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8.ディルム視点

濃いキャラが増えていく

 

「フィア救出が進歩したのかい!?」

「……相変わらず、フィアンナ嬢が関わると反応が早い」

「どうなんだ!?」

「結論から言うと、ビーが目覚めた」



 直後、扉が勢いよく開いた。



「ハオー! ビー、微レベル復活ヨー!」


 ジョッキを片手にポーズを決める、二十代後半女性。肩で揃えた茶髪に、黄色の瞳。小さな丸レンズのサングラスを鼻頭に乗せ、したり顔をしている。

 詰襟で足元まである龍の刺繍入り黄色ワンピースは女性らしいラインを強調し、両太腿辺りから入ったスリットからは薄手の黒タイツが脚を強調する。

 着込んでいるが色っぽいと噂の服装。それを着こなせる女性は、目の前のビーしかいないだろう。


「待たせたネ! 厨房で健康ドリンク、お願いしてたヨ! これ飲んで、掴んだネタ全部話すヨー!」


 したり顔のまま、ビーはジョッキを見せつつ部屋に入る。木製のジョッキは中身が見えないが、縁についたネバネバの茶褐色が中身とは考えたくない。

 気を利かせたザックスが空いてる椅子を用意し、ビーはそこに腰を降ろす。そして、少し真面目な顔でディルムとクリストフを見回した。




「フィーちゃん取り戻す、かなり難しいネ。連れ去ったワーキン侯爵子息とフィーちゃん、()()ヨ」

「「は、はぁあああああああ!?」」




 衝撃の事実にありったけの声で叫ぶ。

 妹を平気で殴り連れ去る兄がいてたまるか。第一、フィアンナは元奴隷だ。攫われてから恐らく九年だとフィアンナから聞いている。

 その間に、ヘンドルスト国が人探しをしている様子は全くなかった。




 奴隷から解放されたのは、フィアンナが持つスキルによるものだ。

 半年前、黒い噂が絶えなかったある伯爵が、突如として罪を自白。捕縛して暫くすると、しおらしい態度が一変して大暴れ。だが、供述を元に騎士達が屋敷の庭を捜索して、動かぬ証拠を発見した。



『奴隷の少女に大人の証が来たら首を絞めながら犯す』。

 そう白状した通り、土の下には数十人もの屍が埋められていた。




 フィアンナのスキルが『暗示』でなかったら。

 フィアンナがスキルを発現できなかったら。

 発現タイミングが遅れ、大人の証が来ていたら。




 フィアンナは魔の手にかかっていた。いくつもの偶然が生んだ奇跡で、フィアンナは生き延びたのだ。



 功労者として王城に呼ばれたフィアンナ。

 軟禁によりろくな生活を送っていなかったが、それでも気丈に振る舞っていたフィアンナ。


 その姿に全身に痺れが走り、激しくなった鼓動。

 甘い花の蜜を求める哀れな虫のように近づき、互いに運命へ感謝しながら抱擁と口付けと愛の言葉を交わし合った。

 いい思い出である。王族の前だと完全に頭から抜けており、ビーとクリストフが吹き出した事すら後から知ったくらいだった。


 ずっと放置していたフィアンナを連れ帰るなど、今更すぎる。怒りで頭の神経が切れそうだ。


「マジーな……『誘拐された令嬢を連れ戻しただけ』なんてホラが通用しちまう……」

「かの国の事情など、この辺りで自ら知ろうとする者はいない。それが仇となったか。だが、そうまでして、フィアンナ嬢を連れ帰る理由は?」

「コレまた胸糞ヨ。()()()()()で、王子に嫁がすネ」


 瞬間、全身の筋肉が唸りを上げ、衝動のままに走り出した。だが、後ろから拘束されて部屋から出る事も出来なかった。

 ディルムが顔だけ後ろを見ると、ザックスが自分を羽交い締めにしている。


 これでは動けない。フィアンナの元に駆けつけられない。


「は、な、せっ! フィアー! フィィィアァァァァ!」

「お前が突撃した所で無駄死するだけだ。止めろ」

「射撃は得意! 射撃は得意!」

「クロスボウは多人数相手に向いてねーだろ。スキルも戦闘向きじゃねーし」

「そうヨ! フィーちゃんが惚れる、絶対ないネ! それ、()()()()()()ヨ!」

「『お飾り』と断言できる根拠と同じか?」

「ハオ! 向こうの王子、ラブラブな恋人いるヨ。側近候補もメロメロの子爵令嬢、『聖魔法』使いネ」


 思わぬ単語に、ディルムは抵抗を止めてビーを凝視する。

 クリストフとザックスも同じくビーへ視線を移していた。



『聖魔法』は、ただでさえ少ない魔法使いの中でも希少な属性だ。極めれば欠損さえも治し、敵を遠ざける結界を張れるという。

 平和な日常でも高い効果がある治癒は必要であり、結界は主に魔獣対策に当てられる。

 魔獣とは野生動物に魔力が宿り、凶暴性や殺傷力が上がった存在だ。田畑や人を襲う魔獣は種類や数が多く、討伐しきれていないのが現状だ。

『聖魔法』の結界によって防げるなら、逃した魔獣の怪我を治癒できるなら、誰もが大助かりと言うわけだ。



 だからこそ、腑に落ちない。貴重な使い手が恋人なら、そのまま迎え入れれば良い。こっちを巻き込むな。




「『聖魔法』の持ち主なら、王族は諸手を挙げて迎え入れるはずでは?」

「てか、側近候補も取り巻きにしてハーレム作ってんのか? ふつー有り得ねーだろ」

「記憶見た感じ、()()()で『魅了』系使ってるみたいヨ」

「面倒だね。でも、それだと余計に僕のフィアを攫った理由が分からないよ。()()()()()()なのに」


 苛立ちを抑えようとため息をつく。多少は落ち着いた。



 変化を受け入れない、時代遅れのヘンドルスト国。

 停滞した常識は、()()()()()()()()()()()()使()()()()()である。



 数少ない魔法使いだが、ヘンドルスト国は他国より僅かに多い。平民でも魔法が使えれば高位貴族に歓迎され、実子でも魔法が使えなければ迫害する。

 そこに魔力の多さやスキルは関係ない。一面だけ特化させた、歪な世界だ。

 最も、フィアンナやその女みたいにスキルを発動できる人はいるが、かなり珍しい事だ。

 合間の補給にと、健康ドリンクを口にするビー。真顔だが、怒りが滲み出ていた。


「学園で一年間、ベタベタイチャイチャしてた二人が、結婚できない言われたヨ。王妃から言われたらしいヨ。多分これ、予言系のスキルを、王妃が無意識に使ったネ」

「それとこれと話が繋がらないのでは?」

「ところがビックリ、繋がるネ。詳しく分からないけど、その女が王妃ダメって内容らしいヨ。王妃絶対拒否。そこでアホンダラ達、()()()()()()()()()()()()()()()()()()セコい手にしたネ」


 ディルムとフィアンナを引き離しておいて、自分達は愛を貫く。人は怒りの限界を突破すると冷静になるのだなと、ディルムは実感している。


 とにかく、侯爵子息とやら以外にも地獄を見せるべき相手が増えたことは確かだ。 こういう時、自分のスキルが攻撃に向いていない事が悔やまれる。

 愛する人を救えないもどかしさ、この場で叫び暴れたい程だ。


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