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「出ろ、貴様の最後の時だ」
「あれぇ? 私の首をとっとと切り落とす! って宣言から何日経ちました? 時間かかりましたねぇ? もしかして、貴族様お得意の血筋がどーのこーのですかぁ? 私、平民ですから、関係ないと思うんですが!」
「喧しい! とっとと出ろ!」
屑野郎が唾を吐きながら叫ぶ。汚い。
渋々と開けられた牢を出ると、前後左右に騎士が付いた。四人が歩き始めれば、フィアンナも歩くしかない。
しかし、五人もいて、誰もフィアンナの清潔さに気づかないとは愚かである。
あれから二十日は過ぎた。それから先は数えるのを止めたので分からない。ギロチンを作り直した割には早いかと思った。
そのまま広場に連れて行かれるかと思いきや、先に小部屋に詰め込まれた。明らかに面倒な顔をした侍女二人により、強制的に服が変えられる。
麻のワンピースだ。切れていたり汚れていたり、わざとボロボロにした形跡がある。
肌が見えない配慮がまだ有難い。靴は取られた。裸足で歩けということらしい。
床にある小さなゴミや砂利が足裏へ痛みを与える。軽くくい込んだが、体重をかける度に異物感を与える物まである。
騎士達は気づかず歩く。いや、気づいていて無視しているかもしれない。
どちらにせよ、ここで顔を顰めたり声を上げたりしたら、屑野郎や能無し王子達が喜ぶ。
そっと腕を組み、自分に暗示をかける。
『裸足による不快感は感じない』。
あとは、無表情を貫けばいい。案の定、屑野郎がちらりと見ては眉間のシワを深めている。面白くないと、顔で語っていた。
城を出て、街中に入り、目的地がやっと視界に入った。
少し高めの台に鎮座した、真新しいギロチン。それを挟んで、四大家側と貴族達で分かれている。
四大家と性女は椅子に座り、ニヤニヤと笑っている。こんな茶番の原因である、国王と王妃もいた。
ふと、国王が持つ壮大な杖に違和感を覚えた。
黒い宝玉を小さな宝玉が飾り立てた杖。気にかかるが、特に思い当たることはないので視線を逸らす。
ギロチンの見物にかき集められた貴族達は、興奮一割困惑九割といった割合だ。
明らかに、一部を除いてこの処刑を疑問視している。ギロチン台に登らされ、晒し者にされる。
貴族達の視線を一斉に受けていると、後ろから声が張り上がった。
「皆の者! これより、ヘンドルスト国最大の悪人、フィアンナの処刑を始める!」
威厳がありそうな声だが、賛同の歓声は前方の数列だけだ。殆どの貴族は様子見、後ろに行くにつれて否定的な顔をしている。
四大家の人望のなさが見えて笑えた。
「この者はワーキン侯爵の血筋であり、我が息子テオドールの婚約者だ! 身に余る幸運な者でありながら、あろう事か外の国の愚かな考えに染まった! 我が国を滅ぼさんと、外の国の醜い方法でアズレイア侯爵を『異端』に変えて操りおった! 哀れなアズレイア侯爵を、我々の手で楽にする事が唯一の救いであっただろう……故に! その手にかけた極悪人よ! 貴様は侯爵より勘当し、平民として処刑する!」
「完全に自分悪くないな責任転換。私じゃなくても見逃さないね!」
「なっ……!?」
少し声を出せば、途端に動揺している。権力にあぐらをかいてきた結果だ。
その間に、フィアンナは貴族達を向いて息を吸った。
「お集まりのお貴族様方! 私は幼い頃に誘拐されてからずぅっと、外の国に奴隷として生きてきました! 解放されたのは半年前です! それから幸せだったのに! 見捨てていた血の繋がりだけの人間にこの国に連れてこられました! 私、平民ですから! 今・更です!」
どよめきが走る。後ろで制止がかかるが、聞く必要はない。
「外の国を知ってるからこそ! この国が歪んでいると実感できます! 魔法は貴重ですが、全権力を握る程ではありません! そもそも、血統で引き継がれるものではありません!」
「バカを言」
「うるさい! ってか、『異端』って何!? 魔法は絶対の癖に『スキル』を信じてないとかそっちがバァァァカ!」
「外の国の戯言なぞ」
「嘘じゃないですぅぅぅぅぅ! 魔力使うけど魔法と違って誰もが持ってるのが『スキル』で、魔力が外に出てスキルが勝手に発動するのが『魔力暴走』もといこの国の『異端』でぇぇぇす! 魔力コントロール出来れば治るものを! ただ単に殺してた四大家ホント人殺しぃ!」
