第18話「ページをめくる指と、絡む指先と」①
ネグリジェに着替え、ベッドに転がり込む。
両手に抱えたのは、エドが図書館から持ってきてくれた本。ページを捲るたびに紙の匂いがふわりと漂う。
隣では、エドが最初は分厚い学術書に目を通していたのに、気づけば私が借りた恋愛物語を読み始めていて……。
「ファーストダンスを婚約者以外と踊るなど……浅はかだな。この国の未来は大丈夫なのか?」
「王子が侯爵家令嬢と結婚するのは……相当難しいと思うが」
「聖女が現れた程度で婚約破棄など、王子の風上にも置けないな」
「婚約破棄を高らかに叫ぶ王子が多すぎる……」
「破棄したその場で他国の王子と再婚約とは……この令嬢もなかなかだ」
……突っ込みの嵐で、全然内容が入ってこないんだけど!?
「いいんだって。そんなのは勢いで、雰囲気で読めばさ!」
思わず抗議するけれど、私だって転生後はラノベで培ったご都合展開の知識に対して、散々心の中で文句を言いまくってたし……人のことは言えないか。
「……リエルは、この物語の少女たちを救う王子のように扱われたいのかな?」
「お前、気づいてないかもだけど、大概やってっからな……」
私を独占しようとするし、無尽蔵に金を使おうとするし、評価だけは常にバグってる。
介護かってくらい甘やかしてくるし、最近はやたらスキンシップが激しい。
髪から頬から首筋から……あっちこっちにキスしてくるし。
「無自覚かよー……もう……」
「俺もまだまだってことかな」
「違うってば!」
ほんっとに、この人は悪びれもせずに言うから、私ばっかり困るんだよ……。
滅多に変わらない表情を崩したくて、隣に横たわるエドに思わず馬乗りになり、見下ろしながら問いかける。
「エドの初恋は私なんだって?」
「……誰から聞いたのかな?」
否定しない。ってことは、王妃の言う通りなんだ。
少なくとも、私が持つアリエルの記憶にはエドとの会話なんてなかったけど。
どこかで出会っていたのか?
「ユリオスかな?」
「……誰でもいいじゃん。で、いつから?」
王妃だけじゃなく兄も知ってるってことは、家族ぐるみで協力してたのか。
そんなことを考えていると、エドが指先を絡ませてくる。
「……八歳からかな」
「八年前?どこで会ったっけ……」
「俺が八歳の時。先日歩いた庭園で会ったのを覚えてないかな」
エドが八歳ってことは……。
「十二年も前から!?」
アリエルはその時、四歳。覚えてないのも当然だ。
けど、四歳のアリエルに恋して、十二年間忘れられなかったなんて……。
重っ!激重すぎる!!
そりゃ執着もするし、時折見せる余裕のない素振りも納得かも……。
「そう。だから……リエルは十二年分、しっかり受け止めないとね?」
からかうつもりで揺さぶったのに、指を絡めた手を強く引かれ、そのまま胸の中に押し包まれる。
息がかかる距離で、低い声が囁いた。
「……好きだ」
「リエルだけだ」
「離さない」
「愛してる」
熱を帯びた声が、耳の奥をくすぐるように次々と落ちてくる。
その一つ一つが、指先でなぞられるみたいに胸の奥へ焼きついていく。
どれほど時間が過ぎたのか分からない。
眠りに落ちるたび、名前を呼ぶ声に引き戻される。
「リエル……リエル……」
何度も、何度も。
一晩中、愛を告げられ、名前を呼ばれ続けた。
十二年分の想いは本来なら重すぎるはずなのに、不思議と甘すぎるほど心地よくて……受け止めるだけで精一杯だった。
……薄く朝の光が差し込む部屋。
カチャカチャ、と小さな食器の音に目を覚ます。
はっ!服!……ちゃんと着てた。ほっと胸を撫でおろす。
部屋では侍女が朝食の準備を整えていて、昨晩まで隣にいたエドの姿はもうなかった。
「おはようございます。王太子妃殿下」
「あ……おはよう。あの……殿下は?」
「殿下は早朝からご執務に向かわれました」
そうか……結婚式後の休暇は終わってしまったんだ。
思わず再び布団に倒れ込む。
朝も昼も夜も一緒に過ごして、文字通り一日中ベッタリの一週間だったから……
温もりの消えた隣のベッドが、やけに冷たく感じられた。
朝食を食べ終えた後は、結婚前のお妃教育ほど厳しくはないけれど、引き続き礼儀作法の復習や、来客に備えた所作の練習に時間が割かれた。
姿勢を正す角度、扇の開き方、会釈の深さ……一つ一つに細やかな指導が入り、やっぱりまだまだ身に付けることは山ほどあるんだと痛感する。
午後はようやく自由時間。
先日エドと並んで歩いた庭園に腰を下ろし、読みかけの本をめくる指先が、なぜか少しだけ寂しさを帯びる。
……こんなふうに、ただのんびりできる時間を待ち望んでいたはずなのに。
時間の進む遅さに戸惑い、ぽつんと一人きりの空気に、胸の奥に少しだけ隙間風が吹いたような気がした。
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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
※本作には、この物語の前段階にあたるお話しがあります。
ご興味のある方はそちらもご覧いただけると嬉しいです。
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