第百ニ十四話 統治
しばらく、政宗が席に着き、武吉らからオアフ島や東の大陸について情報のやり取りをしている間に膳が運ばれて来て置かれ、宴が再開された。
重綱や成実らが武吉らの質問を政宗から変わって受け答えし、政宗は秀吉から質問を受けていた。
「政宗よ」
「何でしょうか」
「どうじゃな」
秀吉のそれだけの質問に、政宗は一瞬考えた後、にやりと笑ったがちらりと寧々を見た。
寧々は呆れた表情を浮かべて、顔を左右に振ったが特に止めることはなかった。
清正は興味の眼を向けたが、正則と如水は興味をもたず、氏直たちと国内の事について話をしていた。
秀永は気にせず、武吉や氏直たちの会話に耳を傾けており、重成は秀永に影響がないように祈りながら深いため息をついていた。
「ご隠居様は、どうなんですかな」
秀吉は顔を歪めながら、肩をすくめた。
「まあ、まだまだなんだがな。今は見るだけに留めておるよ」
政宗は秀吉の女好き、それも、男色には一切目を向けない事を知っており、驚いた表情を浮かべた。
秀永も男色には興味はなく、そこは親子を感じていたが、女好きではないので育ちの違いかと、政宗は失礼な事を昔思ったことがあった。
「それはそれは」
「まあ、寧々も許してはくれるぞ、説明すればな」
そう言いながら、秀吉は恐る恐る寧々に眼を向ける。
寧々はため息をつきながら頷き、秀吉はほっと胸をなでおろす。
その姿を見て、政宗は内心で笑い、横に居た秀永は微笑んでいた。
「ふむ、では」
政宗は誰かを薦めようかと思い言葉を出したが、秀吉は手を左右に振って断った。
「いや、それは良い。もう十分だし、今は寧々を慰労するのが先だ」
「あら、旦那様、それは私が慰労されたら、また派手に集めると?」
「ち、違うぞ、寧々」
寧々から指摘され、秀吉は慌てて否定し、寧々は笑った。
「分かってますよ、羽目を外さなければ構いませんよ」
「いや、本当に手は出さないぞ」
「旦那様のその言葉は聞き飽きましたが、まあ、信じて差し上げましょう」
「本当じゃて、秀永からも病気の話も聞いておるし、昔のように手を出していたら、病に罹るかもしれん」
そう秀吉は言うと、清正は政宗に向けていた視線を外した。
性病については、遊女などから感染する可能性があるとして、秀永が遊郭を含めて、検疫をするように指示を出していた。
国内では、完全にではないが主要な場所では、しっかりと健康診断が行われ防がれている。
「おや、清正殿どうなされましたかな?」
「何でもない」
政宗は眼をそむけた清正を揶揄って、声をかけた。
清正は秀吉の影響を受けて、遊びを覚えたが秀永に滾々と説教を受け、健康診断を受けていない遊女で遊ぶのをやめた。
正則も影響を受けていたが、遊べば嫁はしばらく不機嫌になり遊ぶのではなく、側室を迎えなさいと言うので、遊ぶのを控えるようになった。
如水は嫁一筋だったので、二人とも清正をちらっとみて、内心で苦笑していた。
「秀永が言うには、外の国はそこまで病に意識が行っていないと言っている。治療技術や診断は日本より優れている事が多いが、それは病を得てからで、防疫ようは病を防ぐ為の研究はこちらが進んでいるとは言っておる。なので、軽い気持ちで現地で関係を持つと、危険があるという事だぞ」
「それは聞いておりますれば、医師の確認はしております」
「それに、お主はどちらも手を出すからな……」
「それを踏まえての検査もしておりますゆえ」
「そうか」
「下の者にも、通達しております。定期的な検診は義務付けておりますので、現地での病で大変の時もありましたが、対応はしております」
政宗の言葉に、秀吉は笑顔になった。
「そうか、そうか、ならば良いな。で、どうだ」
「なかなか、色々な者たちが居て、目の保養になっております」
「おう、わしがもう少し若ければ……」
「いえいえ、まだまだご隠居様もお若い」
「じゃがな、今はええで……ははははは、今は色々なところ行きたいからな、そっちに眼を向けてられん」
「ほう、では、ハワイや東の大陸にも行きますか」
「そうじゃな、許されれば行くぞ、ただ、船の旅は長いからな。行けても西の方か」
「では、最上の伯父上に話せねばなりませんな」
「寒くない時期だな。あちらの冬は奥州の比ではないとも聞いておるからな」
