋根伝いに何処かへ消えた。カルキノスに向かったのだろう。
「ええと、カルキノスだから……こっち!」
屋根から屋根へ、時には壁を走り、本来なら数十分はかかるであろう道のりを、ものの二分で到達させる。もちろん、門をくぐる事すらしない。
「カルキノスは……あれか!」
外壁の上から、リンはカルキノスの位置を再確認。ただし、見えるのは米粒より小さな点……いや、点すら見えていないのかもしれない。しかしリンはカルキノスの方角を確認し、外壁を飛び降りる。無傷で。
「……まっててくれ、すぐにたすけるからな!」
まだ遠いカルキノスへ、リンは走り出す。馬や鳥より速く走り抜け、後ろに見えるパルテノスはもう小指の爪程だ。
途中、凶悪なモンスターに出会ったりするが、基本的にはリンの殺気を感じて逃げる。襲いかかってくるモンスターもいたが、リンの降る〈耐魔の剣〉でスッパリと屠られる。
そうしてリンは、パルテノスからカルキノスへ軽く数百キロはある道を走り抜けた。日は昇り、朝食の時間よりは少し遅い。
「……ふぅ、ついた」
その類稀なチート級の身体能力を持ってしても、やはり六時間続けて走るのは疲れる。二、三度呼吸をし直し、体に酸素を供給する。そうして、やはり外壁を超える為にリンは呪文を紡いだ。
「【根源たる地の精霊よ、地の利を我が足場に宿せ】ーーアプリフト」
地がうねり、リンの足元は天に向かって伸び上がる。外壁を超え、見つめるのは淡く光る結界に守られた闘技場だ。
「……このきょりなら、いっかいで…せぇ、のっ!」
リンの足場がバネのように凹み、押し出す。リン自身もそれと同時に飛翔した。
街では飛んでいるリンを見て驚いたり歓喜している人々が見てとれ、闘技場の結界を維持している魔法使いは、安心した顔をしていた。
「ぉ、ぉぉおおおお!いっけぇぇぇぇ!」
耐魔の剣を結界に突き立て、解除を待たずに侵入する。一度割れた結界はリンを通すと、逆再生するように破片が元の位置に戻る。
「おぉぉ……お?ひこぼし?」
「……ちぃと、早すぎやしねぇ…か?」
▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎
「はは、ははは、ひははははは!遅い!遅いよぉ!まだまだ私の方が強いなぁ!」
「っぐ……ドーピングしといてよく言う」
「それも私のチカラだぁ!」
エセ貴族が全身鎧を身にまとい、両腕で乱舞を繰り出す。単純で読みやすいため、対処はしやすいが……それを上回る物量で攻められ、彦星は徐々に後退していた。
「ははははははっはあ!」
「がっ……!」
鳩尾に一発良いのをもらい、彦星は地を転がりながら吹き飛ばされる。そうしてなんとか起き上がり、もう一人戦力が増えればと……そう思った、刹那。
天井の結界から硝子の割れるような音が聞こえ、同時に聞き覚えのある声がした。
「おぉぉ……お?ひこぼし?」
「……ちぃと、早すぎやしねぇ…か?」
「うん、まぁまんなかをはしったからね」
「……良くも悪くもそういう奴だったよ、お前は」
早すぎるのは、もちろんリンの到着するまでの時間もあるが……何気ない願い事が叶ったというのもある。
「で?ひこぼしはひとり?マキさんは?」
「知らねえ。そもそも、カルキノスにいるのかすら怪しいな」
「そっか。じゃあここはおれにまかせてにげろ。なんとかする」
そう言って、リンは彦星とエセ貴族の間に割り込むが。拒絶するように、彦星は刀を構え直す。
「…なにしてるの?」
「これは僕の決めた事だ。共闘までは妥協できても、横取りはさせねぇ」
「……おれ、まおうってかなりつよいとおもうんだけど、それでも?かてないかもよ?」
「それでも、だ。それに、僕にはザンキをぶん殴る為にここにいる。邪魔したエセ貴族に黙って泣き寝入りとか絶対に嫌だ」
「……わかった。でもひとつだけ…しぬな」
「元よりそのつもりだ」
二人は揃って、エセ貴族を見据える。それは反撃開始の合図だ。
「な、なんでここに勇者が……パルテノスに行ったんじゃあないのか!?」
「いったよ。で、かえってきた」
「あ、ありえない……どう考えても早すぎる…まぁ、いい。おい勇者、耳の穴かっぽじってよぉく聞け…『そこを動くな、リン』」
「無駄だ、エセ貴族。“解”」
「っ……!ちくしょう!」
癇癪を起こし、エセ貴族は尚も喚き散らす。その様はまるで、子どもだ。
「よくも、よくもよくもよくもっ!肉棒君に絶望を与える計画がっ!台無しじゃあないかっ!」
「…いやいや、それを避ける為にやったんだけど?」
「君は受け止めなきゃいけないんだよ!」
「…無茶苦茶だ」
「……次解除したら本当に殺すからね…『そこを動くな、リン』」
「“解”」
「っ……お前ェェェッ!聞いてなかったのかァ!」
もうなんだか、子どもの喧嘩に思えてきた。心なしか、エセ貴族も小さく見える。
「もう、いい…さっさと死ね」
そう呟いた刹那、エセ貴族は視界で捉えられない速さで動き、余裕も何もない殺意のこもった拳を眼前で振り下ろす。
……あ、口うるさい編集長が見えた。走馬灯かな。納期納期言うけどこっちもいっぱいいっぱいなんだ。少し静かに…静かに?……確かエセ貴族は自分で自分を強化して…あれ?それで、エセ貴族の魔法は僕の万年筆で解除出来て……んん?
