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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
至高の歌が響き渡り
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3.散らされた花々

 フィリア・シンガードールとの会話を終えて、セドリックとカティは与えられた客室に向かって歩いていた。二人の客室はスイートではないが、いい部屋なのだという。二つほど下の階にあって、部屋の中にシャワーなどの水回りは完備されているという話だった。

 荷物はすでに運ばれているので、このまま部屋まで直行である。


「あー、早く風呂に入りたい」


 柔らかい布が敷き詰められた廊下は、どこかふわふわとしている。ここが、普段使っているものとは比べ物にもならないほどの高級ホテルなのが、たったそれだけでもわかる。

 とはいえ、セドリックは基本的に泊まる先はケチらない。

 ケチって面倒に巻き込まれるのは損だから、と中流かそれより上のホテルを選ぶ。場所と国にもよるが、基本的に高い金を出せば出すほどに、各種サービスはきちんと向上するものだ。

 当然、それだけ面倒な事態も避けられる、というわけである。


 ――だがここまでのは初めてです。


 どこか落ち着かない気分を、カティは抱えた。

 フィリア・シンガードールに言われたことを気にしているのか、セドリックは一拍ですぐにでも帰りたそうだが、カティとしてはもう少し滞在してもいいと思う。

 せっかくの高級ホテルで、せっかくの『奢り』なのだ。

 少しぐらい堪能したいと思ってもいいはずだ。

 しかしセドリックが嫌がっているのだから、無理強いはできない。


 ――そもそもの話、一泊分しかないでしょうしね。


 ならばせいぜいこの一拍を、これでもかと味わうしかないだろう。

 まずはルームサービスだ。飛行船ではあまり食べ物を口にしなかったから、結構な空腹感がある。セドリックもあまり食べていなかったから、きっとお腹が空いているはずだ。

「お風呂の前にご飯かな……いやでも、この時間は」

 現に、そんなことをぶつぶつとつぶやいて思案している。

 夜もだいぶ深まり、寝静まったらしい廊下。ふかふか絨毯の廊下で足音は消えて、何の音もしてこない。カティは少し前を行く主を、その静寂を乱さない程度の声で呼び止めた。


「セドリックは、彼女の話をどう思いますか?」

「……万が一の時は『壊してくれ』、というあれのことかい?」

「はい」

「そうだな……ボクとしては、好きにしろとしか言えない」

「好きにしろ、ですか?」

「あぁ。確かにボクは財団と関わりがあるけど、もうだいぶ昔の話さ。まだフィリアが存命だった頃……そう、まだカティもいない頃のことだ。それからは、かすかに有名な歌姫が異国にいるらしい程度の噂を聞くだけで、互いにまったく関わってこなかったわけだしね」


 それは確かにその通りだっただろう、とカティは思った。

 少なくとも彼女という存在が構築されてから、セドリックの口からこの財団の話も歌姫のことも聞いていない。まぁ、彼なりにそれどころではなかったというのもあるだろう。

 気分屋で、どこか傲慢とすら感じさせるこの若い魔人は、しかし己の生業に関して一切の妥協を許さない。仕事が忙しかったし、カティを手にしたことで僅かな余裕も消し飛んだ。


 彼にとってカティという存在は、理想を具現化したものである。

 コアに刻み込んで、頻繁に調律を施す音色――人間でいうところの魂。

 鼓動を刻むように常にこぼれている音色の良し悪し、音と旋律、譜面の組み合わせパターンによる感情のゆらぎ、その響かせ方のさじ加減。調整ではなく『調律』と言われる所以はおそらく、まるで楽器を相手にするかのようなその繊細な作業内容ゆえ、なのだろう。

 ドールのコアの理論と、コアを収めるボディの理論。これを創りだしたのは一人の魔女であるとされる。名を知られない彼女が、ヒトの魂の中を『音』と表現したのが数千年前。


 セドリックは、カティと名付けられた『音色』を愛していた。

 自分の理想を奏でる、彼女を誰より愛している。


 魔人セドリック・フラーチェ。

 彼は、そのずば抜けた調律技術で、世界に名を知られた『稀代の人形師』である。その最高傑作にして『永遠の未完作品』となるべきカティに、セドリックのすべては注がれていた。

