第20話「抱きしめた手のひらに灯る未来」②
「アリエル!!おめでとう!!!!」
挨拶をする前から、王妃の声が弾んだ。
エドと相談し、公務に支障が出る前に王と王妃にだけは妊娠を伝えたのだ。
まだ他の誰も知らない秘密を共有することで、ようやく一歩肩の荷が下りた気がする。
「ごめんなさいね、昨日の今日で呼びつけてしまって。人払いはしてあるから、安心なさい」
「ありがとうございます、王妃殿下」
「何が口にできるかしら?食べれないものはあるかしら?」
テーブルに並んだアフタヌーンティーは、どれも胃にやさしい食材ばかり。
きっとエドを妊娠した時、王妃自身が食べやすかったものなのだろう。
その細やかな気遣いがありがたく、王妃の人柄がよくわかる。
「四週間後に祝賀の場を設けるのでよろしいかしら?」
「はい、よろしくお願いいたします」
「ふふふ……娘ができたかと思ったら、次は孫だなんて」
笑みを浮かべながらも、王妃の瞳にかすかな寂しさが宿った。
そして、ぽつりと語り出す。
「わたくし、娘が欲しかったと申しましたでしょう?帝国からアストリア国に降嫁してすぐ、エドを授かりましたの」
帝国の皇女であるエレオノールが最初に身ごもったのは、十八歳でアストリア国に降嫁して半年後のことだった。
妊娠は喜ばしいこと……しかし、母子ともに無事に出産を迎えられる保証はどこにもない。
帝国から遠く離れた国で、頼れる家族もいない中での妊娠は、嬉しさと同じくらい不安を呼び寄せた。
その頃、彼女の従妹セリーヌがわずか十五歳で后妃として王に迎えられることになる。
陛下に側室を迎えられることには複雑な思いがあったが、幼い頃から姉妹のように育った従妹が同じ国に来てくれることは、エレオノールにとって寂しさを紛らわせる支えでもあった。
やがて無事に男児……第一王位継承権を持つエドガーが誕生する。
国中が歓喜に包まれる中で、エレオノールとセリーヌの関係は、少しずつ、しかし確実に変わっていった。
三年が経っても、セリーヌには子が授からなかったのだ。
周囲からは『再び王妃に』との声も上がったが、王妃と后妃の格差はあれど、妻として差を付けることを良しとせず、王がその機会を拒んだ。
結果として、第二王子セシルが誕生するまでに七年もの歳月を要することになる。
同じ帝国から降嫁した二人の皇女。七歳のエドガーに対し、生まれたばかりのセシル。
その幼い存在を盤石のものとしようとする思いが、次第にセリーヌの心に影を落とし、黒い野望へと形を変えていった。
セシルが誕生して間もなく、公爵家を招いた盛大なお祝いの場が設けられる。
広い宮殿で迷子になったアリエルの手を引いて、エドガーが戻って来た時は周囲を驚かせた。
「おはな、あかちゃんにどーぞ」
「まぁ……ありがとう」
その愛らしいやり取りに場が和んだが、后妃は冷静に計算を巡らせていた。
アストリアに存在する三つの公爵家。そのうち令嬢を持つのはクローバー家とルーメン家だけ。
クローバー家のアリエルはセシルより四歳上。ルーメン家の娘は六歳上で、しかも病弱と囁かれている。
エドガーにはやがて隣国の王女があてがわれるだろう。
ではセシルには?少なくとも、公爵家の娘との婚約が望ましい。年齢差が多少あっても構わない。
だが……エドガーがアリエルを見る眼差しは幼子のものではなかった。
もし、彼が子どもながらにアリエルとの婚約を望むようになれば?
セシルの未来を守るためには、何としてでもアリエルを縛っておかなければならない。
后妃は一つの噂を流す。
『王太子エドガーはルーメン家の令嬢と婚約が内定している』
その噂が広がれば、アリエルは王家以外の誰かと婚約を結ばざるを得なくなる。
一時でも他と婚約すれば、その後いかようにも操作できる……セリーヌの打算だった。
月日は流れ、やがてセリーヌに先に第二子の妊娠が訪れる。
しかし長い陣痛の末に子は死産、さらに子宮を損傷し、二度と子を授かれぬ身体となった。
『妻を平等に』という王の意志は変わらず、エレオノールに第二子を……との声も再び退けられる。
その結果、エドガーとセシルの二人きりで、王位継承の未来は固定されてしまった。
「……きっと、エドにも側室の話が持ち上がるでしょうね」
「側室……」
思わず声を詰まらせるアリエルの手に、王妃がそっと手を重ねる。
「アリエル。側室は正室が許さなければ、迎えることはできませんのよ」
「……」
「だから、望まないなら、決して許す必要はなくってよ」
微笑みながらも、その瞳の奥には長い年月を経た寂しさが揺れていた。
もしエレオノールが側室を許さなければ、セリーヌを追い詰めずに済んだのかもしれない。
遠慮なく第二子を望めていたなら、もっと王国は安定していたのかもしれない。
王が良かれと思い、平等にと望んだ結果、余計にセリーヌを追い詰めたかもしれない。
幾重にも積み重なる『もし』が、結果として多くの人を不幸にしてしまった。
だからこそ……愛する息子と、目の前の娘には、自分と同じ後悔だけは、絶対にさせたくない。
それが王妃エレオノールの、切実な願いだった。
ブックマーク、☆☆☆☆☆、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
※本作には、この物語の前段階にあたるお話しがあります。
ご興味のある方はそちらもご覧いただけると嬉しいです。
https://book1.adouzi.eu.org/s6427j/




