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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第十六話 交渉

※二千十七年六月三日、文章修正。


[連続投稿 2回の1つ目]

信繁が、忍城攻めの途中で、父昌幸により、秀吉に復命した時に遡る。


「信繁か、何か問題が起きたのか」

「いえ、父昌幸から書状を殿下にお渡しするようにとのことで、戻って参りました」

「昌幸か……どれ」


秀吉は昌幸からの書状を受け取り、目を通し始めた。


『……殿下の御言いつけ通り、風魔党と接触いたしました。所領など、待遇についての提示を行い投降を誘いましたが、一旦、断られました。ただ、風魔党として、後北条一門の助命が叶うならば、投降してもよいと。その場合、所領や恩賞については望まないと条件を逆に提示されました。助命に関しては、私の一存で決められることではない為、殿下の指示を仰ぎたく書状を書きました。付きましては、愚息をそちらへ戻しますゆえ、如何様にもお使いください。』


書状を読みながら、昌幸の悪だくみをする笑顔を秀吉は頭に思い浮かべた。忍城攻めに参加することに期待を膨らませていた信繁をこちらに戻す際に見せたであろう、信繁の落胆の表情と、風魔党との折衝が、小田原落城まで続くであろうこと、ようは、忍城の落城を見ることは不可能になった事を気が付かない信繁が、忍城落城を知った時に、落胆の姿を昌幸は想定しているであろうことを推測して、父昌幸に遊ばれている信繁を見て、秀吉は憐憫の情を浮かべた。


「では、信繁、お主が、風魔党と折衝を直接行うのだな」

「はい、父は、私の下に風魔党を置くかもしれないとも言っておりました」

「なるほど……だが、風魔党は直接鶴松の下に置くことを考えておる」

「……」

「それに柳生もいる、お主達の真田の忍びもな。お主一人に集中させる気はないが、影働きを監視する役目も必要であろうな」


秀吉の話を聞き、信繁は己が、忍びや間者を監視し、離反・裏切り者がいないかの監視や、統轄をすることになるのではないかと、推測した。


「鶴松の下につくことは、真田家ではなく、鶴松第一として、動いてもらわなければ困るがな」

「それは、もとより覚悟しております」

「うむ」


父昌幸は胡散臭いのに、何故、信繁は素直なのだろうかと、首をかしげつつ、その人柄を愛した。この者であれば、鶴松を命がけで守り、諫言してくれるだろうと思った。


「書状の内容は、聞いているか」

「多少は……」

「そうか、助命の件は、問題ない」

「はっ」

「ただし、氏政や氏照、氏邦などの主要なもの達は、表舞台から去ってもらう事にはなる」

「……それは」

「首を切るわけではない、名を捨て、別人になってもらうだけだ。家名を捨てることは身を引き裂かれるように苦しいだろうが、其処は飲んでもらわなければならぬ。氏直を当主として、鶴松の元で、しばし後に、後北条家を再興するとしても、邪魔になるだけだ。それに、急先鋒の者たちを処罰しなければ、示しもつかぬだろう」

