5.容赦のない微笑
それは、事件が起きて数日後の話。
被害者となった男の屋敷に、その男の親戚一同が集められた。
主だった面々はその瞳に黄金色を宿しながら、出されるものを口にする。豪華な食事、舌が震えて痺れるような味。彼らは思う、こんな味をあの男は毎日味わっていたのかと。
調理をしたのは、すでに中年の域にさしかかりかけているコックだった。
男に直属で仕えて長く、主人が亡き今も来客のためにその腕を存分に振るっている。磨かれた長いテーブルに、所狭しと並べられた料理。それを毎日味わうことができるのは、この場に集った誰か一人とその家族のみ。ある意味、このコックもまた『財産』の一つだといえた。
集められた彼らは、死んだ男が遺していった財産を、露骨なほどに狙っていた。具体的に言うと一族のトップという立場を望んでいた。これまでは奪われるばかりだったのだから、今度は自分が他者から色んな物を奪う番。その頭の中には、いろんな『願望』が浮かんでいた。
ここから這い上がる、ここから立ち上がる。
絶対的な支配者がいなくなった王国は、さながら喪に服すような静けさの中に、他者が見れば顔をしかめたくなるようなどす黒い欲望を満たした、腐り尽くした安寧の中にある。
だが、彼らが望んだものを手にすることは、永遠にない。
なぜなら痺れるほどに美味な料理には、猛毒が仕込んであったからだ。
一族の主だった――男と同じ道を進むだろう者たちは毒を喰らい、もだえ苦しむ。
なぜだ。
どうして。
うめき声にコックは、静かに笑みを浮かべる。
おいしかったでしょう、おいしい料理だったでしょう。僕はこれを、たった一人に食べてほしいと思っていたんですよ。彼女と作った家族と、共有していきたいと思っていたんですよ。
だけど彼女は『奪われた』。
僕の未来も、夢も、全部殺された。
なら、同じことをやり返してもいいでしょう? 奪い奪われあう一族なのだから、僕が奪い取っても許されるでしょう? 僕が彼女を奪われたように、あなた方から奪っただけですよ。
語り、笑い、絶命していく親類を見下ろす。
手抜きをせず料理を仕上げたのは料理人としてのプライドだ。昔、美味しいと言ってくれた彼女のためにも、そこだけは手を抜きたくはなかったのだ。結果として毒を入れて、その思い出を汚してしまったかもしれない。だが、男は満足気に微笑み、そして屋敷に火をかけた。
足りないのだ。
命を奪ったくらいでは、何もかもが足らないのだ。
油を蒔こう。よく燃える油を。屋敷の中に、庭のあちこちに。水桶にも注ごう。大理石すら灰にするような炎を持って、奪われたものと釣り合うだけ奪い去ってやろう。
おぞましい一族のロースト料理、誰ひとりとして逃がさない。
それが、先ほど楽しげに庭を駆け回っていた、幼く柔い子供であったとしても!
逃げ惑う炎の塊、集まってくる野次馬。
赤い炎を見上げる人々の前、彼は前庭に面するベランダに姿を見せる。そして狂った一族に美しく生まれたばかりに無理やり嫁がされ、わずか数年で死んだ最愛の恋人の名を叫んで。
その身を宙へ投げ出した。
■ □ ■
「そういえばセドリック、あの事件が決着したそうですよ」
「んー?」
「犯人が昨夜自ら命を絶ったそうです。もっとも、ロビーで他の宿泊客が話をしていたのを聞いただけで、詳しいところはわかりません。……新聞、買って確かめてみますか?」
「いや、別にいいよ。ボクは後日談には興味がないし」
「そうですか……セドリックは『推理ゲーム』をしているのかと思っていましたが」
「推理ゲーム?」
「随分と熱心だったので」
「あぁ、あれはそういうのとは違うよ。例えるなら演劇を見ている感じなのかな。ああいうのは外野から眺めて楽しむもの、現実に起きていることゆえに最高のエンタメさ。当事者になるなんてボクはごめんだね。だってそんなの、あれこれ厄介で面倒くさいじゃないか」
「そういうもの、でしょうか」
「ボク的にはそうだよ。それより絶対に火の粉を被ることのない立ち位置から、のんびり話の流れを眺めて、あーでもないこーでもない言いながら笑うぐらいがちょうどいい」
「例えば、今回のように?」
「その通り。――今回は少し火の粉を被ったけど、まぁ、楽しかったよ」