「義康からも聞いておりますが、冬は厳しく、地も凍る場所もあるとか。夏季であればまだ良いとは聞いておりますが、夏にいる蚊は日本にいるものより強勢とか、しっかりした対策をしなければいけない場所も多いらしいです」
「ほう、なるほど」
「明の北方の民、シビル・ハン国や東の島や大陸の現地の部族のものたちの子女を日本に招いて学ばせる予定です」
「なるほど、ならば、わしも直接話を聞く事が出来るな」
そう言って、秀吉は秀永を見た。
秀永は頷いたのを見て、秀吉はにやりと笑った。
「そういえば、秀永よ」
「何でしょう」
「西や南はまだ近い、しかし、東は遠すぎるが統治はどうするのだ」
秀吉の言葉に、皆話を止めて秀永を見た。
「南と言っても、高山国よりさらに南蛮を経て、南には日本の数十倍の土地があります」
「確かにそう言っていたな」
「その場所には、調査団を入れていますが、統治と言っても日本が完全に統制するのは無理でしょう。それより狭い日本でも統治できていなかったのですから」
「そうだが、明はどうだ。あれはあれで統治できているぞ」
「統治は出来ていますが、体制が完成されているからですが、でも、やはり皇帝のいる北京が全てを統制できているとは言い切れないでしょう。かつての洪武帝はすべての書類を目を通し、各地域へ配下を派遣していたと言います。その時は統治は出来ていたでしょう。しかし、時代が過ぎれば統制が緩み、各地域で力を持つものもあらわれ、一端混乱が起きれば独立勢力に成り代わってしまいます。洪武帝のような人は稀有で、かつての諸葛亮も細かいところまで精査して政務した為に、過労のために亡くなったとも言われています」
「そうだな、それに、周囲の土地は海に隔たれている。即対応するのは厳しいか」
「はい、ですので、各地域に守護を置き、守護を任命するのは日本で行い、政務、軍事を執り行う者たちは、日本で教育を行い。その者たちが各地域で現地の者たちを教育する体制を作ります。日本への帰属意識を植え付ける事を初手とします」
「なるほど、日本に属している意識を植え付けるか」
「はい、話す言葉、文字も共通として覚えさせます」
「現地の者たちの言葉や文字はどうする」
「それはそのままにして、言語、文化などを書籍にまとめ、まずは日本に保存し、各地域に書き写して保存します」
「消失するのを防ぐか」
「はい。そのうえで日本の言語、文化を浸透させます」
「しかし、それでは統治の綻びはどうする」
「守護に他国への交渉事に関する権限以外を委譲します」
「む、それでは、独立する様なものではないか。何故、交渉は与えぬ」
「我が国の方向性と、同盟関係との矛盾をなるべく防ぐ為です」
「そうだな、日本と敵対している国と同盟して、敵対されると困るな」
「そうです。日本の法を基本とし、現地で必要に応じての法をその下に制定させ、現地に即したものにすべきかと思います。また、日本から観察団を年に一度派遣し、調整を取る事も考えています」
「うーん、そうなると応仁の乱以降の日本と同じ、守護、大名の対立騒乱と同じになるのではないか」
「そうですね、威勢が年を経れば届かなくなり、現地との混血が進めば乖離は大きくなるのは仕方ないかと。ただ、大枠で日本に連なる共同体である事を意識付けすれば良いと思っています。幕府の行っていた調停調整を、もっと大きな地域で行うという感じになるかと思います。まずは、大枠、基礎を作り上げ、先はこれからの者たちに、変更や調整を行っていくしかないかと思います」
「そうだな、頼朝公が鎌倉で幕府を開いたのち、武士の世の中が今のようになるとは思っておらなんだだろう」
「それに、南蛮……スペインやポルトガルなど、この世は数多くの国や人々が存在していますので、交われば価値観も変わっていくでしょう」
「ああ、宗教などに狂うやつも必ずでるだろうからな」
「ええ、だから宗教と政務は別に分けて考えるよう徹底しなければなりません。坊主たちが政務に口出すのは混乱の元にしかなりませんので」
「やつらは善意の衣を来て、悪意を持っておるからな」
「耶蘇教の者たちは、我々を蛮族であり、無知蒙昧と思っている連中も多いですし、回教や天竺には仏教以外の教えもあります。その教えをどう法の下に治めれれるか、それぞれの文化、伝統もあるので難しい課題になり永遠に解決はしないでしょうね」
