#113 エピローグ
今回で最終回!今までありがとうございました!
「それでそれで!?カミサマはどうなったの、おばあさま!」
「今日はここまでにしましょうね。明日もお稽古があるのだから」
そう言って寝物語を切り、老婆の獣人は自分の孫を寝かしつけた。この娘が産まれて、物心着いてからの、老婆の日課なのだ。
頭を撫でながら子守唄を歌い、孫が完全に眠ったのを確認してから、老婆は枕元の鈴を小さく鳴らす。
「お呼びですか、王女様」
「……その呼び方は不適切ですよ、ソクアシ騎士団長」
「元、騎士団長でございますよ、母后様。今はしがない老いぼれた執事でございます」
ふ、と老齢の兎獣人は笑みを浮かべ、意地悪な口調で答えた。旧知の仲であり、手心を知る者であるからこその、冗談じみた会話なのだろう。
「もうお若くありませんのですから、あまり無理はなさらぬようにして頂けると有難いのですが?」
「これが毎日の楽しみなのです。この為に、生きているのですから」
「……嘘でもおっしゃらないで下さい」
「あら、怖い顔ね」
ほほほ、と老齢の獣人は笑い、曲がった腰に手を当てながら杖をついて立ち上がり、ゆっくりとした足取りで自室に向かった。日々鍛錬を積んだ歴戦の猛者ならば、星力の力で若々しく在れたのだろうが、生憎と執事よりも鍛錬を行わなかったのだと思う。それだけ、平和になったと言うことでもあるのだが。
「…彼が神になってから、この世界は急速に安定しましたからね」
「ええ……」
魔物が活性化し、悪魔が南下し、世界が混沌に呑まれ始めていたあの頃。今ではすっかりとなりを潜め、魔物より野生の獣に怯え、悪魔より野盗に苦しみ、冒険者は用心棒と名を変えて、この世界は回っている。
「それもこれも、全てはあの日に……ヒコボシ様が神になった瞬間からです」
彦星がモードレッドに殺された瞬間を、若き日の老婆は……オリヒメは、自室の配信板で視聴していた。誰もがヒコボシの活躍を、魔王討伐を目撃し、歓喜に包まれた直後。ヒコボシは仲間の一人に胸を貫かれて床に沈んだ。そして誰もが唖然とする中、オリヒメはただ一人……おそらく、世界中でただ一人だけ、ヒコボシの生還を祈ったのだ。
前神に無理矢理受け渡された神格に、たった一人の信仰が注がれる。信仰を受けた神格は、命を失った器の新しい命として宿る。オリヒメの、彦星を信じる心が、その諦めない『勇気』が、ほんの小さな奇跡を起こし、奇跡は世界中に伝播した。
「しかし残酷なものです。彼らの犠牲で、この世界が成り立つのですら。二つの生命を生贄に、何億という命と未来を、守るだなんて……もっと他に…」
「もっと他に手はなかったのか、なんて考えるのは、傲慢というものですよ、ソクアシ」
「は、申し訳ありません。出過ぎた真似を……」
「構いません。それに私は、ヒコボシ様やショウコ様が不幸だとは、これっぽっちも思っていませんのよ?」
「……と、申されますと?」
にこりと、しわくちゃの顔をほころばせて、オリヒメはただ夜空の星を見上げる。空に掛かった星の川に挟まれ、一際目立つ明るい一対の星。まるで自分と彦星のようだと思いながら、オリヒメは満足げに話した。
「だってパァは、マァとずっと一緒にいられるです」
「……そうですか」
姫様らしい答えだと思いながらも、ソクアシはゆっくりと歩き出す。きっとこの先も、こんな平和な時間が続くのだと、そう思いながら……。
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……完。
「………えっと…」
「……これは…」
「「「へっへっへっへっへっ」」」
「……おえ」
「いや吐くなよ。こんな往来で恥ずかしい真似すんじゃねぇぞ」
「これが吐かずにいられるか?なんだこのクッサい童話は!」
「知るかっ!俺の時代じゃあこれが普通なんだよ!」
数世紀後。神となった彦星は五十年に一度のペースで表世界へと降神し、自分の子孫と共に世界を見回っているのだ。
「大体よぉ、これじゃあモードレッドのその後とかお前の存在とか、使徒のあいつらのが説明つかねぇじゃんか!」
「……混乱を避けるため非公式にしたのはテメェだろうが…っ!」
「あれ?そうだっけ?てへぺろ」
「うっぜえええええええええ!!!!」
