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 勝った。内心でほくそ笑む。


 プライドの塊に足が生えた連中は、煽り耐性が皆無のようだ。

 同じ思考の仲間と、よいしょと持ち上げる下々としか接していないのだろう。今後も、他国で育った平民を前面に出してやる。


 しかし、普通に歩ける妹を引きずる男。やはり最低の屑だ。だが、敢えて黙り従った。

 下手に口出せば、また怒鳴りつけられるだろう。煽りきった分、殴られる可能性は非常に高い。

 ディルムに意地悪されるなら喜んで受け入れるが、嫌いな男に傷つけられるのはお断りだ。スキルで東国の最上級謝罪、ドゲザをさせてやりたくなる。


 大人しく殴られるのもスキルを使うのも、今は良策ではない。だから、離れるのが最善だ。


 暫くして、一つの部屋にポイッと投げ捨てられた。扉が閉められてから、直ぐに周りを観察する。

 薄暗く、カビ臭く、壁一面に物が積み重なっている。よく見れば埃や蜘蛛の巣が見えた。この家は屑仕様の使用人しかいないらしい。


「雇い主が屑だからね」


 口に出してみれば、すんなりと受け入れられた。

 真っ当な精神の持ち主なら、上手く逃げているか反感を買って追い出されているかの二択だ。

 そう考えると、フィアンナの処遇に同情する使用人はここにはいない。皆、侯爵一家の様な思考回路だ。

 それならそれで、味方を探す手間がなくなり、全員と敵対するだけだ。楽である。

 また少し時間が経ってから、扉が開かれた。ニヤニヤと見下した笑みの使用人が、三人程いた。


「ほーら平民、マナー本でちゅよ〜」

「しっかり勉強しろよ〜」

「平民から令嬢になるなんて、運がいいわね〜」


 クスクス、ケラケラ、ゲラゲラ。隠そうともしない悪意をぶつけながら、幾つもの本もぶつけてくる。

 角が痛く、顔を顰めるとより楽しそうに笑った。全くもって、性格が悪い。


「てか、屋敷の物を雑に扱いすぎでは?」


 使用人達がいなくなってからフィアンナは呟いた。

 投げられた本は汚い床に落下し、汚れるどころか端が折れている物まである。ヒステリックドケチ女が見たら、またギャーギャー言うに違いない。

 ろくでなしな使用人達だ。フィアンナが乱雑に扱ったからと濡れ衣を着せるだろう。考えただけでイラッとする。

 苛立ちを消すべく、本を種類分けする単純作業を行った。礼儀作法についてが主で、歴史や魔法についてが数冊。



 正直、学びたくない。



 屑野郎が乗り込んできた時を思い返すと、この国の礼儀作法とやらはマトモでない事が確定している。見たくもないが、また金切り声で怒鳴られるのも御免だ。

 重要部分を今だけ、ディルムの元に帰ったらすぐ頭から消そう。覚悟を決め、一番上に積んでいた本を手に取る。頁を捲り、そして目を見開いた。


「…………えっ?」


 パラパラと頁を素早く捲り、内容を読み込む。どんどんと顔色が悪くなっていき、汗が滴り落ちてきた。

 本を持つ手が震える。


「な……何よこのめちゃくちゃな内容は!?」


 それ程までに、中身が衝撃だった。


『挨拶をする際、身分が下の者が頭を四十五度下げ、上の者は胸を張って受けとめるべし』。

 思い浮かんだ情景は馬鹿丸出しとしか言えない。


『食事の際、水の入ったボウルはナイフ、フォークをゆすぐ物。ゆすいだ物を両手に構えて、次の料理が運ばれる』。

 一つのナイフとフォークをフルコースで使い回す。汚い。そもそも、これはフィンガーボウルではないか。その位は知っているが、こんな使い方はありえない。


『口直しの氷菓は体温で溶かし、いっきに流し込め』。

 わざわざ氷菓を作ったシェフに謝れ。


『ヘンドルスト国民が何よりも尊い。他国の王族で、この国の男爵程度と知れ』。

 よく書かれている一文だが、根拠がどこにも書かれてない。


 そして、一番多い文章は、大体が似ていた。


『魔法こそが正義。魔法使いを崇めよ』。

『魔法使いの血を残す事こそ大義』。

『魔法が使えない者はすべからく愚者である 』。


 要は、いかに魔法が偉大かを称えている。合間合間に覚えさせたい事柄を挟む事で無意識に覚えてしまうという、人間の心理を突いた文章だ。

 魔術団長から雑談で話された時は流したが、役立つとは向こうも思っていないだろう。

 逆に、スキルについては何一つ書かれていない。前に、義父からサラッと聞いた気がする。確か、魔法主義というもので、スキルが発見される前の過激な考えだったはず。


 頭が痛くなってきた。本を閉じ、目を瞑る。酷いとは思っていたが、予想以上だ。

 他国でやれば即座に捕まってもおかしくない作法の数々に、目眩までしてくる。


「もう無理……早くディル様に会いたい……」


 一目でも会えれば、この不調もあっという間に良くなるはずだ。恋の力は偉大である。つまり、恋をしているフィアンナは強いのだ。

 他の本を開く気になれず、そのまま横になる。埃っぽい事を忘れていて、鼻がムズムズとしてきた。ばっと起き上がり、本を並べて即席のベッドにする。多少の段差により、横になっても埃のダメージが少ない。

 早く寝てしまいたい。フィアンナとディルムの心の繋がりが、きっと『夢路』を繋がらせてくれる。その自信があった。


「…………とりあえず、人攫いには感謝だわ」


 早く夜になれと念じる間に、ポツリと呟く。

 誘拐されなければ、フィアンナは疑問を持たずにトンチキマナーを覚えていただろう。脳裏に描いただけで寒気がした。

 早々に考えを切り替え、ディルムに話すべき要点をまとめに入るフィアンナだった。


次、残されたディルム視点になります

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