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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
絡み堕ちる煉獄恋情
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1.彼は彼女を愛し

 とある国に、ヘルミーネという女の子がいました。

 ヘルミーネは、おじいさんとふたりで暮らしています。おじいさんは『人形師』で、たくさんのお人形がいました。身体が弱くてお外にいけないヘルミーネのお友達です。


 ヘルミーネには人間のお友達はいませんでした。

 おじいさんの弟子だったお兄さんは、お友達というよりお兄さんでした。そのお兄さんもどこか遠くに行ってしまって、連絡をとることもありません。

 おじいさんがいなくなってからの彼女は、大きなお家で一人ぼっちでした。

 だけど、お人形がいるから、ちっともさみしくありません。

 おじいさんが亡くなって、その技術を受け継いだ彼女は『魔女』になって、お人形とだけ暮らしていました。特にお気に入りの二人と一緒に、のんびりと暮らしていました。


 しかしヘルミーネは、本来身体の弱い女の子です。

 老いを失い、長い寿命を得てもなお、身体は弱いままなのです。

 病魔は彼女を手放さずに、ついに彼女の命の期限が見えてしまいました。だんだんベッドから出ることもできなくなるヘルミーネは、世話をしてくれる二人に言いました。


「あなた達がいるなら、わたしは何も怖くないのよ」


 その手をとって、幸せそうに笑っていました。



   ■  □  ■



 レオンというドールにとって、ヘルミーネという少女は太陽だった。自分という世界にとってかけがえのない存在で、失うという未来を許容などできるわけもないほどに大切で。


「ヘルミーネ、今日もいい天気ですよ」

「えぇ、そうね」


 ふかふかのベッド、ふかふかのクッション。

 そこに埋もれたヘルミーネは、身体を起こして窓の向こうを見た。

 ふわりとした癖っ毛に、レオンが丁寧に櫛を通す。栗色の髪は病床にありながらもつややかだ。肌の色も特に悪くはない。元から色白だったのが、少し血の気を失った程度だ。

 未だレオンの主は美しい。

 美しく、そして可憐だ。まるで花のように。


「では……」


 と、レオンはヘルミーネの胸元に手を伸ばす。片手で器用にボタンを外し、ネグリジェタイプの寝間着を脱がしていった。フリルが多い可愛らしいデザインは、彼女のためだけに作らせた特注品。当然その下に着込んでいる下着もまた、それらに揃えて作ったものだ。

 すべてにおいて、ヘルミーネという少女にして魔女は可憐である。

 そうあるよう、彼らは彼女を大事にしてきた。


「失礼します」


 レオンは小瓶の中身を手のひらに乗せて、それをヘルミーネの肌に塗りこんだ。かすかに花の香りがするそれは、ヘルミーネの肌に合わせて作らせた特別なクリームだ。

 彼女の、病に冒され荒れ果てていく肌を少しでも美しく保つために、様々な薬効のある材料を調合してある。これを全身に、日に数回塗り込めば、ひとまず彼女の肌は瑞々しく安泰だ。

 もちろん、病に倒れるより前の方が美しかったことはわざわざ記すまでもない。


「いつも、迷惑をかけているわね」


 苦笑するヘルミーネは、されるままになっている。

 彼女は、手足すら満足に動かすことができなくなっていた。寝転がっていれば寝返りぐらいはできるのだが、それも日に日に時間がかかるようになっている。

 いずれはほとんどのことを、誰かに手伝ってもらわなければいけないのだろう。

 息をし、眠る以外のすべてを委ねることになるだろう。

 ――だから。


「わたし、いつも迷惑ばかり、ね」


 かすかに溢れる小さな声。

 ヘルミーネは謝罪を口にする。

 もう、自分の腕は彼らを抱きしめることもできない。以前は抱きついて、甘えて、それぞれの髪に指を突っ込んで、それから撫でて。か細いながらも力いっぱいに愛を示せたのに。


「いいのですよ、ヘルミーネ」

 弱々しい手を握りしめて、レオンは言う。

「あなたがここに在ることが、我々の喜びなのですから」

「だけど、もう抱きしめてあげられないわ」

「ならば逆に、こちらから抱きしめればいいだけのことです」

 ちゅ、とレオンがヘルミーネの手の甲に唇を落とす。

 くすぐったそうに笑う、彼女の姿にレオンの笑みが深くなった。

 恥じらっているのかうっすら赤く染まるヘルミーネの、ほんのりと赤く色づいたその頬にまず指先で触れて、次に指の甲で軽く撫でるようにして、そして最後は唇を寄せた。


 レオンは、一つの誓いを立てている。

 彼女の笑顔を守り続けることを、彼は自らに定めた。

 ヘルミーネは人の子であり、同時に魔女である。

 不老長寿の魔女と言えど、不死ではないゆえにいずれは命の期限を迎え、落命し、血肉は脆くも朽ち果てていく――そういう存在だ。ずっと共に、永遠に生きていくことは叶わない。

 そして彼女の残り時間は、あまりにもすり減って先がないのだ。

 少しでも美しく、笑顔だけを浮かべていてほしい。

 そのための、最大限の手助けを。


「さぁ、もうじきニコが食事を届けに来ますよ」


 クリームを一通り塗り終わり、服を元に戻していく。

 レオンは動けないヘルミーネを横抱きにすると、そのままソファーへと運んだ。それはふわふわとした、すわり心地のいいもの。彼女のために一級品を、選び抜いたものだった。


 ありがとう、と毎日感謝を口にする彼女が。

 レオンはとても、愛しい。

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