第百ニ十八話 偵察
「ヤマタよ、ここか?」
「そうだな……」
「どうした?」
政宗に声を問われたヤマタは首を傾げた。
「いやな、スペインのもの達が少ない気がするんだよ」
「それは、我らに敗れて、逃げ出したんじゃないのか?」
「そうなんだが、上の連中なら分かるが庶民も減った気がするんだが……」
「しかし、そっちでは城塞都市が多いと聞いたが、ここはそうでもないのか」
「ん、そうだな。中心部は城塞で守られ、スペイン人が住んでいるが、明や原住民は住むことは無いな。許可が下りないから周辺に住居している」
「ああ、だから簡単な検問をするぐらいか」
「そうだな。日本人と明人では区別つかないから、緩い検査程度だが……検問の兵がいないな」
「逃げたか?」
「逃げるとは思えないが、今の総督なら逃げてもおかしくない。だが、下っ端の兵まで逃げるとは思えない」
「そうか、逃げて賊にでもなるんじゃないのか」
「それはあるが、海賊はない」
「船の問題か」
「そうだな。敗れたとはいえ、残っていた船の船長たちが、海賊になるとは思えない。先が無さすぎる」
「そうか、港や船を襲えば、得れるものもあると思うが」
政宗の言葉にヤマタは苦笑を浮かべた。
「確かにな。でも、船長は国への忠誠と服属意識が強いものが多い。そうでないやつは、部下からは信頼されていない。忠誠が高ければ逃げる事も賊に落ちる事もない。逆に、信頼されていないやつは賊にはなれるが、部下から信頼されてい居ないから、いつ寝首をかられるか分からないし、ついてくるものも限られる。そうなると船は動かせれない。それに、実力が伴わなければ、既存の海賊に潰されるか取り込まれる。補給を考えても、倭寇や商人と繋がりがなければ砲弾や火薬の補充も出来ない。今のご時世、剣や弓だけで戦う事は出来ないよ」
「そうか」
「夜襲で港を強襲しても、練度や連携が高くなければ統制が取れず、崩壊する可能性がある。まあ、村程度なら選挙できるかもしれないが……」
「なら、兵が中心部の城塞に集められている可能性があるのか」
「あるだろうな。あの総督が逃亡したとしても、城塞に籠れば、ある程度の期間であれば物資は備蓄されている」
「ふむ、しかし、総督とやらが逃げるなら、物資は持っていくのではないか」
その言葉に笑いながらヤマタは答えた。
「総督ならため込だ財産を積むだろう。まして、船に詰め乗るのは有限だ。最低限の物資しか積まないだろう。流石に食料はケチらないだろうが、武器弾薬は最低限じゃないか」
「それでは、襲われた時に被害がでないか」
「他の船に積み分けるんじゃないか」
政宗は眉をひそめる。
「他の船が反旗を翻して、総督の船を攻めたらどうする?」
「その場合は、財宝は海に沈むだけだな。総督ならそうする」
「命を助けると言われてもか」
「ははは、誰がそんな安っぽい言葉を信じるか。総督を始末して、財宝を山分けした方が良い。それに、総督は逃亡して行方不明と言えば良いし、なんなら始末して日本の船に沈められたと言えばよい」
「なるほど」
「今ならスペインとイギリスは敵対しているから、総督を交渉役にしてイギリスに逃れる事も可能かもしれない」
「ふむ」
「総督も貴族のはしくれだから、伝手はあるだろう。情報と財宝の一部と引き換えであれば、保護はされるんじゃないか」
「しかし、呂宋からスペインまでも遥か遠い道のりと聞いている。逃れれるのか、途中で捕縛されないのか」
「それはそれ、情報がそこまで素早く流れるわけではない。総督は交渉もうまい、姑息だったがな」
そう言ってヤマタは笑った。
「だからこそ、財宝は必要なんだよ」
「手付と食料の確保のためか」
「そう、後は修繕だな。スペイン本国近辺であれば厳しい眼があるだろうが、離れた地域であれば融通は利く。まして、総督が逃げ出したという情報が知れ渡る前であればな」
「商人たちは敏感だぞ」
「確かにな。商人たちは敗れた事によって、利権が失われた。総督に対して怒りがあるだろう……が、やつらは商人だ」
その言葉に、政宗は思い当たることがあり苦笑を浮かべた。
「商人は利益の為に、心と交渉は別に行う事ができるな」
「そうだ。奴らは明の連中と交渉をしている。まあ、やつらは多めに利益を与えれば、笑顔で取引してくれるからな。たとえ、明の役人や王の命に背いてもな」