「……」

「まあ、出家してもらって、坊主になってもらう。助命に関しては、それが出来る譲歩だ。これ以上は、譲歩できぬと伝えよ」

「分かりました」

「風魔党の処遇に関しては、鶴松に考えさせる。風魔党を下らせることが、小田原落城の肝になると思え」

「はっ」




「はぁ、ついてない。初陣の忍城攻めから外されるなんて……」

「源次郎様ぁ~、元気出してよぉ~」

「ですですよ、一緒に旅ができるんですからぁ!」

人且ひとかつ左力さりき、お前たちは、のんきで良いな……」

「「えぇ!」」

「だぁ!大きい声を合わせて、叫ぶな!」

「源次郎様が!私たちをいじめるから!」

「そうですよ、そうですよ、僕たちがこんなにも、源次郎様の事を思っているのに!」


小田原から箱根へ向かう道を、四人の若者たちが歩いている。

そのうち二人は、双子の幼子に見え、旅を楽しんでいるようにはたからは見えた。

ひとりの若者は落ち込んだ表情をしており、双子の二人はその若者を励ますかのように楽しそうに騒いでいた。残りの一人は、戯れている三人を見ながらため息をついていた。

若者は信繁であり、双子は昌幸に仕える忍び唐沢久基の子、千賀地保之の四人が風魔との繋ぎの温泉のある地に向かっていた。

唐沢久基は、跳躍力に優れ、飛び六法と異名を持ち、どのような場所でも飛び越えれるとも言われ、数々の戦場で活躍する忍びで、その子である双子も、身軽であり、跳躍力に優れ、木から木へと猿のように移動し、神出鬼没の動きをする忍びだった。また、双子である為、分身したように見せ、相手をかく乱することも行っていた。

千賀地保之は、伊賀忍の三上忍のひとつである千賀地のもので、気象の変化を応用した術を使い、敵を翻弄する忍びであった。また、武士としても仕えており、今回は、信繁の御目付役として、双子の監視役として付き従っていた。


「人且、左力、いい加減にせぬと、久基殿に伝えるぞ」

「ちょっと、それは、酷い!」

「そうです、そうです、僕たちは、源次郎様が元気になるように、励ましてるのにぃ!せっかく、遊……旅こ……任務、そう任務を元気に行うためなのです!」

「保之は、鬼ですか、鬼ですね!そう、妖怪です!」

「何を訳の分からないことを……」


保之は、首を左右に振り大きなため息を付いた。

三人のやり取りを聞きながら、苦笑を浮かべながら、空に顔を向け、目を閉じ、一拍置いて、目を開け、顔を正面に向ける。


「気を遣わしたようだな。二人には」

「「気にしないでください!」」

「源次郎様、このもの達を甘やかさないで下さい。只でさえ、少々天狗になっていますのに」

「幼子とはいえ、忍びだから、そこら辺は大丈夫だと思う。久基がそんな甘さを持ってるとは思わないよ」

「ですが……」

「保之は、心配性!」

「そうだ、そうだ、禿げるよ、そんなに考えすぎると!」

「……はぁ」

「監視をしている風魔党の者たちも、このやり取りを呆れてみてそうだな」

「「いえい!」」


信繁の言葉に反応して、双子が、誰もいていない方向にある木々に向けこぶしを突き上げていた。


「さて、行くぞ」

「「はい!」」




双子がこぶしを突き出した木々には、風魔党の忍びが隠形で隠れており、まさか、のんきな会話をしていた一行の、それも、幼子に、自分たちの位置が見破られたことに、心の中で驚きを隠さなかった。

決して、油断していたわけでも、見下していたわけでもなかったが、双子や信繁の話から、風魔党が監視をしている事や、位置、人数まで、把握されていることに真田の実力を改めて実感した。

真田家とは直接やりあったのは、武田家が滅亡してからが多く、主に、上野国では間接的にやりあうことはあった。武田家の忍びとは、甲斐国、相模国、伊豆国、武蔵国で、死闘を繰り広げてきた経験があるが、真田家の忍びの実力は、未知数な部分もあった。

