7.ディルム視点
残されたパラロック国にて
ディルムは激怒した。
必ず、礼儀も恥も知らないヘンドルスト国を蹂躙しなくてはならない。
政治的な話は十分に理解している。伊達に第一王子の補佐官をしてはいない。
力任せの戦争は、他の有識ある国々との亀裂を生むと分かっている。
ヘンドルスト国はどの国からも嫌われている。
国交も貿易もせず、たまに高位貴族が入国したと思えば自国ルールでふんぞり返り。
プライドだけが無駄に高く、他国の民全てを見下し意見を曲げない。
時代に取り残されているが、引きこもって変化を受け入れない愚か者達。
滅んで欲しいと願っていても、実際に手を出せばこちらの損失が大きいだけだ。
だが、そんなもの、最愛のフィアンナの前では塵に等しい。ディルムにとって、フィアンナが何よりも優先だ。
「だから早く軍を動かしてくれよ、クリス」
「何度も言ってんだろーが、ムリ」
何十回目となるやり取りに、ディルムは口を尖らせた。目の前の人物も慣れすぎて、書類を片付ける事に専念している。それがまた不服だ。
金髪を後ろに撫で付け整え、青い目は透き通った空の如く。
十人がいれば全員が振り返る美貌とは裏腹に、横柄かつ不貞腐れた態度で足を組んでいる。おまけに口が悪い。
クリストフ・パラロック。第一王子であり、乳母兄弟であり、ディルムの大切な親友だ。
「テメーのオンナが大事ってのは分かってる。だから、速攻でビーとザックスに情報集めさせたんだろーが」
「聞いてるよ。でも、もう四日が過ぎたんだ。九十六時間経っているんだ。気が気でない!」
「細かすぎて気持ち悪ーわ。もうちっと待てねーのか? コッチも分かってっからこそ、ビーは魔力ギレ起こしたんだぞ?」
そう言われては返す言葉もない。
魔術団長であるビー。騎士団長であるザックス・コンスタン。
二人共、クリストフとディルムの信頼できる友人だ。フィアンナとも仲良く、特にビーは唯一の同性だとかなり懐いている。
だからこそ、フィアンナが誘拐されたと連絡した瞬間、業務を副団長に投げてまで動いてくれた。
その時点で、既に一日が経過。恥知らずの自称侯爵がディルムを気絶させた事で、両親や使用人の意識は自分に向いていた。
人の心を利用した外道な戦法である。
その隙に奴らは国境を越えていたのだ。
フィアンナの安否が心配のあまり、その場で転げ回ったディルム。止めるべく振るわれたザックスの鉄拳は、自称侯爵の鞘よりも痛かった。
『ザックス! ビーを連れて国境の砦行け! そっからスキルで少しでも情報ゲットしろや!』
通常、スキルは距離や相手の状況で使用魔力が変わる。ヘンドルスト国まで、普通の馬車旅だと約二週間。
追われている状況下と考えると、馬を無理やり走らせている可能性がある。
道中のどこか、離れた奴らにスキルを使うとなると、その難易度は半端なく高い。
それでも、ビーとザックスは即答して行動に移した。感謝のあまり、涙が床まで滴る所だった。
ザックスのスキルは『転移』。任意の場所へ一瞬で到着する。基本的には一度訪れた場所になるが、魔力を大きく消費すれば未開の地へも飛べる。距離によっては任意の人物も共に移動させられるのだ。
ヘンドルスト国に最も近い国境へ飛んだ後は、ビーの独壇場だ。
ビーのスキルは『抽出』。二種類以上の液体から任意の種類を取り出す。
しかし、ビーの類まれなるスキルセンスと膨大な魔力により、このスキルは別物と化した。
『摘出』。
他人のスキルを抽出すると、その力は水晶玉大の球体になる。それを自分のタイミングで使用できるのだ。飛んでもない代物。初めて聞く者は大抵、目を見開いて天を仰ぐ。
