第百九話 嘉隆
ここ数日、嘉隆は早舟の穂先で望遠鏡で海のかなたを見ていた。
目に映るのは、海平線のみで、スペインの船の姿は確認できなかった。
杭州や朝鮮、澳門のポルトガルよりも、呂宋のマニラは高山国よりも離れており、少し時間が掛かると想定はしていた。
しかし、ここ数日、何もなく、彼方ばかり見ているのは飽きてくる。
配下の者たちも集中力が持続できない。
ただ、配下の者たちは、集中する時としない時で切り替えをすることが上手いので、今のところ、問題は起きてはいない。
船上で問題を起こせば、直ぐに捕縛され、抵抗すれば斬られる。
また、反省もしなければ、海に放り出される可能性もあるので、口論はあっても、大きなもめ事にはなっていない。
「守隆も暇だろうな」
「若の事ですから、気を張りすぎているのでは。坊達も同じかもしれませんな」
「良隆は体が弱すぎる、殿下が医術を発展させたおかげで、生活は出来るし、留守居役は出来るが海には出られんからなぁ」
「他の坊達は、それぞれ船長をしておりますが、まだまだ、若すぎて、付いているもの達も苦労しているでしょうな」
「守隆は戦舟だな」
「へい」
「ガレオンは、貞隆が乗っているのか」
「そうですな」
「隆季は早舟の一隊を率いさせたが、隆重、久隆はナオ隊だったか」
「そう若から聞いています」
「そうか……」
嘉隆にしてみれば、最後の大規模な船戦だと思っている。
それで死んでしまうのも仕方ないと思っている。
だが、若い孫たちが命を散らすのは望んではいない。
海賊大名と言われた九鬼に連なるものであれば、致し方ないと割り切ってい入るが、心配もしている。
「頭、坊達に付いているのも、修羅場をくくった連中ばかり、うまいことやるでしょうよ」
少し、顔を曇らせた嘉隆に気を使い配下の者が、気を使って言葉を発した。
「なあ、そうだな。死ぬときは死ぬ。俺たち海賊は、海の上で育ち、海で死ぬ。まあ、守隆、成隆ならどうでも良いんだがな」
「ひでぇこと言いますな」
「あいつらは、俺鍛えた、どうやっても生き残るだろう」
「あのしごきは、見ていて辛いものがありましたが、まあ、あれぐらいしないと命を落としかねないでしょうからな」
「だが、孫は、なかなかそこまで出来なかった。守隆も厳しくはないしな」
「まあ、若は頭にやられた事は納得は出来ても、坊達に同じことをしようとは思わなかったんでしょうな」
「効率よく、運用するようになったのと、殿下が作った救命胴衣や発煙筒とか、海に落ちても生存の可能性が高くなったからな。海に落ちたら陸まで泳ぐか、諦めるしかなかったのが、助けを待つことが可能になったんだからな」
救命胴衣は、ゴムを使いながら、何とか空気を保持する事が可能になる作りに作り上げ、発煙筒も煙がでるようになっている。
何度も試作と失敗を繰り返して、何とか作り上げる事が出来たが、普及するよりもまず、各船に常備する事を優先させた為に、一般に普及はしていなかった。
後は、筏も各船にいくつか乗せていた。
小舟は乗せれるものは乗せていたが、少数しか乗れないので、大きめの筏を乗せ、戦いの時は縦代わりに、難破の時は筏として使っていた。
嘉隆が若いころに比べれば、生存率はあがっていたが、しかし、砲撃を受けたり、斬り込みなどでなくなる可能性もある。
今のところ天候は良いが、悪化すれば、なすすべなく沈んでしまう可能性もある。
船の底は死という認識で戦っており、陸上に比べれば、一つ間違えればあっけなく死んでしまう。
孫たちには、そんな戦場に携わって欲しくはなかったと嘉隆は思いつつ、子ども達には、死んで来いと平然と言う。
そんな嘉隆に、孫たちは、戸惑う事もあった。
「隆季からの連絡はまだないな」
「へい」
「物見として、周囲を遊泳させているが見つからんか」
「こっちの海は広いですからな、果てしなく続く海平線で見分けるのも難しい」
「うーん、侵攻経路を誤ったか」
「商人たちからは聞いていやしたが、直前になって可能性もあるかもしれませんからな」
「呂宋に居る商人たちは、戻ってきていないか」
「さすがに奴らも、留め置くのでは……下手すりゃ、捕まっている可能性もありますな」
「商人に偽装した倭寇の連中なら抜け出せると思うが……」
