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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
倒錯的嗜好者の純愛
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2.変態共のお気に召すまま

 カティの主であるセドリック・フラーチェ。

 その友人アルヴェール・リータ。

 互いの専門分野を提供しあう関係にある二人は、非常に優秀な《魔人》だった。

 たとえばアルヴェールは、現在存在しない技術でもなければ、ほとんどの注文を完璧に反映したドールのボディを作り出す腕前がある。生憎、彼は技術屋ではないので、あくまでも注文通りに作るだけだ。しかし、その完成品は時にヒトのようだと、言われるほどに美しい。

 最高級の素材で作られる芸術品。

 肌はヒトのそれよりもみずみずしく、髪も絹糸のように艶やかで細く。瞳はまさに宝石といった煌きを宿す。ドールとしてではなく芸術品として、買い求める金持ちもいるほどだ。

 もちろんそれに似合う調律を施したコアを入れて、侍らすものも多い。

 そしてセドリックは、コア――ヒトで言う魂、あるいは心臓に相当する部分の、作成や調律に長けた人形師。彼が調律するコアに満ちる音色も、ヒトと例えられて称されている。

 コアの中に蓄積される音色は、それだけでは音のパーツでしかない。調律師はそれをある一定の法則や自分の好み、そして目的にあわせて組み立て、一つの音楽へと紡ぎ上げる。

 たとえば、暴力行動を起こさない音色、主を守ることを使命とする音色。ヒトの心が多種多様であるように、それを模したドールのココロもまた、調律によって大きく変わっていく。

 ヒトと見紛う音色を求めるかの魔人は、それを宣言するに値する腕を持っていた。

 アルヴェールが最上級の素材を使って作り上げたボディに、セドリックが一から作り上げ調律したコアを宿すドール。それがカティ・ベルウェットという、少女型のドールだった。

 そんな彼女は今、冷ややかな目で二人の魔人を見ている。

 というか、アルヴェールにあれこれと注文をつける、セドリックを見ている。

 少し遠慮すればいいのに、という目ではない。

 じとり、という、呆れ果てた目だった。

「特に機能は追加しなくていいよ。全体的に改良したいだけだから」

「材質の変更か。そもそも、追加できる機能など一つしか残っていないと思うがな」

「そうだね。でもカティがいいって言うまでガマンするよ、ボク紳士だから」

「……で、どうしたいんだ」

「まずは髪だね……これは交換でいいよ。だいぶ痛んできちゃってさ。もっと長持ちするヤツがあるなら取り替えたいけど、手持ちがね。だから、それより抱き心地の方を追求したい」

「カティ嬢は抱き枕じゃないと思うが」

「でも抱き心地がいい方が、ボクもいろいろと満足できる」

 と、セドリックはうっとりとした様子で答える。

 何をどう満足するつもりなのか、カティとしては尋ねたくない。

 ロクなことにならないし、質問した結果、嬉々として有言実行されても困る。

「あと肌の体温を、もう少しうまく再現できないかな」

「肌に伝わる熱のことか」

「そう。そういうディティールを、ヒトに近づけさせたいよね。そうすると、カティの音色にも種類がでると思うんだ。外見は変えたくないけど、髪の長さを変えるのもいいかな」

 それから、とセドリックは続ける。

「……感覚を、もっと強くできないかな」

「できないことはない。今はだいぶ鈍らせているはずだ、本人の意向で」

「じゃあ、標準的なところまで引き上げてほしい」

「了解した。それで肌の材質についてだが、こっちにサンプルがある」

 アルヴェールは、セドリックを隣の部屋へと案内する。

 これはすごい、だとか、いいねぇ、だとか、嬉しそうな声が聞こえた。傍らにいるマルグリットの説明によると、隣はサンプルだけが置かれた部屋らしい。

 ちなみに、二人が何の話をしているかというと、新しいボディの相談だ。

 もちろんカティの、である。

 定期メンテナンスに来たはずなのだが、いつの間にか新作の相談になっていた。

 正直なところ、カティには意味が分からない流れだ。セドリックによる普段のメンテナンスでは行き届かない細かいところを見て、髪など痛んだ部位を取り替えるだけだったはず。

 実際、最初はそういう話題ばかりだった。

 こういう素材が出たんだ、とか。

 手触りがいいならこっちだ、だとか。

 ごくごく普通の話題だったはず。


 ――なのに、どうしてこうなったんでしょうか。


 現在、彼女のボディはほとんど人間といって差し支えない機能を有する、正直世界の超最先端を突っ走るモデルである。恐ろしく高い代物で、金額を見たカティが唖然とするほど。