 それこそ、得意先からの仕事を断ってでも、時として彼女を最優先するほどに。


 そんな彼に、この財団の顧問としての仕事などするヒマはなかっただろう。

 興味を向けることも、思い出すこともなかったに違いない。

 それだけ彼の日常は基本的に慌ただしく、こうして出歩けるようになったのはここ百年足らずのことだ。音色はただそこにある材料をいじっても意味はなく、新しいものを常に吸収していかなければいけない。ヒトが何かに触れて知識などを得るように、ドールも何かとの接点から新しい音色を抱き、それを技術ある他者に調律してもらうことで我が身へと変えるのだ。


「それにさ、ボクが協力したのはフィリア・レムスウェイナーであって、レムスウェイナー財団ではないんだよ。百歩譲ってさ、あのフィリア・シンガードールはまぁいいとしても」

「生前のフィリアを模しているそうですね、彼女は」

「あぁ、うん。ボクが当時持っていた技術のすべてをつぎ込んだ。それ相応に額のいい報酬がもらえたからね、相当に気合と技術を注ぎ込んださ。お陰でかなりいいコアが手に入ったし」


 それでカティのベースを作ったんだよ、とはにかむようにセドリックが微笑む。

 それを見たカティは思わず、すっと視線をそらせてしまった。

 相変わらず笑っていれば普通に無邪気な人だと、そんなことを思いながら。


「まぁ、だから興味がなかったから知ろうとも思わなかったんだけど、ボクがいうのも何だけどここのシステム、特に歌姫候補の周辺って結構残酷というか、なかなかにエグいものだね」


 そんなカティの様子に気づかなかったのか、気づいていて流したのか。

 セドリックはくるりと話題を変えてきた。

 カティはしばし考え、そうですね、と答える。

 それとなく雑談の中で聞いた話では、この歌姫候補というものは幼いうちから集めることにより、元の家のしがらみなどを外すのだという。主に貴族階級への対策のようで、一昔前は身内すら候補を外れるか次の歌姫になるまで、家族とは一切会わせてもらえなかったそうだ。

 徹底された管理で、歌姫は『造られていた』。


 しかし時代の移ろいの中、その制度もゆるやかなものになっている。

 現状では身内――祖父母や両親、兄弟ぐらいならば、事前に手続きさえ取れば比較的自由に会えるという。なので当然、候補らは自分の家がどういうものかも知っている。

 そうして妥協したのがよくなったのです、とフィリア・シンガードールは言った。徹底的に管理しておかなかったから、金で歌姫を売買するような愚行があったのだと。


 だから、セドリックは呼ばれた。

 処断された貴族、その子女の流刑地として使われていた修道院よろしく、一つの場所に候補を全員集めて閉じ込めて、外界との接点をすべて奪ってレッスンを施していた時代。

 名ばかりの『特別顧問』であるセドリックを招くことで、かつての再来も辞さないと言いたいのだろうか。だが、それにどこまでの効力があるのか。カティには想像もつかないことだ。


 しかし現状をさっと見ても、充分に残酷な仕組みではあると思う。

 幼いうちに集められ、タイミングがあっても歌姫でなければ追い出され、代替わりのタイミングにあわないまま、過剰に年齢を取り過ぎても叩きだされる。候補に上がるということにある程度の誉れがあるとはいえ、それは候補として過ごしてきた時間と釣り合うものだろうか。

 よくわからないが、やはりそう思わない場合もあるのではないか。


 ――人間は欲望をもちますから。


 ボディによって、コアの調律によって、俗に三大欲求と呼ばれるものすらあったりなかったりするドールにとって、それらは理解がまだ追いつかないものだ。

 カティのボディであると、睡眠と食事はやはり人と同じようにほしいと思う。残り一つは今のところない、できないのにあっても困る。まぁ、セドリックは乗せたがっているが。

 しかしそんなカティでも、度の超えた欲望に身を焦がし、自身を滅ぼす。そんな人間の考えは理解できないでいる。セドリックは、理解などしなくてもいい、とは言うのだが。


「まぁ、歌姫フィリアは――オリジナルがいた頃から、ある種の宗教でね」

 セドリックが笑う。

「偶像崇拝、生きた偶像の信奉。だから死んでは困るんだ。代替わりも、フィリアらしいお人形でなければ困る。だから候補を集めて育てながらふるいにかけ、最高級のひと粒を選ぶ」