「いや、賄賂を贈れば、その役人や王も渡した商人はお目こぼしして、利益を得てるはずだぞ」
「ま、そこは、何処の国でも同じか」
「そうだな」
そう言いながら、二人は笑った。
ふたりの後ろにいた重長は胃のあたりを抑えて、苦しそうな表情を浮かべた。
重長は政宗に逆らえるはずもなく、諫言したが無視された。
お目付け役の成実は、秀永の下に置いておかれており、政宗を止めるものがいなかった。
その二人の笑い声に気が付いて、どこかに言っていた利益が近寄って来た。
「何か分かったか」
「んー、思った以上に明の連中が多いな」
ヤマタは苦笑を浮かべた。
「奴らはいつの間にか増えていくんだよ。いなくなったと思ったら倭寇に参加している奴らもいる」
「そんなこと、良くわかったな」
「いや、倭寇がこちらの商船を襲った際に、討伐に行ったら討ち取ったやつが、見知ったやつで驚いたことがあるんだよ。普通に、商売していたやつが倭寇の船に乗り込んで、こちらと戦っていたんだから」
「まあ、賊は日常に紛れ込んでいる奴もいるからな……」
「いや、やつは家族もいたんだよ」
「……まあ、忍びなら現地に潜むやつもいるから、同じじゃないのか」
「討伐後、そいつの家に行ったら、旦那は漁に出ていて、まだ帰ってこない、心配だとか言うんだぞ。しばらく監視していたが、倭寇と連絡を取り合うそぶりもないんだよ」
「いや、その家族を捕らえて、取り調べれば良いのではないか」
ため息をつきながらヤマタは顔を振った。
「そうしたかったんだが、地域の顔役みたいなやつでな。家族を捕らえたら暴動が起きる可能性があったんだよ。やつら、関係なくても団結して暴動を起こすから面倒でな。総督と話して監視だけで納めたんだよ。倭寇とつながりあれば、それはそれで使えるからな。でも、何もなかったよ」
「そうか、此処を抑えたとして、明の連中を追い出すのも難しいか」
「そうだな。多すぎる連中は」
「他に何かなかったか」
政宗に話を振られて、暑そうに扇を叩きながら利益は答えた。
「兵士たちは中心部の城塞に移動したみたいだ」
「治安が悪くなっていないか」
「ヤマタが言うように、少し、悪さをする奴が増えたようだが、明人は自衛団を作って対抗している様だぞ」
その答えにヤマタは苦笑を浮かべた。
「奴らはこれがあるから怖いんだよ」
「わが国でも村ごとに協力するがな」
「村というのは、顔見知りか、血が繋がっている者たちが多いのだろう?」
「そうだな」
「明の連中もそなんだが、やつら、そういう繋がりが無くても、群がって協力し合うんだよ、利益になる、勝てるとなるとな。今は自衛の為だから分かるが、それがいつ支配しているもの達へ向かう兵になるか分からないのが怖いよ」
「やっかいだな……殿下が言われた通り、支配するなら教育、文化による帰属意識を高めるのが手なのか」
「明の連中は、各地に集団を形成しているぞ」
「ああ、殿下もそう言っていたな。しかし、教育を続ければ、その軛も断ち切れる可能性があると言っていたな」
「うまくいくのか」
「ふとした時に、祖国への帰属を思い出すときがあるとは言っていたが、何代も世代を繰り返せば、明との関りを切る事も薄くすることも出来る。それは教育だと言っていたな。まして、その繋がりは、国との繋がりではなく、家族の繋がりだとも言っていたな」
「血による繋がりか」
「それだけじゃなく、疑似家族、帰属意識とも言っていたな。まあ、成功するかどうかは、遥か先でしか分からないとは言っていたよ」
「ふむ」
「そもそも、そちらの国々は大抵血縁で結ばれていると聞いているが」
「まあ、そうだな。王家、貴族は複雑に絡み合っている」
「でも、地域が分かれ、国が興り、そこでの生活で意識が違っているよな」
「確かにそうだが……」
「明も遥か昔は、血族が諸侯として封じられたけど、代を重ねて相争って攻防を繰り返した。日本も同じだ。あの狭い土地であっても、隣の国では考え方が違っていたり、起きても違ったりしている。同じ島に住んでいるのにだ。もし、外に出た明人が帰属していると思ってもそれは、忠誠ではない。家族意識か、利益があるからだと思うがな。それがなければ、簡単に切り捨てる気がする。まあ、なんにせよ、今はマニラ見学だな」