 セドリックは納得していないようだが、今でも充分人間のようだと言えるはず。

 少なくとも、今のボディに取り替えてからの数年、肌の感触などでドールだと見破られたことは今まで一度もなかった。それくらいに、アルヴェールの作品は『人間』に迫っている。

 もはや、残るのは内面――音色だけだろうと、カティは思っていた。

 これ以上、セドリックは何を望むのか。


 ――まさか彼は、わたしをヒトにしたいのでしょうか。


 ヒトと見紛う音色、ヒトと見紛う身体。

 二つを揃えたカティは、まさにヒトであるとでもいいたいのか。

 そんな考えを浮かべてしまう程度には、カティは主の心がわからない。

「感覚が増したら、もっと可愛い姿が見れるかな」

「……そこら辺も拡張しようか。ある程度なら『楽しめる』ようになるはずだ」

「うーん、悩ましいところだ。でも未知の感覚に頬を染めるカティ、というのは実に捨てがたいというかぜひとも見たい。恥らって、あとそれなりに乱れてほしいんだよね」

 二人の会話の方向は、だんだん下世話になりつつある。カティには主を殴ってはいけないという音色はないので、正直今すぐ殴り飛ばして、意識を根こそぎ奪い去りたいぐらいだ。

 恥らえだの乱れろだの、この魔人は何を言っているのだろう。

 これ以上は、カティにはあまりにも毒だ。

 傍目には、同棲中の若いカップルにしか見えない生活。人の目を気にしない、かなり過剰気味のスキンシップ。おそらく、夜の恋人同士が行うすべてを、彼はカティとしたいのだろう。

 そこまで愛されるのは、悪い気分ではない。

 ヒトのようにいうならば、きっと『嬉しい』のだとカティは考える。

 だけど、それゆえの苦しみが、カティにはあった。

 見目がいいセドリックはかなりモテる。仕事の依頼主は貴族であることが多く、貴婦人やご令嬢に『お誘い』を受けて、丁重に断る姿をカティは何度も目にした。

 時には大胆にも抱きつかれたり、キスをすることもあった。

 そのたびに、胸にあるコアが軋む。

 軋むような音色を、かき鳴らしてくる。

 セドリック自身から行動に移すことはない、けれどゆえに『腹立たしい』。


 ――それをしていいのは、この世でわたしだけのはずですが。


 思い、けれど行動には移せない。それがカティというドールの音色。ヒトならば、こういう場合に躊躇いなく行動に移せるのかもしれないが、それは音色が自動調律されているからだ。

 ヒトの場合、勝手に組み立てられる音色。

 ドールは調律師が、一つ一つ組み立てていかないといけない。そして、同じ軋みは二度とやってこないので、結局のところ、カティは軋みをため息にして吐き出すしかなかった。

 カティがそんな状態に陥っていることなど。

 セドリックが、そのココロをすべて覗いている彼が、知らないはずがないのに。



   ■  □  ■



 結局、二人の相談は昼が迫っても終わらなかった。

 閉ざされた扉の向こうからは、何やら楽しげな語らいが聞こえる。

 その中に、子供には聞かせられないような単語を聞き取り、カティは深くため息を零した。

 何度も言うが、二人とも世界で左右に並ぶ者を探す意味がないほど、高い技術を有している存在だ。さすがはそれらで《叡智》に至り、魔人へと変じただけのことはあるほどに。

 ゆえに二人に任せておけば、心身共に何の問題もないのだ。


 ――しかし、異様なほど不安なのは、わたしの気のせいでしょうか。


 その身体を使う本人を完全に無視し話を進める主と、その主に勝るとも劣らぬ提案を次々に並べている友人。傍らには、笑顔が可憐な女性が、ニコニコと微笑んでいる。

「マルグリット」

 カティは、完全に傍観者となっていた彼女に声をかける。

「そろそろ昼食を作りましょう」

「……えぇ、そうですわね。二人は放っておきましょうか」

 笑って、マルグリットは歩き出す。キッチンはここから少し離れたところにあり、食事はその隣の部屋やテラスで取ることが多いそうだ。天気がいい日は、ほとんどテラスだとか。

 しかし、今日は生憎の曇り空。屋内の方がよいだろう。

 前にテラスで取った食事は、なぜか妙においしいとカティは感じた。

 日の光を浴びながら、楽しく語らう食事。それはとてもすばらしいもの。それを楽しめないことがとても残念に思えて、彼女は窓の向こうにある灰色の空を睨む。

 まぁ、天候については文句を言っても仕方がない。

 天候という隠し味の分、おいしい食事と語らいを用意すればいいだけなのだから。

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