「やめろって、こんな往来で恥ずかしい真似すんなよぉ」
「……お前が神じゃ無かったらぶっ殺してやったのに」
彦星が神になった直後、モードレッドとは決別の演技を配信し、その後配信を停止してベロを中継役にモードレッドを別世界の……この世界と隣接した魔界へと、混沌より生まれし魔物に滅ぼされた、という設定のパラレルワールドへと送り出した。今モードレッドは魔界とこちらの世界の素材で新薬の研究を行っており、完成した商品は神都市〈エンコボシ〉と名を改めた旧塩湖村のキャラバンに混ぜて販売している。
目の前のこの少年は「アルタイル」という名前で、正真正銘の僕と小子の血縁者だ。決戦のあの時点で身籠っていた小子はそのことに気が付かず神化。後で知った僕達は獣王やシンバ国王、モードレッド達に協力を仰ぎ、裏世界にて無事出産。しかしこの場で育てる訳にもいかず泣く泣くシンバ国王に託した。シンバ国王は伝手を辿って協会の孤児院へと赤子を送り、育て、何世代も経て今この目の前に「アルタイル」が存在する。
そして僕とモードレッド以外の使徒である彼らだが、各々が好きなように生きた…らしい。らしいというのは、世界の再編で目まぐるしく働くうちに五百年くらい経っていたからだ。なので、これは小子伝に聞いた話になるが。
まず猫の能力者、タマ。獣人と人間が手を取り合い互いに理解、協力する場所を作ると息巻き、シャフモン山のトンネル付近に集落を築いた。今でもその集落は存在し、二つの国の玄関口となっているそうだ。
狐の能力者、コン。望み通り死ぬまで裏世界で過ごし、時々表世界に戻っては人間のふりをして学校で先生を務め、小子に撫でくりまわされる生涯を送った。
猿の能力者、ザンキ。さらなる強者となるべく武者修行の旅へ。後に道場を開き、剛剣の武神と呼ばれる程になった。後の二大剣術の創始者となり『東の剛剣あれば西の柔剣あり』という「どんぐりの背比べ」と似たような意味合いのことわざが出来るほどとなった。ちなみに柔剣の武神と呼ばれた柔剣道場の創始者は〈ヴォリス・バレンタイン〉というらしい。いや全くの偶然だね!別人だよきっと、ウン!
兎の能力者、ノーナ。奇しくも一度は僕を殺すという目標を失ったが、今度は『神格を剥奪せずに神を殺す方法』を模索し始めた。その結果、この世界では発展の乏しかった科学を急成長させ、稀代の天才科学者と賞賛された。
虎の能力者、デーブ。彼は人一倍食べる代わりに人一倍の美食家であり偏食家でもあった。そのため、魔物食に興味を示し、現存する魔物討伐に一役買って出たそうだ。そのお陰で害獣でしか無かった魔物の価値が上がり、数年で討伐数は激増。今や幻の食材と言われ、マニアの間では生き残った魔物が高値で売買される始末。
「で、今僕は小子と一緒に旅行……ゲフンゲフン…見回りをしつつ、ベロやモードレッドと共に材料調達に来たって訳だ。アルタイルは案内役ね」
「誰に向かって話してんだ。つーかおもっくそ旅行って言いやがったぞ……」
およそ五十年に一度の降神。前の時はアルタイルの曾祖父が案内をしたそうだ。顔が似ていてよく分からんが……まぁ、そんな物はこの際気にしないでおこう。何しろ、僕は年齢が百歳を超えた時点で数えるのをやめたからな。時間の感覚が無茶苦茶なんだよ。
「さてねぇ?なんのことやら」
「……女神様、この神はどうにかならないんですか?」
「ごめんなさい…六百年で諦めたんです」
「叡智神が諦める領域って……」
「アルタイル、この劇薬を使っていっそ殺してみるかい?」
「魔王様もそんな物しれっと出さないでください……それに、あの神は死にそうにありません」
「よしっ!それじゃあこの時代の英雄達に挨拶して、エンコボシから金銭を調達しに行くぞ!そんでもって温泉旅行だ!」
「ついに隠さなくなったぞ……っ!」
そうして、彦星は歩き出す。幾度と無く世界を殺し、過去と現在と未来の自分を失い、ただ一柱の神として……真っ白な紙に、書き出した世界の中で…なんでもない日々に向かって。
ご愛読ありがとうありがとうございました。
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次回作の構想はありますが、いつから書くかは未定です。




