5.狂信者の理想を害した愚か者の末路
美しいものを、男は愛した。
きらびやかな世界、きらめく宝石、つややかな貴金属。花のように美しい容姿。その目に美しいと映るものを男は愛し、そして自らの手で作り出すことを考えた。
中身などどうでもいい。
美しい花瓶には美しい花があればいい。
たとえその中身が見るに堪えないヘドロであっても、見た目がよければ、男はそれで構わないと思っていた。その信念と美意識は男に長い時間を与え、彼は思うままに生きてきた。
ある日、彼が出会った一人の少女。
メルローズという名の、特に整った見た目でもない少女だ。
だが、顔つきのバランスは悪くない。そう思った男は彼女を仕上げることにした。礼儀正しい淑女に、誰もが傅く美しい花に、作り上げ、そして作り変えていく。
それはとても甘美な夢だ。
だが――生身そのままの肉体は、いずれ見難く変貌する。
我慢ならなかった。
だから男は彼女の肉体の、中身を作り替えた。男は《人形師》で、通常は人工的な肉と皮を貼り付けるべきところを、いきたまま切除した少女のそれらを利用したのだ。筋肉などは人工物を、骨も、その他臓器も。肉と皮は本物だ。美しい時代のまま、みずみずしいままに。
とはいえそのような作業は、前例もなければ経験もない。
練習台はいくらでもあったのが、幸いだった。まずは肉と皮を剥ぐ練習を庭師で、次にそれを丁寧にドールへと貼り付ける作業をメイドの誰かに。朽ちることのないように繋ぎあわせて整える練習も、メイドでやっておいた。半分ほど使い潰してしまったが、問題はない。
そして数日前に少女に施術を施し、ついに夢見たものが仕上がったわけだ。
彼女の心や人格などは、とてもわかり易いために複製は楽なもの。
こうして最高の美しさが一つ仕上がった。
もう少しは、それを眺めていられると思ったのに。
「あの、あのガキが……っ」
腐り落ちていく躯を抱き、男は怨嗟を叫ぶ。躯の身体には複数の穴があり、もはや修復不能であることは明らかだった。中身は生きている、いくらでも作り直せる。――だが、あの美しい肌はもう戻ってこないのだ。中身などどうでもいい、壊れた外見に価値など存在しない。
だが、もうじきその溜飲は少しばかりでも下がるはずだった。
多数の人形を、刺客として送り込んだのは数時間前。非力な《魔人》と《ドール》に抗うことなどできはしない。もうじき、そう、もうじき人形がヤツラの残骸を届けてくれる。
たった二人で、非力な二人で何ができるというのか。
これは勝利が確定された物語。
ゆえにそう、そのエンディングが見えれば少しは……。
だが、男の期待は裏切られた。最悪の形を持って。
手下の帰りを待っていた男を尋ねたのは、この《都》を守る衛士を始めとした、武装し戦うことができる集団。屋敷を取り囲まれていることは、玄関先に立つ人数を見ればすぐに理解が及んだ。だが、そこまでされる謂れがないことを男は、執事の顔をして切々と語る。
この顔にだまされないものも、その日まではいなかった。
「調べはすでについている」
衛士のリーダーが男に手を伸ばす。
思わず男が抵抗すると、どこからか小さい影が飛んできた。
――子供、だった。
衝撃が走る。子供が彼を、尋常ではない力を持って拘束したからではない。衛士の壁の向こう側に佇む赤い瞳が、愉悦の形を持って男を見ていることに、驚愕し、恐怖していた。
なぜいるのか。
殺したはずなのに。
死んでいるはずなのに。
「セドリック殿、あれが例の?」
「あぁ。この屋敷の使用人を殺害し、令嬢メルローズをも殺害した犯人だ。証拠は屋敷のどこかにある研究室で見つかるだろう。おそらく隠し部屋になっているから調べは念入りにね」
「了解しました」
そんな会話がされている。
意味がわからない。