「叡山や一向衆の坊主共も殺生を禁止すると言いながら、やっている事がな。耶蘇教も治療院を作りながら、禁止されている奴隷売買を黙認している」
「耶蘇教にとっては、帰依していない者たちは人と思っていないのでしょうと、考えますね」
「日本の寺社は抑えれるが、国外は無理だな」
「はい、なので、法を持って抑えるしかないかと」
「難しい話だな」
二人の会話を聞きながら、考える表情をするものが多い中、政宗はにやりとした。
「秀永様」
政宗の呼びかけに、何を考えているか分かり、秀永は苦笑した。
「東の大陸の守護の話ですか」
「はい」
「今はまだ、考えている途中ですよ」
「我が家にも可能性が」
「それはなんとも」
曖昧に言いながら秀永は笑った。
政宗はその言葉に頷いた。
シベリアの地は、最上、上杉らを守護とし、北米は伊達、南部、佐竹らを守護とすることを考えていた。
ハワイは真田に与え、中継地点の管理と北米の監視を行わせる。
呂宋は武吉ら水軍の拠点とし、オーストラリアや周辺の島には毛利、宇喜多、長宗我部、島津らを守護とし、他の大名や武将も各地に土地を与えようと構想を練っていた。
高山国、琉球は直轄地する予定になっていた。
各地へ兵を進め、現状統治している者たちを追認するような形にする予定になっていた。
ただ、そこは、三成らと検討した後に確定し、朝廷での任命を行う予定となっている。
守護とは言ったが、朝廷で新たに外にたいする官位守、介などを新設し、任命する事を摂関家とも調整している。
公家の中には、守は我々がと言い出すものがいるかもしれないが、遠く離れた地での統制を統治の経験がない、配下も居ない公家が出来るとは思えない。
そこで守は武家が継承し、介は日本から公家を期間をもって派遣する予定としている。
まだ構想を話し合っている段階で、スペインなどを排除してから制定する予定だった。
三成ら実務を担当している者たちは、各地を巡検しているので、肌で現地を感じていたので、秀永とズレがあった。
その為、秀永は実際に現地がどう統治されているかを実際に眼にする為に、高山国まで来ることにした。
現地の者たちとの確執が大きければ、統治方法も体制も変える必要がある為に、秀永は実際に見たかった。
重成は必死に止めたが、笑いながら秀永は無視した。
「あの広大な土地を頂けると思うと、嬉しい限りですな」
「お主一人に任せる気はないぞ」
「分かっております」
政宗の顔を見ながら、三成との話し合いを思い出した。
介も守護の系譜と秀永は思っていたが、三成は同格が相対すれば争いが起きるのは、鎌倉以降見れば自明として、介には朝廷か豊臣家の者を派遣し、調整および諜報を行わせるべきだと忠告を受けた。
野心の押さえていない政宗ならば、他の守護を支配下に組み込む、滅ぼす可能性も考えられた。
先の事は分からないが、ないとは言えないので、介は複数いるかもしれないと秀永は心の中でため息をついた。
「そういえば、殿下は側室をどうお考えですか」
政宗の言葉に重成は眉を顰めるが、秀吉は顎を撫でた。
「今はまだ考えていませんが、摂関家からの話はあります」
「子を多く作り枝葉を広めるのは、殿下の務めの一つです」
物知り顔で話す政宗に、秀永は苦笑を浮かべた。
「それで、何が言いたいんですか」
「いえ、私が目元麗しい者を推薦させて頂ければ」
「ご遠慮します」
秀永が笑顔で即答した。
「そうではございません。支配地域が広がれば、その土地の有力者との結びつきも必要になります。特にシビル・ハン国との結びつきは必要でしょう」
そう言われ、秀永は苦笑した。
「確かにそうかもしれません」
「部族ごとに側室は流石に多すぎますが、朝鮮の北で大きな部族の族長の娘なども結びつきを考えれば必要でしょう。高山国や呂宋、東の者たちは大きな部族はない為、現状は無理ですが」
「そうですね。でも、それは駒姫との間に世継ぎが生まれてからになると思います」
秀永の言葉に、政宗は大きく頷いた。
側室を入れる事を拒絶していないと現地を取り、将来的に政宗の息子か孫との婚姻関係も可能だと思った。
「ふむ、各部族からの娘たちか……」
「旦那様」
「考えるぐらい許してくれ」
秀吉の呟きに、寧々が反応して、弁明をしていた。
政宗としては、秀吉の元に送り込むことを考えたが、やり取りを見て諦めた。