『異端』は治せる。
真実でも嘘でも、この国に住む者は決して口にできなかった言葉だ。場がどよめき、慌てふためく様が目に映る。
『異端』が治る。そんな事あるのか。
そういえば、モンチェ伯の長男の『異端』はなくなったらしい。ピンピンしているという話を聞いた。
本当に治ったのか。なら、今まで殺めた意味は。
外の国にその知識があったとしたら、なぜ外の国との交流を絶っていたのか。
魔法が唯一の正義で、だからこそ逆らえなかったのに。
王家と四大侯爵の近縁者は、本当の事を知っていたのでは。
だから、外の国を避けていた。自分達が楽をする為に。
我々の存在を、人権を、嘘の塊で何もかもを踏みにじってきた奴らを、許せるものか。
どんどんと話が飛躍していく。その度に権力者達への怒りが、憎しみが溢れていった。
中には率先してフィアンナの言葉を補い、誘導している貴族も見られる。きっと、ビーが裏で話をつけた貴族なのだろう。
場の雰囲気は、四大家批判に流れていく。誰にも止められない。むしろ、止めるべき騎士達も、フィアンナがもたらした仮説に困惑している。
中には嘆き項垂れ、犠牲になった家族の名を口にしている者もいる。四大家に味方しているのは、高そうな鎧と地位の近縁者だろう数名のみ。
ここが正念場だと肌で感じる。フィアンナはより一層、声を張り上げた。
「こんな腐りきった国の貴族であるより! 外の国での平民の方が自由です! 私は! この国の侯爵令嬢でも! この国の王子の婚約者でもない! 私、外の国の、平民、ですからぁあああああああああああああ!」
フィアンナの断言に、貴族達から歓声が湧いた。拍手まで聞こえる。もう、流れはこちら側だ。
四大家の威厳を取り戻す場ではなく、刈り取る場と化した。処刑の中止、四大家への鬱憤が飛び交う。
今まで無理やり堰き止められていた感情の波は、どんな魔法だろうと防ぐことは出来ない。
「くそ! その女だけでも殺せ!」
その指令がされた瞬間、フィアンナは背後から押さえつけられた。掴まれた髪と腕に痛みを感じながら、首だけでも後ろを見る。騎士の一人が苛立たしさを隠さず、フィアンナを睨みつけていた。
処刑執行の責任者だろうか。これも四大家の血縁者のようだが、のんびりと推測する所ではない。
無理やり移動させられ、ギロチンに近づいていく。観衆が中止を叫ぶが、貴族としての矜恃からか実力行使はしていない。
頭を強く押さえつけられ、木枠に首筋が当たる。冷たい感触に目を強く瞑った、その時だった。
「フィィィィィィィィィアァァァァァァァァァァァァ!」
間違えようがない、愛しい人の声。
驚いている間に、上から短い悲鳴が聞こえて力が緩んだ。
取り払って立ち上がると、先程までフィアンナを捕らえていた騎士が蹲っている。
堪えるように抑えている手には、クロスボウの矢が突き刺さっていた。角度からして、少し高い位置。
フィアンナは顔を上げて周りを見渡す。そして、屋根の上に立つ愛しいディルムの姿を確認した。
喜びが、全身を駆け巡る。
「ディ、ディル様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「フィアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
何ヶ月ぶりの逢瀬。距離が遠かろうと、実物との対面だ。愛しさが胸から高まって止まらない。
周りの騒がしさが聞こえなくなっていく。愛しい人の声だけを聞くからだ。
周りの暴動が見えなくなっていく。愛しい人の姿だけを見るからだ。
見つめ合う、二人だけの世界に浸る。とても心地いい時間だ。
ディルムが握るクロスボウが、フィアンナを助け出したと直ぐにわかる。ピンチを助けてくれる王子様だ。能無し王子とは比べ物にならない。
地位は違っても、フィアンナの王子様はディルムただ一人だ。再確認の上、更に恍惚が全身を包む。
「愛していますディル様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「僕もだよフィアァァァァァァァァァァァァァァァ!」
愛の言葉を全力で届け合う。この国で受けた嫌な気分が、どんどん浄化されていった。




