0.理由のない乱入
華やかな会場。
優美な宴。
取引されているのは、ドールと呼ばれる存在を構築するありとあらゆる要素。
ここは、その界隈の関係者なら誰もが参加したい、だが残念ながら招待制となっているオークション会場である。一部の関係者にのみ送られる招待状がなければ、入ることもできない。
年に二度のペースで行われ、会場はある中立国の保養地と定められている。
一週間ほど続く宴は、その保養地の経済の大半を担うほどの規模だ。会場周辺にある各種ホテルを筆頭に、けっして都会とはいえない辺境にある土地が活性化する時期なのである。
この伝統あるオークションに、当然のように毎回招待される二人の魔人がいる。
悪食王と呼ばれる魔人アルヴェール・リータ。
並びに、稀代の人形師にして同じく魔人のセドリック・フラーチェである。
壁際にあるソファーに座ったセドリックは、酸味の聞いた飲み物を口に運ぶ。オレンジ色のそれはこの上なくオレンジの味がして、要するにただのジュースだ。彼は基本的にアルコールのたぐいは口にしない。単純に好みじゃないからだ。それ以上の理由は特になかった。
「暇なようだな」
そこにやってきたのは銀色の髪の男。珍しく丁寧に結われた長い髪は、おそらく彼のパートナーである彼女が整えたものだろう。もっとも、肝心の彼女は近くに見当たらないのだが。
男はセドリックの隣に腰掛け、足を組んだ。
どうやら疲れたらしい姿に、セドリックは薄く笑みを向けて。
「やぁ、アル。めぼしいものは見つけたかい? 今回はボディに関係するパーツ類が多いみたいでよかったね。向こうでは各メーカーの新作パーツが展示されていたけど見たかい?」
「一応は。お前はどうだ。今回は腕の良いコア職人が出品していたようだが」
「んー、今使っているヤツより悪いからね、見送るよ」
あぁそうだ、とセドリックは続け。
「ところでマルグリットは? 今日も連れてきたんだろう? 一緒じゃないのかい?」
「……向こうで出くわしたカティと一緒に、甘味を物色中だ」
「ふぅん」
じゃあボクらはほったらかされたわけか、というセドリックのつぶやきに。
アルヴェールは小さく息を吐きだし、答えた。
二人がぼんやりと眺める会場は、少し前に比べると人が少なくなった。もうじき今日の宴もお開きとなるのだろうし、今日が最終日だから明日からまたしばらく静まり返る場所だ。
当分見ることがないその光景を、セドリックは静かに見ていた。
■ □ ■
宴が終わった次の日のこと。
セドリックはもう少しゆっくりしたいなイチャイチャしたいな、という欲求の赴くままにひたすら腕の中の愛しい少女を抱きしめ、結果彼女にみぞおちに肘と膝をもらった。
半分ほど加減した力を二倍にしたその二撃は、彼を悶絶させるに充分。
ベッドの上、丸くなったセドリックはぴくぴくと震えていた。
「……カティの愛が重い」
「そうですか」
今にも泣きそうな彼の声に、しかし少女――カティは無反応だ。この程度はいつものことなので相手にするまでもない、と彼女の中では完結している。朝から疲れることはしたくない。
てきぱきと寝間着を片付け、未だベッドの上に転がっている主をカティは見た。
しくしくしく、とまだ泣いたような感じの姿に、ため息を一つ。
「――セドリック、いい加減にしてください。早めに帰りたいと言ったのはあなたです」
「わかってるけどさぁ」
ごろごろ、とベッドの上から動かないセドリック。
カティは彼の着替えを手に近寄った。いいからさっさと着替えろ、というために。
渡された服を手に、セドリックは身を起こす。
どこか不満そうではあるが、それほど気にしているようでもない感じだ。
「ま、いつまでもゴロゴロはできないし、ね」
少しばかりの時間を費やし、セドリックはいつもの黒衣を身にまとう。基本的に彼は黒を好み、それで統一した衣服を着ることが多い。カティは逆に白を基調にした服が多いので、並んでいると上手くバランスがとれている。おそらく、そういう意図もあるのだろう。
そして着替えている間にまとめられた荷物を手にして、セドリックは部屋を出る。今回の宿はそれなりのランクのホテルで、なかなかに居心地のいい一週間を過ごすことができた。
基本的に、セドリックは毎回宿を変えている。
特に意味はなくて、その時に気が向いたところにしているだけのことだ。
だがもしも覚えていれば、次もここでいいかもしれない。
その程度にはいいホテルだった。
足音を消すためなのか、ふかふかの布を敷き詰めた廊下を進む。
上層階であるこの辺には、金持ちや貴族が滞在中だ。
こんな朝早くからどこに出かけるつもりなのか、フリルを重ねた華やかなドレスを来た女性を伴った男などが、楽しげに談笑しつつ二人を追い抜くようにして歩き去っていく。
「少しぐらい観光もしたいね」
「仕事が詰まっていますよセドリック」
「はいはい、わかってるって」
カティは冷たいなぁ、と悲しそうな声音でつぶやくセドリック。
そんな彼の視線が、ある部屋の扉へと向けられた。追い抜かれる程度にゆっくりだった足がピタリと止まって、また動き出す。だが向かうのは階段ではなく――目に止まった扉の方だ。
セドリック、と呼ばれても彼は止まらない。
かばんを持っていない方の手でドアノブを掴み、回し、押すようにして開く。
鍵がかかっていない扉は、きぃ、とかすかな音を立てて動いた。
どうしたのかと思ったカティだったが、セドリック越しに覗き見た室内に絶句する。普段は無表情のまま動きもしないその表情が、珍しく驚愕の形になっていた。
二人が目にした部屋の中。
そこは血の海だった。
逃げようとしたのだろう初老の男が、こちらに手を伸ばした状態で倒れている。
カーペットにはじっとりと血が滲んでいて、素人目にも男が絶命しているのがわかった。
――これは、よくない状態なのでは。
カティはセドリックの服をつかむ。
そして、ここは知らぬ存ぜぬで逃げましょう、と言いかけた。だがどこからか近寄ってくる足音や談笑の声に、これは完全に終わってしまったと、深くため息をこぼす。
かくして二人はホテルで起きた『殺人事件』の、重要参考人となったのである。