「のんきな事を」
苦笑を浮かべてヤマタは肩をすくめた。
政宗は、秀永からかつて、日本にも渡来人が多く着て住み着いた。しかし、彼らの多くは日本の民として生きていき、子孫もそうなっている。
明だけではなく、その土地に住むもの達も日本の式目、法を平等に施行し、教育を行えば日本の民として生きていくことに誇りと安堵を得れる可能性があると政宗に説明した。
それは、途方なく長い年月が必要だし、まして、日本国内の民にも行わなければならない。
玄孫あたりで完成し、それ以降熟成していけばよいとも言っていた。
その話を聞いて、当初は鼻白んではいたが、日本の外へ出て、日本以外の民と接して、統治する事の難しさを実感した。
日本国内でも北と南、中央では考え方、価値観が違っていた。ただ、大きな差があっても、調整はとれる範囲ではあったが、外は全く違っていた。
価値観、文化、伝統、言語の違いに衝撃を受け、いっそ、排除した方が良いのではないかと秀永に言った事もあった。
それに対して、秀永は排除すれば、いずれこちらも排除される。まして、人が少ない状況で、国内の人を国外に出しても、いちから村や町を作らなければいけない。
それに掛かる労力と、食料などの物資の輸送の問題を指摘され、政宗は黙ってしまった。
現地の人を使い、取込み、農産物なども協力して増やしていけば、土地に根差した環境を作ることが出来る。
そして、今、進出しているのは、スペインがいる地域の国々が未だ進出していない、少ししかいない地域だと。
その状況を利用して、こちらの実効支配及び、地域のもの達を取り込んだ防衛線を築くべきだと秀永は言った。
東の大地は、明の様に広い場所があり、その東部や南部の一部は抑えられているが、西部や北部は入り込む余地はあると。
そこを、伊達など諸将の領地として、支配する事を許された。
最上や上杉、前田などは明より北部、シビル・ハン国より東部を与えられ、かつ、東の大地にも出兵を許された。
いや、九州や四国、中国の大名は高山国や、さらにはるか遠い南にあるという大地への出兵を許された。
日本国内の大名たちも、申請を許可されれば、それぞれに出兵を許される。
大名たちが争うより外に領地を求め、余剰の牢人たちを外に出すことにより、国内の治安と領地の整備を行いやすくする目的があるとも聞いている。
流石に、人のいる地域、環境などにより厳しい事が多いが、それでも人々は野心と希望に満ち、日本は熱気で包まれていた。
一部の保守的な武士や貴族、寺社以外は。
「ヤマタよ、お前の行きつけの飲み屋はこのあたりか」
「ああ、外ではここがまともだな。騒がしいが、酒と食い物はおいしいぞ」
利益は、ヤマタに声を掛けながら、飲み屋の扉を開けた。
昼は過ぎていたが、人はそこそこ入っている様だった。
「おや、生きてたんですか」
「何の事かな」
店員の言葉を、ヤマタははぐらかした。
流石にスペイン艦隊が大敗した事は周知の事実であり、ヤマタの顔を知っているもの達は死んだものと思っていた。
「そうですか」
店員はそう言いながら、政宗、重長、利益を見ながら、にやりと笑って注文を聞いて戻った。
「顔を知られているようだが……当たり前だな、来ていたなら」
「変装したところでバレるだろうよ」
「まあ、兵士たちはいないし、問題にならないか」
「そうだな、金目当てに駆け込むやつがいるかもしれないが」
「そうなったら、楽しい事だな」
「……そうかぁ?」
利益が楽しそうに捕縛に来る連中が来ないか言うと、めんどくさそうにヤマタが返した。
「いや、普通、降伏したのに、平然と戻ってくる神経もどうかと思うんですが……」
重長が胃のあたりを抑えながら、ぶつぶつと文句を言った。
「考えすぎるな、はげるぞ」
「いや、政宗様が来なければこんな思いは……父上……」
「親離れしろよ」
「父上に報告しますね」
「む……まあ、許してくれるだろう」
「はい、二刻ほどの説教と、仕事を大量に押し付けて、ひと月ほど監禁されてください」
「……まあ、国には戻らないから大丈夫!」
「はぁ……」
「ふむ」
景綱は、重長からの書状を読んでいた。
「流石に、抑えれるものではないが……まあ、義姫様に協力願うか」