「やらせないっ!」
「どけ、勇者ァ!」
触れるだけで全てを壊す勢いの拳を、耐魔の剣で防ぐ。剣を地に刺し、そのまま膝蹴りを食らわせて吹き飛ばした。
「だいじょうぶか、ひこぼし!」
「あ、あぁ…ちょっとご先祖様とお話しして来たけど問題ねぇよ」
「…ほんとにだいじょうぶ?」
「死んでないだろ、床ぺろしなきゃ安い。それより、リン……お前、あいつの動き止められるか?そうだな……三秒くらい」
「なにか、さくがあるんだね?」
「まぁな」
「まかせて」
耐魔の剣を引き抜き、エセ貴族に飛びかかる。対してエセ貴族は、迎え討つ姿勢だ。
「せぇやあ!」
「太刀筋が寝ぼけているよぉ!?」
振られた耐魔の剣を白刃取りし、へし折ろうと全力で腕をひねる…が。リンはそれを読んでいた。
「なっ…!」
「そいやっさぁ!」
エセ貴族がひねる寸前、リンは耐魔の剣を手放す。支店を失ったエセ貴族の体はひねった方向に体を傾け、一瞬だけバランスを崩した。それを狙うように、リンはエセ貴族の胸倉を掴んで彦星の場所へと放り投げた。
「ひこぼし!」
「十分だ、リン!“解”、“静”!」
二つの文字がエセ貴族に当たり、それぞれ効果を発揮する。ドーピングを解除し、さらにエセ貴族から発せられる音を静かにさせた。
「………!」
「ごめん、何言ってるか全然わかんねぇ」
「……!…!」
投げられた後の着地音や、転がる音。地団駄を踏む音も聞こえない。
そして、エセ貴族を纏う鎧は剝がれ落ち、元のスライムに逆戻りした。恐らくこのスライムも、馴染むまでは呪いや付与魔法と同列に扱うようだ。
「えい」
「!…………!!…!」
そしてそのスライムも、リンの耐魔の剣で容易く仕留められる。水分を失うようにひび割れ、砂状になって風に飛ばされた。
「こいつはギルドに任せればいいのか?」
「…!」
「うん、おれがいっておくよ」
「……!」
「…あぁもう鬱陶しい。動くな、エセ貴族、“縛”」
なおも動き回るエセ貴族を縛り、動きを封じた。解除する為の声も、引き千切る為の怪力も、今は無い。逃げることも出来ず、がんじがらめに縛られたエセ貴族は地を転がった。
「…さて、と。そろそろ良いかな」
「ん?」
今更ながら、彦星は観客席を見つめる。それから手招きするように、小子を呼んだ。
「………なんですか」
「いや、うん。怒ってるだろうとは思ってたけど。その理由までは察せないから教えてくれると助かる」
「………別に怒ってません」
そう言いつつも、小子は眉間のシワを解かない。ぷっくり頬を膨らませ、見るからに不機嫌だ。
「どうしたのひこぼし、ふうふげんか?」
「……まぁな」
「違います!これは喧嘩ではありません。例えるなら、しつけです」
そう怒る小子の右肩に視線を向け、書いた文字が消えている事を確認する。そして騒ぐ事をやめ、唖然とするエセ貴族に向き直った。
「意味がわからないって顔してるな、エセ貴族」
「………」
「まぁ、策を練るのが好きそうなお前の事だ。万が一を考えて小子に暗示……助け出されたら、そいつの首を刎ねろみたいな命令をしてたんだろうが……それはもう解除済みだ」
あの時、小子の右肩に書いた文字は“解”だ。エセ貴族の性格上、常に洗脳状態は面白くないだろうから本当に指示通り動いて欲しい時に洗脳する。
そして小子に掛けられた洗脳は、右肩に書かれた“解”によって一度だけ解除される。一度しか掛けられない可能性には少し賭けに近かったが……まぁ、上手くいった。
「……とまぁ、そんな感じだ。かなり上手く行っただろ?小子」
「それをどうして説明してくれないんですか!なんでいつも一言足りないんですか!挙げ句の果てには公衆の面前で私の唇を…私の……その………」
「……思い出すな、悶絶するな、恥ずかしくなる」
「私の方がもっと恥ずかしいですよ!大事なファーストキスを………なんのために……全部彦星さんの為なのに…………」
「ん?最後、なんだって?」
「もう良いです!一回痛い目を見れば良いんです!」
彦星は苦笑いを浮かべながら、少し恥ずかしげに口元を拭った。
「……まぁ、悪かった。タウロスに捕まったり、なにも言わなかった事は僕の責任だ」
「ほんと、そうですね!責任とって欲しいですよ全く!」
「次いでに、もう一つ分かった事がある。作家の僕は誰かの助け無しじゃ生きていけないって事だ」