「ボクはこれでも長年『お仕事』しているからねぇ、それなりにコネもあるんだよ。彼らは実に快く、ボクに協力してくれた。自分のお膝元でこんなことが行われていたなど、とても許せることではないからね。……そう、周囲の目や世間体っていうどうでもいいこともある。ボクはキミと違って内面もしっかり磨いてきたから、こういう時の助けはとても多いわけさ」
外面だけを見ていたキミとは違うよ、と笑う声。
おかしい、お前だって《魔人》じゃないか、ヒトならざるバケモノじゃないか。永遠に近い時間を手に入れているじゃないか、同じじゃないか同じじゃないか何が違うというんだ。
喉から出てくるままに叫ぶたびに、少年の笑みが深まる。
「やだな、キミみたいなただの狂人とボクと一緒にしないでくれ。外観にしか興味のない貧相な感性しか持ち合わせない俗物以下と同類だと思われたら、ボクのプライドが傷つくよ。どうしてキミ程度のクズのために、このボクが間接的に屈辱を味合わなければいけないんだい?」
やれやれ、と言った様子でセドリックが笑っている。
その傍らには、黒髪の少女――いや、ドールが静かに佇んでいた。その、月の如き金色の瞳が射抜くように自分を見ているのを、男は震えながら堪能する。
なぜだ。
どうしてだ。
始末したはずだ、なのにどうして。
「随分不思議そうだね。まさかボクがあの程度で死ぬとでも? 冗談はよしてくれ、ボクだって死にたくはないさ。得体のしれない誰かが、ボクの本職以外で呼びつけるなんて怪しい依頼に何の準備もしないわけがない。キミは《人形師》だが、ボクも《人形師》だ。そしてボクの荷物にはキミが差し向けたのと変わらない数の人形がいるわけでね。……おやおや、まさかアレが普通の人形だと思っていたのかい? いやだなぁ、あれは武器を仕込んだ戦闘用さ」
そんなはずがない。
あんな小柄で、人間らしい動きをする戦闘用のドールなどありえない。
「あり得るさ、だってあれはあの『悪食王』のお手製だ。素体そのものは汎用だし、仕込んだものも汎用品ではあるがね、それをうまく繋ぎ合わせられる腕を彼は持つ。そしてボクにはそれらを巧みに操る力があるという、たったそれだけの簡単なタネアカシというわけだよ」
悪食王、という言葉に男は震えを大きくする。
それはドールや人形の素体、ボディを作ることに長けたとある人形師の通称だ。彼が創りだすものはとても素晴らしい美しさを持つとされ、機能は申し分ないどころでなく素晴らしい。
だが彼はめったに仕事を受けないという。
そんな相手に、アレだけの数の戦闘用人形を用意させる。
男は、今更ながら自分が相対したその《魔人》の恐ろしさを感じた。たかが子供、そう思って挑んだ相手は、自分などよりもずっと高みにいる――文字通りのバケモノだったのだ。
ガタガタと、這いつくばるようにしたまま男は震える。
その様を見ていたセドリックが、ところでさ、と傍らのドールに言った。
「神は時々狂うと思わないかい、カティ。この程度のバカに、わざわざ《叡智》をくれてやるなんてね。ほらごらん、結局は何もなさないままずっと牢獄の中さ。あぁ、安心するといいよ。ボクがちゃんと関係者に教えておこう。キミがどういうお題目で《叡智》を賜ったのか、キミが何を失えば発狂するか。しっかりと教えておくから、楽しみに待っているがいい」
赤い目が地に伏す男を眺める。
その言葉に、男は何も言い返せない。頭のなかでめぐるのは、少年が口にした『牢獄』という単語ただひとつだ。こと、魔人や魔女におけるその言葉は、死にもまさる恐怖である。
ここより遠い地にある『牢獄』は、罪を犯した魔人や魔女を閉じ込める場所だ。獣を解き放った森に囲まれ、出入りするのには手続きが必要になる。――が、それは牢獄を尋ねる場合の話だ。そこに収容されることは、ほとんど死を意味している。何をなすこともないまま、数百年ともなる長い時間を生きていなければならない。その無意味さは想像するのもおぞましい。
「――ボクの『理想』を軽んじた罪は、重いよ?」
だから死ぬまで視界に入らないでくれ、と。
かつて義父をそこに叩き込んだことのある《魔人》は、笑った。




