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第九話 勇気を出して

「ねぇ! なんとか言ったらどうなのよ⁉︎」


 教室に残っていた二人の女子を囲んで、詰め寄る女子グループの四人。その周りには、少し離れて輪になるように、様子を見ているクラスの子達がいます。

 華奈は呼吸を整え、その輪の外から声を上げました。


「ちょっと待って! 聞きたいことがあるのだけど……」


 突然上がったその声に、女子グループの子たちは静かになりました。そして、その場にいる子たちの視線がいっせいに華奈へと集まります。華奈は、ゴクリとつばを飲み込んでから話をはじめました。


「……その子たちが鏡を持っていくのを、誰も見てなかったし、持っていったという証拠はないのよ……ね……?」


 華奈は、うたがわれている子たち程ではありませんが、ひかえめな性格で。いつもだったら、皆の後ろから、そっと眺めているだけだったでしょう。なので、夕実佳を含む周りの子もですが、特にその女子グループの子たちは驚いた様子で、華奈を見ていました。


「なんなのよ、あなた……! この子たちの味方をするの?」


 長い髪をかわいくツインテールにしている絢音が、イライラとした様子で華奈を見て言います。


「味方というか……持っていったのが彼女たちでなかったら、どうするつもりなのか……謝るのかな? と思って」


 それは、いつもの自分とはものすごくかけはなれた言動で。ここまでを皆の前で言っただけでも、心臓が飛び出てきそうなほど華奈は緊張していました。けれど、まっすぐと四人を見つめ続けます。


 華奈の言葉を聞いた絢音は、ぐっと口を固く結び、悔しいような、悲しいような表情で、だまってしまいます。


「……じゃあ、どうしたらいいのよ?」


 だまってしまった絢音を見て、隣に立つ髪が短く背の高い、沙耶(さや)が、絢音よりは落ち着いた声で言いました。


「……一番いいのは、先生に相談することだと思うけど……」


 華奈がそう言うと、グループの他の子たちもだまってしまいました。おそらく、先生から、持ってきたらダメと言われていたことを、彼女たちもちゃんと覚えているから。


 先生に相談することで、まずそのことを怒られる。そう考えた彼女たちは、返事をすることができなくなってしまったのです。


 すると、周りの子たちの視線が、華奈からグループの子たちの方へと移っていきました。彼女たちが華奈の言葉を聞いて、どうするのか、興味が湧いてきたのでしょう。


『華菜、今だな?』

(うん!)


 誰もが口をつぐみ、静まり返る。華奈とシオンが待っていたのは、この瞬間でした。


 シオンによると、怒っている子たちの『心の声』が大きすぎて、他の子の『声』が聞こえなかったそうです。そのままでは、誰が鏡を持っているのかわからない、と。そこで、シオンは華奈に「ほんの少しの間でいいから、怒るのをやめさせてくれないか?」と頼んだのでした。


 そこで華奈が思いついたのは、みんなが注目している中で「先生に相談したらどうか」と、言うことでした。そうすることで、怒っている子たちの心の声が、一度は静かになるはず、と。


『よし、見つけた!』


 シオンが鏡を持つ子を見つけたようです。


『少しだけ、手助けする。力もわたしてやるから、あとは自分で頑張るんだぞ──』


 誰かに語りかけるような、優しいシオンの声が華菜に聞こえてきました。すると、筆箱がだんだんと温かくなってきます。


 ペンダントが温かくなってきた時と同じ……シオンの力って、とても温かくて、優しいのね。


 華奈は、心地よいその力を感じながら、そっと目を閉じました。すると──


「あ……!」


 しんとしている中、誰かの声が聞こえました。シオンが力で声を出させたようです。


 華奈が急いで目を開けると、みんなが同じ方向を見ていて、誰が声を上げたのか、すぐにわかりました。それは、休み時間に教室で本を読んでいた男の子のうちの一人でした。


 声など出すつもりはなかったのに、という顔で、男の子はあわてて両手で口を押えます。

 全員の視線がその子に集まり、中には口をパクパクさせている子が何人かいました。けれど、誰も声を出すことはありません。きっと、これもまたシオンの力で、声を出せないようにしているのでしょう。


 まわりを見回した男の子は、みんなが自分の方を見ていることに気づいたようです。ふるえる両手を下ろして、何回か大きく息をしました。そして、視線を床に落としたまま、小さな声で話しはじめます。


「あのー……ですね……」


 シオンのわたした力が、話しはじめる勇気となったのでしょう、そう華奈は思いました。


 男の子は覚悟を決めたのか、両手をギュッとにぎりしめ、たぶん彼の精一杯の大きな声で話し始めました。

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