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第十話 事件の解決と、いただいたお礼

「昼休みが始まってしばらくしてから、ですね……何かを取りに戻った男子たちが、そこらの机にぶつかったりして、ぐちゃぐちゃに動かしながらまた外へ行ったんですよ……。それを元に戻している時、コレが落ちているのを見つけて……」


 男の子は、ポケットからそれを取り出して女の子たちに見せました。


 それは、無くなったとさわがれていた鏡。絢音が何か言いたそうに口をパクパクさせているけれど、彼女も声が出せないようです。それに、動くこともできないようで、おどろいた顔をしてから、男の子をにらみつけました。


 やはりシオンが力を使い、そうさせているようで、筆箱はほんのりと温かいままです。


 男の子はにらまれ、怯えたようにビクリとしました。ですが、絢音が何も言わずに自分を見ているので、何があったのか、ちゃんと話を続けることができました。


「この間した席替えで、君がどこの席か覚えていなくて、どの机から落ちたのかわからなかったんです……。

 でも、先生に持ってきたらダメと注意されていたのを覚えていたので……先生にわたすより、直接君にわたした方が良いかと思って…………」


 男の子の話はそれで終わったようでした。すると、動けるようになった絢音が、怒っているような足音をさせてその子の目の前へ立ち、両手を腰に当てます。


「あんた……! なんでもっとそれを早く言わなかったのよ……!」

「す……すみません……! 本に夢中になっていて、君たちが戻ってきたことに気付かず……!

 あっという間に皆が集まってきて、言い出しにくくなってしまって…………」


 頭を下げてそれを差し出す男の子の手から、奪い取るように受け取った絢音は、そっぽを向いて言いました。


「一応……お礼は言っておくわ。先生にわたさないでいてくれて……ありがとう」


(そういうことだったのね……!)


 華奈はドキドキしながら、そのやりとりを見守っていました。


 鏡を持っていた男の子が、うたがわれていた子たちにも謝ると、続いて女子グループの子たちも謝りました。しぶしぶのような感じでしたが。


 問題が解決して、その場にいたみんながほっとしたその時。「先生が来たぞ」という声が聞こえてきました。他のクラスから来ていた子たちは、自分たちの教室へ戻り。華奈のクラスの子たちもみんな自分の席について、何事もなかったかのように授業を受けました。

 そしてそのでき事は、先生に知られることなく終わったのです。


 放課後になり、華奈が教科書をカバンに入れて、帰る準備をしていた時の事です。

 女子グループの一人、菜々子がやってきて華奈に話しかけてきました。


「華奈さん、ちょっといい?」


 華奈が顔を上げて菜々子を見ると、その後ろに他のメンバーも立っています。


「ほら、絢音。ちゃんと自分で言いなよ」


 沙耶にうながされた絢音が、何やら怒っているような、ムッとした表情で華奈を見て言いました。


「あなたに言いたいことがあるの」


 華奈は、何を言われるのだろう? と不安で胸をドキドキさせながら絢音を見ました。けれど絢音は、華奈から目をふいっと離し、めずらしく小さな声で言いました。


「ありがとう……」

「……え?」


 想像もしなかった言葉が聞こえて、思わず華奈は聞き返してしまいました。すると今度は大きな声で絢音が言います。


「……ありがとう! あなたにも一応お礼を言っておくわ!」

「そんな、私は……」


 お礼を言われるとは思っていなかった華奈は、何と返したらいいのかわかりませんでした。


 ああやって、みんなの前で声を上げられたのはシオンがいてくれたからで、自分だけでできたことではありません。シオンがいなければ、きっといつものように後ろの方で見ているだけだったでしょう。だから自分にお礼はいらない。華奈はそう考えました。


「お礼なんて、私はただ……」


 そこまで言って、シオンのことを話すわけにもいかないと思った華奈は、


「ケンカとか、そういうのが苦手なの……だから、気になったことを質問しただけよ」


 そう、ひかえめな笑顔で言いました。実際に華奈は、弟たちともほとんどケンカをしたことがありません。自分が我慢すれば良いのだからと、いつも弟達にゆずっているのです。


「ふん……それでも、あなたがあの時声を上げなかったら、あのまま先生が来て鏡は没収されていたでしょう。だからやっぱり……ありがとう」


 そして「お礼よ」と言って、そっぽを向きながら、可愛いウサギの形をした消しゴムを差し出してきました。


 ありがとう、と言われているのに、なぜだか押し付けられているみたい。華奈が少し困った顔をしながら微笑んで絢音を見ていると、周りの子たちが説明をはじめます。


「もぅ、本当に素直じゃないんだから! ありがとうって思ってるのは本当だから、よかったら受け取ってあげて」

「そうそう。あの鏡ね、私たちも持ってくるのやめなって言ってたのよ。でも、今日は間違えて持ってきちゃったみたいでさ。この子」

「し……宿題やるのに! あれが手元にあった方が頑張れるんだもん! それでノートの間にはさまってて、そのまま持ってきちゃっただけだもん!」


 はずかしそうに顔を赤くして、まるで怒っているかのような口調で言う絢音ですが、華奈にはその瞳の光が少し悲しそうに見えました。


「私だって、もう持ってきたらダメだって、ちゃんとわかってるんだから……」


 ウサギの消しゴムを受け取った華奈は、それを見つめながらつぶやきます。


「私は……ちょっと疑問があるかな……」


 シオンと話をし、一緒にすごすうちに感じてきた疑問が、華奈の中にいくつかありました。


「たとえば、鏡を見て、授業に集中できていなかったなら、それは良くないと思うんだけど……。そういうこともなかったのに、なぜ先生は持ってきたらダメって言うのかしらって」

「あなた……」


 疑問の一つを鏡の事に例えて話すと、グループの子たちは全員目を丸くして華奈を見ました。


「答えはわからないんだけどね。それでも、先生の言うことをきくのは必要なことだし良いことだと思うし……」


 色々考えたけれど、今の華奈に答えは見つからず。


「ごめんね、私。何が言いたいんだろ」


 悩んでいる最中のことを話すのって、とても難しいのね、と華奈は思いました。


「でもね……うん……。あのまま先生に取り上げられちゃうのは嫌だと思ったの」


 にこりと笑顔で華奈は続けます。


「ウサギの消しゴム、ありがとう。大事にするね!」


 ポカンとするグループの子達を残し、華奈は教室を後にしました。


 そして筆箱の中のシオンは、今日もまた誰にも見つかる事なく、無事に一日を終えることができたのです。


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