第百話 軽慮
鳥辺野へ戻ってきた忠興は、家臣たちを呼んだ。
「あぶれ者どもは集まっているか」
「思ったより、集まりが悪く……」
そう答えた家臣の頬を、忠興は殴りつけた。
殴られた家臣は、身体をよろめかせて、片膝をついた。
その家臣を見ながら忠興は言い放った。
「この無能ものめ!」
家臣は殴られた頬を押えることなく、首をたれた。
「申し訳ございません」
京にも顔が効き、交渉事もこなせる康之を残したのは、失敗したかと忠興は悔やんだ。
しかし、留守の居城を守らせる家臣は信用のおけるものでなければならず、大半の家臣が藤孝、興元の元にしたがって出た為、家臣団を立て直すにも苦労があった。
その事もあり、藤孝、興元へ恨みを持つことにもなった。
康之は、父の家臣ではある為、全幅の信頼は置けないが、細川家への忠誠は高いと忠興は認めていた。
そう考えていても安心できず、監視の者たちを康之の元に送り込んだり、書状のやり取りなどを監視していたが、問題ないと判断し、留守居役に命じた。
豊臣に歯向かったり、主家が途絶えた家の家臣で、見込みのありそうなものに声をかけたが、ことごとく断られていた。
それも、忠興の自尊心が刺激されることになった。
せっかく引き上げてやろうと言うのに、名門細川家の家臣になれるのを断るとは、と。
「致し方ない、集まったもの達へ命じろ。豊臣の番所に攻撃を行えと。火を放ち、その後は、他の場所に移動して、乱捕りを行えと」「それでは、都に火が……」
「誰だが、意見を言えと言った!」
疑問を呈した家臣を、忠興は蹴り飛ばした。
家臣は、嘔吐しながら、うずくまってしまった。
忠興は舌打ちをしながら、その家臣に行った。
「愚か者が何も分からず、浅慮の言葉を発するな!」
「も、もう、申し訳ございません」
そう言いながら、立ち上がることが出来ず、四つん這いになりながら家臣は謝罪した。
「都がどうなろうと、知った事ではないわ。ふん、焼き払えば見通しも良くなり、町割りもやり直せる。それに、愚かな公家どもをこの際、処分すればよいわ」
忠興の言葉に、家臣たちは表情を変えなかったが、内心冷や汗をかいた。
激高しやすくとも、理知的な面もあり、家臣へ与える恩賞も悪くはない主君ではあるが、ふとした時に、狂気が乗り移る事がある。
その為、何人もの家臣や下人が手打ちになっていた。
今の発言を聞いて、どれだけの犠牲がでるのかと、心の中で考えた。
反論すれば、これについては、確実に切り殺されると推測される為、家臣たちは口をつぐんだ。
ただ、数名は、もうついていけぬと、機会を見て逃げる事を考えた。
しかし、逃げたとしても忠興に今回の件で従っていたと知られると、追捕される恐れがあるので、名を変えて逐電するか、豊臣出頭するか、悩むことになった。
「ああ、そうだな。薄汚い連中に、番所や主要なところに火を放った後は、公家や豊臣とゆかりが深い商人を襲えと言っておけ。金も女もいるだろうからな」
そういう忠興の言葉に、家臣たちは頷くしかなかった。
「外に待機させているもの達も、都に火の手が上がったら突入するように命じろ。まずは、帝を押え、その後、朝敵として、豊臣を討つよう綸旨を出させる。下賤の人間が、朝廷に関わることについては、帝も不愉快に感じておられるだろう。公家共もそのはずが、銭によって靡くとは、やはり、公家は銭を無心するだけの無能な連中よ」
忠興は、自らの言葉に酔っていた。
家臣は何も言う事が出来ず、ただただ、黙って立っているだけだった。
「河原者たちはどうした」
「話に言っても、誰も話を聞こうとはしませんでした」
「そうか」
やつらなら、あぶれ者同様、使いつぶしても良いと思っていた。
使えそうなら使ってやる程度だったが、無視された事に内心怒りを覚えた。
ただ、日ごろからいないものとして扱っているため、ついでに始末すればいいかと思った。
「まあ良い、お前たちは、火の手が上がり、外の兵が都に侵入してきた際、御所にいくぞ」
その言葉に、家臣は顔をひきつらせた。
「数人腕の立つものを選び、共に御所に入り、俺が帝と話をする間、その周囲を警護しろ」
黙って、家臣は頷いた。
「鉄砲と崩落玉はいつでも使えるように準備をして、進むぞ。決行は丑三つ時だ」
「……はっ」
「いけ!」
忠興の号令に、家臣たちは頭を下げて、離れていった。
「都を押え、帝を押えれば、ネズミ共の大義名分は無くなる。その後、俺の子に豊臣の家督を継がせ、関白とすれば、実権を握ることが出来るだろう。諸大名が素直に従うとは思えぬが、ネズミの重しがなくなれば、やつらは愚か者だから争い始めるだろう。なれば、その時、豊臣・朝廷の代理人として、俺が調停し、諸大名を制御すればよい。天下を差配するのは細川家の家職よ」
そう、小声で言いながら、忠興はにやりと笑った。
「大谷様」
「動きましたか」
「はっ」
吉継は、忠興が数日かけて、公家や公卿と交渉するかと思っていた。
前久との交渉が決裂してすぐに動くのは、予想の中では可能性の低いものであった。
時間的にも呼び寄せている兵が間に合わないと考えた。
「致し方ありません。手持ちで何とかしますか。詰所の兵には、消火の準備と迎撃の用意を。詰所への襲撃は混乱と足止めが目的になると思うので」
詰所には奪うものが少なく、うまみのあるものはない為、火をかけて逃げていくと考えた。