なかなか敵影が見えない事に、嘉隆も参っていた。
若いころなら、いら立ちが募り、周囲に当たっていただろうが、歳を経て、気が長くなったのか、怒り出すことは無かった。
明や朝鮮、ポルトガルとの戦いが終わったと連絡が届けられた時、嘉隆は苦虫を嚙み潰したような表情をした。
「俺だけが何もしていないのか」
配下に当たることはなくなっても、どこかに苛立ちをぶつける必要があったのか、そう言って、船の縁を嘉隆は殴りつけていた。
「殿」
「五郎右衛門か」
呼びかけられ、嘉隆は振り返った。
嘉隆を、戦場で殿と呼ぶ配下は少なく、豊田五郎右衛門は常に殿と呼んでいた。
「何かあったか」
「呂宋にいるのはスペインでしたか、殿下が言われいたのは」
「そうだな」
「出航したと報告があってから、時間が掛かりすぎています」
「……」
「かといって、琉球や九州、四国あたりに攻撃を仕掛けたという報告はありません」
「そうだな、何が言いたい」
左の瞼を上にあげて、苛立った表情を浮かべながら嘉隆は問うた。
「呂宋から出港したのは、欺瞞で、どこかの港に寄港しているのでは」
その言葉に、嘉隆は眉間にしわを寄せた。
「……何故だ」
「ひとつは、出港したという情報を流し、こちらを迎撃に出させ、徒労を強いる事。ひとつは、ポルトガル、明に出航を促す事」
「まあ、最初のは分かる、後のは……そうか、ポルトガルと明と戦わせ、こちらを消耗させて、おいしい所を頂くって寸法か」
「可能性はあるかと、また、我々やポルトガルと明が勝手も負けても戦力としては低下する。戦力回復までには時間が掛かる。そこを襲えば勝利は確実であり、競争相手であるポルトガルも追い落とせると、考えているかもしれません」
「あるな、ありえるが……じゃあ、こちらの監視を逃れれる場所はあるか」
「呂宋の北部やその北にある島などであれば、情報の封鎖はしやすいかと」
「あそこら辺にも、忍びは入っているはずだが」
「入っていたとしても、こちらへの情報を流すには時間が必要ですし、当然、あちらも監視が厳しいのではないですか」
「……では、どうする」
「いったん、監視をしている隆季様を残して、順次引き上げて、船の整備をしましょう」
五郎右衛門の言葉に、呂宋のある方向に目を向けながら、しばし嘉隆は考えた。
「入れ替えや整備は行っている、息抜きもしているから戻る事は不要だ」
「しかし……」
「お前の言葉が正しければ、もうそろそろ奴らが出てくるはずだ」
「……それは、ポルトガルらとの戦いが終わったからですか」
「そうだ、お前の話で来ない理由も納得が出来た。なら、戦いが終わったと思われる時期にやつらは来るはず」
「それが今だと」
「ああ」
嘉隆は頷きながら、振り返り五郎右衛門を見た。
「戻って、整備をしている連中も臨戦態勢に入らせろ」
「はっ」
「貞隆、隆季には、厳重に周囲を監視しろと伝えろ」
「はっ」
五郎右衛門が各船へ伝達の為に支持を出しに行く姿を見ながら、嘉隆の口角は上がっていた。
五郎右衛門の予想どおりに呂宋の北部で待機していたスペインの船団が出航準備を始めていた。
五十ほどと見積もられていた船の数は、その数を増やし、七十ほどになっていた。
「総司令官」
「なんだ」
「船は増えましたが、あのもの達では統制は取れないのではないでしょうか」
「お前もしつこいな、問題ない、奴らが消えれば、我々の利益が増えるから問題ない。活躍すれば猿共の数が減る。お前の進言を受け入れて、待機していたんだからこれ以上言うな」
そう言いながら、めんどくさそうに総司令官は手を振った。
副官は、総司令官の発言に不安を持ち、船の数を増やす事を提案した。
また、ポルトガルや明の船数を考えれば、日本が船団を分散するとは思わず、ポルトガルと明との戦いで疲弊した日本と戦うべきだとも進言した。
周囲では、臆病者と批判するものが居たが、総司令官は楽に勝てるならそれでいいと判断し、副官の進言を許可した。
日本を見下してはいても、無傷で勝てる方が、その後の活動が優位になることぐらい総司令官も理解していた。
増えた船は三十隻を越えていたが、その大半が、海賊や倭寇だった。
元からいる四十数隻は、スペインの軍船と武装商船であった。
