王都郊外のカフェにて昼下がりの出会い
魔法使いユアイは王都にあるカフェに来ていた。毎日繰り返される日常である。窓際の二人席が指定席。一人で占有する。大きな透明な石英系の窓から太陽の光が入って心地よい。
彼女は今、魔法使いらしい黒いローブではなく、長袖の白いワンピースを着ていた。スカートの下にはフリルが付いていて、とても可愛い格好だ。
季節は晩秋。そろそろ寒くなり始めるころだ。黒っぽい上着は持ってきている。テーブルの横に置いたスタッフ・オブ・マジック(魔法の杖)は珍しい形をしており、先端で二つに枝分かれしている。ユアイが必殺技を使うために特注で作ったものだ。
赤い肩下げカバンはマジックバックでお気に入りのコーヒーカップはここから出し入れする。お店とは馴染なのでオーナーからは黙認されている。
ユアイの外見は十代後半だろうか。ショートカットに見える黒い髪だが、ポニーテールで後ろでヘアリングとピンクのリボンで縛っている。
背が低いため、若く見られがちであり、大人っぽくありたいと思っているものの、本人の思惑と真逆に残念ながら着ている服装はロリコンの大好きな感じである。
「はぁ、日差しが気持ちいいわ。でも、そろそろ高校生に戻りたいわ。勉強もしたいし。この世界に来てから一体どれぐらいの日数が過ぎたのかしら」
ユアイはこのお店がお気に入りだった。大変珍しいイチゴのショートケーキがあるし、コーヒーも。かつて異世界に来た人が広めてくれたおかげ。
「高校に通っていた当時は、勉強が嫌いだったのにね、ふふ」
窓のガラス系も同様だった。異世界にはガラスという概念がなかった為、製造されることもなく、建物の窓は木の枠で開閉する板であった。
今は透明っぽいガラス状の板が製造されている。その恩恵に授かっているが、ユアイは炎の魔法で砂を溶かしてガラスを広めようとしたことがあったので、些細な知識でも役立つんだなと実感して、元の世界での勉強がしたくてしょうがなかった。
兎にも角にも元の世界の嗜好品が僅かにもあるというのは、ありがたかった。コーヒーを口にしながら郷愁に浸れるし、忘れていた記憶が蘇ることも多いのだ。愛用のコーヒーカップは自分でお店に持ち込んでいる。横には謎の白い小さな生物がコーヒーに目を輝かしている。
「コーヒーやイチゴケーキは少々お高いのが玉にキズだけどね」
ニコニコしながらショートケーキを頬張っていると、外から賑やかな音がしてきた。いや賑やかというより騒動といった感じだった。
「うん? 何か事件かしら」
ここは王都郊外にある男爵出張地である。窓から男爵の衛兵らが忙しくしているのが見えた。
ユアイは丁度イチゴケーキを食べ終わったので、コーヒーを飲み干して清算を済まし、衛兵らが走って行った方に向かって歩き出した。事件があると興味が湧いてしまうのだ。
両面にお店が立ち並んでいる街路を歩いていると、後ろから走ってきた衛兵はまだしも、騎士まで馬で追い抜いて行った。
「結構な数になってるわね。集合でもかかったのかしら」
道の左端に沿って歩いていると、右側の細い路地に八歳ぐらいの子供がいるのが見えた。その子供は高そうなブレザーを着ていて、一見して貴族や豪商の令息と分かる印象だった。違和感が伝わってきたのでユアイは子供に声を掛けることにした。
「ねぇ、ボクちゃん。どうかした? 迷子になったのかな?」
急に声を掛けられたのか驚いた顔をした子供。どこからか逃げてきた感じはなく、普通にユアイの顔を眺めて答えた。
「ううん。迷子じゃないよ」
「名前は?」
この質問で彼はビクっとした。フルネームを応えるのかと考えていたユアイだったが、その子は何かを思い出そうとするかのように目を斜め上に向けて逡巡してから答えた。