忠興直属の兵は、朝廷を押える為に必要なはずで、詰所への襲撃は牢人たちが行うと予測していた。
「こちらに味方する牢人たちには、周辺に怪しいものがいないか巡回するように。また、予定通り左腕に白い布をまくように命じてください。賊は、商家を狙うでしょう。もしかすると、公家の屋敷を狙うかもしれないので、そちらにも向かわせてください。合言葉を言わないものは敵と判断して捕縛を、抵抗すれば斬り捨ててもかまいません」
「はっ」
返事をした家臣は、その場から立ち上がり、自らの家臣に連絡するように命じていた。
「河原者には、都に火の手がたてば、消火の手伝いを依頼してください。報奨金は払うと必ず言ってください」
河や橋の下に住んでいる者がおり、手に持てる樽によって、水の手渡しで現場まで運び、消火を行う手はずをした。
「都の外にも兵が待機しているようです」
「そちらは、もうもう少ししたら来たから援軍が来るから問題ない。我が手勢は、御所へ向かい帝をお守りする」
「しかし、手勢の数が……」
「大半の兵は都の外に置いているだろうから、互角に戦えるはずだ」
「……わかりました」
「忠興殿は、帝を押えに来るはず。周辺で陽動を何か所が行うはずです。牢人や河原者に、不埒な行いはしないように言明しておいてください。特に牢人の中には夜盗崩れもいるはずなので、見張りは行っておいてください」
「はっ」
「それと、忠興殿は鉄砲や焙烙玉を使う恐れがあるので、暗闇では確認が難しいので、そちらで使用をしようとする者をみつけたら始末してください」
「はっ」
そう言い、吉継は立ち上がり、家臣を呼び待機していた兵を率いて御所に向かった。
街道を騎馬が走っていた。
「義康」
「なんだ」
「此処は木々や土の道ばかりで、走りにくいな」
「そりゃそうだ。北方のあの広大な草原や原野とは違う」
「森へ行けば狩れるものが多そうだが、馬で移動するのは難しそうだ」
「ははは、馬では難しい場所もあるだろうな。整備されていない場所は荒れている所もあるからな」
イシムは、自らの生まれ育った大地と違う日本に驚いていた。
水も豊富で、森林もあり、寒さもあるだろうが生きていくのが楽そうだと。
ただ、馬が活躍できる場所が少なそうだと感じた。
義康たちから聞けば、騎馬による活躍もあるとは聞いたが、本当か首を傾げた。
城や山に籠られれば騎馬の活躍の場がない。
まして、平地では何処まで、活用できるか。馬を友とし、大半の兵が馬の扱いに慣れた我々とは違う発想と戦い方を実際に見て実感していた。
短弓による攻撃は乱戦でも活用できるだろうが、あの長槍に囲まれると危険だと見ていた。
シビルハン国は、西方からロシアは、鉄砲や大筒なども使われ、押され気味になっていた。
今までの戦い方では負けると思っていた時に、手を貸してくれた豊臣によってもたらされた鉄砲騎馬の発想に活路を見出した。
馬と共に戦う事を捨てることなく、敵の火力に対抗できる手段を得て、ロシアを押し返し、逆にロシアの土地を侵食していけるまで回復した。
そのような発想が生まれる土地をこの目で見たいと思い、無理を言って義康についてきた。
見るもの聞くものが新しく、楽しいとイシムは感じた。
そして、この地で知識と戦い方、武器の運用を学び、祖国に持ち帰るんだと心に誓った。
「移動には、やはり馬が必要だ」
「その通りだ、兵の運用の幅が広がる」
「しかし、わが国には、そこまでの馬はいないから、そこまでの素早く兵を動かすことが難しい」
「我々との違いだな。しかし、兵に拠点を守らせ、鉄砲と弓で遠距離から攻撃し、近づけば長槍で押し返す。この国の戦いも守りとしては有用だ」
「殿下は要塞と拠点防御を組み合わせる事が重要だが、それに頼ると、得てして敗北すると言っていたな」
「要塞を落とす事は我々には難しい」
「落ちない要塞はないらしい」
「ふむ、そこは話を聞いてみたいな」
「大坂城は難攻不落と言われている。弱点もあるがそれを補完すれば、戦う事が出来ると昔は言われていな」
「その城を見てみたいが、昔はとは」
「大量の大筒で攻撃する、空から攻撃すると無力らしい」
「空?」
「そうだ」
「……頭は大丈夫か?」
「うん、俺も聞いた時はそう思ったよ。でも、やりようはある。今はまだ、難しい事もあるけど、できる事はある」
「ふむ、そこも聞いてみたいな」
「ああ、俺も殿下に聞いてみたい」
二人は馬上で頷きながら、馬を走らせた。
替え馬もあり、騎馬のみで、歩兵は宮津城の守りと監視に半分を残し、残りは騎馬の後ろを付いて移動していた。
騎馬は替え馬で乗り換えながらの為、歩兵とは距離が離れているが、無理をしない範囲で急いでくるように命じ、義康たちは先行して、京へ向かっていた。
高虎は、吉継からの書状を見て、直ちに兵たちを集め京へ向かって、移動した。
しかし、高虎は忠興が直ぐ動いた場合、間に合わないと考えた。
その為、京の周辺に駐留している兵に対して、伝令を走らせ、忠興の残党が逃げる可能性がある事を伝え、巡回を密にするように依頼した。
「やはり、京の兵を減らしたのは失敗か、いや、そうしなければ、動かなかったか」
不安に思いながらも、吉継ならばなんとかするだろうと高虎は考えた。
その為、取り逃がさないように、手配だけは行った。
書状を受け取った各地の武将は、巡回を密にしたが、その結果、賊なども捕まえる事になり、治安が良くなった。




