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タイトル回収
何度目かの昼を迎えた頃、やっと馬車が止まった。
外を見て、一気に顔をしかめる。豪華を通り越し、かなりの金をかけたアピールをしている屋敷が見えた。フィアンナの感覚からすれば、とてつもなく悪趣味としか言えない。
呆然と見上げていると、外から声が聞こえてきた。
「ンまぁ!? 他国の男爵邸!? そンなの平民以下じゃない! そンなの屋敷に入れたら汚れてしまうわぁ!」
誰かと話している声だろう。随分、いやかなりのヒステリックな中年女性の声だ。キンキンと甲高く煩い。
そんなの、とはフィアンナの事に違いない。身勝手にも程がある。だったら、攫って来るなと文句を言いたい。
「一週間放置して何も言ってこないですってぇ!? 糞尿まみれの汚物になってンじゃない! ……反抗心を削ぐ為? そうだとしても、庭にも金かけてンのよ!? 掃除に幾らかかンのよ!?」
成程、この扱いはわざとなのか。ヒステリックドケチ女の叫びで分かった目論見に、フィアンナは頭の血管が切れそうだ。
恐らく、ここは屑野郎の屋敷だろう。二人揃って自己中的な発想がそっくりだ。
不快感にため息をつく。瞬間、床一面から水が一気に湧き上がってきた。
「なっ」
驚く間もなく水に呑まれた。意図せず口に入った水に噎せる。そのまま水は激しく動き始め、フィアンナはその流れの中で藻掻くだけだ。
何が起きたかさっぱり分からない。ただ、息苦しさに手足を動かしていると、流れの向きが変わった。
勢いよく固い平面に叩きつけられ、少ししてから後から流れる水がなくなった。咳き込みながら新鮮な空気を吸い込む。
「おい、 この貧相な女がフィアンナなのか!?」
「そうです」
「ンまぁー! 何て間抜けなお顔なの!? これの再教育に幾らかかるンのよぉ!?」
「適当でいいのでは? どうせ、飾りですから」
心配と真逆の言葉が降り注ぐ。顔に張り付く髪を分けて顔を上げれば、三人の男女が真っ先に目に入った。
侯爵を名乗っていた屑野郎に、それより歳が上の男女。
油でベタベタなシアンの髪にでっぷりとした体型の中年男と、ワインレッドの髪をアクセサリー含めて大いに盛った細身の中年女。
その後ろに立っている使用人らしき数人は、フィアンナを見てクスクス嘲笑っている。
唖然としていると、中年男と目が合った。途端、顔を歪めて杖を振り上げる。
「親に対してその目は何だ!?」
怒声と共に、中年男が持っていた杖を振り上げた。鈍い痛みが背中に響き、歯を食いしばった。悪趣味につけた宝石のいくつかが当たり、より痛みを感じる。
じんじんとする背中を意識しつつ、中年男の言葉を頭で繰り返す。
親。確かにそう言った。。ヒステリックに叫ぶケチ女と肥太った暴力男、それに屑野郎が家族。
にたつく使用人を含めて塵の見本市みたいなこの場所が、フィアンナの本当の住む所だというのだろうか。
それが事実ならと、考えが巡る。そして、プツッと我慢の糸が切れる音がした。
反撃、否、口撃ならそこまで大事にならないはずだ。フィアンナは無言で立ち上がり、濡れた身体のままにっこり微笑んだ。
「人違いですわよ、お貴族様。だって私、平民ですから」
敬語も笑顔もわざとらしく振る舞えば、目の前の三人の顔が歪む。
向こうが話す隙を与えずに、フィアンナは過剰な敬語で話を続けた。
「半年前までは、平民ですらなかったのですよ? 人攫いに攫われて、自力で何とかできたのが半年前。十五、六歳だろうと言われておりますが、実際は誕生日すら知りません。普通の令嬢なら、誕生日は盛大なパーティーでお祝いされるとか。全然違いますね。私、平民ですから、それが当たり前ですが。まさかまさか、お貴族様のご令嬢がいなくなって、九年近くも放置しませんでしょう? それとも、侯爵様とやらは、娘捜索に財力を割けないほど困窮されているのでしょうか? 私、平民ですから、お貴族様の懐事情はよくわかりませんの」
「ンまぁー!?」
「このぉ!」
ヒステリック女が叫び、暴力男がまた杖を振り上げた。だが、技も何も無く振り回すだけの杖など、簡単に避けられる。
騎士団の訓練を何度か見た事あるフィアンナからすれば、これは子供の騎士ごっこ以下だ。
暴力男は地面に杖を叩きつけ、反動で痛みに唸る。それにまたヒステリック女が悲鳴を上げた。
使い物にならない二人に代わり、屑野郎が一歩前に出る。そして、冷ややかな目でフィアンナを見下ろした。
「いい加減にしろ、フィアンナ。侯爵家の名に泥を塗るつもりか?」
「あら? 私の質問は無視ですか? 申し訳ありませんが、侯爵と言われてもわかりませんの。私、平民ですから。そもそも貴方様はどちら様?」
「……チッ。俺はニルス・ワーキン。貴様はフィアンナ・ワーキン。マルコス父様とリリアンナ母様から産まれた、俺の二つ下の妹だ」
「まぁ! 証拠はありますの? 私、平民ですから詳しくありませんが、お貴族様には確か、ちゃんとした証明書があると聞いておりますわ」
「俺が間違える訳が無い。貴様はワーキン侯爵令嬢として、王家に嫁ぐのだ。恥は許されない」
「今更すぎません? 私、平民ですから。お貴族様のアレコレソレなどよく分かりませんわよ?」
「事情があるんだ! 察しろ! クソッ! 殿下が可哀想だ! こんな女よりあの人の方が可憐で素敵で、王妃に相応しいというのに……いいか!? 貴様は単なる飾りの王妃だ! それだけでも喜ばしいと思え!」
いろいろと情報が吐き出されていく。貴族に向いていないのではと何度か口に出かけた。
王子はまだわかる。あの人とは、その恋人だろう。
あの人の事を話す際、屑野郎は頬を赤く染め、悦に浸っていた。間近で見たフィアンナは察する。この屑野郎、殿下の恋人に横恋慕している。
飾りという言葉から、何らかの事情で結ばれない二人の為に、フィアンナがお飾りの玉座に座れということらしい。
馬鹿馬鹿しい。フィアンナの全てはディルムの物だ。その上、フィアンナの意志を無視しているのも納得できない。
大きなため息を見せつければ、屑野郎と暴力男の額に青筋が浮かんだ。わかりやすい男共だ。
「今までなぁーにもしなかったのに、王族に嫁げなど無理ですわ。私、平民ですから。そうそう、お貴族様的にはあの拉致同然のやり方が連れ帰る方法ですの? それなら尚更、私には無理ですわ。合いません」
「もういい! これ以上話していたら頭が痛くなる! ニルス! その小娘は物置部屋にでも入れとけ!」
「一緒にマナー本でも放り投げておきなさい!」
「承知しました」
キィキィと騒ぎ立てるヒステリックドケチ女と暴力男は、野生動物よりも喧しい。
それをBGMに、屑野郎がフィアンナの首根っこを掴んで無理やり引きずった。
正直、この台詞を連発させたくて書いた感じはある