 それが彼女の最大目的さ、と続けて。


「それを穢されたとなれば怒るだろうさ……ボクにはわかるよ」

「セドリック……」

「ボクは彼女を、オリジナルもドールも、嫌いではない。理解できたからね。いや、理解しなければいけないから、ボクだけは。だから突然すぎる呼び出しにも、こうして来たんだけど」

 でも、こんなことに巻き込まれたくは、なかったなぁ。

 そうぼやくように苦笑するセドリックはつぶやき、だが急に足を止めた。すぐ後ろのカティの存在を顧みないその停止に、彼女は反応しきれずにそのまま彼の背に軽くぶつかる。

 軽くぶつけた鼻が、少しばかり痛い。

 一瞬のことで、痛覚を飛ばすのが間に合わなかった。


「……どうかしたのですか?」


 何かあったのですか、と問いかけながら、カティはその視線が向いた先にあるだろう足を止めた原因を見て――そのまま、早く息を吸い込むようにして、絶句した。

 柔らかい床に、縦横無尽に足あとが残っていたのだ。

 赤い赤い、血を使って残された小さい足あとが。

 右の部屋左の部屋、向こうの部屋あっちの部屋――と。

 うろうろと行ったり来たりしたそれは、最後にとある部屋に向かったところで、ぷっつりと途切れている。おそらく、足跡を残した誰かは、その部屋に入ったまま出てきていないのだ。

 どうするべきか、カティが目を細め思案するその目の前。

 セドリックがその扉の方へ歩き出す。


 うっすらと楽しげに笑っているいつもの横顔が、見えたような気がした。



   ■  □  ■



 部屋に入ったカティは、そのむせ返る香りに顔をしかめた。

 嫌な類だ。正直、嗅覚をシャットダウンしたいほど。

 主に付き添って面倒事に巻き込まれたことは多数あるが、これほどの現場は数える程度あるようなないような。そう多くはないと思う。似たようなものはなぜか多数思い出せるが。


 ――なぜ、彼と巻き込まれる騒動には、流血がつきまとうのでしょうか。


 疑問に思いつつ、おそらく彼の言動が何かとよろしくないのだろうと思う。自他共認めるほど彼は他者への興味が薄い。カティも人のことは言えないが、カティ以外はわりと本気でどうでもいいのだ。ゆえに相手への言葉は時に辛辣を極め、爪を立てるようにして逆撫でる。

 言うならば最後のひと押しを、セドリックの言葉が担うわけだ。

 本人はそれを少しも気にしていないし、数日後には忘れているからたちが悪い。


「……おっと、これはこれは」


 部屋に入ってすぐ、セドリックが笑う声。

 この状況でどうして楽しそうなのか、カティにはわからない。

 だがつっこむのも面倒、なおかつ無意味だ。

 彼が見ているのは部屋の奥。倒れている赤いドレスの少女――女性と言えるほどの年齢見える誰かと、斑色のドレスを着ている、明確に少女と言い切っていい子供がいた。


 ――あれは確か『歌姫候補』だったように、記憶していますが。


 倒れている方も、立っている方も。

 カティの覚えが正しければ、どちらもあの飛行船で見かけた姿だ。

 彼女達もこのホテルにいるとは思っていたが、なぜこんなことになっているのか。

 一瞬考えた、何らかの悪人が侵入した、というありふれた現象は、しかしカティらの方に振り返った白い少女の姿を前に、あっけないほどに霧散する。


「あら、こんばんは」


 にっこり、と浮かべられた幼い笑みは、軽く心が怖気に震えるほどで。

 その澄んだ声は、柔らかい形と響きをもって創りだされ。

「どうかなさいましたの?」

 かくん、と首をかしげるような仕草には、無邪気が伴い。

 赤黒く染まったその手には大ぶりのナイフが強く握られていて、倒れている赤いドレスの少女は己の身体から溢れだした体液で、その赤をどす黒く彩っていたのだから。

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