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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
青の墓守は主を愛す
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2.いのちのおわらせかた

 シオンに案内されたのは地下だ。

 といっても白を基調とした明るい内装で、地下である感じはしない。ところどころ一回から光を入れているので、圧迫感のようなものも薄かった。

 地下スペースは主に職員――医者などのために使っているらしく、倉庫などの物資も地下にまとめてあるらしい。食堂、寝泊まりする部屋、シャワーなどの水回りなどだ。

 セドリックが調律するドールのコア、その『マスター』もここにある。

 マスターとは、複製可能なドールの音色、その原本だ。

 特にカティやシオンのように人格のようなものを必要としない場合は、同一の音色をそのまま使うのが一般的である。専門知識に関する音色も、そうやって使いまわすものだ。


 医療系のドールは、基本的に医者の補助に回る。

 例えば機材のチェックや、手術の際は各種道具を渡す係。

 一般的に看護師と呼ばれる職種が行う仕事を、彼らは任される。

 普通はそういうものは人間がすることだ。

 職種としてなりたつ程度には、その界隈は人間の独壇場と言っていい。

 何故ならば、ドールにさせるには簡単なようであって難しいからである。

 現在、広く使われている一般的なコアはまだまだ収められる情報が少なく、多くの情報を抱え込める上質なコアはそれだけ値が張る。数が必要な現場で、それは大きな負担だ。

 ならば、知識を学んだ人間の方がずっと安上がりである。

 加えてそういうドールは、基本的に必要ではないので声帯すら持たないことが多い。

 本当に、ヒトの形をした道具なのだ。

 それゆえに、患者は時として怯えたりするのである。まぁ、無表情の人間のようなものがぞろぞろと歩いているとなれば、なかなかホラーチックで大人でも怖い光景だが。

 余程の理由がなければ、普通『マスター』は必要にならない。


 裏を返せば『マスター』を所有するここには、何らかの事情があるのだ。

 人間のスタッフを用意できない、理由。


「こちらが、そうです」

 看護師の衣装すら着せられていない、裸のままのドールのボディ。それがずらりと並べられた部屋の奥に、調律用の機材につなげたままの大きなコア――マスターがある。

「ひと通り、全員分の音色を複製して収めたのだと聞いています」

「それを参考にマスターを改良しろってわけね、なるほど」

 これは面倒な、とセドリックはため息をこぼしている。

 だが彼の横顔にあるのは笑みだ。舌なめずりをするように、笑っている。

「セドリック、楽しそうですね」

 だからカティは、自然とそんなことを問いかけた。面倒といいつつ、ため息を吐きながらも楽しそうに笑っているから。ならば、そこにも理由があるに違いないのだ。

 そうだね、とセドリックは目を細め。

「ここのドールには、カティやそこのシオンほどじゃないが、自我がある。それなりに会話が成立すると聞いているよ。まぁ、マスターにもともと入れてある人格だそうだけど」

 それでも、あるのとないのとでは大きく違う。

 彼らにはココロがある、人格がある。

 最低限だとしてもそこには、音色を自らつかみとることができる意思がある。意思が宿っている限り、音色は音色を求めてあがき、調律師はそれをコアの中に見つけられる。

 ゆえに。


「彼らは『喪失』を知る。それを知った音色を、持っている」


 ボクはそれを知りたいんだよ、と。

 セドリックは、やはりとても楽しそうに笑っていた。



   ■  □  ■



 セドリックが仕事をする間、カティはシオンにサナトリウムの中を案内してもらうことにした。別に彼のそばにいても良かったが、あいにくとカティは暇を感じるドールだ。

 退屈もけっして好きではなく、そこでシオンに案内を頼んだのである。

 セドリックも何か思惑でもあるのか、好きにしておいで、と送り出してくれた。

「案内、と言っても見て回るほどのものはありませんよ」

 そういうシオンは、こうして隣に立ってみると、セドリックよりだいぶ背の高い身体をしていた。まぁ、セドリックが十七歳前後の見目をしているわりに小柄なだけだが。

 十七歳前後、というのも魔人になった年齢で、実際の外見年齢は十五前後。

 カティもそれくらいで、シオンは――だいたい二十代半ば。

 お兄さん、というものを絵に描いたような感じだ。普段は使わない『視線を上げる』という行為はどこかくすぐったく、カティに新鮮な気持ちを差し出すようだった。


「このサナトリウムについて、どこまでご存知ですか?」

「サナトリウムだ、としか。セドリックは何も言ってくれないので」

「そうですか……えっと、まずここはサナトリウムですが、実態としては違います」

