0.茶番劇のマリオネット
とある国の、とある街の、とある屋敷。
メルローズという名の、屋敷の主たる少女は愉悦の笑みを浮かべていた。
ローズ、と名についている通りに、彼女が身につける多くのものが真紅を宿す。赤みを帯びた金色の髪にはゆるやかな巻き癖をつけて、結わず、肩に載せるようにして前後に垂らす。
当然、着ている豪奢なドレスも赤だ。
しかし赤一色ではない。わずかに赤に黒を混ぜてグラデーションがついている。それもまた花弁のように見せて、ひときわ明るい部分との陰影が見事だった。
布を重ねて大きく広げたドレスは、多数の令嬢が参加するこの夜会においても、ひときわ目立っていた。大きすぎず、だが小さくもない胸元は適度に露出させて、谷間を彩るように大輪の薔薇を模した飾りがある。随所にあしらわれた黒のレースが大人っぽさを印象づけ、無言のまま目を細める様は、妖艶という言葉を当てはめるにふさわしかった。
齢十七。
ちょうど花盛りの始まり、といったところ。
まだ幼く若い少女に意味ありげな視線を向けるのは、大広間に集まった来賓。同年代の少年や少し年上の青年が中心だが、中には彼女の親ほどの年齢の男までもが混ざっている。
だが、誰も声はかけない。
彼女の傍らに、影のように控える執事がいるからだ。
金色に緋色を召す主と違い、その男は全身を漆黒に包んでいた。髪は銀髪で、肌の色も男性にしては白い方だが、着ている服は上等な黒の執事服。基本、モノクロで統一された装いだ。
美しい娘に、美しい執事。
本来、こういう場所でもっとも華やぐべき他の令嬢は、そして令嬢らの手をとって大輪の花を幾重にも咲かすべき男たちは、そんな二人にすっかり見惚れていた。
彼らの注目点は、主催者たるメルローズが誰と踊るか。
未だ玉座の如き椅子に腰掛けたままの彼女の、視線がすぅっと横に向けられる。その先には黒衣の執事が立っていて、彼は何を言われるまでもなく一礼すると近くのドアから外へ。
しばらくして執事が戻ってきて手を上げると、そこで一度音楽が止まる。
踊っていた招待客がそれぞれ動きを止め、何事かと周囲を見回していると、招待客用の出入口である扉が開き、そこから小さい子供たちが一斉に大広間へと流れこんできた。
それは見るからに生きてはいない――が、生きているかのように動く人形。
花飾りで髪を彩った少女は膝丈のドレスを翻し、くるりくるりと踊る。少年の人形は、その手をとって同じようにくるりくるりと舞った。手足の球体関節が見えなければ、とても人形とは思えないほぼ生き生きしている。小さく可憐な、そして美しい演舞に人々は見惚れた。
その動きに合わせるように、オーケストラの演奏が続く。
人間が踊るには少し早い楽曲を、かき鳴らすように響かせる。人形は、人形ゆえにテンポの速さにも軽々とついていく。統一された、しかし微妙にずらした自然な動きは見事だった。
それを操っているのは、人形らに少し遅れて広間に現れた金髪の少年。
黒いロングコートを羽織り、それ以外も黒で統一した衣服をまとっている。口元には笑みが浮かび、赤い目が細かく周囲を観察しつつ、まるで指揮者のようにその腕と指が振られた。
音楽が激しさを増し、人形の動きも激しくなって――同時に止まる。
しぃん、と沈黙が満ちた。
「本日の余興を務めさせていただきました」
と、少年が一礼し。
「――《人形師》のセドリック、と申します」
人形が同じように礼をする。周囲からは割れんばかりの拍手が起こり、少年が去ると人形がそれについていく。音楽は再び元の楽曲になり、人々は手を取り合って踊り始める。
小さな音を立てて閉ざされていく扉。
その向こうに消える少年を。
「……フフッ」
真紅に染まる少女が目を細めて、笑みを深めながら見つめていた。