タウロスに捕まった時のエイビル、武闘試合の時のヴォリス、死にかけた時のナオちゃん……そして、今回のリン。
何一つ、彦星が彦星だけで解決出来た問題は無い。
「つまり、なんていうか……小子は嫌だって言うかもだけど」
「………」
「今回みたいな事は二度と起こさないし起こさせない。だから…僕が小子の盾になる、矛になる、剣になる、鎧になる。だから、小子は僕の隣で…ずっと、癒してくれ」
それは彦星が本気で考えて、本気で思って、本気で言った告白だった。
「っ……馬鹿なんですか、彦星さんは…っ」
「……そうだな、どうしようも無い大馬鹿野郎だ」
「自分の身くらい、自分で守れますし戦えます。だから、そうですね……片手間で良ければ、癒してあげましょうか?」
「……ははっ…素直じゃねぇな」
「彦星さんには言われたくありません」
「うるっせ」
そこでやっと、小子は眉間のシワを解いた。少し、嬉しそうだ。
「あの、おあついことなのはいいことなんだけどね?ちょっとまわりみてみようか、ひこぼし」
「え?」
気付けばいつの間にか、ギルドの役員がエセ貴族を拘束し、ザンキを担架に乗せて運んでいる。そしてその全員が、ニヤニヤと生暖かい視線を向け、一部女性陣はウットリとした表情を浮かべている。
「………ぁ」
「うん。とりあえずこのへん、かたずけるから…ふたりはいちおう、ちりょういんでしんさつをうけてね」
「「は、はぁい……」」
そうして、彦星と小子はギルド役員に連れられて治療院に行かされた。
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今後の方針として、ギルドは以下の対応をする。
まず、決勝戦のやり直し。彦星は肉体の治療を終え、ザンキはこの騒動の三日後に勇者が目覚めさせることになる。
次に、エセ貴族の処遇。彼はジュゴスの地下牢にて無期懲役、事実上の封印だ。
最後に、この騒動そのものを関係者以外は他言無用とする事になった。
そして、その日の夜。一部壊れた瓦礫や穴の開いた壇上を調べる人影が見える。
「……やっぱり、おかしい」
現勇者の〈トウガキ・リン〉だ。彼が調べているのは、ちょうど黒いスライムを仕留めた所だ。しかし、いくら調べてもその場所からは目的の物が見つからない。
「……さいしょも、そうだった。かみさまにきいた、いんしのかけらがないってことは…やっぱりしとめそこねたのか?」
「因子の欠片なんてのは、存在しないよ」
リンの独り言に返事をしたのは、影のような男だった。
「そんな物は、戯言だ。お前は利用されているんだよ」
「……ギルドのひと…じゃあ、ないよね。だれ?」
「誰でもいい、私はお前の味方だ……トウガキ・リン」
「……っ!」
リンは耐魔の剣を構える。誰だって、見ず知らずの人間に名前を言い当てられれば警戒して当然だろう。
「そう警戒するな。今はお前と殺り合うつもりはない。それに……」
「……おまえ…まおうだな?」
影から発せられる殺気の中に、リンは魔王の力を感じた。それも、今まで感じたどの気配よりも強く。
「そうだ、とも言えるし、違う、とも言える。私は種をまくだけの……言ってしまえば残りカスみたいな物だ」
「…おまえが、どんなやつかはしらない。でもどんなやつでも、まおうは…たおす!」
構えた剣で、影を攻撃する。目に止まる事すら出来ない速度で振り下ろされるが。影もまた、自分の剣でそれを防ぐ。
「…はおれの、けん?」
「少し違う。刃折れの剣ではなく、刃喰いの剣だ。だから……」
危険を感じ、リンは耐魔の剣を影の持つ刃喰いの剣から離す。嫌な予感がし、自分の剣を見てみれば。
「…やっぱ、よそうどおりか」
「いい判断だ。まぁ、そのまま喰らい尽くしても良かったけどね」
耐魔の剣は、何年も手入れをしていないかのように刃こぼれを起こし、対して刃喰いの剣は折れた部分から刀身が伸びている。
「ちゃんと手入れをすれば、元の状態に戻る。じゃあね、私の目的はもう果たした」
「ま、まて!」
リンの制止を聞かず、影は闇へと溶けた。その場を静寂が襲い、残されたリンは目的の物を見つける事は出来ず、壇上を後にする。
各都市の名称、魔王因子の詳細、その他もろもろは後々載せようと思います。
……八話、十話の伏線を回収した(つもり)ですけど気づいてくれるかなぁ……
ご愛読ありがとうございます。