なお、抽出されたからと対象者のスキルが無くなる訳ではない。ビー曰く、抽出している対象はスキルを含んだ魔力だから、少し残せば時間回復するという。
知り合って間もない頃に熱弁されたが、三人共に首を傾げたものだ。
珍しいスキルを摘出しては集める。
スキルオタク、スキル収集家、レアスキルコレクター。
様々な異名を持つビーは、フィアンナの為に全力を尽くしてくれた。
『探知』、『読心』、『追憶』、『予知』、その他諸々。摘出したスキルをふんだんに使い、ヘンドルスト国一行から情報を根こそぎ盗み取ったらしい。ザックスにそう伝えた直後、魔力を短期間で大量消費した影響でビーは気絶。そして今に至る。
つまり、まだディルムは何の情報も得ていない。
そろそろ、フィアンナ欠乏症で何らかの不調が出てしまう。情緒は不安定で、煽り口調になっている気がする。
止められない、止める気もない。
「フィア……フィアァ………………僕の五感全てが君を求めて止まないよ……」
「キメー」
「やっぱり戦争しよ? その方が早いよね?」
「ビーの努力ムダにする気かアホタレ。出来ねーから待てって言ってんだろバカタレ」
「言い過ぎだ! お前の娼館通いを国民に言い触らすぞ!」
「親父の件で黙認されてっから問題ねーよ」
「クリスめ! 少ない髪を撫で付けてボリューム出しても意味ないんだぞ!」
「テメェェェェ!? 言いやがったな!? それ言いやがったなクソが!」
ディルムの八つ当たりを淡々と返していたクリストフだが、最も気にしてる点は見逃せなかったようだ。
書類を机に叩きつけて激昂するや、机に足を乗せてこちらに跳躍してきた。クリストフの拳をガードし、ディルムも拳で対抗する。
単純な暴力は頭の中身を一時の間、空っぽにしてくれる。
互いに武術の心得はあり、気心の知れた仲だ。この殴り合いが嫌な感情を吹き飛ばすと、手加減なしで力を振るう。
ただ、暗黙のルールで攻撃はお行儀よくターン制だ。
三度目の拳がまた防がれた時、扉が開く音がした。
遠慮なしに入ってくるブーツの音に、目を合わせて唖然としても遅い。
上から降ってきた拳が、二人の頭頂部に叩き込まれた。
「だっ!?」
「ぐぅ〜〜〜〜!」
頭を抑えて床に蹲る。隣で、クリストフが転がり回る気配を感じた。
そして、ディルム達を見下ろす視線とため息。
「緊急事態に何を遊んでいる?」
「遊びじゃねーよ! バカディルムの息抜きだボケ!」
「笑止。息抜きの戦いと言うなら、訓練場でしかと準備して行う方がいい。お前達はただ、衝動のままに暴れたに過ぎん」
「せめて頭は止めてくれよ、ザックス!」
「鳩尾がいいか? 嘔吐の危険があるから避けていたが」
「殴らねー選択は!?」
「存在しない」
事もなげに告げるザックス。
二人揃って、これ以上の反論は思いつかなかった。
騎士家系のコンスタン伯爵家。本家の長子であるザックスは、恵まれた体格に傍目からでも分かる鍛え上げられた筋肉の持ち主だ。
きっちりとまとめた黒髪に赤目、顔つきや雰囲気から剛健さが滲み出ている。騎士団長として相応しく、男からすれば憧れる対象だ。
唯一の欠点は、優良物件でありながら女から距離を取られており、女慣れしていない位だろう。
今年三十になるザックスは、幼い頃からディルムとクリストフのお目付け役だ。しかし、二人の感覚としては規則に厳しい兄である。
ザックスはビーの近くに待機していた。クリストフの執務室まで来たということは、何らかの変化があったということ。
フィアンナとディルムは似た者バカップル