武田家の忍びの多くが、真田家に移ったことは知っていたが、全体の把握には至っていないのが現状であった。

監視していた忍びは、首領である小太郎に、監視内容を知らせるべく、その場を後にした。




「源次郎様、どこに泊まるのですか」

「確か、温泉の湧いている近くに、小屋に、使いの者が来るという話だ。向こうに連れて行かれるか、そこで泊まるかのどちらかだな」

「ええぇ~、布団で寝たい!」

「左力、お前は……」

「言うのは自由だ!それが出来るかは、別!」

「ですね、ですね」


そんなやり取りをしている間に、目的の小屋に付いた。近くには、温泉があるのが見て取れた。

周囲を見渡すが、森には忍びの居る気配は感じない。

ただ、小屋の中から、人の気配がした。隠形により、存在をかなり薄くしており、並の者ならば気が付かないほどだと感じた。

双子も無邪気な表情をしながらも、油断をしている気配はなかった。


「源次郎様」

「使いの者がいるようだ。ただ、かなり、上位の者がいるみたいだけど。まあ、なるようになるだろう」

「私が先に」

「いや、それでは相手に失礼だ」

「しかし……」

「保之、大丈夫だよ」

「そうだよ、そう、万が一の時は、僕らが盾になるから」

「……お主ら、気持ちは分かるが、万が一はまずいぞ」

「ははは、大丈夫だよ、行くぞ」


信繁は、笑いながら、小屋に歩いていく。三人はその後についていく。

小屋の扉を開ける際、双子が信繁をすり抜け、中へ入った時、小屋の中には人が居ないにも関わらず、部屋中に闘気が充満し、双子は動きを一瞬止め、動けなくなった。

その双子を庇うように、信繁が笑顔で、小屋の中に入ってくる。後ろに居る、保之は、能面のような表情で付き従っていた。

その瞬間、部屋を埋め尽くしていた闘気が、信繁一人に向かっていった。保之は、身構えて、攻撃できる体制に移ったが、それを信繁は止めた。怪訝な表情で見てくる保之に笑顔を向ける。


「合格ですか」

「……ふむ、面白みがない。お主ら真田の者は」

「ふふふ」

「まあ、良かろう、座れ」


闘気が一瞬に無くなり、双子は膝から崩れ落ちて、肩で息をしていた。

保之も、構えを解いて、双子を介抱する。

部屋には、誰も座っていなかったのに、一人の小柄な老人が囲炉裏に座っていた。

好々爺とした雰囲気をしていたが、隙が無く、現役の忍びであることが見て取れた。


「お主の祖父も、父も、叔父も、恐ろしいものよ。そして、小倅が二人とも傑物とは、どうなっておるのだ、お主ら一族は」

「さて、偶々では?私の子や、子孫たちが、どうか分かりませんよ」

「確かにな」


苦笑を浮かべながら、老人は囲炉裏の灰を弄っていた。

それを、信繁は笑顔で見つめていた。


「お主、わしのことを分かっておるのか」

「そうですね……間違っていなければ、先代の小太郎殿ではありませんか」

「その通りだ。良く分かったな、小太郎でないことが」

「風魔党の代替わりは、衰える前に行われると聞いていましたし、それに、党首が此処に居ることは、現状から考えて難しいでしょう。それで、決定権を持つ人物を他に考えれば、先代しか考えられないと推測しました」

「まあ、確かにな」


党首の交代時期は難しく、弱ってから行えば、党首の発言力が低下し、最悪、後継者争いが起き、分裂、滅亡する恐れもある。かと言って、党首の座を譲った後も、発言力を持ち続け、出しゃばってしまうと、主導権が先代と現当主のどちらにあるか分からず、混乱する恐れもある。

風魔党は、党首が全盛期の内に次代の党首を指名し、一線から退き、後見人の立場に収まる。風魔党は、党首がすべてを決し、後見人の先代は、助言や現場での指揮などを行い、党首に逆らうことはしない。

ただし、今回のような、風魔党の将来を左右する場合においては、全権代理人として、交渉を行うことが決められていた。このような事態は、伊勢長氏が、伊豆国に入り、相模国を支配して、交渉に来た時以来のことになる。


「秀吉殿は、なんと言われたのかな」

「後北条一門の助命は認めるが、所領は没収し、大坂に移ることが条件となります」

「……そうか」


先代は、その答えを聞き、安堵の息を吐いた。


「ただし」

「ただし?」

「氏政殿、氏照殿、氏邦殿は、表舞台から引いてもらうとのことです」


信繁の話を聞き、先代は、殺気を放った。

双子は、とっさに動くことは出来なかったが、何とか、信繁を守ろうと立ち上がり、保之は、刀に手を当てた。

殺気を当てられた信繁は、涼しい表情で、先代を見つめていた。


「助命するのではないのか」

「ええ、助命は良いのですが、戦を推進したもの達を罰しなければ、諸大名に示しがつきません。ですので、表舞台から引いていただき、仏門に入っていただき、北条という名を捨ててもらいます」


