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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
賜る安寧の有効期間
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3.必要のない仕掛

 スケープゴートですか、とカティは思考を巡らせる。

 それは、決して杞憂でも不安でもない、ということをカティは知っていた。

 いかに魔人と言えど、その存在や力の有能さを認めている人ばかりではなく、ペテン師扱いしてくる者も少なくない。そして認める側でさえ、魔人や魔女と言った『人外』が諸刃の剣であると思っている。使える時は使える、だがいざという時は手に負えないものであると。

 ゆえに、魔人や魔女と言った『身分』は、時として逆に毒となる。

 そう、例えばこういう時に。


「なにせ王様がいなくともそれは『王国』だ。もしその中に犯人がいたならば、吹けば消し飛ぶような『魔人』を自称する一般人に、すべてを押し付けようと思ってしまうかもね」


 面白い浅知恵だなぁ、とセドリックは笑う。

 茶菓子をかじるその姿を、睨むように見たのはアルヴェールだった。巻き込まれ、状況的には二人は同じである。最悪の未来を笑いながら語られれば、気分も悪いのかもしれない。


「笑いごとか」

「コネだけならあるからね、流石に牢獄行きはないさ」


 それはキミも同じじゃないか、と続け。


「うぅん、思ったよりも面白みの薄い事件のようだからね、つまらないな」

「こういうことに面白みを求めるのはどうかと思いますが」

「でも面白みを見出すしかないじゃないか。こんな状況だからこそ。いずれボクらの処遇は決定されてしまう。それまで探偵よろしく調べるなんてこともできないならば、ね」


 読む本にも限度があるさ、とセドリックは息を吐く。

 その様子からは事件を憂う感情よりも、ただただ自身が持て余しつつある退屈を、どのような手段で慰撫するのか――それについてが主になっていることしか見えない。

 実際、カティもいずれはその苦しみを味わうのだろうと思う。

 流石にセドリックほど悪趣味な暇つぶしをするようなことはしないが、それでもこの閉鎖された状況でできる範囲での暇つぶしとなると、いずれネタ切れするのは明らかだ。

 まさかこんなことになるとは――これまでに何度となく似たようなことを経験しつつも、さすがに予想などしていなかったため、手持ちで使えそうなものは特にない。

 セドリックが確かトランプを常備していた気がするが、この四人でやるとなると。


 ――概ねセドリックとマルグリットの煽り合いになりますね。


 真っ先に脱落するアルヴェール、さほど食いつかずに程々で撤退するカティ。残るのはなかなかにクセのある性格をした二人という、さながら地獄絵図のような状況が予想できる。

 おっとりしているようでマルグリットも元は魔女を目指した人物、セドリック程ではないとしても食えない女性だ。その強かさが、時に純粋とも見えるアルヴェールを守るわけだが。


 ――今回はお二人がいて助かったかもしれません。


 実を言うと、カティは少し安心していた。自分だけでは主たるセドリックを止めることはできないと知っているからだ。暇と退屈に耐えられなくなった彼が、何をしでかすかわかったものではない。ましてや不当な拘束ともなれば、過去の経験がけたたましく警鐘を鳴らす。

 基本的にセドリックという魔人は、自分とカティが無事ならばほかはどうでもいいと考える傾向が強い。二人が無事で、それ以外が死んでも、損失に数えないのだ。

 だが、それでもやはり親しい人物というものは『大事なもの』にはいるらしく、二人がいる限りはそんな周囲の火の粉を顧みないような無茶はしないだろう。


 ――もしいなければ、今頃は犯人と目星をつけた誰かを玩具にしていたでしょうね。


 犯人を捕まえるでもなく、謎を解くでもなく。ただ彼が貯めこんだうっぷんを晴らすためだけに行われた行為は、多くの場合ろくな終わり方をしないものだとカティは知っている。

 そんな悲劇にならないのならば、もうそれでいい気がした。


「あぁ、でも」


 と、セドリックがふいに声を上げる。


「ボクが思うに、この事件はそもそも探偵など要らない気もするね」

「そう……なんですの?」

「だって探偵を『登場』させるには、まず『事件』が必要だ。それも様々な謎を散りばめた宝箱のような『事件』がね。凡人の至らぬ脳みそでは到底解決など望めない、それこそ神に愛されたかのような頭脳を持つ『探偵』にこそふさわしい、謎と仕掛けと動機がね」


 そこから考えると、とセドリックは続け。


「今回の事件はそれでいうと、何から何まで足りていないさ」


 どこか呆れたように、そう言った。

 いいかい、と彼は他の三人の顔を順番に眺める。ほんの少し真面目で真剣な、しかし大半をやはり好奇心で満たした笑みが、彼の人目を引く顔にうっすらとだが浮かんでいた。


「まず『謎』。この事件にはそれがない。どうして『事件』が起きたのか、あの死体の出処を考えれば、誰がどう見ても身から出た錆というやつじゃないか。つまらないね。あぁ、疑い先が多いという意味では『謎』かもしれないけど、それは警察がなんとかするべき分野だよね。


