第23話「未来を抱きしめる腕の中で」②
大広間の扉が、厳かな音を立ててゆっくりと開いていく。
赤い絨毯の先に広がるのは、幾千もの光を反射する巨大なシャンデリア。
色とりどりのドレスや礼服を纏った貴族たちが、ざわめきに包まれながらこちらを振り返る。
華やかさと熱を孕んだ視線が、一斉に向けられた。
先頭を歩くのは王と王妃。
その後ろに並ぶのはエドと私、王太子夫妻。
マダム・フルール渾身のマタニティドレス『未来を抱く蒼穹』。
毎度ながらトンチキな名前なのに、これがまた、とんでもなく出来がいい。
深い蒼色の布地は、夜明け直前の空を思わせる落ち着いた色調。
胸元から裾に向けて散りばめられた星の刺繍は、『これから生まれる命』を祝福するかのようにきらめいていた。
まだ服の上からではわずかな膨らみしかわからないはずなのに、ドレスのデザインのせいで、まるで大々的に『懐妊しました』と叫んでいるみたいだ。
注がれる視線の重さに、背筋がわずかに強張る。
「このたび、我らが王太子夫妻に、新たな命が授かったことをここに告げよう」
王の朗々たる声が大広間に響いた瞬間、空気が震え、どよめきが波となって押し寄せてくる。
次いで、割れんばかりの歓声と拍手が弾けた。
「おめでとうございます!」
金杯が掲げられ、祝福の言葉が矢のように飛び交う。
涙ぐむ父と母の姿が視界に入り、胸の奥がふっと温かくなる。
けれどその喧騒の中で、一つだけ、凍るように冷たい視線が混ざっていた。
会場の奥で拍手を送る后妃。
口元には微笑みを浮かべているのに、瞳だけが氷のように揺らがない。
目が合った気がした瞬間、背筋に冷たいものが走る。
大広間での発表が終わり、祝宴の場へと続く回廊に移る。
左右を行き交う貴族たちが、次々と祝いの言葉を寄せてくる。
「殿下、ご懐妊、心よりお慶び申し上げます」
「まあ……王太子妃殿下のお姿が、まるで光を纏っているようで」
笑顔で返すけれど、胸の奥ではさっきの冷たい視線がいつまでも消えない。
そうして進んだ先、進路のど真ん中に、后妃が立っていた。
裾を静かに揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる。
「つい先日ご結婚なさったばかりで……まあ、ご立派なこと」
「后妃殿、ありがとうございます」
エドが丁寧に返す。
后妃は柔らかい笑みを浮かべるものの、その声音には妙な湿り気があった。
祝福に聞こえるのに、呪いの一歩手前のような重さ。
「どうかご無事に、お産まれになればよろしいのですけれど」
にこやかな表情を崩さぬまま、目だけが僅かにすっと細められる。
その一瞬だけ、蛇にじっと見据えられたような錯覚を覚えた。
私は深く一礼しつつ、落ち着いた声で言った。
「后妃殿下、わたくし紅茶には砂糖を入れませんので。次の茶会ではご用意は不要です」
「そう……侍女に伝えておきますわね」
その瞬間、后妃の瞳がわずかに揺れた。
ほんの一拍にも満たない。
けれど、あの完璧な后妃が初めて見せた隙だった。
顔には一切影を落とさぬまま、優雅に背を向けて去っていく。
残されるのは、甘い香りに混ざった、ひどく冷たい余韻。
砂糖を入れた紅茶を、后妃は口にしなかった。
ずっと不思議に思っていた。
だから今日、ほんの軽口のつもりでカマをかけただけなのに。
まさか本当に動揺するとは。
……やっぱり仕込んでたんじゃん。
「リエル……砂糖とは……?」
「ん?茶会でね。多分、毒が仕込まれてた」
軽く答えたつもりだった。
だが、エドの顔がみるみる青ざめていく。
「な!?」
「大丈夫だって。口にしてないから、今ここにいるんだろうが」
私は后妃の背中を睨みつけながら、エドの腕をぎゅっと握りしめた。
后妃の望み通りになんて、絶対にさせない。
二つの王冠は、私の子どものものだ。
他の誰にも渡す気は、さらさらない。
大広間での発表が終わったあと、后妃は余裕の笑みを浮かべ、しなやかに扇を畳んで退出していった。
けれど、自室に戻ると同時に
「皆、下がりなさい」
低く押し殺した声が部屋に響く。
侍女たちは息を呑み、一礼して部屋を後にした。
重い扉が閉じると、静寂が落ちる。
后妃は、手にしていた扇をゆっくりと見下ろし……
次の瞬間、白い指がぎゅっと締まった。
バキッ。
華奢な骨組みが折れ、布が裂ける乾いた音が部屋に響く。
「……本当に……なんという幸運」
誰に向けるでもない、かすれた独り言。
しかしその声色は祝福ではなく、まるで『誰かを呪い殺す前の祈り』のように湿っていた。
引きつった唇の端が、笑っているのか苦しんでいるのか判別できない歪さを帯びる。
折れた扇を机に投げ捨て、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
そして。
何事もなかったかのように、再び完璧な微笑みを浮かべ、姿勢を正した。
まるで先ほどの激情すら、最初から存在しなかったかのように。
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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
※本作には、この物語の前段階にあたるお話しがあります。
ご興味のある方はそちらもご覧いただけると嬉しいです。
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