武装商船は単独でも動くが、集団で動くことも慣れており、スペイン海軍との共同運用も可能であった。
しかし、海賊や倭寇は中までの集団行動は可能だが、他の組織との連携は皆無であり、勝手に動き回る恐れがあった。
副官は、それによって、戦列が乱されるのを恐れたが、総司令官は気にもしていなかった。
「そもそも奴らは、先陣だ。猿共と潰しあって、数を減らしてくれればいい。そうなれば、猿も潰しやすくなるし、海賊共の討伐も今後楽になる」
そう言いながら、総司令官は高笑いした。
海賊や倭寇には、免罪と侵攻後の略奪を許可していた。
功績があれば、スペイン軍に加入する事も約束したが、海賊は前向きなものもいたが、倭寇は興味を示さなかった。
但し、それは全て、総司令官の空手形であり、海賊も倭寇も弱れば、その場で日本の船ともども沈める気でいた。
海賊や倭寇の大半は、総司令官の事を信用はしていないが、食料の提供を歓迎し、略奪による利を取って協力を承諾した。
また、海賊や倭寇は、スペインが日本と戦って、双方弱ってくれることを期待しており、総司令官の考えと大差はなかった。
「もうそろそろ、ポルトガルと明という蛮族と日本との戦いが終わるころだろう」
総司令官の問いかけに、副官は頷いた。
「日数を考えると、決着は付いているはずです」
「まさか、明は知らないが、ポルトガルが勝手も負けても、日本に損傷を全く与えないことはないだろう」
「それはないと思います。明も装備は貧弱ではありますが、数が多いと聞いています。それで、日本が損害を受けないという事はないでしょう」
副官の言葉に、総司令官は満足そうな表情を浮かべた。
「なら、こちらに来るのは、連戦で船の数が減り、戦いに疲れた猿が相手という事か」
「はい、しかし、油断はできないかと」
副官の慎重論に、総司令官は呆れた表情を浮かべ、周囲は嘲笑した。
「お前は、本当に臆病だな」
「いえ、我が艦隊が健在であるために、慎重であるべきかと思っています。様子を見に来た間諜達が、日本に連絡できないように対策もしてきました」
深いため息をつきながら、総司令官はやれやれという表情を浮かべた。
「わかったわかった。まあ、いい。では、海賊と倭寇の連中を先に出向させろ。獲物は早い者勝ちだと言って、けしかけておけ。獲物が残っていたら、お前たちが得るものが無いと言ってな」
「わかりました」
副官は頭を下げ、指示をだしに向かった。
「慎重になるのは良いが、少し、奴は臆病すぎる。有能であるが、頭の良い奴はどうも考えすぎるな」
総司令官はそう言って、周囲のもの達と笑いあった。
現場の叩きあげで、のし上がってきたものが多く、生き残るために臆病であり慎重なのは理解は皆していた。
ただ、日本を、アジアを見下しており、その判断も鈍くなっていた。
総司令官は、楽をするためと言いながら、今後の自らの地位の向上や、本国での立場を考えた為、副官の進言を受け入れた。
口では見下した事を言っても、油断はしないというのが身に付いていたからかもしれない。
海賊や倭寇たちは、指示され出航の準備が終わった船から出港し始めた。
彼らは、スペイン海軍に従ってはいたが、内心は小ばかにしていた。
何時でも足元をすくってやろうと、考えていた。
今回の日本侵攻に参加したのも、周囲の仲間や商人の情報を集めて、勝てると思ったから参加しただけで、そうでなければ、逆にスペインやポルトガル海軍の居なくなった呂宋や澳門の港を襲おうとしていただろう。
また、スペイン海軍がこちらをどのように使おうとしているかも予測はしており、先に出向しつつも、日本の船を回避しながらスペイン海軍にぶつけて、自らは、高山国を襲う事も考えていた。
それは、海賊と倭寇が話し合ったわけではなく、彼ら個々が仲間内で話し合った結果であり、偶然に一致した結果であった。
ただ、海賊はヨーロッパ出身者が多く、アジアを見下していたもの達が多く避けながらも戦っても負けないと思っていたのに対し、倭寇は日本の強さを知っており、まず、回避する事を優先に考えていた事が違いかもしれない。
倭寇の中には、日本と繋がっている者もおり、その船団は機を見て、離脱し呂宋を襲う算段をしていた。
それぞれの思惑が多すぎて、一致団結して日本と戦う状態ではなかった。