 次に『仕掛け』だけど、これも言うまでもないな。ただ一人の男を殺して、それがちょっとばかり残酷な彩りを周囲に提供する形だった、というだけでこれという点は存在しない。死体が転がっていた場所は密室ですらないんだから、ありとあらゆる『仕掛け』がないだろうさ。

 名探偵という特別な頭脳を持ち出すには、やはりそれだけの事件がなければ、相互で旨味がないと思うんだよね。誰にでもわかることやできることをするために、それは使うような道具じゃないだろう? 特別なものは、特別な時に、恭しく持ちだしてこその『特別』だ。


 まぁ、ボクもそれなりに優秀かつ動きのいい頭脳を持っているからね、一応『名探偵』になれなくもない。時と場合によってはそうなってあげてもいいけど、ボクもアルヴェールも無罪放免は確定事項だし、この事件が解決されなくてもこれからの魔人ライフに於いて何一つ困らないから名乗り出る必要性は薄いかな? カティが狙われたというならともかく、ボクらはみんな仲良く『無関係』に巻き込まれただけの、哀れなる『被害者』なんだからさ」


「ですがセドリック、わたしたちはこの通り拘束状態なのですが」

「そりゃあ、第一発見者と、このタイミングで物騒なコトしてた夫婦だからね。建前としては監視下に置くしかないんじゃないかな。とはいえカティ、ボクらには動機がないんだよ」

「動機?」

「わざわざ自分が疑われる状況を残して、あの男を殺すに足る動機、理由。衝動と言ってもいいかもしれないね。そこの夫婦はお互い以外にさほど興味が無い、ボクはカティに手を出されないかぎりは特に何かしようとも思わない。カティはボクが命じても、それが正しくない場合は拒否するでしょ? 何よりも、殺意を育てるだけの接点もないんだからさ、ボクらには」


 それよりも、被害者の周囲の方がよほど恐ろしい、とセドリックは言う。

 やり手といえば聞こえはいいが、実際は非合法スレスレどころかオーバーしたラインを歩いてきたような男だ。その恩恵は一部の者のみに集約され、それ以外は搾取される側である。

 この状況において男に何の恨みも、いかなる殺意も向けられていないというのは、流石に夢物語がすぎる。むしろ恨んでいないもの、殺意を持たぬものなど存在しないのではないか。

 そう思ってしまうほどの、おぞましい一族なのだ。

 ここに付ける名前を、カティは知らない。

 そんな彼女を、セドリックが笑みを浮かべて見つめた。


「知ってるかい? この世界には『蠱毒』というものがあるそうだよ」

「こどく……ですか?」

「そう。呪術に使うものだ。詳しい製法はちゃんと聞いていないんだけど、毒を持つ虫などをたくさん集めて、一つの容器に閉じ込めて殺しあわせて……っていうのを繰り返すらしい」

「それは……」

「この一族はまさにそれだ、と思わないかな。さほどの時間をかけず、一族に毒を行き渡らせてから、互いに食わせあっている。その毒や呪いは扱えるうちはいいけれど、男はどうやら使い方をあやまったようだね。濃縮され、ドロドロになった殺意は、次は誰を殺すんだろう」


 にんまり、と楽しげに笑うセドリック。四人のそばを慌ただしく動く捜査関係者の、険しく青ざめた表情とまるで違うそれは、事件の関係者とは思えないものだ。

 実際、監視役としてこちらを見ている男がいるが、こいつの頭おかしい、という声を隠しもしない表情でセドリックを見ている。カティはその言葉に、そっと同意を返しておいた。


「つまりお前は」


 ふいに声を発したのは、これまで我関せずな様子を見せていたアルヴェールだ。

 彼はマルグリットから紅茶のおかわりを受け取りつつ、ちらり、とセドリックを見て。


「被害者の身内が犯人である、と?」

「行きずりの物取りでもなきゃ、被害者の素性的にもそうでしょ」

「まぁ、疑わしいところが多い……いや、疑わしさしかない男ではあるが。しかしこういう時に重要なのは、動機もそうだが何より『アリバイ』だろう?」

「それこそ簡単な話だよ。一蓮托生、死なばもろとも。無理やり共犯者に仕立てたやつか、頭のゆるい女を一人だまくらかしておけば、いくらでもシロになれるだろうさ。ボクの見立てではこの事件、きっと被害者の身内が犯人だろうから、見目の美醜はさておき財力だけならあるんじゃないかな。大金をチラチラさせておけばいうことを聞く、脳の軽いバカは多いものさ」

「あら、手厳しいですわね、セドリック様」

「だって類は友を呼ぶだろう?」


 そう言って、セドリックはくすりと笑う。

 くるり、と湯気が少し控えめになったカップの中身を、銀色のスプーンでかき混ぜながら。


「あの程度のバカの周囲、それも血族だ。同じ程度のバカに決まってるさ」

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