「……ジャック」
「お家の名前はないのかな?」
「……うーん、分からない。僕の名前はジャックと言ったけど、よく呼ばれたみたいな気がしただけ」
「じゃ、ボクちゃんの名前はジャック君でいいよ」
彼は、薄い記憶で思い浮かんだ名前を言っただけらしかった。たったこれだけのやり取りだったが、ユアイはピンときて彼を騎士団の詰所に連れて行こうと考えた。迷子どころか記憶喪失の片鱗が伺えたからだ。
ユアイの質問に答えようとした時、ジャックが斜め上を向いて応えようとしていたのは、記憶が微妙で思い出そうとしている仕草だった。ジャックは記憶を探っていただけだが、犯罪者がこういう仕草をする時は嘘を考えている時だと言われている。
「独りで居ると怖い人たちが攫ってくるから、お姉ちゃんと一緒に騎士団の詰所に行こうよ」
「うん……」
「何か身分証明書は持ってるかな?」
「身分証明書って?」
「家から与えられた宝剣とかよ。持ってないかな?」
彼は身体をまさぐっていたが宝剣は重くて直ぐに分かる筈。現代で言えば、脇にある拳銃のホルダーみたいなものに宝剣を収めてあり、必要があればそれを衛兵らに見せる。
「持ってないや」
「カバンなども持ってないよね?」
「うん、手ぶら」
迷子などで緊張して何をしたらいいのか判断が付かなくなってる子供には、極力優しく話して司法執行機関に連れて行くのがセオリーとなっている。あとは騎士団か衛兵に任せれば母親らを見つけてくれることだろう。
「子供なのに普通に受け答えできるね。貴族の子かな。さ、行こうか」
手を繋ごうと手を出し出してみると、ジャックは目を泳がせて厭々な感じの反応を見せ、一瞬、逃げようとする行動を起こした。
「ん。ダメよ」
ユアイは、さっとジャックの前に身体を移して彼の肩を両手でがっしりと押さえた。
「何らかの事情があるのね、ジャック。それじゃ、衛兵の詰所は止めて男爵に直接お願いしてみようね」
貴族の子女の扱いは難しい。それゆえ、男爵に依頼して安全を確保しながら親を探してもらうことにする。ジャックと手を繋ぎ、男爵邸へ向かって歩き始めた。
「おーい大変だぞ、川に上がった遺体は、男五人、女二人、合計七人もだ!」
大変不穏な声が、遠くにいた騎士団や衛兵たちの会話から聞こえてきた。
ユアイ「マジで……?」
ユアイは咄嗟に彼の顔を見た。
ジャックは目を合わせて頭をぺこりと下げ、暗い表情をして俯いた。
(もしジャック君の付き人たちが殺されていた人たちだとすると護衛が五人、メイドが二人ね。身分が簡単に分からないようにメイドが宝剣を川に捨てたと考えると筋が通るわ。殺される直前かしら)
ジャックの顔色を伺いながら、ユアイは手をジャックの頭の上に載せ、撫で始めた。
(そしてジャック君は目の前で殺されたメイドさんたちにショックを受けて記憶喪失になったのかなと。うん、都合がよすぎるけど、運が悪いことに私には女神様の幸運の加護がたんまりついているのよね)
手の平を通じてジャックの記憶を吸い出してみる。こういう場合、言葉ではなく光景が頭の中に流れるのだ。
(この出会いも多分女神様のお導きよね……はぁ)
やはり運が悪かった……。
↓ 画像:魔法使いユアイ
手に愛用のコーヒーカップと謎の生物(ペット&従魔)、白いワンピースの上に黒っぽい羽織、二手に枝分かれした特殊なスタッフ・オブ・マジック(魔法の杖)、右肩に謎の白い布、赤い肩下げカバンはマジックバック。ショートカットに見える黒い髪だが後ろでポニーテールにしている。転移してきても郷愁があり和風の雰囲気で決めていますが、魔法ハットは忘れてしまっていた(作者が)。超強力な魔法を扱い、過去の王国への貢献により爵位を授かっている。