「違う、の、ですか?」

「実質……ここはホスピスに近いでしょうね。あるいは実験施設です。治療は行っていますし、極稀に病気が回復して一般の病院に移る人もいますが、ほとんどは出られません」


 シオンの言葉には、悲しげなものが含まれている。

 同時に、ある種の諦めも滲んでいた。

 ホスピスというと、カティのイメージは直球に『死』だ。病気静養を目的とした施設の実態がそれというのは違和感があるし、異質だし、さらに実験施設と続くのは奇妙。

 だが、そこら辺にあるのかもしれないと、そう思う。

 人員を削り、ドールを多く使っている意味が。


「このサナトリウムは、難病や奇病を患った人を収容する施設なんです」

「難病や奇病……」

「えぇ。現代の医療ではどうにもならない病を患った人を――そうですね、言葉を悪くするなら隔離しています。そして彼らに希望という死を与えて、未来の糧にするのです」


 つまり、と続く説明は実に簡単なものだ。

 要するにここは、確かに実験施設と呼ばれるだけの場所なのだ。

 難病や奇病を患った人に、治療という名の実験を施す。そうして改善すれば外に出ていけるが、ほとんどがここで死んでいく。つまり、そういう場所なのだ、ここは。

 患者やその身内からすると、実験動物扱いでも希望なのだろう。

 うまく行けば治る。

 何もしなければどっちにしろ死ぬ。

 なら、可能性にすべてを任せるのは当然のことだ。

 そんな希望をエサにして、ここは病と戦わされる場所だ。


「病の中には、見た目に大きく出てくるものもあります。例えば下半身が魚や獣の形状をしている、例えば背中に翼がある、例えば腕や手がやたらと大きく長い、例えば頭など体の部位が普通より多い。見た目に出ない病もあります。症例は数えきれませんね」

「……そんな、病などあるのでしょうか」

「だからこその『奇病』ですよ、カティさん」


 そして、だからこその『隔離』なのだと、シオンは静かに言った。

 そういったシオンが目を向ける先には、少女がいる。

 赤子の頭部ほどの大きさの鉄球がついた足かせを身につけた、十歳前後の、少女というよりも女児というべき子供が。黒髪は短く、ワンピースを着ているが男の子に見える。

 少女だとわかったのは、シオンが『彼女』という呼称を使ったからだ。

 そうでなければ、この距離だ。

 カティはずっと彼女を彼だと思い込んでいただろう。

 それに、性別よりも気になったところがある。鉄球を繋ぐ鎖が、ぴん、とたわむこと無く張り詰めていたことだ。鎖が短すぎるのかと思ったが、その四肢にこわばりはない。


「彼女は『空に浮かび上がってしまう』奇病を患っています」

「……は?」

「体重は標準なのですが、なぜか空へふわっと。それで鉄球を使っているのですが、年々その浮力が強くなっているそうで……いつか、鎖がちぎれてどこまでも行くのでしょう」


 もちろんそうならないよう、ありとあらゆる手段は使われる。

 屋内への隔離、屋外へ行くことの禁止、より丈夫な鎖の使用など。

 しかし、原因はおろか仕組みすらわからないその奇病には治療が行えない。身体が浮かぶ以外、そこになんの異変もないのだという。つまるところ、治療のしようがないのだ。

 研究自体はしているというのだが、成果はあまりよくないのだろう。

 シオンは何も言わないが、彼の態度からそんな気がした。

「同じような症例は、いくつかあるのだそうですが」

 少女を見つめ、風に青い髪を揺らしながらシオンは言う。

「最終的には――決まって、飛んで行くそうです」

 飛んで行く。

 その軽さにカティは息を呑む。

 つまり似たような症例はあれど完治などはなく、いずれは鎖も何もかも道連れに空へと消えていくということか。それがいつなのかカティは知らないが、だとすれば。


 ――あの子も、いつかは。


 十歳ほどの子供でしかないあの子も、いつかそうなるということなのか。

 それはいつなのだろう。今は髪も短く少年にしか見えない彼女が、少女らしくなるくらいの年齢なのか。もっと大人になってからか。……あぁ、それもわからないらしい。

 ある意味、とシオンは続け。

「その方が彼女にとっては、いいのかもしれません」

「……そうでしょうか」

「彼女の不幸は死に至る病のたぐいでは無いことです。少なくとも、直接的には。彼女の浮力が現状維持できたとしても、日常生活を違和なく送ることは難しい。あの子は貴族の家柄なのだそうですが、おそらく家族は彼女を切り捨ててしまったでしょうから」

 帰る場所はない、その病は治らない。

 ならば、ということらしい。

 悲しい祈りを口にするシオンに、カティは何も言わなかった。この場所を、ついさっき知ったばかりの自分に言えることはない、何を言ってもそれは軽い。そう思ったからだ。


 少女は空を、日差しが差し込む中庭に立って見上げている。

 まるでそこに行きたがるように。

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