仏門という言葉を聞き、殺気が一瞬にして消え失せた。

保之は、刀から手を放し、双子を支えて座らせた。


「氏直殿を当主として、鶴松様に仕えてもらうことになるとは思いますが、御三方は、北条としてではなく、僧侶、もしくは、別の家のものとして仕えてもらう事になると思います。ただ、北条家の今後については、鶴松様が決められることなので、詳しくは、今後の話になるかと思います」

「……再興されるのは、当分はないのか。仕方あるまい」

「まあ、それは、これからの話になるかと。それと、御三方とも腹を召して、勝手に死ぬことは許さないとのことです」

「それは」

「生き恥を曝したくないと思われるかもしれませぬか、鶴松様から死ぬことは許さないとのことです。殿下も、約束を違えれば、根切も辞さないとのことです」

「……」


先代は、鶴松が元服する時期に併せて、後北条家が復活すると思っていることを感じたが、信繁は、扱いはすぐ決まるのではないかと考えていた。

ただ、鶴松が大人と同じように会話ができることは、信繁も聞いているが、実際には見ていない為、どこまでか判断は出来なかった。

しかし、小田原が落ちた後、会えばわかると思っており、ここでは、曖昧な言い方で誤魔化した。また、風魔党自体が、下った確証もないまま、内情を伝える気は一切なかった。


先代としては、この条件が落としどころと考えていた。長宗我部家や島津家は所領を残されたが、後北条は無理であろうと考えていた。初代長氏以来、五代にわたり、民政を引き、民からの支持も強い。鎌倉公方ではないが、豊臣政権と反目する可能性がある。小大名として残したとしても、治めるのに失敗すれば、民が後北条の治世を懐かしみ、不穏な動きをするかもしれない。

まして、長宗我部家や島津家を征伐した時と違い、奥州関東以西は、豊臣政権下にあり、諸大名に配慮する必要性は低下している。特に、敵対している家に対して、温情を差し伸べる必要性は感じない。

だからこそ、この機会を持って、後北条家の命脈を保てれば、良いと考えた。最悪、氏政、氏照が腹を斬ることも考えていた為、仏門に入る条件に、ほっとした気持ちであった。


「氏政様に、この話を伝えますゆえ、しばし、お待ち戴けませぬか」

「構いません」

「返事が来るまで、そんなに御待たせしませんので、ここより少し先にある、宿でお待ちくだされ」

「分かりました」

「信繁様……」

「ふふふ、御供の者は、警戒しておりますが、良いのですかな」

「まあ、この者は、心配性なので」


そう言い、信繁は笑い出し、保之は顔を顰めた。


「なるほど、保之殿は、苦労されているようだ」


先代もつられて笑い出す。ますます、保之は顔を顰め、双子は、一息ついた。


「では、案内しますゆえ、外に出ましょうか」

「ところで、先代殿のお名前を、問題がなければ、教えていただきたいが」

「……ふむ、そうですな、太郎と呼んで頂ければ」

「分かりました、太郎殿」


太郎は、席を立ち案内するように、小屋を出て宿に向い、、信繁たちはその後をついていった。




「氏政様」

「小太郎か」


氏政が、休んでいる寝室の炭に、音もなく小太郎が控えていた。


「親父殿より、文が来ました」

「どれ」


小太郎は、太郎から送られてきた、書状を氏政に渡した。そこには、信繁と話した秀吉からの条件が示されていた。

氏政は読み終わり、目を閉じたが、その目の端から涙がこぼれ出した。初代長氏以来、守ってきた家を滅ぼすことへの口惜しさと、申し訳なさで心がかき乱れていた。

長老であった幻庵が亡くなった際、上方の動きや情報収集を怠るなと忠告されていたのに、守れなかったこと、どのように詫びを入れれば良いのかと、かと言って、腹を斬って詫びることもできない。

生き恥を曝す、これが、後北条家を滅ぼした罪を償う事なのか、辛いと感じた。


「……苦労を掛けた、すまぬ」

「いえ」

「条件はのむ、ただ、城内を纏めるのに、しばし、時間がかかると伝えてくれ」

「はっ」


返答を聞き、小太郎は部屋から消える。

氏政は、布団に入り、体を横にした。

唐沢人且、唐沢左力、千賀地保之は、創作の人物です。

風魔党先代の名前は、創作です。

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