第19話「芽吹いた命」①
久しぶりにしっかりとコルセットを締め、淡い水色のドレスに身を包む。
胸が押し潰されるように痛むのは、締め付けのせいだけではない。
心が沈んでいるのに、衣装だけが祝福の色をしている。
鏡に映る自分とのギャップがつらくて、一瞬だけ目を閉じた。
迎えに現れたエドは、軍服姿で凛々しく、どこかいつもより気丈に見えた。
差し伸べられる手は温かく、その温度に縋るように手を取る。
三週間ぶりに顔を合わせたセシルは、少し大人びていた。
背筋はまっすぐ、幼さが残っていた表情はきゅっと引き締まり、
まるで……ほんの一晩で成長してしまったかのように。
王と王妃に続き、后妃が優しく、しかし少し寂しげに声をかける。
「セシル、身体に気をつけて。よい知らせを待っていますからね」
私はその言葉に胸を締めつけられ、視線を落とした。
エドに手を引かれ歩きながらも、心だけが置いていかれている気がした。
「無茶はするな。お前の帰りを待っている」
エドの声は低く、兄としての想いが滲む。
セシルは静かに頷き、白い手袋の指先をぎゅっと組んで涙を堪える。
春風に揺れたその姿が、痛いほど愛おしかった。
私はベルベット張りの小箱を抱きしめ、一歩前に出る。
胸がひりつくほど痛むのに、笑おうとした。
「……セシル殿下。これ、私が刺繍したハンカチです。よかったら……」
「姉上、ありがとうございます」
その丁寧でまっすぐな声が、心に柔らかく触れた。
十二歳の少年が、家も国も離れ、異国で暮らす決意をしている。
本当は泣きたいはずなのに泣かない。
寂しいはずなのに寂しさを見せない。
それでも手の震えと呼吸の浅さが、彼の本音を雄弁に語っていた。
次はいつ会えるのだろう。
春を越え、夏を越え、もっと先かもしれない。
もしかしたら、以前のように気安く呼びかけられない距離になってしまうのかもしれない。
そんな不安が胸に押し寄せ、背を向けた瞬間、ぽたり、と涙がこぼれた。
エドが前に立ち、さっとマントの裾を広げて私を隠してくれる。
その優しさに、堪えていたものが決壊した。
声を上げることすらできず、ただ布を握りしめて泣いた。
馬車の扉が閉まり、蹄の音が石畳を叩く。
車輪の軋みが遠ざかっていくたびに、胸の内側が空っぽになっていく。
振り返る勇気はなかった。
もし姿を目にしてしまったら、追いかけたくなってしまいそうで。
部屋に戻ると、ドレスも脱がず、片方の靴だけ履いたままベッドに突っ伏す。
「リエル……おいで」
優しい声が降ってきて、顔を上げた途端、涙がまた溢れた。
エドの胸に飛び込み、背中をさすられるたび、溜め込んだ悲しみが少しずつ溶けていく。
彼の体温は、こんなにも温かいのに……
その温かさに触れるほど、寂しさが逆に浮かび上がってしまう。
気づけば眠っていて、目を開けると部屋は暗い。
エドの胸元に凭れながら寝入っていたらしく、頬が熱くなる。
ふと見ると、コルセットが緩められていた。
きっと苦しそうに見えたのだろう。
気を配って、そっと緩めてくれたその事実だけで胸が温かくなる。
「……リエル」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いや。……着替えたら、食事にしようか」
「エド、執務は大丈夫なの?」
「問題ないよ。……まぁ、コンラートが少し徹夜になるくらいかな」
「ぷっ。またコンラート様頼りなんだ」
二人で小さく笑い合い、軽食を済ませる。
その後、エドは軍服の上にマントを羽織り直した。
「戻りは遅くなると思う。先に休んでいて構わないから」
その言い方……やっぱり自分も徹夜で仕事する気なんじゃん。
弟はたった一人。
セシルが旅立った今、エドにのしかかる責務は大人の姿をしていても重すぎる。
扉が閉じ、部屋に静寂が訪れる。
広いはずの空間が、急に冷たく感じられた。
本当なら嬉しいはずのダラダラ時間なのに、胸の真ん中に穴が空いたみたいで、落ち着かない。
心だけが、セシルの乗った馬車を追いかけたまま戻ってこない。
侍女に頼んでワンワンを呼び寄せ、エドから贈られたストールと一緒に抱きしめる。
柔らかな毛並みと、微かに残ったエドの香りに包まれながら、
静かに、ゆっくりと眠りへと落ちていった。
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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
※本作には、この物語の前段階にあたるお話しがあります。
ご興味のある方はそちらもご覧いただけると嬉しいです。
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